犬吠埼樹(憑依)は勇者である   作:夏目ユウリ

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今回も一万字超えてます。

流石に今後毎回の超えてくることはないと思うんですけどね…どうもここまで書きたいと思ったところまで書いてくるとやっぱ増えちゃうんですよね。悩ましい。


醤油豆ジェラートの価値は

『あなたの名前は樹–––––––』

 

 

『ちがう』

 

 

『犬吠埼–––––樹–––––––』

 

 

 

『ちがう』

 

 

 

『上里––––––樹–––––––』

 

 

 

 

『ちがう』

 

 

 

 

『では––––あなたは誰–––?』

 

 

 

『私は……』

 

 

『俺は……』

 

 

 

 

 

『あれ–––––()って誰だ–––––』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「樹っ!」

 

 

 

戻ってくるのは唐突だった。

 

 

 

「…………」

 

あれ、ここ–––どこだ?

 

そもそも俺は何を––––

 

 

 

「おい、樹ってば。大丈夫か?」

 

「…………銀ちゃん…」

 

肩が揺すられる感触がして、横にはどこか心配そうな銀ちゃんがいた。

 

 

「銀ちゃん……怪我…してる」

 

銀は初戦闘にもかかわらず超近距離での戦闘スタイルとその奮戦によって樹を除く三人の中で一番怪我をしている。

 

切り傷や擦り傷が主なものではあるがおそらく打撲などもしているだろう。その姿は年端もいかない少女が普通負うような傷ではない。

 

 

「いやぁ、あたしは大丈夫だけどさこのぐらい。樹は…その……大丈夫なのか…?」

 

銀はへっちゃらそうに自らの体を撫でつつその心配そうな表情を解く気配はない。

 

無理もないことだ。

 

 

あんなものを見ては。

 

 

 

しかし、当の樹本人は

 

 

「え…なんのこと?」

 

銀ちゃんが何を言ってるのかわからない。

 

少し遠くには大橋が見えて、目の前には祠がある。

 

見たことも聞いたこともない場所だ。

 

 

 

「なんのって……覚えてないの…?」

 

鷲尾さんも銀ちゃんと同じく心配、そして不安が見えた。

 

 

「–––––なんのこと?」

 

 

わからない。本当にわからないんだ。

 

 

なんなんだよ、一体。

 

なんでそんな顔するんだ。

 

やめろよ、そんな顔で俺を見ないでくれ。

 

 

俺が一体何をしたって––––

 

 

 

 

「お疲れ〜イッつん」

 

 

「…園子ちゃん」

 

 

「いきなりいろんなことが重なりすぎて混乱しちゃったんだよね。無理ないよ」

 

園子は樹の前にしゃがみ、樹の手を取って微笑みを浮かべる。

 

 

それはまるで樹と園子が初めて出会った時の再現のようで

 

 

(やっぱりあったかいんだな)

 

 

樹はその暖かさにすがるように園子の手を握り返す。

 

 

「イッつんは私たちと一緒に神樹様のお役目で勇者になってバーテックスって敵と戦ったんだよ?」

 

 

神樹様––お役目––勇者––バーテックス–––

 

 

「……そっか…そうだよね。…そうだったよね」

 

なんで忘れてたんだ。こんな衝撃的なこと。

 

 

そうだ–––戦ったんだ、バーテックスと。人類の敵と。

 

 

 

 

 

 

 

 

バーテックス––––?

 

 

 

人類の敵。神樹様もろとも人類を滅ぼそうとする倒すべき敵。でかくて怖くて強くて恐ろしいもの。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ…あああ………」

 

 

「イッつん落ち着いて。もう大丈夫だから。何もないよ。大丈夫」

 

 

脳裏をよぎり、フラッシュバックが止まらない。

 

 

場面が一つ一つ高速で切り替わるように頭の中をあの異形のバケモノが現れては消えてく。

 

 

「違うんだよ、園子ちゃん……逃げちゃダメだ…逃げちゃダメなんだよ」

 

 

「いいから、今は休んで。私がいるよ、だからお願いだよイッつん。大丈夫だから」

 

