「歩き回って気が済んだかしら、上里樹さん」
「…はい…あの……なんとか」
放課後の教室、なんとも言えない微妙な表情の樹と普段通りの落ち着いた表情の安芸先生の姿があった。
「そう、それなら良いわ」
「…あの、やっぱり怒ってますか…?」
「いいえ。怒ってないわ。心配していただけよ」
「そ…そうですか…」
「そうよ」
「「……………」」
そして訪れる互いの沈黙。そういえば樹も安芸先生もそこまで口数が多い方ではなかった。よりわかりやすい言い方をすれば普通に不器用とも言える。
互いに探り探りで次に何を言うべきを探す中、樹の左右には苦笑いを浮かべる銀と須美、ニコニコしている園子がいる。
先に動いたのは安芸先生の方だった。
「もうその話はいいわ。–––––それより今はお役目のことよ。いいわね上里さん?」
四人よりもずっと年上の大人らしい話の転換。
「…はい」
樹もおとなしく従う。
「もう気にすんなって」
銀がそう言いながら樹の肩をポンっと軽く叩く。その笑顔からは優しさが溢れているかのようだ。
「ありがとう…銀ちゃん」
「へへっ〜」
樹も笑みをこぼした。
安芸先生は改めてもう一度四人全員を見渡し一呼吸つくようにして言った。
「ゴリ押しにもほどがあるでしょう!」
それはなかなかに語気が強い言い方。
そして樹は思う。
(やっぱり怒ってるんじゃ…)
前回の戦闘においてゴリ押しなんて言われたら十中八九自分のことだという自覚はある。
今更ながらにありすぎている。
「特に上里さん。あなた毎回あんなことしてたら命がいくつあっても足りないわ」
勇者システムの戦闘データの記録を端末で見つつ安芸先生が眉をしかめる。
「お役目が成功して、現実への被害も軽微なもので済んだのはよくやってくれたけど…」
内心うなだれていた樹はその言葉にピクッと反応する。
「被害って…大丈夫なんですか……?」
恐る恐る口を開く。それは完全に盲点というか…そもそも樹の頭の中にない、知らない情報だった。
「ええ、言ったようにだいぶ軽微なものだから気にしなくていいわ」
「………はい」
安芸先生がそういうのだから、そうなのだろう。
(というか…詳細を知ったとしても俺に何ができるっていうんだ)
「話を戻すわよ。いい?四人とも。あなたたちの弱点は連携の演習不足よ」
連携の演習、ごもっともな意見である。
樹を除く三人に関してはちょくちょく個々の鍛錬や演習はあったが合同でのものはこれまで一度もなかったし、樹に限っては個々のものすらなかった。
これまでの二回の戦いでそれが如実に表れているのは言うまでもない。
初戦闘での樹の変身拒否や二回目での単独先行、これなどはそれの最たるものである。
「まず四人の中で指揮をとる隊長を決めましょう」
隊長、という言葉が出たことによりわかりやすく反応するした人がいた。
(隊長…私だわっ…!)
鷲尾須美、その人である。
そう思うのもまあ無理はないことではある。クラス委員長を務めこの四人の中でも人一倍責任感があり真面目でありなおかつお役目に対する思いや意識も高い。
しかも須美はそれを幼いながらに何となく自覚しているのだ。
制服のスカートに置かれている両手に込める力がぎゅっと強くなり自らの名前が呼ばれるのを待つ須美。
しかし安芸先生が隊長に選んだのは意外な人物であった。
もっとも意外だと思っているのは実は須美だけであるが。
「乃木さん、隊長を頼めるかしら?」
安芸先生が隊長に選んだのは園子である。
「え、私ですか?」
園子は自分でも少し驚きながら園子以上に意外そうな表情の須美の方を見て、そして逆側にいる銀と樹を見る。
「アタシはそういうの柄じゃないから、アタシじゃなけりゃどっちでも」
「私は……園子ちゃんが隊長、いいと思うかな」
銀と樹、いずれも反対意見はない。むしろ樹は賛成をしているようにも聞こえる言い方。
(園子ちゃんが一番そういうの上手だろうなぁ……たぶん)
根拠はないけど確証はある、そんななんとも言えない賛成ではあるが。
一方唯一意外そうにしていた須美は
(そうか…乃木家は大赦の中で大きな力を占めている。こういう時もリーダーに選ばれる家柄なんだ。上里家も乃木家とのツートップだなんて言われているけど、実質は乃木家のサポート的役割の家柄と考えれば上里さんも賛成するのは当然だわ)
少々、というかだいぶ自分の中で勝手な結論を出していた。
「私も乃木さんがリーダーで賛成よ」
「わっしー……」
ともかく須美も反対することなく園子に賛成の意を伝える。
(でも実際は私がまとめないと…うん頑張ろう!)
