後ゆゆゆいの公式ファンブックも時間的には今日発売ということで。
しかも花結いの章の最終話のさらに後の話もあるみたいだし!
六月には二周年ニコ生もあるとのことで、ワンチャンのわゆアニメ化もっ!?
大粒の雨と大量の雲により午前中にもかかわらずすでに辺り一面黒く、そして濁ったかのような景色。
そんな中大赦所有の車で学校へと帰還する四人の勇者たち、そして安芸先生の姿。
しかしそれは勝利の喜びに満ちたものではなくむしろ今後の戦いへの不安を募らせる雰囲気であった。
「どうして一人で突撃していくようなことをしたの、上里さん」
無言がしばらく続き、雨音だけがしていた車内で唐突に須美は樹の方を見ずに問いかける。
「ごめん」
樹の視線は車に乗った時からずっと顔ごと下を向いたままであり他の三人からは樹が今どんな顔をしているのかわからない。
「一人で攻撃したって危険なだけだってわかるでしょう?」
須美は間違ったことは言っていない。事実樹の状況はかなり危なかった。大怪我をしていないのが不思議なほど。
「うん」
しかし樹の返答はあくまで淡白なものだ。須美は構わず続ける。
「それに私言ったじゃない。一度後退して二人と合流しようって」
これも間違いじゃなく、四人で協力してことに当たればもっと楽に勝てたに違いない。
「ごめん」
ほんの数秒前のものとまったくもって変わりない謝罪。トーンも口調も全て同じものだ。
「今後こういうことが無いようにしてほしいわ」
「うん」
しびれを切らしたのは須美の方だった。
「あなた本当にわかっているの!?」
樹の方を見ながら声を荒げる須美。
「おい、須美」
「落ち着いてわっしー、ね?」
干渉せずに見守っていた銀と園子も思わずそれを破った。
「二人は黙っていて!」
しかし須美は止まらない。
普段の彼女ではあり得ないような口調で銀と園子の制止の言葉を遮る。
「上里さん答えて!」
樹の真意を問いただそうとする須美、その瞳には怒りの色が浮かぶ。
「わかってるよ須美ちゃん。…もういいじゃん勝ったんだから」
しかし樹の返答はその怒りの色をより濃くするものにしかならない。
「また戦えばいいんでしょ、もちろん戦うよ。勇者になってね」
「上里さんっあなた–––––––!!」
その言葉が言い終わる前に須美の手が隣に座る樹の胸元、つまり胸ぐらへと伸びる。
「須美っ…やめろ、バカ」
「言ったでしょ三ノ輪さん…黙っていて」
銀は再度須美に制止を求め、しかし須美はそれを拒絶する。
「わっしーやめて、お願い」
「乃木さんもよ…あなたも今は口出ししないでちょうだい」
園子の悲痛そうな制止も須美は聞き入れない。
須美はその瞳をずっと樹に向けたまま。
「………………」
樹は胸ぐらを掴まれていながらも須美に対して目を合わせることはない。
「っ……………」
須美は思わず舌を鳴らした、自分でも気づかぬうちに。
「上里さん、あなたは先に帰って休んでいなさい。いいわね?」
運転席に座る安芸先生の有無を言わさぬような一言。
「はい」
樹はただ一言頷くだけ。
異を唱えたのはむしろ須美の方だ。
「安芸先生っ!ですが!」
「鷲尾さん」
「……はい」
須美は賢い子だ。これだけで安芸先生が何を言いたいのかぐらいはよくわかった。樹の胸ぐらから手を離して座り直す。
雨はさらに酷くなり雨音は車内にまでよく届くようになっていく中窓ガラスを眺めながら銀は誰にもバレないよう小さくため息を漏らす。
(そんな簡単にいくわけない…か)
銀はなんとなくだが、樹という少女の危うさに見抜いていた。
付き合いの長さは園子よりもずっと短いがそれでも園子と同等あるいはそれ以上に樹の深く暗いところまで。
(イッツン…)
園子は戦闘の時以上に真剣な眼差しで樹のことを横目に見つめる。
その胸の内には銀や須美よりも樹と長い付き合いであるはずの自分が今彼女にかけてやれる言葉がないことへの申し訳なさだった。
