合宿最終日、何度も何度も繰り返す訓練によって身体中に擦り傷切り傷、打撲にマメとボロボロになりながらも
4人の勇者たちはこの訓練のクリア条件であった銀を無事にバスまで届けるという目標を達成した。
「お疲れ様4人とも。最終日までかかってしまったけれど、それでもよくこの訓練をクリアしてくれたわ」
勇者4人を前にして安芸先生は表情を変えずにそう告げる。
それを聞いた勇者たち4人の表情は色々な意味が込められているものだとは思うが、ともかくホッとしているようだ。
「いやあ〜アタシは三人に届けてもらっただけだからなぁ」
銀が三人の方を向きつつ言う。穏やかな表情ではあるがこの訓練で一番ボールを見に受けたのは銀であり、その分4人の中で最も多くの怪我をしている。
そもそもこれまでの二回の戦いでの怪我もまだ癒えきっていない状態なのだ。
「そんなことないんよ〜そもそもミノさんありきの訓練なんだしね〜」
「お、嬉しいこと言ってくれんじゃんか園子!」
「危なっかしいところはまだまだあるけどね〜」
「そうよ三ノ輪さん。やっぱりあなたはどうしても突っ込みがちだわ」
「あれ!?褒められてたはずじゃ!?というか須美まで加わってきてるし!」
「本当のことでしょう?この合宿中何度も何度もあなたが地面に転がる姿を見てきたんだから」
須美はどこか子供を叱る母親のように言う。
(やっぱりお母さんみたいだ。須美ちゃんって)
樹は1人そんなことを考えていた。
「うっ……そ、それは…」
「ミノさんミノさん。わっしーは心配してるんよ。これはね、ちょっと恥ずかしがってるだけで」
言い返せない銀にヒソヒソと耳打ちする園子。
(須美ちゃん可愛い…)
ちなみに樹には聞こえてしまっていた。
「ちょっと乃木さん・・なにを言ってるの・・?」
怪しいとばかりに須美がムムムと目を細める。そんな須美に対して銀は
「・・・ありがとな!須美!」
なぜか改まってお礼をする。
「・・・?どういたしまして?」
須美も何のことだから分からずはてなマークを浮かべている。
「わっしーもだけどイッツンもとってもすごかったんよ〜ワイヤーをこう、ビュンビュンクルクル〜って」
園子が動きも交えてダイナミックに説明する。後なぜかいつのまにか樹を背中から抱きしめる、…というか樹の背中に体を預けてだらーっとしていた。
「いや・・私は…その…自分ができることを頑張ってしようって…後園子ちゃん近い…」
「えー?そう?」
「これ以上ないってぐらい近い…」
今の園子は樹の肩に顔を埋めるようにもぞもぞしているためものすごく近い。すぐ後ろ、あるいはすぐ隣に園子の整った綺麗で可愛いニコニコの顔があって抱きしめられているから当然体も密着した状態だし……もうなんか色々すごい状態なのだ。
(女の子って何でこう甘い香りがするんだろうなぁっ……!!)
「まあまあお気になさらず〜」
「気にするよ!!」
「でもイッツンがとっても頑張っててすごく頼りになってたのは本当のことだよ?ねーミノさん」
樹を背中から抱きしめたまま銀に話をふる園子。その顔はだらーっとしながらにやけ顔でなんともだらしがない。
(そんな園子ちゃんも可愛いけど・・・・そろそろ離れてくれないと理性ならなんやらがやばい気がする…っ!!)