内心は真逆のことを考えてはいるが。
(須美ちゃん…こういうのやりたがりそうなのに、いいのかな?)
樹はそんなことをぼけっと考えた。
「決定ね。…神託によると次の襲来までの期間は割とあるみたいだから、連携を深めるために合宿を行おうと思います」
手元の資料の束を眺めつつ安芸先生が告げる。
「「「合宿?」」」
合宿日当日の朝
「俺の寝癖なんであんな手強いんだろうなぁ…イライラするし、時間食うしさ、もう…」
(というかやっぱり女の子の髪って多くて大変なんだよな。短髪だろうと普通の男子よりも絶対多くて繊細なわけだし…)
朝食をとるために食堂に移動しながら独り言を漏らす。完全に治りきっていない寝癖とともに。
「でもこの後三人に会えると思えばこのぐらいまだヘッチャ……ラ……」
急に語尾の言葉がおかしくなったのは別にふざけてるわけでも体調が悪くなったからでもない。
…ある意味体調は悪くなりそうだけど。
「久しぶりだな、樹」
食堂では意外な…意外すぎる人物が先に朝食をとっていた。
というかこの人が何か食べているところなんて初めて見た気がする。
…別に見たくもなかったけど。
「…なに、してるの義父さん」
そもそも義父さんに会うのが久しぶりだし、…会いたいなんて全く思ってないけど。
「見ての通りだ。食事を取っている」
相変わらず…違うな。いつもと変わらない和らげるところを見たことがない視線だけをこちらによこしてそう返答する義父さん。
(そんなの見ればわかるけどさ…)
じゃあなんでそんな見ればわかること、聞いたんだろ。
(話するのやっぱり下手くそだ……とりわけ義父さん相手だとより…)
「お前も食事を取りに来たのだろう。早く座れ」
「っ…わかってるよ。言われなくたって」
語調が無駄に強い感じがしてつい舌打ちをしてしまう。義父さんと話ししてるといつもこんなんだ。
嫌な気分になるし心がざわざわするし、疲れるし、めんどくさいし、何考えてるか全然わかんないし…
(これから合宿だってのに…ついてない…)
溜息を吐きながらもおとなしく自分の席に座る。一般家庭などではまず目にすることのないとても長いダイニングテーブルの両端に互いに座る上里家当主と樹。
これだけ距離があればたとえ二人だけの食事だとしても下手に会話する必要も感じないからそこだけは助かる。
「いただきます」
手を合わせて食事のマナーとも言える挨拶をする。
(なんとなくだけど須美ちゃんとかこういうのはすごいちゃんとやってそうだなぁ・・・園子ちゃんはわからないけど、銀ちゃんは元気よく言ってそう)
こんなことを頭の中で考えていられるだけまだだいぶマシな方ではあるかもしれない。
(……早く食べちゃお)
食事をさっさと終わらせて集合場所まで行くことを決意する樹。
そこから互いに言葉を発することなくしばし時は進む。
そしてそれは樹が集合時間を気にして時計を確認した時だった。
「話には聞いている。よくやったな、樹」
「えっ……」
食事に集中していた樹がとっさに顔を上げる。
そして目が合った。樹は思わず固まる。
(義父さんと目が合うなんて…初めて、だよな…)
これまで一度たりとも見てもらえず、返してもらえなかった自分が、初めて見てもらえた。樹はとっさにそう感じた。
同時に感じたことのない落ち着かなさに取り憑かれたようでもある。
「どうかしたか、樹」
「ぁっ・・・・・はい」
むしろ視線を逸らしたのは樹の方であった。『はい』と答えながらも心ここに在らずといったようである。
そんな樹に構わず当主は話を続ける。
「安芸家のお嬢様から話は聞いている。今日から合宿らしいな」
こんな風に当主の方から話を広げていくのも初めてのこと。
「うっ…うん。一応、……そう」
樹は泳ぎに泳ぎまくっている視線でしどろもどろに答える。
すると樹と当主の二人だけだった食堂にひとりの執事らしき人が静かに扉を開けながら入ってきた。
「樹様、乃木園子様がお待ちになっておられます」
「えっ!?そ、園子ちゃんがっ!?」
ただでさえ色々と困惑している状況の中でさらなる困惑要素が追加されてしまった。
(一緒に行く約束とか特別してなかったよな…?それとも俺が薄情で忘れているだけの可能性もなきにしもあらず…?)