安芸先生の元へある連絡がきたのはその日の夜、雨も落ち着きを見せた深き闇が包み込む時間である。
「家出……無理もないわね」
安芸先生は一人携帯端末を手に持ったまま呟いた。
こうしてイヤホンをつけて音楽を聴いていると雨の音も電車の音も人の話し声も何も聞こえない。
何も聞かなくて済む。
(なんでこんなことしてるんだろ)
家にも帰らず行きたい場所もなく、そもそも目的だってない。
(やっぱりあの家に居たくなかったのかな)
どうせ義父さんはあの家には居ない。
(居たとしてなんなんだよ。何も話すことも話しかけられることもどうせないんだ)
曲が変わる。
樹は一人家に帰らず電車にその身を預けていた。
正確に言えば家には一度帰った。しかしその後すぐにフラフラと抜け出したのだ。
不思議と誰にも止められることはなかった。
自分が渡されていたお金の全てとウォークマンだけを持ってほとんど手ぶらの状態。
勇者システムが搭載されている本来であれば片時も手放してはいけないはずの端末も置いてきてしまっている。
先の車内の時と同じように視線を顔ごと下に向けただ音楽にだけ耳を傾ける。
端の席に座ったままもうかれこれどれほどの時間こうして電車に揺られているのか、樹自身もわかっていない。
周りには多くの人がいた。
傘と雑誌を持っている人や、腕を組んで居眠りをしている人。
仕事終わりのサラリーマンや学校終わりの樹よりも年上であろう学生も多い。
それが次第に減ってきて親子連れが姿を見せる。子供の方は電車の窓から外を見て時折感想をあげていた。
そんな親子連れをいなくなると樹と同じぐらい長い時間乗っていたであろうおじさんや少数のOLと思わしき人がいるだけとなる。
さらに時間が経ちいくつかの駅を超えていった頃には、見渡す限り電車内には樹以外に人の姿はなかった。
曲が変わる。
知らない人、知らない街、知らない風景。
(ここ、どこだろう)
大粒の雨もすでに大量の雲とともに去り、雨が去ったことにより現れたかのような夜の闇の中、人工の光がギラギラと輝くを放つ街を歩く。
歩いて歩いて、目的もなくあてもなくただ歩いて––––
(もうすぐ充電切れちゃうな)
もうかれこれ何時間も使い続けているのだから仕方ない。
街は賑わいを見せ、多くの人のその賑わいに乗っかるような笑顔と笑い声。
樹は一人黙ったままそんな街の中を歩く。
(疲れた)
長い時間電車に乗り続け、あてもなく歩き続けた体はすでに限界を迎えつつあった。
しかし帰ろうにも道も何もわからない。
(お腹すいたな…)
結局その日は捨てられていた段ボール包まって公園で眠った。
翌日、古びた小さなバスに乗った。
(何もないな…)
昨日まで数え切れないほど見てきたはずの人も建物も次第に見えなくなっていき代わりに豊かな自然が顔を覗かせる。
(こんなに違うもんなんだな)
自分以外誰も利用客がいない車内で樹は終点の停車場までひたすら外の見慣れない世界に目を向け続けていた。
遠ざかっていくバスの音が少しずつ小さくなっていきすぐに聞こえなくなった。
イヤホンは外している。
ウォークマンの充電がすでに切れてしまっているのもあるが、それ以上にここではする必要があまりないと思った。
(何でだろう)
理由もなく。
そしてまた歩く、昨日歩いた町並みとは全く違う田舎の田んぼ道。
人の声が一切聞こえない、聞こえるのは鳥がさえずる声だけ。
大きな雲の塊がいくつか風に乗って青空を緩やかに流れる。昨日とは打って変わったような快晴。
同じ世界で同じ空間のはずなのに、なんだか違う世界に来たようだ。
しばらくして田んぼ道を抜けると花畑にたどり着いた。辺り一面名前もわからない花だらけで少し驚いた。
(名前…なんて言うんだろうな…)
中央に人が通れる道があったのでそこをとぼとぼと進む。
嗅いだことのない不思議な香りが鼻腔をくすぐる。少々むず痒くなった。