姿形が女の子だとしても男としての本能は消えたりなんてしないんだなぁーと強く樹はその身をもって強く実感する。
「そりゃもちろん。樹には何度も助けられたし事実頼りにしてるよ」
「私もよ上里さん。あなたのおかげでより集中して支援ができてるわ」
「…2人とも…そんな、私は…」
2人の言葉は嬉しい。でもやはりどこか素直に喜びきれない自分もいる。…そしてやはり園子は抱きついたまま。…くすぐったい。
「そんな、じゃないわ上里さん」
三人の言葉を受け入れきれない樹に安芸先生が口を挟む。
「あなたはよくやっていたし、頑張っていた。それは座って見ていた私にも伝わってきています」
安芸先生は普段と変わらない表情で普段と変わらない、何事にも落ち着いていてしっかりしているといった雰囲気を感じさせつつそんなことを言う。
「…安芸先生……あの…私は………」
樹の言葉はそこで途切れる。しかし途切れさせようとして途切れさせているわけじゃない。
純粋になんて言えばいいのかわからない、言葉が出てこないのだ。
「「……………」」
なんだかどこかで見たことがあるような既視感がある光景。樹も安芸先生も黙り込む。
しかし前の時、合宿の話をした時と同じようにこの状況で先に行動したのは安芸先生の方。
それもこの場にいる誰しもが想像できないようなことだった。
「えっ、ちょマジ!?」
「な、なんてことなの……!」
安芸先生のまさかの行動に銀も須美も驚きを隠せていないようである。
「イッツンすごーい〜〜」
そしてなぜか園子は感心したように目を見開く。心なしかその開かれた瞳にはキラキラと輝くものがあるように見えた。
「……先生…?」
しかし当の樹は周りの三人とは違い驚きよりも困惑が勝ってしまっていたためかなんだか変に冷静になれてしまう。
「………………」
樹の呼びかけにも応じない安芸先生。あまり口数が多い方ではない人だが呼びかけられて無視するような人ではない。
「なあ須美見たことあるか。安芸先生が誰かの頭撫でてるところなんかさ」
「いいえ見たことないわ。これは革命よ」
頭を撫でる。つまりなでなで。
「安芸先生…?」
「…………」
やはり樹の呼びかけには応じない安芸先生。しかし樹の頭を撫でることを止めることもしない。ちょっと不思議な光景である。
(安芸先生の手…園子ちゃんとも銀ちゃんとも須美ちゃんとも違う……大人の手だ・・・)
そんな安芸先生の手は少しひんやりとした冷たい手、でも撫で方は割れ物を扱うかのように優しい。それこそ怖がっているのかと思うほど。
「…嫌じゃないかしら」
ポーカーフェイスを崩さずになんだかちょっと今更な気もする質問。
「べ、別に…」
樹も素っ気なく答えてしまう。『嫌じゃない』そう答えるのが少し恥ずかしい。
「………よしよし」
「「「!?」」」
安芸先生の意外な一面というか初めて見る顔を見た合宿最終日の訓練。
あと何だかんだ他の三人も撫でてもらっていた。
「はあ」
何気なく息を吐く。別に落ち込んでるわけじゃない。
「涼しいな」
こんな独り言を拾う者も周りにはいない。家以外ではここ最近なかった1人だけの時間。
高台のような場所で備え付けられていたベンチに座りつつ上を見上げる。
(星・・・・)
そこには一つ一つは霞んで消えてしまいだが、それらが集まり美しい光を放つ星々の姿。
(綺麗…)
ここら辺は言ってしまえばどちらかというと田舎の方であり、その分星がよく見える。
しかし…星を綺麗だなんて感じるのなんて久しぶりな気がする。
そもそもこうして夜空を見上げることなんてあまりなかったのでないだろうか。
下を向いてばかりの自分だからこそこんなちょっとしたことでもどこか特別なものを感じてしまう。
(少しは余裕も出てきたのかな・・・)
今度は遠く遠く、こうして見渡す限り終わりなど見えない海を眺める。
地平線がどれほど先まで続いているかなんて知らないけど…こうして目で追っている分には四国全土を包み込んでいる結界もその存在に気づくことはない。
(波の音って意外と聞こえるもんなんだ。知らなかったな)
波はそれはそれは穏やかであり荒れる雰囲気など微塵もない。しかしたしかに波と波がせめぎ合う音が聞こえては消えまた聞こえる。
