私は見えます(迫真)
「だはぁ〜また負けちゃった〜」
「あはは、たまたまだよ」
何回目かの対戦を終え脱力するかのようにコントローラーを手放す園子。樹は表情を崩すことなくケロッとしている。
「にしてもなんか意外かも〜イッつんゲーム得意なんだね」
再戦の準備をしつつ園子が言う。何も言わずに準備を始めてくることについてのツッコミはもう放棄している。
(園子ちゃんって意外と負けず嫌いなのかな?)
そんなことを思いつつこちらも再戦の準備を整えながら園子の質問に返答をする。
「得意って言えるほどじゃないよ。ただ暇つぶしに多少やってたぐらいだから。…最近はほとんどやってなかったし」
『最近』というのはつまり上里家に来てからのここ一ヶ月弱のこと。前の家では一人でのプレイはもちろんだが風ともそれなりにやっていた。ちなみにほとんど樹が勝っている(風が弱い説)
「ふーん、あ、今度は私ルカリオ使お〜」
「じゃあ私はスネークで」
「イッつんはキャラのセレクト渋いね〜」
「そうかな?あんまり意識したことないけど…」
たしかに小学四年生の女子がス○ブラするときにスネークはあまり使わないだろう。
(…中身がちょっと特殊だからなぁ)
理由があるとしたらそこなのだろうけど。こればっかりは無意識だから仕方がない。
「でもかっこよくない?『待たせたな』って」
「あ、今の声真似ちょっと似てる〜『待たせたな』」
「園子ちゃんもちょっと似てるかも」
「『ありがとな』」
「おおー似てる似てる」
「『待ってろよ』」
「マイナーチェンジしたね」
小5、小4の女子二人がスネークで盛り上がる瞬間であった。
互いのキャラを選びつつ次はコンピューターのキャラを二選ぶことに。
「じゃあ次選ぶの私だね〜どーしよっかなあ〜」
ご機嫌そうに残りのキャラを選ぶ園子。その姿は鼻歌まじりでとても楽しそう。
「なんか…楽しそうだね、園子ちゃん」
緊張感が溶けた空気感だからだろうか、思ったことがそのまま口に出てしまった。
普段の学校生活で同年代の子と接している時にはありえないことである。
(少しは普通に話せてるのかな)
「うん、すっごく楽しいよ。誰かとゲームしたの初めてだからさぁ〜」
「…そうなんだ」
「仕方ないことなんだけどね〜乃木の娘ってだけで大人も子供も遠慮しちゃうから」
「………………」
(こういうの…苦手だ…)
誰かの、他人の事情をあるいは心を知るのが怖いと感じてしまうのは昔から変わらない犬吠埼樹という人間の特徴だった。
(やっぱりダメダメだな)
普通なんてまだまだ夢のまた夢、そんなことを樹は思い考えようとしていた。
「でももう大丈夫なんよ〜だってイッつんがいるもん」
「えっ……?」
「これまではいなくても、今はいるから。初めてできた友達とこうやって遊べてるんだから–––いいかな〜って」
照れ隠しをするかのように頭をかく仕草をする園子。ふざけているのか本当に恥ずかしかったのかの見分けなんて樹にはつかないが少なくとも嘘をついているとは思えなかった–––思いたくなかった。
(強いな…園子ちゃんは)
超名門の家柄で友達が一人もできたことがない。似ているようで似てない二人、それが園子と樹。無論樹はあくまでただの養子で園子は生まれつきのお嬢様ではある。だがそのことを度外視しても樹からしたら園子はとても強い–––心が強い。
樹にはこれまでかけがえなのない存在だったはずの風がいた。こうしてゲームするのも外で遊ぶのも何度も二人でやったことだ。
でも一人っ子の園子にはそんな相手すらいなかった。
(なのにこんなに違うんだもんな、本当にすごいよ)
風に対して感じていた劣等感と似たようなものが少しだけ胸の中でうごめいた。
(そんなとこまでお姉ちゃんと似なくていいのに…)
今の樹にできるのはその劣等感を顔に出さないようにすることぐらいなものだった。
「私も…ね、友達今まで出来たことなかったんだ」
「だったら一緒だね〜私とイッつんは〜」
初めて出来た友達の初めての友達が自分なのが嬉しいのかまたにっこりと可愛らしい笑顔を見せる園子。
(違うよ…園子ちゃんは俺なんかとは違う…)
(俺はもっと、もっと弱い人間だから)
「じゃあ次のコンピューターはピカチュウとミュウツーにするんよ〜」
「…ポケモン好きなの?」
一つの画面の中でスネークとルカリオとミュウツーとピカチュウがバトルロワイヤルしてるのは結構シュールだった。
ちなみに園子がギリギリ勝った。樹の劣等感が心なしか深まった。
『ねえねえイッつんの髪いじってもいーい?』
ス○ブラ意外にもいくつかのゲームをプレイしてそろそろゲーム以外のなにかをやろうとなった時園子がそんなことを言い出した。
(園子ちゃんの行動は読めないなあ)
ぼんやりとそんなことを考えながら断る理由もないので首を縦に降る樹なのだった。
豪華でお洒落な姿見の前に座らされどこからともなく出してきた沢山の髪いじりグッズ(正式名称がわからない)を手に不敵な笑みを浮かべる園子。
(なんか変な髪型にされないだろうか…?)