「どうなさいますか。先に行っておいてもらうように私めから」
「すっすぐ行きます!すぐ行くから大丈夫です!!」
「では少々お待ちいただくようにお伝えいたします」
そう言い残して執事の人はすっと食堂からいなくなる。そして再び樹と当主二人だけの空間となる。
「…えっと、……ごちそうさまでした」
手を合わせて食後の挨拶をする。
(早く荷物とってこなきゃ)
未だに食事を続けている養父のことは多少気になるが園子を待たせてしまうのも忍びないのでもう気にしないようにすることに。
スタスタと心なしか早めに歩き、扉を開ける。
「と、義父さん…!」
そのまま食堂を出ていく前に樹は背を向けた状態で呼びかける。
「……………」
しかし反応はない。でもそれで構わない、想定していたことだから。
「い…行ってきます…」
「……………」
今日何度めかわからない沈黙。
(やっぱり…それは無理か)
高望みしすぎたかな。そう思いつつ樹は扉をそっと閉めるのだった。
「あ、おはようイッツン〜」
園子はいつ見ても可愛い笑顔で手を振りながら樹を待っていた。樹も小さく手を振り返しつつ答える。
「おはよう園子ちゃん。ごめんね、待たせちゃったかな?」
「そんなことないんよ〜そもそも私が勝手にイッツンのこと迎えに来ちゃったんだしね〜」
「ううん、嬉しいよ。…でもなんで来てくれたの?」
樹が約束を忘れていたという人として最悪な可能性は消えたが今度はでもどうして?という素朴な疑問。
その理由がよくわからない樹に園子は絶えず笑顔を見せながら言う。
「もちろんイッツンと一緒に行きたいなぁって思ったからだよ〜そこに特別な理由なんてないし、いらないと私は思うな〜」
「・・・そうかもしれないね。・・うん、私も園子ちゃんと一緒だったら嬉しい」
樹は園子のこういうところがとても望ましく、好きだと思っている。
(やっぱり笑顔の園子ちゃん、可愛いなあ・・笑顔じゃなくても可愛いけどさ)
「えへへ〜私も嬉しいんよ、ってあれーイッツン寝癖ついたまんまだよ?直すの忘れちゃったの?」
園子が樹の髪の一部を見つつ、小首を傾げる。
(そこに気づいてしまったか…いやぁまあ気づくか普通)
「ちょっと今日のは手強くて手こずっちゃってさ。全部は直しきれなかったよ。あはは」
ぴょこんと跳ねたままの自分の髪を指でいじりつつ苦笑いの樹。対して園子は何か閃いたような表情を浮かべる。
「むふふのふ。イッツン、そんな時は私にお任せなんよ!」
「へっ?」
「ちょれいっ!」
「わあっ!?」
「イッツン目ー瞑ってて〜」
「え、なんで?」
「お願ーい」
「あ、うんわかった」
園子は見るも止まらぬ速さでどこからともなく櫛やらなんやらを出してきて美容師顔負けの丁寧さでなおかつささっと樹の髪をいじってみせる。
そして数分も経たぬうちに
「はい完了〜!」
どうやら作業は終わったらしい。
「あ、ありがと。寝癖直してくれたの?」
突然だったのでびびったが要はそういうことだろう。たしかに園子には何度か髪をいじってもらったりいじられたりしたことがある。
そして園子はそういうがすごく上手。
超がつくほどのお嬢様でありながら普段から自分で自分の髪の手入れをしっかりやっているだけのことはあるだろう。
世間一般の女子と比較してもそこらへんに関しては疎かにしがちな樹からしたらそれはとても尊敬に値するもので、言ってしまえばその能力は羨ましい。
(中身がそういうのに無頓着男じゃせっかく持ってるものでも持て余すからな…自分ながらに結構綺麗な髪してると思わなくもないけど)
「とりあえずはいこれ、鏡見てみて〜ニヤニヤのニヤ〜」
「何かな、その変な語尾は…」
ニヤニヤしてるってことを言いたいんだろうけど…それ自分で言っちゃうんだ。