 

 

 

 

 

 

 

逃げちゃダメだ。逃げたらなにもかも失うんだ。

 

 

自分がなにを持っているのかもわからないのになにかを、あるいは全てを失うんだ。

 

 

俺はそれがたまらなく怖い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんかごめんね〜ミノさんも鷲尾さんも」

 

あの後、すぐに大赦による迎えがよこされ四人は安芸先生が運転する車で移動している。

 

 

「それはいいけど、本当に大丈夫か?」

 

銀は園子よりも少し下に視線を向けながら言う。

 

 

そこには園子の膝枕でスヤスヤと眠る樹の姿があった。樹海から大橋に戻ってきたときのような錯乱はすでに収まりその寝顔は悪いものではない。

 

 

「…たぶん疲れちゃってたんよ。ゆっくり休めば平気だと思う」

 

園子は微笑みを絶やさず樹の髪をそっと撫でる。

 

 

「でも…どうして覚えてないのかしら…自分がやったことなのに…」

 

須美はスヤスヤと眠る樹を見ながらもまだ心配と不安を織り交ぜたような心境だった。

 

彼女の脳裏にはあの樹の戦闘が脳裏に焼き付いて離れない。

 

銀のあの猛烈な乱撃をも上回るスピード、あれだけの量の水球ももろともしない回避運動、ワイヤーを剣のようにして落下の勢いのまま御霊ごと切り裂いた破壊力。

 

 

口ぶりからして樹は正規の説明や訓練を受けておらず、あの実戦の場で勇者としての力を初めて使ったはず。それにもかかわらずあの動きはなんだ。

 

 

あんな動き–––銀でも園子でも、当然須美には到底出来ない芸当。

 

 

(上里樹さん…)

 

大赦の名家の中の名家である上里家に養子として迎え入れられ本来一つ下の歳でありながら同学年。物静かだけど乃木さんと話している時なんかは穏やかな顔も見せている。

 

それが須美の樹の印象だった。

 

それが今日は樹の多くの面を初めて見た、あるいは見てしまったと言うべきか。

 

(でも、一緒に攻撃したあの瞬間はなんだかとても気持ちが良かった…)

 

二人して空中で園子と銀を援護するために弓矢、ワイヤーを飛ばしたあの瞬間はなんだか連携が出来ているみたいで良かったと思う。

 

 

(連携…)

 

須美は一人今後も続く戦いのためのことを考え始めた。

 

 

 

 

 

「ねえ二人とも、お願いがあるんよ」

 

園子は樹が起きる気配を見せないことを確認して銀と須美に言う。

 

「お願い?」

 

「何かしら?」

 

園子は二人の顔を交互に見て、一呼吸起きつつその内容を話す。

 

「あのね、今日の戦闘でイッつんがあのバーテックスを最後に倒したことは言わないでほしいんよ」

 

瞬間その場が静止する。

 

須美は自分でもわからぬうちに息を飲んだ。

 

銀は

 

「それは……なんでか聞かない方がいいか?」

 

「–––うん。そうかな」

 

「…ふむ。–––わかったよ」

 

「ありがとね、ミノさん」

 

意外すぎるほどあっさりと園子のお願いを聞き入れた。

 

 

(なんだか…二人ともまるで昔からの友達のよう……)

 

須美に関してはお願いそっちのけでそんなことを考えている。

 

しかし何も須美が考えていることはあながち変なことでもないのだ。

 

 

(やはりここは私が…)

 

 

「鷲尾さんもそれでいーい?」

 

「…………」

 

「須美さーん」

 

「…………」

 

「須美すけー」

 

「…………」

 

園子がふざけて呼び方を変えてみても反応を示さず難しい顔をしたままの須美。

 

みかねた銀は須美の耳元に口を持ってくると

 

「おいこら、須美さんやー」

 

と囁くようにして呼びかけた。

 

 

「ひゃ!?な、何するの!?」

 

突然の驚きとくすぐったさでビクンと大きく反応する須美。心なしか頬も赤みを帯びている。

 