花畑を抜けた先には切り立った崖のようなところがあり、そこからはほかの山々や棚田が霧に見え隠れしていた。
(街……俺はあそこから来たのか…)
柵の向こう側、崖のギリギリのところに座り込みつつ樹は肌を打つかのような風に顔を埋めた。
(ここから落ちたら、死んじゃうんだよな)
例えば今突然足元が崩れたり、ひときわ強い風が吹いたりして体のバランスを崩したら–––––
(あの三人は…俺が死んだら悲しむのかな)
(……きっと悲しむ…銀ちゃんも園子ちゃんも須美ちゃんも優しくていい子で……)
(会いたいなあ…)
「起きた?」
「…………」
「まだぼーっとしてる?」
「……………」
「というかなんであんなところで座ってたの?死ぬよ?」
「…………誰?」
「しかも忘れられてると。…まぁだいぶ久しぶりだし無理もないけど」
女の子がいた。表情に変化が見られないポーカーフェイスでもしているかのような女の子。
「とにかく中入んなよ。そこ、危ないよ」
「…うん」
促されて改めて自覚する。
(何してんだろ、俺)
「はい」
「……?」
唐突に出される手。いきなりのことに驚きが隠せない樹。
数秒の沈黙が互いの間に生まれた。
「いや、手」
「…あ、うん…ありがとう…」
その手が危ないからと支えの意味で差し出された手だと理解するのに数秒かかってしまった。
(本当に何がしたいんだよ…)
自分で自分が嫌になるとはこのこと。
(今更か…)
そう思いながら差し出された手をそっと握る。
「冷たい…」
今度は逆に頭の中で考えるよりも先に出てきた反射的に言葉が出てきた。
正直名前も知らない女の子に対して言うべきことはではない。というか普通に失礼な気がする…
「冷たくて悪かっーたーね。心は暖かいとかそんなところで納得しといてよっと」
.
何も気にしていなさそうなその子に引っ張られて柵の中に戻る。するとなんだか妙な安心感が湧いてきた。
(やっぱり死にたくなんてないのかな)
「伊予島杏子」
「へっ…?」
「私の名前。伊予島杏子っていうの」
「伊予島…杏子……」
「そ、杏子」
「杏子……杏子…………あ……」
「思い出した?」
彼女のひんやりとした手の感触を感じながら改めて顔をよく見つめる。
いや正確には顔というより彼女のその亜麻色の長い髪、翡翠色の瞳、白い肌。
長い髪といっても今は大きめのお団子にしているが…やっぱり見覚えがある。
…もう三年も前のことになるだろうか。
しかしそれはお世辞にもいい記憶ではない、そう思う。
彼女がどう思っているのかなんてわからないけど、俺はそう感じている。
「杏子ちゃん…」
「久しぶり犬吠埼さん」
ポーカーフェイスを貫く彼女の手のひんやりとした感触がなんだか強くなった気がしないでもなかった。
「はいこれ、あったまるよ」
「あ、ありがとう…」
渡されたのはココアだった。…ココアなんて飲むのいつぶりだろう。
「…美味しい」
こうして暖かいものを飲むと自分の体が自分で思っていた以上に冷えていたことがわかる。
だからこそ美味しさもきっと倍増されている。
「ねえ、もっと火に近づきなよ。大丈夫、もし燃え移ったらちゃんと消火するから」
「…できれば燃え移らないようにしたいかな」
「そりゃそうだね。まぁいいからいいから」
「…うん」
本当に燃え移ることがないよう気をつけながら火に少し近く。
(……あったかい)
「はいそれからこれとこれと、これも被っとこうか」
そうして着せられたのはニット帽にマフラーに手袋。
「…むぐ…苦しい」
「この時期でも夜は冷えるからね。そんなかっこでいちゃ風邪ひく」
「…昨日はこの格好で寝て過ごしたんだけどね」
「大馬鹿者か。何そんな危ないことしてんの」
「………ごめん」
「…どう、寒くない?」
「うん。…あったかいよ」
「そか。じゃあいいや」
どこかぶっきらぼうに返しながら杏子は木の棒で焚き火を弄る。