(須美ちゃんの胸…やっぱりすごかった…)
こうして自然の音と風呂上がりの火照った体を心地よく冷ましてくれる風に当たっていると妙に頭の中が落ち着いてきてろくに落ち着いていられなかった先ほどの温泉のことを思い出してしまう。
無論中身のせいというのは大いにあるが。
(銀ちゃんがああして拝もうとするのもわからなくない…というか同性ですらあそこまで魅了させる須美ちゃんの胸はすごい…)
須美の小学生にしては発達が良すぎるおもちを拝もうとする銀とそれを阻止しようとする須美の取っ組み合いはなかなか刺激的だった……なんとか顔背けて頑張ったけど…
(そして須美ちゃんが目立ちすぎてるからわかりにくいけど…園子ちゃんもなかなかいいものを持ってるし、将来性も抜群だった…)
銀と須美がわちゃわちゃとはしゃいでいる時に園子に話しかけられていた時に否応なく見えてしまったあれやこれやは未だに頭に焼き付いている。
しかも園子の距離感がまぁ近い。
というか園子は基本的に距離感が近い。
『そ、園子ちゃん恥ずかしいからちょっと離れてくれると嬉しいかなって……ひゃっ!』
『ぐふふ〜くすぐったかった?』
『園子ちゃんっ…!色々その、見えちゃうから!というかくっついちゃってるから!』
『女の子同士なんだし問題無しなんよ〜!』
『ちょ…!やめっ……きゃあぁぁぁーーー!?!?』
「思い出すと今でも顔から火が出そうに…うう…」
ギリギリのところで安芸先生が入ってきてくれたおかげでその時はなんとかことなきをえたがあともう少し安芸先生が入ってくるのが遅れていたら本気でやばかった。
「にしても・・・」
視線をチラッと自分の胸部、つまり胸の位置に固定する。
もうこの女の子の体と男の中身というチグハグな体で何年か曲がりなりにも生きていた。
今更自分の体でどこか違和感とかそういうのはない。
というか普通は自分の体を普段からいちいちきにする人などそういない。…俺が普通じゃないと言われてしまえばそこまでなのだが。
ともかくとして、要するに…なんというか俺は女の子なわけだ。
だから胸だって当然ある。あるったらある。
お風呂に入る時や着替えをする時なんかはもちろん見ている。というか見える。
––––だが直に触ったことがあっただろうか?
直接、この手で、しっかりと。
(・・・・・)
そんなわけで触ってみた。
直に両手でしっかりと。
さらに触るどころではなく揉む、揉みしだく。
そこにはたしかに先ほど温泉でみたものと同じものが付いていた。たしかにだ。
……でも
「・・・・ちっちゃ・・」
小学生の胸に、それも自分のに何を期待しているんだと思うかもしれないがまぁ小さい。揉んでみてようやく『ああ、付いてるな』ってわかるぐらい。
弾力がどうこうとか張りがどうだとかマシュマロやらおまんじゅうやらなんて微塵も感じない。
(須美ちゃんとか園子ちゃんって改めてすごいんだってのがよくわかるなぁ………)
そんなことを考えながらも揉むことをやめはしない。
「・・銀ちゃんと同じぐらい・・?」
もしかしたら銀よりは少し大きいかも。
「俺は何してんだ・・」
結局あれから数分ぐらい揉み続けていた。
「はぁ……」
世に言う賢者タイムとはこのことを言うのだろうか。…樹はそんな言葉知る由もないが。
「………………」
なんとなく、イヤホンをつけて再生する。
音量を下げて小さめにすれば周りの自然の音も聞こえてくるまま。
一人でいるときというのはどうにも自然の音が耳に聞こえて残りやすい。
静かなのも一人でいることも特別好きなわけじゃない。ただ楽なだけ。
でもたぶんこうしてぼーっと海や星空を眺めながら一人でいることは好きなんだと思う。今、そう実感した。
「こんなところにいたのね」
すると背後から声が聞こえてくる。しかし声の主はすぐにわかった。
「わ、びっくりした…なんだ須美ちゃんか」
イヤホンを外しつつ振り返ると浴衣姿の須美がいた。
「なんだとは何よ、もう。心配したんだから」
…そういえば誰にも言わずに旅館を出てきてしまったんだった。
「ご、ごめん」
