メンタルと涙腺がボロボロ不可避……みんな可愛いよ…うん…。
(相変わらず慣れないな、この車)
窓の外を眺めつつなんとも言えない心境だった。
(大赦…
曲が変わる。
(いや、そもそも何かやらされるために俺はここにいるのか。…
(じゃなきゃ俺を引き取ることなんてしないもんな)
園子と登下校を共にし一緒に昼食を食べる。そしてたまに
そんな生活をしばらく続けていた矢先、突然の大赦からの呼び出しであった。
直接
(でもそんなの……虫が良すぎるよ、……義父さん)
「…暇だな」
神樹館小学校五年生の三ノ輪銀は暇をしていた。
突然の大赦という両親が勤めている組織に呼び出されこうして来てみてある一室に通されたものの
「何も起きないし誰も来ないのはなんでなんだ〜正座やっぱ苦手だし…」
部屋には自分以外誰もおらず大赦の職員からは『少々お待ちください』としか言われていない。
ここに誰が何人どんな理由で来るのか何も知らない状態である。
(あ、何も和室だからって正座してなきゃいけないわけでもないのか)
部屋に通されてからまだ十分少々だが小学五年生のわんぱく少女にはたったそれだけの時間でも厳しいものがあった。
(うーん、体育座りでいっか)
いいはずがないのだがそこは無垢な少女。他人の目もないため気にせず体勢を変えられる。
「やっぱこっちの方が楽だよな」
(にしても………暇だなぁ)
わんぱく少女の銀ではあるがそれでも良識のある子供。やっていいこととダメなことの区別ぐらいつく。例えばこういう場では静かに大人しくしていなければいけないこととか。
(でもあたしはじーっとしてるのが苦手なんだよぉっ!!)
正座から体育座りに変えたはいいもののそれもやはり落ち着かなくてとりあえずその場に立ち上がって準備運動の要領で体を軽く動かしてみる。
もちろん音が立たない程度に、うるさくならない程度に。
(あたし以外には誰が来るのかな?)
銀はそんなことを考えつつ体を動かすのだった。
「こちらのお部屋でお待ちください。上里様」
「はい。……あの」
「なんでしょう?」
「もう中に誰かいますか?」
「ええ、お一人おられますが。ほかにもあと上里様を除いて2名、もうすぐご到着との連絡をいただいております」
「…そうですか」
大赦の施設に到着したものの肝心の
(やっぱり義父さん…いないんだ)
(こんな時ですら会うことも、言葉をくれることもないんだね)
念のため先客がいるかどうか確認はしたがいようといまいと特別変わることはない。
(どっちにしろ話すつもりなんてないんだし)
そんなことを思いつつ襖を静かに開くのだった。
「んーーーっしょっと」
「…………」
そこには自分と同じぐらいの歳であろう少女が準備運動?みたいなことをしていた。なぜか、なぜが準備運動。
(えっ、……はっ?)
そりゃあ中に人がいるとは聞いたけど普通和室で準備運動してる人がいるとは思わない。…筈だ。
心の中で絶句し、言葉を失う。
(このまま襖閉めちゃダメなのかな…)
そんなことすら思い始めていた。
すると
「んーー?あ、やっと来た!」
こちらに気づくとなぜかその準備運動の少女は嬉しそうに声を上げる。
「っていけないいけない…静かにしなきゃ…」
そして自分で手を当てて口をふさぐ。
まぁたしかにちょっとうるさかったけど。
(なんだか忙しい子…)
樹唯一の友達である園子もどちらかというと元気な女の子であるが、それでも基本的にはのほほんとのんびりしたタイプの子であり、動作や動きが世話しなかったら忙しかったりするタイプではない。
そのため自分から発言したり行動することが少ない樹としては気が楽なのだ。
「ん、どったの?そんなところでぼーっとして」
あっけにとられてる樹に気づいたのか声をかける銀。樹としてはあなたの方がどうしたの?と言いたいところではあったがそれを口に出してサラッと言えるほど樹は人と話すのが得意じゃないし、好きでもない。
(友達でもない人とスラスラ喋れないよ、俺は)
「……なんでもないです。ごめんなさい」
それだけ言って和室の中に入り用意されていた座布団に座る。
正座が苦手じゃなくてよかった。
「……すげえ〜」
(…何が…?)