しばし訪れる沈黙。でもこの沈黙が俺の中ではこの一日ちょっとの間当たり前だった。
あたりはすでに暗くなり、目の前の焚き火だけが灯りとなって存在を主張している。
その焚き火の中央に吊るすようにして置かれているのは飯盒。
樹の向かいの側に座る杏子のさらに後ろには比較的大きなサイズだと思われるテントが張られている。
さらに今着ている衣服類に手に持っているココア、目の前で火を通している最中の飯盒。
「キャンプ…好きなの?」
「んー……まあね。趣味かな」
杏子は焚き火を弄りつつ表情を変えずに答えた。
「一人…?」
「見ればわかるでしょ。ソロキャンってやつ」
「…何それ?」
ココアを一口飲みつつ聞きなれない単語にはてなを浮かべる。
「ソロキャンプだよ。ソロキャンプ」
「そんなのあるんだ」
「意外と流行ってるらしいよ。知らないけど」
「ふーん…」
そしてまた沈黙が訪れる。話し声がなくなると焚き火の音とか虫の鳴き声とかが鮮明に聞こえてくる。
どれも嫌いじゃない。
「ねえ杏子ちゃん」
「どした?」
「暑い…」
「あーちょっと着せすぎたか。ごめんごめん」
するとなぜか腰を上げてこちらの方に来る杏子ちゃん。手際よく防寒類を回収していく。
「自分で脱げるよ」
「だったらなんでわざわざ私に言ったの?」
…それは盲点だった。暑いなら自分でさっさと脱いでしまえば良かっただけなのに。
どうして俺は杏子ちゃんにそれを言ったんだろう。
「…わからない」
結局自分でもよくわからなかった。
「犬吠埼さんって意外と甘えんぼだったりする?」
「……そうかもしれない」
前の家で………お姉ちゃんと一緒に暮らしてた時はそれはそれは甘えんぼだった…と思う。
お姉ちゃんは綺麗でそれでいて可愛くて、炊事洗濯ができて勉強ができて、運動ができて、コミュニケーション能力が高くて…あと胸が大きくて身長が高くて。
そんなお姉ちゃんに俺は甘えきりだった。今だからこそそれを実感する。
「いや肯定するんかい」
「えへへ…肯定しちゃった」
杏子ちゃんにもツッコまれてしまった。ぐうの音もでない。
「…あざとい」
「どういう意味?」
「いやなんでもない。それよりご飯、食べるでしょ?さっきからお腹の音鳴りっぱなしだし」
杏子のその発言に呼応するように樹のお腹の虫が鳴った。小さくだがはっきりと。
「…ごめん」
「生理現象だから無理もなし。はいお箸」
「あ、ありがとう」
なんだがはぐらかされた気がしないでもないがお腹が空いているのは本当なのでおとなしくお箸と飯盒を受け取る。
出来立てホヤホヤ、温かみに溢れたご飯だった。
それから……食べてる最中にちょっとだけ涙が出てしまったのはバレてないと嬉しい。
「で、なんであんなところにいたの?」
食後、近くの川で軽く水浴びして歯磨きして寝巻きに着替えて今はテントの寝袋の中。
互いに背中を向けあっているため杏子ちゃんの顔は見えない。
「…唐突だね」
「さっき犬吠埼さんのキャンプがどうたらこうたらみたいな質問に答えたでしょ。だったら今度は犬吠埼さんが私の質問に答える番じゃない?」
杏子ちゃんの言っていることは屁理屈のような気もするし正論のような気もする。
「……逃げてたんだよ」
でも俺は質問に答えた。自分で逃げていることを言葉にして認めてしまった。
(あれだけ逃げちゃダメだ、なんて言ってたのにな)
「逃げてきた・・・・お役目のこと?」
『お役目』その言葉が杏子ちゃんの口から出てくると思わなくて体が震えた。
「知ってるんだね。お役目のこと」
「これでも伊予島家の娘だからね。それぐらいは」
『伊予島家』樹は初めてその名を聞いたが大赦界隈では知らない人はいない名家。
約三百年も前のこと、西暦末期の時代に勇者を輩出したことによりこの神世紀の世の中でも『乃木家』『上里家』につぐ発言力を持っている。
「そっか。…杏子ちゃんってお嬢様なんだね」