一瞬そんな不安がよぎる。
(でも考えてみたら髪型なんてこだわったことなかったか)
樹は、この少女又は少年は犬吠埼樹として生活してきて髪型を変えたことがない。
今のショートヘアーだって単に短い方がなにかと楽だからというお世辞にも女の子らしい理由とは言えない。
でも別にこのショートヘアーが気にいってないわけでもない。
(お姉ちゃんが好きって言ってくれるし……今はどうかわからないけど…)
『樹はもちろんロングも絶対似合うけど、あたしはショートの方が好きかな』
いつだかに風が言っていたことを樹はずっと覚えていた。おそらく言った本人も覚えていないだろうそんな他愛もない言葉を。
「お客さん〜今日はどうしゃあしょうかあ〜?」
櫛で丁寧に樹の髪をとかしながら園子は美容師風に尋ねる。園子からしてみればただ単にふざけているだけなのだが樹は違う。
(当たり前だけど、最近やってもらってないな)
風にこんな感じでよく髪を乾かしてもらったり寝癖を直してもらったりしていたのを思い出す。
時には今みたいに理由もなしにただいじりたいだけ、みたいな時もあったりした。
(やっぱり似た要素多いのかな?)
鏡に映る自分のすぐ後ろにいる園子の姿を見る。上機嫌に樹の髪をとかしていくその姿は楽しそうでもありつつやっぱり乃木家のお嬢様というのを表しているかのように可憐で清楚である。
(お姉ちゃんは、お嬢様ってタイプじゃないよな)
冷静に分析してるがちょっと酷いことを言ってるのに樹は気づいていない。
「ありゃ、お客さん最近あんまり手かけてないでしょー?」
(……なんでちょっとチャラいんだ?)
「そうですね…最近あんまりかもです」
変にチャラい美容師さんはほっておくとしても言っていることは正解だった。もともとあまり気を遣ってなかった上に気を遣ってくれる存在とも離れてしまったため正直今の髪は艶が足りてないに違いない。
(いいシャンプーとかリンス使うだけじゃダメなんだなあ)
上里邸のお風呂にあるやつの方が前の家にあるやつよりもずっといいものにもかかわらず、体感できるぐらいダメになっているのだから後からどれだけ手をかけるかによって随分と変わってくるらしい。
「ありゃ〜そりゃーいけませんぜー」
(チャラ男から八百屋の大将になっちゃってる)
「あはは、やっぱりダメですかね?」
「髪は女の命ですぜ〜?きちんと手入れせにゃあかんですわ、ええ」
(八百屋の大将が地元のきつい訛り使ってだけだよもはや)
「こうなんですかねえ〜キューティクルが痛んでくるんですわ、はい」
「そうなんですか、キューティクルが」
「ええ、ええ」
「それは大変ですね」
「ほんまになあ」
「でもごめんなさいね。髪短いからいじるにもあんまりいじれるところないですよね」
たんなら想像でしかないけど髪ってのはやっぱり長い方がなにかと髪型を変える上で融通がきくと思ったりする。
(そもそも短いと結んだりできないし)
「いやいや、短いのには短いので色々といじりようなあるんでっせぇ?結んだら編み込んだりしてもいいし、ふわふわにしてもまきまきにしても可愛いんだから〜」
「へぇー」
(色々あるもんなんだなあ。中身がお世辞にも純粋な女の子って言えないからこういうのよくわかんないんだよな…)
「例えばほら、こんなの」
「あ、可愛い」
「他にはこんなのも」
「わあ、おしゃれ」
「ここをこうして〜こう」
「なんだか難しそう…」
「こんなのは如何かな?」
「モデルさんの髪型みたいだね、すごーい」
どれもなんて名前の髪型なのか知らないし、やり方も間近で見てるはずなのにわからないので感想が基本的に単純なものになってしまう……園子ちゃんはつまらない思いをしていないだろうか?
「じゃあじゃあ〜これなんてどうどう?」
(大丈夫そう…なのかな…?)