「夜景を眺めるのもいいけど、せめて私たちに一声ぐらいかけてからにしてちょうだい」
「あはは…はい」
「わかればよろしい」
満足そうに頷く須美。言い方は少しあれかもしれないがわざわざ探しに来てくれたんだろうからそこはちょっと申し訳ないし、嬉しくもある。
(誰かに探してもらえるのって…嬉しいことなんだ)
自分勝手な考え。だけど嬉しいものは嬉しいてつい頬も緩む。
「?何笑ってるの?」
「ううん・・やっぱり須美ちゃんはお母さんみたいだなーって」
「・・前にもそんなこと言ってたけどそれ褒めてる・・?」
「え?・・・うん。そのつもりだけど。あ、須美ちゃんも座りなよ。はいここ」
樹は自らの隣、ちょうど須美一人分ぐらいなら座れるスペースを手で軽く叩く。
「……まぁいいけど」
須美はどこか納得できなさそうにしながらも言われた通り樹の隣に腰を下ろす。ちょうど須美が一人座れる分ほどのスペースだったこともあり二人の距離は肩が触れ合ってしまいそうなほど近い。
「このベンチちっちゃくないかしら?」
「ぎゅうぎゅうだね」
すぐ隣から風呂上がりの須美ちゃんの女の子の匂いがする。でも不思議とあまり緊張する感じはしない。
「綺麗ね、星空」
須美が夜空を見上げつつ呟いた。樹も再度見上げる。
「ほんとだね。…とっても綺麗でキラキラしててまるで須美ちゃんと銀ちゃんと園子ちゃんみたい」
…ちなみに樹は自分の今のセリフがちょっと恥ずかしい系のセリフであることをあまり理解していない。
でもそんなことが気にならないほど、樹にとって彼女たちは眩しくて眩しくて、光そのものと言ってよかったのだ。
(じゃあ––––––自分は、俺はなんなんだろう––––)
曲が変わる。
すでに室内は暗く、音もない。
先ほどまではしゃいでいたのが嘘かのように静かな夜だ。
(無理もないよね。みんな疲れてるんだろうし)
樹は布団の中で一人そんなことを考える。疲れの度合いで考えれば樹も十分疲れているはずだが、なんだか変に眠れない夜になってしまった。
あの後結局須美ちゃんとしばらく星空を眺めたりしながらあの星はこういう名前であれとあれは繋がっててみたいなことを話した。
…話たと言っても全部須美ちゃんが教えてくれたやつだけど。
というか星になんか綺麗以外の感想なんて思いつかなかったし、そんな詳しくなりたいわけでも好きなわけでもないけど、須美ちゃんに説明してもらえるなら悪くはなかった。
そして須美ちゃんの知識の豊富さに驚かされたというか…本人は基本的なことだって謙遜してたけど…その基本的なことすら知らない人もいるわけで…俺のことだけど。
てな感じで須美先生に色々と教わっていたら銀ちゃんと園子ちゃんが来てくれたのだ。なんでも俺を探しに行ったはずの須美ちゃんまでもが帰ってくるのが遅かったから、だそうだ。
最終的に四人で星を見ながら話をしていたら戻るのが遅くなって安芸先生に大目玉を食らってしまった。
曲が変わる。
(…そっか…明日はもう家に帰るのか)
家…上里家…………義父さん…
(お姉ちゃん…また電話してもでないのかな)
また明日にでも電話してみようか。そんなことを考えつつようやく訪れ始めてくれた眠気に身をまかせる。
「………?」
訪れかけていた眠気に身を任せきる寸前、ゴソゴソと何かが動く音がして意識が多少回復する。
(トイレ…?)
普通そんなとこだろう。
でも違った。
「・・・・・えっ?」
なぜか自分一人しかいないはずの掛け布団の中にもぞもぞと何かが入ってきた。…え?
(お、おばけ・・?)
おばけはまずい。まずい……本当にまずい。
しかもおばけ?は布団の中に入ってくるにとどまらずなおも樹の方へと近づいてくるではないか。
(ど、どうしよう!?須美ちゃんに起きてもらって悪霊退散的なことをしてもらうしか…)
「樹、少しいいか?」
「ご、ごめんなさい……!」
「へ?」
「ん?」
・・・・あれなんか知ってる声だったような・・おばけの知り合いなんていないはずなんだけど…
「あーアタシだよアタシ」
「・・銀ちゃん?」
背中合わせで顔はわからないが間違えようもない。この声は銀のものだ。
(おばけじゃなくてよかった……でもどうして銀ちゃんが…?)