「何って、お前さんちゃんと園子の話聞いてたかー?」

 

「うー鷲尾さん家の須美さんったらひどいわ〜!こっちが真剣にお願いしてるのに他のこと考えてたなんて〜!」

 

「ホントざますなあ〜園子さんや〜」

 

「ねえねえ〜」

 

「…………」

 

特に意味を持たないであろうショートコントに少々呆気にとられながらも須美は先程の園子の話を忘れたわけじゃない。

 

 

「…わかってるわよ。黙っておけばいいんでしょ、もう全く…」

 

 

須美がプイッとそっぽを向きながらも皇帝の意を示す。

 

「ふふ、ありがとね鷲尾さん」

 

「サンキュな鷲尾さん」

 

 

 

「本当に全くよ…全く…」

 

 

そんなことを言いながらも顔がにやけているのに銀も園子も気づいている。気づいていないのは須美自身だけ。

 

そんな須美の様子を見て銀と園子もまた笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「広いわね……」

 

須美はその一人で使うには持て余すであろう広さを持つ部屋を見て一人驚嘆する。

 

「それはとってもふかふかだわ」

 

自分が腰掛けているベッドはそれはもう低反発もいいところといった感じの寝転がらなくとも最高級のものだというのがよくわかる。

 

 

部屋自体の装飾や家具なんかもまとまりがありつつ、豪華でおしゃれな雰囲気が保たれており実に見事なものだ。

 

須美自身も鷲尾家という大赦の名家の一つの娘であり、お嬢様というのは変わらないがそれでもやはり天下の上里家には敵わない。

 

この部屋にたどり着くまでもいくつかの門をくぐり庭園を抜け、ようやく本邸にたどり着いたかと思ったらその本邸の中も恐ろしく広く複雑でまるで迷路のよう。

 

もし一人この家のどこかに行こうとするのならば絶対に道に迷うだろうな、そんなことを須美は思いつつこの部屋の主人でありこの家の一人娘が眠っているベッドの中心を見た。

 

 

(変な夢でも見てないといいけど)

 

 

 

 

さて、なぜ須美が上里家の樹の部屋にいるのか。

 

事の発端はこうである。

 

 

 

安芸先生によると樹海化中は現実世界の時間は止まっているため戦闘が終わった後はそのまま学校に戻って授業に合流する……はずだったが今回は初戦闘ということもあり四人とも家に帰って体を休めろとのこと。

 

それは別にいい。

 

ただここで問題になったのは、樹のことだ。

 

今はなんとか眠って落ち着いているけどまだ色々と心配なことが多い。

 

そして三人は心優しく誰かを思いやり助けたいと思う、まさに勇者にふさわしい少女たちなのだ。

 

 

ということで誰か樹に付き添おうということに。

 

 

しかし園子は親が許さない、銀は今日は両親ともに家におらず弟たちの面倒を見なければならない。

 

そこで須美は自ら名乗りを上げ樹に付き添うことにしたのだった。

 

須美はお嬢様ではあるが鷲尾家の両親はそれなりに融通が利く人たちなのだ。それに大人の都合で本来の家から鷲尾家に養子となった–––なってしまった須美には出来るだけ好きにさせてあげたい、そんな思いがあるのだ。

 

 

須美はそんな風にして自分を気遣ってくれる両親は優しい人たちであり、いい人たちだと思っている。

 

 

さらには鷲尾家の朝食を自らが作ることにより洋食から和食に半ば無理やり変えさせるなだといった行動力も鷲尾須美という少女は備えている。

 

 

 

そんなこんなでいろんな要素が重なった結果、須美は樹の部屋で樹のベッドで樹が眠っている姿をぼーっと眺めている。

 

 

 

(それにしても盲点だったわ……やることがないなんて…)

 

樹は寝ており他には人はいないため話し相手もいない。樹の部屋のものを勝手に漁るような真似もできない。

 

要するに完全に手持ち無沙汰。

 

 

そしてやることがなくて、なおかつ疲れがたまっていると人間というは自然と

 