「上里家の娘さんにそれを言われちゃおしまいだよ。樹お嬢様」
当然杏子からしたら冗談で言ったことなのだろうが、樹はあまり冗談と冗談じゃないものの区別がわかる器用な少女ではない。
「そんなんじゃないよ、私はほら……養子だし」
「そんなこと言ったら私も養子だけどね。しかも私は『お役目』に選ばれなかったわけだし」
「選ばれない方がいいよ。……お母さんが心配するから」
ここで『お父さん』をいれないのは樹の養父に対する些細な反抗心の表れかもしれない。
「ああ、それなら大丈夫。私そういうのいないから」
「……………」
「犬吠埼さんと同じだよ」
厳密に言えば樹には母親はいる。前の家の、犬吠埼家にいるはずなのだ。
樹の前の家の事情まで杏子が知っていることはないはずだからおそらくこれは今の上里家のことを言っているんだと思う。
(俺と同じ…)
でも樹からしたら今の自分に親はいないと同然だった。
実の両親には捨てられて、養母はそもそもおらず養父ももう長いことあってもいなし会話もしていない。
だから
(俺と杏子ちゃんは…同じ––––––)
そう思った瞬間、躊躇していたはずの言葉がスルスルと出ていくのを感じた。
「………どうすればいいのかわからないんだよ。お役目は怖い。怖くて怖くて…でも逃げることもできないんだ…」
この言葉に今の樹の全てが込められている、そんな悲痛な本音。
そんな悲痛な本音に対する杏子の返答は樹が全く予期していないものだった。
「嫌ならやめればいいよ」
杏子はさらっと悪びれもなくそう言った。
「やめればいいって…」
胸がキュッと締め付けられる気がする。三人の顔が思い浮かんだ。
「詳しくは知らないけど、お役目に就いてる人って犬吠埼さん以外にも三人のいるんでしょ。乃木先輩と鷲尾先輩と三ノ輪先輩、だったっけ」
先輩……そっか。
俺はあの三人よりも一つ年下なんだよな。
「……………」
ここでの無言は肯定の証。黙る樹に構わず杏子は続ける。
「何も無理して犬吠埼さんがやることはないでしょ、犬吠埼さん一人しかできないってわけでもないんだしさ。一人ぐらいいなくたって平気だって自分で思っちゃってもいいと思う」
「…でも……そんな無責任なこと…」
許されるのだろうか。第1あの三人はそしたら…どう思うのだろうか。
「無責任も何も、年端もいかない子供に世界を守るため、人類を守るために頑張れ、なんてのがおかしいんだよ。それがいくら神樹様の意思だとかなんとか言ったとしてもそんなの言い訳な訳で、結局やってることは酷いことなんだから」
「酷いこと……」
「酷いことだよ」
「でも…園子ちゃんも須美ちゃんも銀ちゃんも全然嫌じゃなさそうで……」
「それはその三人がどうかしてる。犬吠埼さんが思ってることは何もおかしなことじゃない」
「……………」
おかしいのは自分じゃなくてあの三人……そんな考え初めて知った。
だってみんながみんな言うんだ。
お役目に選ばれることは素晴らしいことなんだって。
みんなが言ってる。クラスメイトも先生も。
でも杏子ちゃんはそうな風に思っていない。
どっちが正しいのだろうか。
「まぁ自分でお役目をする『理由』があるなら話は別だけど」
「…理由……」
「そ、理由。意味。目的。色々あるけど」
「……………」
「結局は自分次第だからね。自分で自分に納得いってるならそれが一番なんじゃない。この際それが妥協でもなんでもさ」
「あんなこと言っといてなんだけど」
そう杏子ちゃんは付け加えた。
「杏子ちゃん…無責任だね」
「ははっ、だね」
「…うん。本当に無責任でどうしようもないよ」
「そこまで言うかね」
「でも…それぐらいでいいのかもしれないね。…私もどうしようもない人間だから」
「…んじゃ、どうしようもないやつ同士おとなしくそろそろ寝ますかね」
「もう……おやすみ」
「はいよーおやすみー」
「はぁ……」