「そそ銀だよ。悪いな、こんな時間に」
「それは…いいけど。どうしたの?」
「んーまぁなんとなくな」
「なんとなく・・」
「うん。なんとなく」
軽い感じでそう答える銀。わざわざ向こうから来てこうして一つの掛け布団の中で背中が合わさる距離まで来ているのだから何かしら用はあると思うのだが……
「ちょっとだけいさせてくれればいいからさ。頼む」
普段と何一つ変わらない口調で銀は樹に言う。
(頼む…か)
銀に頼みごとをされるなんて初めてだ。だから…その…なんて言えばいいのかな。
「・・うん。わかったよ」
「サンキュ」
曲が変わる。
頃合いかと思い樹はイヤホンを耳から外した。
やはり旅館の部屋とはいえこうも海沿いだと無音とはいかないのは仕方ないが、今はそれ以上にすぐ近くの銀の身じろぎの動作やちょっとした呼吸の音が気になってしまう。
それでいて銀の背中はとても小さく、とても暖かい。
「樹の背中ちょっとひんやりしてるな」
「…ご、ごめんね。冷たいかな…?」
「いや、全然。むしろ気持ちいいかも。それにほら、体が冷たい人は心があったかいって言うだろ?」
「……でもそれだと銀ちゃんの心が冷たいことになっちゃうから違うと思う」
「ありゃ、そうなっちゃうのか」
「銀ちゃんはたぶん体も心もあったかいんだよ。とっても」
「…なんかちょっと恥ずかしいな」
「ご、ごめん」
「別に謝ることないさ。褒めてくれたんだから、嬉しいよ」
曲が変わる。
そういえば本体を止めておくのを忘れていた。
「…銀ちゃんも褒められたら嬉しい、って思うんだね」
「そりゃな。…樹は思わないのか?」
「…どうなんだろう」
「––––じゃあさ、樹はどうして勇者になるんだ?」
「……………」
「–––––ごめんな急に。答えたくなかったら無理に答えなくていいよ」
「……………」
「たださ、一応聞いておきたかったんだよね」
そう言ったから銀は黙ってしまった。
曲が変わる、もう充電が切れそうだった。
「人に、褒めて欲しいのかな」
「…………」
それは三人といたいという以外の理由。意味。目的。訳。
どれかはわからないし、本当にそうなのかもわからない。
けど『嬉しい』と感じた、思ったことは本当でこの気持ち––––この気持ちをまた味わいたいと思ったから。
「合宿の初日にさ、義父さんが褒めてくれたんだ。『よくやったな』って言ってくれてね、初めて褒められて…」
「…そか。お義父さんに」
「うん。…ろくに普段話さないしそもそも合わないのに、褒められて嬉しいと思った。……安芸先生も『頑張った』って言ってて…それが嬉しくて」
「頭撫でてもらったもんな」
「…うん。………義父さん俺のこと認めてくれたのかな。安芸先生も……認めてくれてるのかもしれない」
樹は自分の眼前に横たわる細くて小さな手を軽く握ったり開いたりする。
今まで何もつかんで来れなくて、あったはずのものもこぼれ落ちて、それでもまだ自分の手のひらには掴めるものが…掴んでいるものがあるのかもしれない。
樹は拳を強く握った。
「–––樹。こっち向いて」
「え?」
「いいから」
「は、はい」
ちょっと語気が強めに感じる銀の言葉につい応じて背中を向けていた方に体を向ける。
体の向きを変えたと思ったら何故か銀ちゃんに抱きしめられていた。…なんだか最近よく抱きしめられている気がする。
「・・・・銀ちゃんいい匂い」
「っておい、こら」
「だって…落ち着くんだもん。銀ちゃんの匂い」
「むふふ〜だったらアタシも樹の匂い嗅いぢゃうぞ〜」
「銀ちゃんにならいいかも…」
「いいんかい」
「えへへ。なんちゃっ…ぴゃっ…!?…ん……」
なんちゃって、と言い終わる前に銀が樹をクンクンする。クンクンする事で銀の鼻やらなんやらが樹の肌に当たったりしてこそばゆい。