 

(……眠い)

 

眠くなってくる。

 

こうしてやることもなくぼーっとしているとほんの数時間前の戦闘での肉体的あるいは精神的疲れが急激に出てくる。

 

 

そして今自分が座っているのは最高級のもふもふ低反発ベッド。

 

これが人間の三大欲求の一つ––––––睡眠欲を刺激してならない。

 

 

(あぁ……ダメなのに……こんなことしてはいけないのに……)

 

頭ではわかっていても体がゆうことを聞いてくれない。

 

原始的な欲求にはいくら自分に厳しい須美でも敵わない。

 

吸い寄せられるようにしてベッドの中心部分、樹の寝ている隣に寝転がり掛け布団の中に潜り込む。

 

 

(あったかい……それに何かしらこれ…どこかで見たことあるようなぬいぐるみ……いい抱き心地だわ…)

 

須美は樹が園子からプレゼントされたサンチョを抱きしめる。園子お墨付きだけあって抱き心地は最高。

 

(上里さん……)

 

すぐ近くに樹の顔があり、寝息までもが聞こえてくる。

 

 

「捨てないでお父さんお母さん…俺を捨てないで…」

 

 

「えっ…」

 

スヤスヤと眠っているはずの樹が唐突に口を開いた。

 

(寝言かしら…?)

 

 

「義父さん…俺を見て…」

 

 

(ん……?俺……?)

 

樹は紛れもなく女子であるはず。なのに・・・俺?

 

 

気になるところではあるが須美自身もどんどんと高まってくる眠気に思考力が薄れていく。

 

 

「お姉ちゃん…会いたいよ…」

 

 

その言葉とともに樹の瞳から雫が落ちる。

 

「助けてよ……お姉ちゃん…」

 

また落ちる。一度出始めると抑えが効かなくなってしまうもの、それが涙というものだ。

 

 

 

「……樹ちゃん」

 

 

須美は滴り落ちるその雫をそっと手で拭うことしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

どれだけ寝ていたのだろう。そもそもここは…

 

 

「俺の部屋か…」

 

いつの間にか自分の部屋に帰ってきていたようだ。

 

「……っ!?」

 

いやいやいやいや。びっくりした……!

 

 

「なんで鷲尾さんがここにいんの…?」

 

なぜか鷲尾さんが俺の部屋の俺のベッドの隣で寝ている。なぜか。本当になぜか。

 

しかも爆睡である。

 

とても他人のベッドで寝ているとは思えない寝っぷり。

 

綺麗に寝息までたててらっしゃる。

 

 

「……可愛い」

 

思わずぽろっと口から出てしまった。

 

彼女の人となりを表すかのような艶やかな黒髪。まつ毛ぱっちりお目めくりくり……ダメだ混乱して語彙力が落ちてきてる…

 

「やっぱり中身は男なんだよな…」

 

ものすごく今更ながらにこういう時それを実感する。はじめのうちは園子との触れ合いだってだいぶ緊張していた。というか今でもしてるけど。

 

しかし園子とだってここまで近い距離で接することはなかった。しかも鷲尾さんとは言ってしまえば同じクラスのクラスメイトというだけしか俺には接点がない。そんな女の子とかの距離で同じベッドで向かい合って寝ていれば……意識もしてしまう。

 

「というか…接点他にもあるか」

 

 

『勇者』

 

人類を守る神樹様を狙うバーテックスから神樹様ならびに人類を守るための存在。

 

 

普通では到底あり得ない接点が鷲尾さんと俺にはあるのを思い出す。

 

ほんの少しではあったがともに戦いもした。

 

(ほとんど役に立ってなかったけどな………てかサンチョ)

 

いないと思ってたら鷲尾さんが持ってたのか。あの鷲尾さんも籠絡させるとは、さすがサンチョ。園子ちゃんのお気に入りだ。

 

 

「…………どうしよう」

 

自分でもどれだけ寝たかわからないほど寝たはずだから正直二度寝って感じでもない。しかしこのままでは動くに動けない。

 

 