園子のニヤニヤ顔は経験上あまりろくなことにならない。…ちょっと言い方悪いけどなにかとこのお嬢様ははちゃめちゃなのだ。
想像の上とか斜め上を行くというかなんというか。
ともかく手渡された手鏡で自らの姿を確認する。
「・・・へぇーリボン可愛い・・ってなにこれデカッ!?」
「イッツンとっても似合ってるんよ〜!可愛い〜〜!」
手鏡を見つつ驚愕する樹とキャッキャキャッキャと嬉しそうな園子。側から見たら微笑ましいものに見えるかもしれないが、なにぶんリボンがでかい。可愛いけどね、可愛いけどさ。これはちょっと…
「恥ずかしいよ園子ちゃんっ!」
(中身がこんなだから余計にね)
というかどのタイミングでこんなでかいリボン出したのさ…気づかない俺も俺かもだけど…
いや、なんか髪をとかしてる以外に布の感触を多少感じたりはしたよ?…まさかこんなでかいリボンだとは思わなくて…
「でもてもリボンが似合う人なんてなかなかいないと思うから凄いことなんよ〜?」
園子が指を左右に振りつつそんなことを言う。…そうなの?
「そもそもこの世にこんなでかいリボンつけてる人いるのかな…」
「まあまあ可愛いは正義だからね。仕方ないんよ」
「正義かぁ、それじゃ仕方な……くはないけど…もういいかな。寝癖直も直してくれたしね。ありがとね園子ちゃん」
「どういたしました〜じゃあそろそろ集合場所行こーか〜」
「そだね。何だかんだ結構時間使っちゃったし」
と言っても園子がそれなりに時間に余裕を持って上里邸を訪ねたこともありぼちぼち歩き出せば十分間に合う時間ではある。
(でかリボン…目立つだろうなぁ…恥ずかしい…けど園子ちゃんがつけてくれたやつだし嫌ってわけじゃ・・複雑だ・・・)
男心なのか女心なのかどっちかわからないけどとりあえず複雑な心境な樹であった。
「あ、イッツン手ー繋ごー」
「また唐突だなぁ」
「イッツンは嫌?」
「…嫌じゃないよ。–––ほら」
園子が手を差し出す前に樹はちょっとやり返す意味合いも込めて少しだけ強く園子の手を掴んで握った。
「おぉ〜イッツンイケメン〜」
なんだか喜んでいいのだろうか、それは…。
「じゃあじゃあ〜えいっ!」
「ふぁっ!?」
園子は樹が握ってきた自らの手の指を樹の手の隙間に絡ませるようにして繋ぎ直す。
そう、俗に言う––––––恋人繋ぎである。
「この方があったかくていいね〜」
おっかなびっくりしてる樹とは対照的にめちゃくちゃ楽しそうな園子。内心イジリがいがあるとでも思っているのかもしれない。
(イッツン顔真っ赤にしちゃって可愛い〜)
というか思っていた。完全に。
「そ、園子ちゃん…これは流石に…」
「よーし!じゃあレッツゴ〜!」
「こ、このまま行くのっ!?」
そして結局恋人繋ぎのまま集合場所まで歩いて行った二人なのだった。
…でかリボンも相まってマジで恥ずかしかったけど……ちょこっとだけ役得かなぁと思わなくもなかったこともなくはないのかもしれない……ちょこっとだけ。
「バスに入ってきたときにあんな手の繋ぎ方してたのとそのリボン付けてたのはそういうわけだったのね」
呆れたように須美が言う。一方の樹は苦笑い。
そして園子は
「しかも肝心の乃木さんは夢の中だなんて…本当に読めない子だわ」
須美にもたれかかりながらすぴーすぴーと寝息を立てつつ夢の中の住人となっている。
ご丁寧に鼻ちょうちんまで浮かべて。
「なんかごめんね須美ちゃん」
「別に上里さんが謝ることじゃないわ。バスに意気揚々と乗り込んだと思ったら途端に寝だす乃木さんはもちろん、なんというか…すごいけど」
「あはは、だね」
苦笑いしつつも悪く思っていなさそうな樹とむむむっと目を細める須美。
「…ねえ、上里さん」
「なに?」
「上里さんと乃木さんって確か付き合い長いのよね?」