「おー樹もいい匂いじゃん。なんかこう・・ふわふわしててもふもふしたくなる匂いだな」
「銀ちゃんっ…く、くすぐったい…!」
「お、ほれほれ〜ここがええんか〜うりうり〜」
「ここがええんか〜〜」
「ちょっ…ダメッ……!」
「「ほれほれ〜〜〜〜」」
「い、いつのまに園子ちゃんまでっ!?」
先ほどまでサンチョに抱きついてぐっすり眠っていたはずの園子が気づかぬうちに銀に加わっている。
「乙女たちの桃色パラダイスあるところ園子あり!なんよ〜!!」
「い、意味わかんないよぉ!たっ助けて須美ちゃんっ……!!」
二対一。多勢に無勢。樹はこの騒ぎで起きてしまったのであろう須美に助けをこう。
「………………」
案の定須美も起きてしまっていた。
「?須美ちゃん?」
しかしどこか様子がおかしい。なんというか…目が虚というか…ぼーっとしてるというか…とらんとしてるというか…
「・・・上里さん・・あなたのパンツが見たいわ」
「は?パンツ?」
「ええ・・・それからブラも」
「へ?ブラ?」
「というか樹ってブラしてんの?」
「イッツンブラしてないよね〜」
「たしかにしてないけどなんで園子ちゃんがそんな事知ってるの!?というか須美ちゃん寝ぼけてる?変なこと言ってないで助けて!」
再度須美へ助けを求める樹。今この瞬間にも銀と園子の二人にもみくちゃにされているせいで来ていた旅館の浴衣がはだけてちょっと目が当てられない様相となっている。
ここで須美に二人を止めてもらわなければよろしくない展開へと移ってしまう恐れも…
「安心して上里さん・・優しくするから・・三ノ輪さん乃木さん拘束して」
「「サーイエッサー!!」」
「適正言語なんて許さないわよっ!」
「「了解であります!!」」
「それでよし!」
「よしじゃないよ!」
とか言ってる間にはだけていた浴衣の帯で手首を拘束させる樹。さらには両サイドを銀と園子にがっしり掴まれており逃げ出すことも叶わない。
「そんな…銀ちゃん園子ちゃんどうして……」
「安心しろ樹。きっと悪いようにはしないならないからさ」
「私たちを信じてイッツン」
樹の両サイドを抑えつつ二人はキメ顔で樹を諭す。
「安心もできないし信じられないよぉ…」
前も隣も自分も狙う存在だと嫌でも理解し逃げ道が断たれたことを樹は悟る。
「可愛いわ上里さん……私の着せ替え人形にしちゃいたいぐらい…」
「ええ…コワ…」
「わっしー猟奇的〜」
いろんな意味合いにも取れそうなセリフを吐きながら須美はゆらゆらと樹に近づきその両頬を支えるように両手を置き、樹の目を見つめる。
「・・・・いただきます・・」
「んーーー!?んーーー!?」
恐ろしいセリフを言いながら樹の唇へと迫る須美。須美の両手が樹の両頬を支え…というか押さえつけているためうまく喋れない。
「えっちょ!?キスすんの!?」
「きゃーーー!!わっしー大胆ーー!!」
まさかキスをしようとするとは思わなかったのか驚きを表す銀と興奮値MAXの園子。
樹は耳まで真っ赤にしながらただその時が来て、終わるのを待ち、目を力一杯瞑ってせめ視覚だけでも誤魔化そうとする。
(なんかこの合宿こんなんばっかだった気がする………)
最後に心の中でそんなことを考えながら。
「あなたたちっ!今何時だと思ってるの!」
鬼の形相で室内に入ってきた安芸先生のお叱りの言葉と須美と樹の唇が重なったのはほぼ同時。
(柔らかい…)
その感覚を最後に樹の意識は沈んでいくのだった。
次回でアニメでいうところの二話までが終わるかと。
色々書きたい展開もそこに合わせてあるので是非お楽しみに。
あとわすゆ再放送終わりましたね……辛い…でも面白い……やっぱり辛い…