少々罪悪感はあるが致し方なし。

 

「わ、鷲尾さーん。起きてー」

 

普通に声で起こすことにした。

 

だって体とか気安く触らないし…

 

「ん…ぅん……」

 

まあそんなすぐに起きたら苦労はしないか。

 

「鷲尾さん。ごめんだけど起きてー」

 

「んん……樹ちゃん…」

 

「い、樹ちゃん…?」

 

鷲尾さんの夢の中に俺が出てきているのだろうか。

 

「いいのよ…我慢しないで……ほら、おいでおいで…」

 

「…………」

 

なんだか寝言が随分鮮明になってきた。

 

「だって……私だって…お姉さんだもの…」

 

 

…お姉さんか。銀ちゃんもそんなこと言ってたな。園子ちゃんも前に言ってた気がする。

 

 

 

「……俺は逃げちゃダメなんだよ、鷲尾さん」

 

 

逃げたらこうして自分のことを思ってくれる人たちさえいなくなってしまう。失ってしまう。

 

だから–––

 

 

「…逃げちゃダメだ」

 

「ふぇ……?」

 

「あ…」

 

どうやらようやく目が覚めたみたいだ。まだうとうととしてはいるけど。

 

 

「…ここ……どこぉー……」

 

というか寝ぼけている。普段の凛とした丁寧な言葉遣いが綺麗サッパリ。

 

「えーっと、私の部屋です…」

 

馬鹿正直に言ってしまった。…他にどうしろっていうんだ。

 

 

「へやぁ……」

 

「うん…部屋」

 

「誰のぉ…」

 

「私の…」

 

「…………」

 

「…………」

 

あれ?なんで黙るの?

 

「鷲尾…さん?」

 

「ごめんなさい……勝手にあなたの布団で寝てしまって…」

 

「え、あー。別にいいけど…」

 

「ありがとう…」

 

「うん…」

 

というか目、覚めたんだ。今度こそ完全に。

 

 

「…………」

 

「…………」

 

 

そして再度おとずれる沈黙。そしてこんにちは気まずさ。

 

 

 

 

 

 

 

(こんなのじゃダメだわ…私は年上のお姉さんなんだから…!しっかり話をリードしないとっ!)

 

 

年上のとして後輩の少女を困らせるわけにはいかない。ここはバシッと決めなければ!

 

 

 

「うっ上里さん…その…どうかしら、体の調子は?」

 

(しまったっ…!私自身あまり人と話すの得意なわけじゃないんだった…!)

 

 

そもそもろくに友達もいない須美なのであった。

 

 

「そうだね…体は平気だけど……ちょっとお風呂行きたいかも」

 

 

長時間寝ていたわけだしなんだか体がベタベタする気がする。気分的にも少しはすっかりするかもだし。

 

 

 

 

 

「あ、だったら一緒に入りましょうか!!」

 

 

「いやなんでっ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カポン。

 

 

 

「はあ、極楽ね」

 

「……そうだね」

 

 

体を互いに洗い(なぜか俺の体は鷲尾さんに洗われた)浴槽に浸かる。

 

 

疲れていた体にお湯が染み渡るようで極楽なのは確かかもしれないが正直それどころではない。

 

 

(中身のせいで悪いことしてるわけじゃないのに無性に悪いことしてるみたいだ…隅々まで洗われたし…)

 

 

 

「どうかしたの上里さん。私のことじっと見たりして」

 

「え、……あーうん。気にしないでくれると嬉しいかな…」

 

「?」

 

 

(まさかあなたの胸に視線を向けていました、なんて言えるわけがない……絶対に…)

 

 

目の前に、何も隠されることもなく堂々と鎮座しているそのブツは中身が一応男である樹に効果抜群。離したくとも視線をそらすことができない恐ろしい吸引力を誇っている。

 

 

(というか鷲尾さん、見かけによらず行動力すごいなぁ)

 

部屋から風呂場に連れてこられて服を脱がされて体を洗われるまでの手際の良さは反論の余地を挟む余裕がないほどだった。

 

 