イネスのフードコートにて鷲尾須美は重いため息をこぼした。
「須美ーしつこいぞー」
「だって三ノ輪さん…私は…私は後輩にあんなことを…」
「ねえねえミノさん、醤油豆味ちょっとちょーだい〜」
「ん、いいぞ、ほれほれ〜」
「ん〜相変わらずよくわかんない味〜」
「…………はぁ」
銀と園子の二人も須美のテンションの差は側から見ても違和感がすごいものがある。
須美も今日のジェラートはなんだかあまり美味しく感じなかった。
「わっしー」
「…何かしら?」
「はい♪」
「…あーん」
園子が差し出したジャラートをなんとも言えない表情をしつつもパクリと食べる須美。
やっぱりイマイチおいしいと感じられない。
「あんまり美味しくない?」
園子が小首を傾げつつ言った。須美からしてみればそんなことを聞かれるとは思っていなかったから少し驚きだった。
「…ええ」
須美は正直に答える。
するとなぜか園子は少し笑った。
「実はね、私もなんだ〜あんまり美味しくないの」
「…乃木さん」
「気持ちはみんな一緒ってか」
醤油豆ジェラートを頬張りつつ銀が苦笑いで言う。
「三ノ輪さんも…?」
「まあな」
「やっぱりイッツンもいてくれないとつまんないよね〜」
「うう…やはり私のせいで……」
「んー……須美がああしてなくてもいずれあんな風になってたと思うけど」
「そうだねーむしろ大事なのはここからじゃないかな」
「二人とも…」
何も須美だけが落ち込んでいるわけではない。
銀も園子も少なからずあんな感じになってしまったことを後悔しているには違いないのだ。
違うとすれば須美は後悔を募らせるばかりだが、銀と園子は今後のことを考えている。
この違いはかなり大きいものだ。
「それでさ、須美はどうしたい?」
「……謝りたいわ。謝って…またやり直したい。…三ノ輪さんは?」
「––––アタシは、もうあいつに無理させないようにしたい。––––園子は?」
「私もミノさんと一緒だよ。イッツンにもうあんな顔させたくないからね」
「…でも許してくれるかしら。上里さん」
須美が不安を物色しきれないように視線を落とす。
「うーん…そもそもイッツン怒ってなんてないと思うけどなー」
「どうしてそう思うんだ?」
「えっとね、イッツンだったらむしろ今頃自分が悪いことしちゃったって思ったりしてるんじゃないかなーって」
「だからどうしてそう思うのよ?」
須美と銀の視線が同時に園子に向けられる。
「だってイッツン、優しい子だから」
「犬吠埼さん、悪いけど起きて」
肩を揺さぶる感触に気がついてまだ少し重い瞼を持ち上げる。テントの中だから外の様子はわからないが、おそらくもう朝にはなっていると思う。
「……何」
「起こされて苛立ってるのはわかるけど、あなたにお客さん」
別に苛立っているつもりはなかったけど…
「…お客さん?」
「そ、なんだが気味が悪い仮面集団。こう言ったらわかる?」
そんな特徴的な集団、一度見たら嫌でも忘れない。そして心当たりはいくらでもあった。
「…ごめん。迷惑かけたよね」
「いやいやーなんのなんのー」
「ふふっ、なにそれ?」
「遠き過去この日本にはそんな言葉遣いをしている侍なんていう人たちがいたとかいないとか…」
「ふーん…」
「…いいから早く帰れ帰れ。いつまでも外にあの仮面集団待たせてたらこっちが気味悪くてやってられん」
ちょっと恥ずかしそうにする顔を背ける杏子ちゃん。というか言葉遣いに関して言えばそもそも杏子ちゃんはだいぶ変わってる方だと思うけどね。
やってられん、とか言わないよ普通の女の子は。
…外と中身があべこべの俺が言うのもなんだけど。
そんなことを思いつつもテントから外に出てみる。
(本当にこの見た目で出歩いてるんだな…普通に怖い…)
過去に大赦の施設に行った時に見たのとまんま同じ姿の人たちが数名テントの周りを囲むようにして立っていた。
(いい天気だ……この仮面たちはなんか嫌だけど)