なぜか準備運動の少女に羨望の眼差しで見つめられる。俺は何もしてないんだけど…
すると準備運動の少女はとなりの座布団に座る。なぜか体育座りで。
(違和感すごいな…)
和室と座布団と体育座り、非常にシュールである。
「よく普通に正座できるなあ〜って、あたしなんかもう全然でさ。すぐに足が痺れちゃうんだよね」
「そう…ですか」
なんて答えればいいのかわからないから返事が素っ気なくなる。
(気を悪くされても仕方ないよな)
「あたしの名前三ノ輪銀ってんだ、よろしく!」
笑顔で手が差し出される。
(気にしないのかな)
普通なら気を悪くしそうなもんだが。というかこれまでされてきた、前の学校でも今の学校でも。
「上里樹です、…よろしくお願いします」
差し出された手を握る。
(園子ちゃんの手よりも…なんか強いな)
園子がそっと樹の手を握ったのに対して銀はギュッとしっかり握ってきた。
(でも、––––あったかいな)
園子の手が暖かくてなんだか安心できたように銀の手もまた、感覚は違えど暖かかい。そして園子よりも小さい。下手したら樹と同じくらいなんじゃないかと思うぐらい小さい。
(同級生かな)
「その制服は神樹館だよね。何年生?」
「えっと、四年生です」
「お、じゃあ一つ下だな。あたし五年なんだ」
「えっ年上?」
思わず口からぽろっと出てしまった。てっきり同級生かとばかり…
「もしかして年上だと思ってなかったろ〜?」
ニヤリ顔で詰め寄ってくる樹に詰め寄る銀。樹としては事実そうなので弁解のしようもない。
「いっいや、えーっと…」
「失礼しまーす〜」
樹の謝罪とほぼ同時に樹はもちろん銀もまた聞き覚えがある声が襖が開くとともに聴こえてきた。
ここ最近よく聴いているその声に思わず反応する。
「園子ちゃん!?ど、どうしてここに…」
「あ、イッつんだ〜」
驚きと動揺が隠せない樹に対して園子はどこか樹がここにいることがわかっていたかのような落ち着いた反応だった。
そしてそんな園子の後ろには
「乃木さん、入り口で立ち止まってお話ししないでください」
もう一人黒髪の少女が立っている。
(だ、誰…?)
「ああ、ごめんね鷲尾さん、よいしょっと〜」
(あれ…知り合い?)
少なくともはじめましてというか感じではない。すると樹の隣で座っている銀が今度は反応した。
「園子と鷲尾さんじゃん。二人も呼び出されてここに?」
「そうなんよ〜にしても久しぶりだね〜ミノさん」
(え…こっちも…?)
自分以外がみんな知り合いでさらなる驚きと困惑が隠せない樹。名前のつけようのない不安感と居心地の悪さが自らを支配し始める。
「ほんとほんと、園子は三年生の時ぶりで鷲尾さんは去年一緒だったよな」
「ええそうね、三ノ輪さん久しぶり」
「おうっ!よろしく!」
「…………」
居心地の悪さが上限を迎えそうだ、この分だとこの三人は学年が同じで過去に同じクラスにもなったことがある顔見知り。
比べて自分はここ最近転校してきたばかりで三人とも学年が違う。
不幸中の幸いとしては園子がいることだが…それを鑑みたとしてもとてもここにいたいとは思えない。
「というか園子、上里さんと知り合いなの?」
「うん、友達なんよ〜」
「乃木さんのお友達…」
三人の視線が一気に樹に集まる。
嫌な汗が背筋を伝う感覚がした。正直やめてほしい。
(と、とりあえず何か…何か言わないと……)
だけど何を言えばいい。友達が一人、初対面が二人という微妙なバランスのこの人員に一体何を言えばいい。
園子のニコニコの笑顔の視線、銀の興味しんしんといった視線、須美の変わったものでも見るような視線。
三者三様とはまさにこのこと。
「上里樹です…よろしくお願いします…」
考えた末に出たのはほんの数分前に銀にも言ったのと同じものだけ。
普段から重々承知しているつもりでいたが今日は特に自分の頭の回転の遅さを思い知る日となった。
そしてまた自然と視線が下がっているのに気づく。
(園子ちゃんに言われても治らないなんて重症だな、これ……)
「鷲尾須美といいます。神樹館小学校五年生で、クラスでは学級委員長をしています。以後よろしくお願いいたします」
小学生の女の子とは思えないほど丁寧に挨拶をする須美。
「よろしくね〜イッつん〜」
なぜか改めて挨拶をする園子。
「いやお前友達なんだからよく知ってるだろ」
キレのあるいいツッコミを入れる銀。
「…………」
困ったらとりあえず黙っておくことしかできない樹。
その様は三者三様と言うよりは、四者四様と表すのがふさわしいのかもしれない。
–––––大赦の神官による今回の四人の招集の説明がなされるのはこの後すぐのことだった。
四人はあれ以上の自己紹介をする時間もなく大人しく用意された座布団に座らされた。
『安芸』
そう名乗って入ってきたのは眼鏡をかけた理知的な女性であり、この施設内で何人か見たおかしな仮面をつけた神官ではなかった。