されるがままとはまさにこのこと。

 

 

 

しかし樹は思い知ることになる。自分が思っているよりもずっと須美の行動力は恐ろしいものがあるということを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「上里さんの髪ふわふわでとても触り心地がいいわ。どんなケアをしてるのかしら?」

 

「べっ別に何もしてないけど…」

 

「何もしてなくてこのふわふわ感なの!?……若いって素晴らしいわね」

 

「一歳しか変わんないけどね…」

 

 

お風呂上がりに丹念に髪を乾かされたり。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうかしら、お口に合うといいのだけれど」

 

「すごい美味しい……鷲尾さん料理上手なんだね」

 

めちゃくちゃ美味しい和食を提供されたり

 

 

 

「和食意外にも洋食とか中華とかも作れたりするの?」

 

「そんなもの邪道だわ、邪道!日本人は和食を使ってこそよ上里さん!」

 

「う、うん…?」

 

鷲尾さんの和食に対するよくわからないこだわりを知ったり。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「食後はしっかり歯を磨かなければダメよ。優しく丁寧に、そして素早くよ」

 

「そ、それはわかるんだけどさ…」

 

「ごめんなさい、くすぐったかったかしら?」

 

「そもそもなんで鷲尾さんが私の歯を磨いてるのかなぁ……って…」

 

「なんでって…食後の歯磨きは基本よ?」

 

「うん、そういうことじゃない…というかくすぐったい…」

 

「我慢して、私が体同様歯もピッカピカにしてあげるわっ!」

 

「ふぁ…だ…ダメぇ…」

 

「は、破廉恥なのは禁止よ禁止!」

 

わふぃほふぁんほひぇいふぁほ!(鷲尾さんのせいだよ!)

 

 

時間をかけて歯をツルツルピカピカにされたり。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「痛くないかしら、平気?」

 

「うん…痛いというか…むしろ気持ちいいかも…」

 

「ふふっ、嬉しいわ」

 

「よく人に耳かきできるね、怖かったりしないの?」

 

「怖いだなんて、むしろ楽しいのよ結構…いい獲物を見つけた時なんかかなり興奮するわね」

 

「お願いだから興奮しすぎてグサってならないようにしてね…」

 

「じゃあそろそろ奥の方、いくわよ、…っえいっ!」

 

「ねえ私の話聞いて…って痛っ!?」

 

 

気持ち良かったら、時々痛かったりする耳かきを施されたり。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぅ……やっぱり何度見ても泣けるわ…坂○上の雲…」

 

「たしかにとてもよくできた歴史ドラマだよね。登場人物も魅力的だし」

 

「そうなのよ!そうなのよ!わかってじゃない上里さん!」

 

「まぁ…見たことあるからね、昔」

 

「名作は何度見ても面白くて泣けるものなのよ。うんうん」

 

「セリフまわしが良かったりするんだよね」

 

「それもあるわっ!」

 

「鷲尾さん好きなシーンとかある?」

 

「ありすぎて絞りきれないけどやっぱりこれは外せないわね………そこから旅順港は見えるかっ!」

 

「あーあのシーン」

 

「見えまーす!丸見えでありまーす!各艦一望のもとに収めることができまーすっ!」

 

「BGMのタイミングが絶妙だったな〜」

 

「バンザーイ!バンザーイ!」

 

 

久しぶりに見た歴史ドラマで語らったりした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、そろそろ帰るわね。夜も更けてきたし明日も学校だしね」

 

「え、うわ、もうこんな時間だったんだ」

 

「今度はまた何か別の作品で語らいましょうね、上里さん」

 

「……まあ…いいかもね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあまた学校でね、もういい時間なんだからすぐ寝るのよ?疲れは自分が思ってるよりも溜まっているものなんだから、体冷やさないようにちゃんとあったかくしてね?上里さんの体どちかというとひんやりしてるんだから、風邪ひいちゃうわ」

 

本邸の玄関口、すでに到着していた鷲尾家の車に乗り込みつつ須美は樹に口うるさく言う。

 

 

「……………………」

 

 

 

 

「…鷲尾さんってさ」

 

「?」

 

「お母さんって感じする。–––お母さんみたいなだなって…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

曲が変わる。

 

 

 

相変わらずの天井、相変わらずちょっと寂しい部屋。

 

(ちょっと?)