園子による樹の髪の毛いじりも程も最終的に小さな三つ編み?を編み込む?みたいなのに収まり外を気づけばもう日が落ちてきていた。
(夜になるのを早く感じるの、久しぶりだ)
大人同士の大事な話し合いも終わりを告げ、もうそろそろ家に帰らなければならない時間となる。
(また帰らなくちゃいけなのか。あの家に)
(また
太陽が落ちて明るかったのが暗くなるのと同じものを樹は感じていた。
でも
「また遊ぼうね〜イッつん」
こうして当たり前のようにまた会って遊ぶことを前提に話す園子がいるなら少しは気も紛れるかもしれない、そう思い込むぐらいは樹にもできた。
「うん、また遊ぼうね。園子ちゃん」
「それではまたの機会に」
「ええ、今後も大赦と神樹様のために、ひいては人類のために尽力していきましょう」
(またね)
心の中でそう言いつつ樹も小さく手を振り返した。
数時間前に始めて会った時の戸惑いながら振り返した手ではない。いや戸惑いはある。誰かに笑顔で手を振られるなんてことこれまで経験したことなかったから。
でもその戸惑いは怪訝なものから、嬉しいものに変わっている。
(やっぱり寂しい部屋だな)
食事とお風呂を終え、すでに暗くなった自室でベッドに寝転がる。ついでだが園子にセットしてもらった髪型を崩すのが妙に名残惜しかった。
(明日はまた学校、あるんだよな)
曲が切り替わった。
(楽しかったな。園子ちゃんと遊ぶの)
(楽しみだな、また園子ちゃんと遊ぶの)
寝返りを打つ。持て余している部屋のスペースが変に目につく。
(
乃木家当主と客間で面会をした時に挨拶を促されて以降上里邸に戻ってから二人の間に会話はない。
(でも、でも始めて俺から話しかけたんだ…!)
車を降りて本邸の中に入る前に樹は当主に今日のことを伝えようと思った。
それは今日の感謝のこと、乃木家に連れて行ってくれてありがとうと言おうと思ったためだ。
それが顔見せだろうと構わない。園子という人生で初めての友達を得られたんだからいい。
『と…義父さん…!』
樹のことなど気にする様子もなく本邸の中に入っていこうとする当主を呼び止める。樹は初めて自分の口から当主のことを『義父さん』と呼んだ。
呼んだ瞬間ドキッとして鼓動が早くなり、緊張して手に変な力が入ったのを感じた。
『…………』
返事をすることもなく視線を樹に向けることもなく当主はその場で立ち止まる。
『今日は…その…!……ありがとう…!』
たどたどしく、言葉足らずではあるが、それでも精一杯感謝を言葉にして伝えようとした樹。
その『ありがとう』には初めて当主の方から樹に対して呼びかけ、名前を呼んだことに対する『ありがとう』でももしかしたらあったのかもしれない。
『…………』
『義父さん……?』
伝えることは伝えたはずだった。だからあとはその返答をどんな些細なものでももらえればそれで満足だった。それがほんの一言でもいい。
ほんの一言でももらえれば自分引き取ったことを『よかった』と思ってくれてると樹は思い込めるから。
自分が今ここにいることに少しは自信が持てる気がしたから。
自分はここにいてもいいんだ、そんな風に考えることもできたかもしれないから。
必要とされてる、大事にされてるって感じられるから。
『義父さん………!!』
再度呼びかける。
『…………』
返答はない。
『義父さん…!!』
また呼びかける。
『…………』
返答はない。身じろぎひとつしない、反応すらしていない。
(なんで反応しないんだよ…なんで答えないんだよ…初めて俺から義父さんって呼んでるじゃないか……ありがとうって言ってるじゃないか……)
(義父さんが俺を選んだんだろ…だから俺はここにいるんだ……だったら少しぐらい答えてくれたって………!!–––––)
『…………』
振り返ることさえなかった。振り返って視線を合わせることすらなく暗い夜の闇に当主の足音だけが響く。
そして静止する間も無く無慈悲に玄関の扉が開かれ–––閉じられた。
そこに樹を一人残して。
曲が切り替わる–––––
(なのに
目の前に置かれていたサンチョを胸の中で抱きしめる。もふもふで抱き心地がとてもいい。
(やっぱり園子ちゃんの匂いだ…………)
・上里樹
戸惑ったり嬉しかったり楽しかったり、でもやっぱり辛いし嫌いだったりする精神が安定しない子。素質はあったとしてもやっぱり環境が悪いよね。環境が。でもサンチョは園子ちゃんの匂いがして落ち着くからあの夜はなんとか眠れたみたい。
・乃木園子
何気に初めてお友達ができました。普段そんなゲームとかしないけど何回かやってたら勝てちゃった。うーむ天才。早くできたばかりの友達とまた遊びたい。「あ、いいこと思いついたんよ〜」