「えっと、一応もう一年にはなるのかな」
今でも鮮明に思い出せるあの日のこと、お役目やらなんやらが出てくるまで嫌なことがあってもそこまで腐らずに学校行ったり、日々を生きられたのは間違いなく園子ちゃんのおかげだ。
「そうよね、そうなのよね」
うん、そうだ。
でもなぜそれを須美が気にするのだろうか。
「それがどうかしたの?」
「…ちょっと不思議なのよ。前々から思っていたけど上里さんと乃木さんってあまり性格とか行動とか似たタイプではないでしょう?それなのにとても仲が良いからそれで少しだけ気になって」
なんだかどこか納得がいっていないような須美の表情。まぁ須美の言いたいことはわかったし、理解もできる。
(というか俺自身がよくわかってないんだよね)
でも強いて言えることがあるとすれば
「それは園子ちゃんがとても優しくてとても強い人だから、かな。…どっちも私にはないものだよ」
園子のことを言うつもりだったのにいちいち自分に対する皮肉めいたことを言ってしまうのは自分でも自分が嫌だと思っているところである。
しかもこういうのは相手も嫌な気持ちにさせてしまう。
(なんで余計なこと言っちゃうんだろうなぁ……はぁ…)
心の中で一人落ち込むのは樹にとってはもはや日常茶飯事であり、いわば慣れである。
…落ち込むことに慣れるというのはだいぶ良くないことだが。
「それって二人の仲が良いこととそんなに関係あることなの?」
樹の言いたいことはどうやらあまり須美には伝わっていないようだった。
「えっとね。…そうだな。言い方を変えると園子ちゃんの優しさと強さに甘えてるって感じ、なのかな」
(なんかこれはこれで分かりづらい気がする…)
「んー……よくわからないわ」
「ごめんね?うまく説明するの難しくて」
樹を手を合わせて謝罪する。
でも理解できないならその方がいいと樹は頭の片隅で思った。
「でもね上里さん。わかることもあるわ」
「?」
よくわからないといった顔から今度は逆に自信を持って、須美は宣言する。
「あなたは優しくも強くもない人なんかじゃありません。同じ勇者の一員として、少なくとも私はそう感じているのよ?だからそれを知っていてほしいわ」
小学生にしてはちと成長ホルモンが出すぎであろう胸を張りつつ須美が言う。
樹はポカーンした表情で須美の言葉を全て聞いた上で
「・・・・ありがとう。須美ちゃん」
お礼の言葉を言いつつ
「お礼を言ってくれるのは別にいいけど…なぜ私の胸を見ながら言うのかしら?ん?」
須美の張られた胸を凝視していた。
「ご、ごめん。なんだかどうしようもなく目が離せなくなっちゃって」
「わざわざそんなことまで言わなくていいのっ!!エッチ!!」
樹の中身の本能がだいぶ出てきているみたいである。
(だって…須美ちゃん胸張ると…うん、すごい)
園子の行動の読めなさと須美の発育の良さを改めて感じた暖かい朝であった。
「んで結局樹も寝ちゃったのか?」
「本当にもう…乃木さんだけに留まらず上里さんまでなんて」
「「すぴー……すぴー……」」
須美の両肩で息のあった呼吸の取り方をする園子と樹。流石に樹も園子と付き合いが長いだけあるのだろうか、そういうところが少しうつってしまったいるのかもしれない。
「でも二人ともスヤスヤ気持ちよさそうに寝てるし合宿所に着くまで寝かせといてやるか」
銀が気を利かせるように小声で話す。わんぱく元気少女でありながらこうした気遣いができるのは銀の特徴である。
「ところで三ノ輪さん十分の遅刻よ!遅い!」
「今更!?・・いや、遅刻したアタシが悪いんだけどさ」
鋭いツッコミができるのも銀の特徴である。
ちなみに銀のツッコミの声で二人とも起きた。
(やっぱり私がしっかりしないと…この美しい国を守るために!)