 

俺はずっととても寂しい部屋だと思ってたはずなのに。

 

(鷲尾さんがいたからか…まだ残ってるんだ)

 

園子ちゃんがきた時も思ったことだが、さっきまで誰かがいたはずなのにもう今はいない。当たり前のことのはずなのにこうして今一人でいるのがなんだか変な感じがする。

 

 

「…なんであんなこと言っちゃったんだろ」

 

 

年齢は一つ上とはいえ学年的には同じである女の子にお母さんみたいなんて褒め言葉でもなんでもない。

 

というか遠回しに老けてるって言ってるようなもんだし。

 

 

(でも鷲尾さんの言う通り……やっぱりまだ疲れてるのかな…)

 

 

そんなことを考えている間に眠気はふとやってきた。

 

 

だったら今は、それに身を任せればそれでいいのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『バーテックスも勇者もお役目も神樹様も、よくわからないんだ』

 

 

『ーーーーーーーー』

 

 

『わからないんだ。自分がここにいる意味が』

 

 

『ーーーーーーーー』

 

 

『それもわかるようになるのかな。ここにいれば』

 

 

『ーーーーーーーー』

 

 

『また勇者になればいいのかな。お役目ってやつをやっていればいいのかな』

 

 

『ーーーーーーーー』

 

 

『またあのバーテックスっていうバケモノと戦えばいいのかな』

 

 

『ーーーーーーーー』

 

 

『逃げなければいいのかな』

 

 

『ーーーーーーーーー』

 

 

『そしたらここにいる意味がわかるのかな』

 

 

『ーーーーーーーーーー』

 

 

『あの三人も俺を見捨てないでくれるかな』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっーと……今日という日を無事に迎えられたことを大変うれしく思います。本日は大変お日柄もよく神世紀298年度、勇者初陣の祝勝会ということで、皆様の今後ますますの繁栄と健康明るい未来を応」

 

「かたっ苦しいぞぉーかんぱーい!」

 

「むっ…」

 

「えへへ〜ありがとね須美すけ。私もね須美すけを誘うぞ誘うぞって思ってたんだけど、でもなかなか言い出せなかったからすごく嬉しいんだよ〜」

 

 

「鷲尾さんから誘ってくることなんて実は初めてじゃない?」

 

「実はそうなんだよ〜」

 

「合同練習もなかったしな。なのにあたしら初陣よくやったんじゃない?」

 

 

 

翌日の放課後、場所は総合ショッピングモールであるイネスのフードコートにて、文字通りの祝勝会が須美、園子、銀、樹の四人で行われていた。

 

 

意外にもこれを言い出したのは須美であり、銀と園子は迷うこともなく賛成、樹に関しては自分はそもそも行ってもいいのだろうかなどと考えていたら当たり前のように園子と銀に連れてこられたのだった。

 

 

買った飲み物を一口含む。

 

 

 

 

 

(よくやった……よくやったのかな…)

 

 

 

「な、樹!」

 

「え…私も……?」

 

「イッつんがいてくれて助かったんよ〜」

 

「そうそう。心強かったぜ、樹」

 

「ええ。一緒に援護してくれたでしょ。上里さん」

 

 

三人は嘘偽りのない言葉と笑顔を樹に表す。

 

 

 

 

 

「そう…かな」

 

 

こんな風に言ってもらえるなんて思ってなかった。

 

(…だったら…次こそは……)

 

 

あの時のように、初めて勇者に変身した時のように自らの小さくてか細い手を見つめる。

 

 

(逃げちゃダメだ)

 

 

「そうだよイッつんは頑張った頑張った〜偉いんよ〜よしよし〜」

 

「お、じゃああたしも。よしよし〜」

 

「わっ私も。えっと、よしよし」

 

 