服装も巫女服の様な仰々しいものではなく、どちらかというと先生みたいなスーツっぽい感じの服装でてっきりあの仮面の人が来るのかと思っていた一同は少々呆気にとられる。
呆気にとられている四人を気にする様子もなくその安芸という女性はここに四人が集められた経緯を語り始める。
今日、四国は神樹様の結界によって守られており、結界の外の世界は恐ろしいウイルスによってすでに崩壊を遂げている。
そしてその崩壊した世界から人類と神樹様を滅ぼすべく『バーテックス』と呼ばれる謎の生命体が襲来してくるという『神託』が神樹様より降ろされた。
さらにはこれを神樹様のお役目として迎え撃つ戦力となるのがこの、ここに集められた四人なのだと安芸は言うのだ。
にわかに信じられる話ではない。しかし嘘をついているとかそんなことがあるはずもないのだ。
ここはこの世界そのものといっても過言ではない神樹様を祀っている組織大赦であり、その大赦が神樹様と人類に危機が迫っていると言っている。
これが冗談でもなんでもないことは神樹館小学校という大赦お抱えの学校に通っている四人にはよくわかった。
しかし–––わかっていてもそれを受け入れられるのかどうかは全くの別問題であり、心の問題である。
須美はすでに話の内容を承知しているのか全く表情が変わらず、動揺するそぶりを見せない。
銀に関してはそもそも話の内容をきちんと理解できたのか見ていて不安になる程ポカンとしている。
園子は普段彼女があまり他人に見せることはない訝しげな様子。
そして樹は––––
(おとぎ話みたいだな)
そんなことだけを考えていた。あまりにも現実味がなさすぎて、どうしたらいいのかもわからなくて。
そして一つの冷たい視線とその視線に比例する冷たい声が脳裏をよぎる。
(義父さん–––)
上里に家に来て、そして神樹館小学校に転校してからもう一年が経つ。
あれ以降、例の『お役目』の話が持ち出されることもなく時は過ぎ去っていった。
園子からもその話題が出ることは一度たりともない。
何も変わらないのなら、それでももういい。
そうとすら思っていた。
この嫌な環境だって時間が解決してくれることなんてなくて、相変わらず嫌なままで、でも別に楽しいことが一切ないわけでもない生活。
ぬるま湯に浸かっているのはいい気分ではないが同時に悪い気分でもない。
自分から環境を変える勇気も自らを変える勇気もない俺にはぬるま湯に浸かって日々を過ごすことが精一杯なのだ。
それが今の俺の心の許容範囲。
小さくて狭い、嫌な自分。
ぼーっと見上げていた天井から体ごと視線をそらす。
曲が変わる。
(明日も自分が行く教室に園子ちゃんがいるのか…変な感じだ)
でもそれは本来ありえないこと。園子と樹は歳が一つ違うのだから当然学年も違う。
しかし今、園子と樹は同じ六年二組であり、また銀と須美も同じクラスである。
順当に進級していくのなら今年樹は五年生の年のはずなのに六年生としてあの六年二組の教室にいる、それはなぜか。
(あの大赦って組織……それか義父さんか)
裏からなんらかの手が回されてるのは想像に難くない。
(『お役目』のため…じゃあそのお役目ってなんなんだよ)
未だにプラスの情報を知らされていない樹からしたらそう思うのも当然であった。
(敵?迎え撃つ戦力?)
視線をウォークマンのすぐ近くに置かれているスマホ端末に移す。
どこからみても世間一般に溢れている普通の端末にしか見えない。
しかしこれは大赦のあの神官––––『安芸』と名乗って樹たち四人にお役目の説明をしさらには樹が所属する六年二組の担任教師でもあるあの女性から四人に直接手渡されたものである。
つまりは大赦からの直送品ということ。
しかも樹に関しは今日も今日、安芸先生から手渡されたばかり。
そう、あくまで樹に関しては。
しかし樹はそれを知るよしもない。
(園子ちゃんは何か知ってるのかな…お役目のこと)
もう一年の付き合いになる友達の姿を思い浮かべる。しかし会話の中でそんな節はほとんどなかったと思う。
園子が樹と同じく単に何も知らないだけならそれはもういい。
でも何かを知っていてそれでもあんな風に変わらず樹に対し笑顔で接しているのなら–––
(結局俺は何もわからないし、知らない)
わかりたくないのか、わかりたいのか。
知りたくないのか、知りたいのか。
今の自分がわからなくて、知らないことだけはわかる。でもそれをどうしたいのかは自分ですら–––あるいは自分が一番わからない。
それが強制的にわからせられるのは––––明日の話。
それもわからずに、知らずに樹は目を瞑った。
・樹
・園子
『全然セリフがないんよー』
次回ね、次回。(たくさん喋るとは言ってない)
・銀
『全然セリフがないのはなんでなんだー!!』
むしろ君はある方です。
・須美
『名前名乗っただけ…』
初登場にして恐ろしいまでのセリフのなさ。
ごめんねわっしー。