合宿所は海水浴場に面した借ロッジ、つまり大赦の貸切。
そんな海水浴場の砂浜には勇者に変身した四人と、着替えを済ませた安芸先生の姿があった。
「お役目が本格的に始まったことにより、大赦はあなたたち勇者を全面的にバックアップします」
ジャージに帽子というまるで安芸先生も訓練に参加するかのような格好である。
「家族のことや、学校のことは心配せず頑張って」
「「「「はい!」」」」
四人の元気の良い声が重なる。
しかし樹は一人ぼんやりと考えていた。
(家族のこと、か)
それはまだまだ記憶に新しい今朝の出来事。
(義父さん、合宿のこと知っててくれたんだな)
早速訓練が始まった。
「準備はいいっ?この訓練のルールはシンプル。あのバスに三ノ輪さんを無事到着させること。お互いの役割を忘れないで」
安芸先生の声が少し離れたところから届く。
園子が一番前、その少し後ろに銀、銀のすぐ隣に樹。
一人離れたところに須美という布陣となった。
(なんかすごい絵面…)
樹たち勇者の眼前に広がっているのは、見たことのない形のボールが飛び出すという機械、それも大量の。
ボールの大きさはバレーボールぐらいらしいので、ピッチングマシーンのバレーボール版と思えばいいのだと思う。
どっちにしろなかなかにシュールなのだが。
「いくよーっ!」
園子が槍を構えつつ後続に伝える。
「うまく守ってくれよ!」
それに銀が元気よく答え、そして樹の方を見つつ
「頼むな」
と小声で言った。
「…うん。–––頑張る」
樹は改めて腕に力を入れ直す。
「私はここから動いちゃダメなんですかー?」
「ダメよー!」
須美の疑問に即座に答える安芸先生。
「須美のやつ、もしかしてこっちで一緒に戦いたかったり?」
「銀ちゃん、始まるよ」
「おぉよっし!やるぞ!」
「はい!スタート!」
安芸先生がスタートの合図で手を叩き、パチンという音が四人にもしっかりと聞こえた。
「いっくよーー!!」
さっきよりもさらに元気よく園子は声を張りつつ槍を盾状に展開しつつ走り出す。
続くようにその後ろを銀と樹が盾の中に入りながら追う。
走り出してすぐに勢いよくボールが一つ二つと怒涛の勢いで飛んでき始めた。
カチン!カチン!