同時に樹の頭を三人で撫でる。第三者から見たら少しシュールかもしれない。

 

 

「……なにも三人で同時にやることもないと思うんだけど…」

 

周り結構人いるんだし、恥ずかしさがすごいし……もはや今更な気がしなくもないけど…

 

 

 

 

閑話休題

 

 

 

 

「じゃあわっしー!どう?」

 

 

(もうまんま鷲なんだな…わっしー…相変わらず園子ちゃんのあだ名のセンスはすごいな。目シイタケみたいになってて嬉しそうだし)

 

 

「まぁ、それでいいかな」

 

 

「よし、じゃああたしのことは銀って呼んでよ!三ノ輪さんはよそよそしいなー」

 

「そうだね〜」

 

「あの…だったら私も樹って呼んでほしいかな」

 

 

「え、えっーと…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はふー幸せーほうじ茶&カルピー味大正解。ミノさんとイッつんのは?」

 

「醤油豆ジェラート!」

 

「なにそれぇ〜でも美味しそうだね〜」

 

「ほうじ茶&カルピーも十分なにそれな気がするけどなぁ。私はソーダ&ラムネ味だよ」

 

(まずカルピーってなに?そしてジェラートでほうじ茶って……まぁ醤油豆よりはまだ想像できるけど)

 

 

「ソーダ&ラムネ味って…」

 

「なにが違うんだ?」

 

「・・・わかんない」

 

 

考えたこともなかった…とりあえずこの二つ組み合わさっててまずいことはないだろうって感じで選んじゃったし。

 

実際美味しい。美味。

 

 

 

「須美ちゃんのは何味だったっけ?」

 

 

「ほろにが抹茶味よ。二つの味が織りなす味の調和が絶妙だわ」

 

「あはは…コメントが小学生じゃないよね」

 

なんで三人とも味のセレクトが独特なんだろう。というかなんでそんな味が売ってるんだあのお店。

 

 

「あーん」

 

「な、なに?」

 

「そんなに美味しいなら、あーん」

 

「ぁ……えと、こういうのは初めてで…」

 

「はむ、うーん美味しい。はじめての共同作業だね?」

 

「ええ!?」

 

 

 

 

「なあなあ樹」

 

「なに銀ちゃん?」

 

「あたしたちもはじめての共同作業やろうぜっ!」

 

「…絶対に使い方間違ってると思うんだよ、それ」

 

「なはは〜細かいことは気にすんなって!ほら、あーん」

 

「…………」

 

(醤油豆か…)

 

一抹の不安を覚えざるを得ないのは確かである。

 

「いっいただきます」

 

はむ。

 

もぐもぐ

 

「あ、美味しい」

 

はじめて食べる味だし、なんか変な味だとは思うけどとにかく美味しい。…本当によくわからない味ではあるけど。

 

 

「だろー!樹はわかってくれるかー嬉しいなあ〜」

 

「あんま人気なかったりする?醤油豆味」

 

「…………」

 

「…はい銀ちゃん」

 

聞いてはいけないことを聞いてしまったお詫びの気持ちも込めて自分のジェラートを差し出す。

 

「…サンキュ。お、うまいな。うん……醤油豆…ぐすん…」

 

「こ、今度買うときは醤油豆味にするよ!」

 

「ありがとな。…樹は優しいな」

 

「うん!もう一口どうかな!」

 

「樹の優しさが胸に染みるよ、……ぐすん」

 

「ごめんよ銀ちゃん…ごめん…」

 

「いやいやいいんだよ。たしかにマイナー中のマイナーだもんな……樹もどう…?」

 

「うん食べるよ食べる。ぜひ食べさせてください」

 

「無理はすんなよ…醤油豆だからな…ははっ…」

 

「私醤油豆ジェラート大好きだよっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こうして今日は好物が一つ増える有意義な日となった。……醤油豆はともかくとして、また来たいと思ったのは本当のことをだった。

 

 

この三人と。




あれ?前回の予告と全然違うんだけど。

2回目の襲来のこと一切書かずに終わっちゃった…


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