幸いなのが霧一つ、雲ひとつない快晴だったことだろうか。
「上里樹様、ですね?」
仮面の一人が低い声で確認をする。といってもここまできてるぐらいなんだから本当は確認するまでもないんだろうけど。
「はい」
一言だけ、短くそう答える。
「どうか我々とともに上里様の屋敷にお戻りを。上里樹様、どうか」
そんなことを言いながら深く頭を下げる仮面。周りを囲っていた仮面たちもそれに合わせるように頭を下げた。
なんとも仰々しいことになっている。
(自業自得、か)
「はい」
先と全く変わらず、はいとだけ。
「ご理解がお早くて助かります」
仮面たちはまるで事前に打ち合わせでもしてたかのように、寸分たがわず同時に頭を上げ直す。
「…すいません。少しだけいいですか?」
帰る前に少しだけ時間が欲しい。ちゃんとお礼ぐらいは言いたいから。
「もちろんでございます」
了承は得た。後ろを振り返るとまたポーカーフェイスをしている杏子ちゃん。
「色々とありがとうね。助かった」
「そうかい。そりゃ何より」
「やっぱり変な言葉遣いだね」
「ほっとけ」
「じゃあ、ほっとくね」
「それでよし。…ま、お仲間とも仲良くやってくだされ」
「…うん……もうちょっと、頑張ってみるよ」
「ほどほどにね」
ほどほどに。適当かもしれないけど、大事な言葉だと今は思う。
(ほどほどに…か)
久しぶりにと言ってもたったの二日だけど、なんだがすごく久しぶりに帰ってきたきがする。
(この家に特別思うことなんてないけど、早くあの三人に会いたい…)
何だかんだ二日も一切会わないでいることなんて初戦闘の時以来なかった。
(早く会いに行って、それでちゃんと謝ろう。それで––––––––––)
それで、そのあとに続くはずだった言葉はそこで途切れることとなる。
だって––––
「なんで…三人とも…」
車から急いで降りて瞳に捉えた、会いたかった人たちに駆け寄る。
「っわっぁ!?」
しかし焦っていたのかバランスを崩して思い切り転んでしまった。
「樹!」
「イッツン〜」
「上里さんっ!?」
三者三様の反応を見せながら三人は樹に駆け寄る。
「イテテ…っ何してんだほんと…」
なんで自分から駆け寄ろうとしていたはずの人たちが逆にこっちに駆け寄ってくることになってしまうのか。自らのドジを恨んでならない。
「上里さん大丈夫!?怪我は!?どこか痛いところはない!?」
いち早く駆けつけた須美が樹のあちこちをペタペタ触りながらまくりたてるように早口になる。
「ここ擦りむいてるじゃない!ばい菌が入る前に治療しないと…!」
たしかに軽く擦り傷程度のものはあるけどそこまで痛いわけでもない。ぶっちゃけ大げさ。
「あ、私バンソーコー持ってるんよ〜」
「おおナイス園子!」
「その前に洗って消毒しちゃわないと……上里さん近くに水道とかあるかしら?」
三人してわちゃわちゃしちゃって……二日ぶりに会ったってのに全然そんなこと感じさせないじゃんか…
「?上里さん?」
「どこか痛む?イッツン?」
「アタシがおんぶしてやろーか?」
勝手にいなくなって、勝手に帰ってきて…なのにこうやっていちいち心配してくれてさぁ……
「いいえ三ノ輪さん。ここはあの時の責任を取って私が上里さんをおぶるわ」
「あー私も私も〜イッツンおんぶしたいんよ〜」
「いやこれそういうやつじゃないだろ!」
「みんなっ…!」
樹の呼び止める言葉に三人の謎の言い争いがスッと収まり注目が樹に集まる。
いう言葉は、言うべき言葉は決まっている。
「た、ただいま…」
しっかり準備していたはずの言葉なのにこうして弱々しくなってしまうのは、ある意味樹らしいと言えなくもない。
それに、須美も園子も銀も–––––そんな樹と一緒にいたいと思うから。
「「「おかえりなさい!!!」」」
顔を見合わせ、迎えの言葉を送るのだった。
次回からはまたほのぼのやね。
いっぱい書くぞー。