園子は走りながらも盾を左右に振って後続に襲いかかるボールを弾く。
「ここからジャンプしちゃダメなのかあ?」
冗談っぽく銀がバスを見上げる。
普通の人間であればどう頑張ろうとここからあの高さのバスまで届かせることなど不可能だが勇者の並外れた身体能力ならば無理はないし、銀がその気になれば十分余裕で届く高さではある。
しかしこの訓練の趣旨はそういうことではない。
いかにして一番のアタッカーである銀を敵の元へと安全に届けられるか、そういうことに焦点を置いた訓練なのだ。
「ずるはダメだよー」
「銀ちゃん、それじゃ意味ないよ」
「あ、はい」
つまり銀は安易に飛び出すことはできない。
あたりに飛び散るボールは園子の盾に跳ね返されるか、あるいは須美の矢、樹のワイヤーによって潰されていく。
一見比較的順調に見えた。
しかし須美の放った矢の一本が狙いをそれボールを外れる。
「らくしょ…っぐわ!?」
らくしょー、と言おうとしたそのタイミングで銀の額にボールが直撃した。
「アウトーー!」
銀にボールが当たってしまったことによって装置が一度停止。
樹や園子も足を止める。
「ごめんなさい!三ノ輪さん!」
遠くで須美が漁ったように声をあげた。
「どんまいだよ!わっしー!」
「大丈夫銀ちゃん?」
樹はボールが直撃した額を触って怪我がないか確かめる。
「ん平気平気。っそれより須美〜呼び方も硬いんだよ。銀でいいぞ、銀で」
「私のことはそのっちで〜はい、呼んでみて〜」
「じゃあ私も樹で…」
この機会ににと前言った時は受け入れられなかった名前、あだ名呼び。
「うっ…」
しかし須美はまだ抵抗感があるようだ。
「はいっ!そう一回!ゴールできるまでやるわよ!」
「うひぁー、こりゃなかなかきつそうだな。前言撤回する」
「気長に頑張ろ〜」
「怪我には気をつけてね銀ちゃん、園子ちゃんも」
最初からやり直しをするためにスタート地点まで戻る三人。樹からしたら一番前で盾を構える園子とボールに狙われている銀が危なくないか、という心配がつきまとう。
「そりゃ気をつけるけどさ、気をつけるのはお前もだぞ樹?」
「?私?」
「私?、じゃないよイッツン。ミノさんの言う通りだからね?」
「う・・うん」
『この合宿中は四人一緒に行動すること。1+1+1+1を4ではなく10にするのよ』
てな訳で今日の分の訓練も終わり、今晩の夕食を4人でとっている。
魚や蟹などが中心の懐石料理というなかなか贅沢な品揃え。
もっとも銀を除く三人、特に園子と樹はお嬢様中のお嬢様なのでこういう料理も別に珍しいものじゃない。
(うん。美味しい、というか園子ちゃん…やっぱりサンチョ連れてきてる。本当に好きなんだなぁ)
だからせいぜい感じたとしてもこの程度のもの。というか後半料理関係ない。
(もぐもぐ〜お魚お魚〜)
(これ美味しいわね…作り方後で教わりに行こうかしら)
(うぉぉぉ!うまい!うまいゾォ!)
「わっしー荷物あれだけ?少なくない?」
「そうかしら?」
「そんなこと言ったら樹だいぶ少ないよな。下手したら須美より少ないじゃないの?」
「えと、そんなにものとか必要ないかなって」
銀、園子、須美、樹、同い年の女子でもここまで荷物の内容や量に差が出てくるものだろうか。
「ミノさんお土産買うの早すぎ〜」
銀は訓練後両親や弟たちにともう旅館のロビーの売店でお土産を買ってしまっていた。
「そういう園子の荷物はなんだ…?」
園子の荷物はそもそも家からこれ持ってきたの?と言いたくなるようなレパートリーである。なぜか家庭用のプラネタリウムらしきものがあるのは流石に気のせいだと思いたい。
「どこからツッコんでいいかわからないわ…」
「臼でおうどん作るんよ〜」
「絶対ダメよ、乃木さん」
「えーわっしーのケチンボ〜」
「うりゃあああっぐえ!?」
「アウトーー!もう一回!」
「銀ちゃん顔赤くなってるよ!治療しないと!」
「大変だ〜!消毒消毒〜!」
「こんぐらい平気だってば!」
「三ノ輪さん!大丈夫?消毒しなきゃ!」
「お前もかっ!!」
「こうして神樹様はウィルスから人類を守るために…」
(うぅ〜くっ…合宿なら勉強しないで済むと思ったのに〜……)
訓練が入っていない時間は本来学校でやる授業と勉強時間となる。もともと真面目で勉強も苦手ではない須美はしっかり集中し、授業を受けているが勉強があまり得意でもなく好きでもない銀からしたら残念なことだった。
(銀ちゃん…しんどそう。やっぱ勉強とか好きじゃないんだ)
横目にうなだれている銀を眺めつつチラチラと教科書を読む。ちなみに樹は勉強が好きではないが苦手でもない。
「すぴー……すぴー……」
園子はまた鼻ちょうちんを浮かべつつ居眠りし、船を漕いでいる。
(園子ちゃん、これで頭すごい良いんだからなあ)
「ところが、何が起こったのか。乃木さんは答えられる?」
「わあ……はいーバーテックスが生まれて私たちの住む四国に攻めてきたんですー」
「正解ね」
((あれで聞いてたんだ……))
(睡眠学習、ってやつなのかな?)
カン!カン!
園子が適切に盾で処理。樹もワイヤーを巧みに操り銀にさらに近付こうとするボールを確実に潰す。須美の矢の的中率も着々と上がってきた。
「っおっしゃ!」
銀はいいところまで近づいていき、一気に飛び出す。
「これでっ!」
飛び出しながらも双斧で周りのボールを破壊して目標のバーテックスに見立てたバスにこれまでで一番近づいた。
「どーーっだ!…っぐ!」
「アウト!」
後もう少しと言ったところで後頭部にボールを受けてしまう。
しかし確実に、個々のレベルアップはもちろん連携も取れてきている。
戦いにおいて欠かすことのできない要素は集中力。
集中力を高めるのにうってつけと言ったら坐禅を組むこと。
ということで皆で座禅を組むことに。
静かな一室に4人が目を閉じジッと足を組んで耐えている姿がそこにはあった。
「すぴー…すぴー…」
「……………………」
「うぅ…うぅんんん…くぅぅ〜……うぅぅ……」
(園子ちゃん、やっぱりまた寝てる。…銀ちゃん本当に辛そう。須美ちゃんはすごいな微動だにしないで)
矢が当たり、盾が弾き、ワイヤーが絡めとり潰す。
この合宿で何度も何度も繰り返し訓練をして反省点を述べやり直しをし、擦り傷に切り傷に痣などをところどころ作りながらも…
ついに道が開けた。
あとは斧が本体を叩き潰すのみ。
「サンキュッ!!」
眼前に迫り来るボールに警戒を解かずに跳躍、銀の狙いはバスのみだ。
「樹!!」
「っ!!」
最後の最後、須美の矢では間に合わない、当てることができないボールの梅雨払いは樹の仕事。
空中では双斧も満足に使うことはできない。周りの邪魔なものを排除しようとするとどうしても空きが生まれるし、肝心の本体への攻撃のチャンスを見失う。
だからこそのワイヤーだからこその樹。
潰す、絡め取る、放り投げる。
あらゆる使い方で銀にボールを近づけさせない。
そのために樹は銀と共に跳躍した。そして自らの仕事を果たす。
「銀ちゃんっ!!」
「おりゃぁーーーーーっ!!」
気合いのこもった一撃。ようやくたどり着いた到着点。
「ごぉーーーーっる!!」
銀の双斧がこれまでの鬱憤を晴らすかのように目標だったバスを跡形もなくバラバラの粉々にしていく。
これをバーテックス相手にできればさぞ気持ちが良かろう。
しかし、今はそんなことは関係ないのかもしれない。
「「「やったーーー!!!」」」
樹、園子、須美の喜びの歓声が舞う。
樹は勇者のお役目関係のことで初めて感じた、達成感というものを心の中で噛み締めながらワイヤーで空に舞う銀を引き寄せる。
「やったな樹!!」
なし崩し的にお姫様抱っこのようになってしまっているからかもしれないが
その時の銀の笑顔はなんだか余計に可愛く見えて仕方がなかった。
次回もまだまだ書きたいシーンとかいっぱいあるから早く書くぞっ!頑張れ俺!
ゴールデンウィークはまだ終わってないだろ!