犬吠埼樹(憑依)は勇者である   作:夏目ユウリ

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話の進め方にかなり考えを巡らせてます。先の展開はこうしたい!ってのが結構あるんですけど間をどう進めていくかが問題ダァ…


朝の終わり、自らの始まり

姉妹の共同作業(食器運び)を終え勝手にちょっといい気分になっていた俺は現在再び洗面所に来ている。

 

というのも

 

『樹は歯磨きしてきなー』

 

てな感じの指令をお姉ちゃんに受けたのだ。

 

お姉ちゃんは食器洗いを手伝うみたいなので俺もと思ったのだがいいからいいからと押し切られてしまった。

 

まそんなにたくさんあるわけじゃないし三人もいても効率が悪くなるだけと考えればその通りだから別にいっか。

 

ちなみに歯ブラシはペンで名前が書かれていたのでどれが自分のなのかはすぐにわかった。ひらがなで丸っこい可愛い字で『いつき』と書いてあったからだ。

 

…問題はここからだった。

 

「!?〜〜〜〜〜!?」

 

辛い辛い辛い辛い!!!

 

なんこれ?!めっちゃ辛いやん!!

 

さて歯磨きをしようと歯ブラシを口の中に入れて磨こうとしたタイミングで強烈な辛味が口中を駆け巡った。

 

「うぇぇ……」

 

たまらず洗面台に口の中のものを吐き出した。

 

ガラガラガラガラ

 

「ぺぇっ…」

 

コップを手にとって口をゆすぐ。なんとか急場はしのいだろうか……にしても辛い…

 

原因は分かっている。––––歯磨き粉だ!

 

特に考えずに目に付いたやつを使ってしまったから気づかなかったが今俺が使ったのは大人用の歯磨き粉だった。

 

6歳児にはまだあの辛さはきつかった……あ、イチゴ味のある。それにしよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちっちゃい歯に不思議な感覚を持ちながらも歯磨きはつつがなく終了した。

 

だが–––––ここで新たな問題に直面した。

 

それもちょっとやそっとのことじゃない…

 

重大極まりない実に恐ろしい問題…

 

少なくとも歯磨き粉とかへでもないような…

 

というか今後にも大きく関わってくるやつ…

 

それは…

 

 

 

 

 

 

トイレだ。トイレに行きたい。

 

今現在心が男でも体は女の子という矛盾を抱えている。

 

そしてまぁなんだ…ほら、違うじゃんやり方がさ、うん。男と女じゃ違うじゃないですか。

 

ほら大問題。

 

とは言っても生理現象に文句を言っても仕方がない。恥ずかしいからといってじゃあ行くのやめとくか、なんてことは不可避。

 

そして我慢に我慢を重ねた結果は・・・目に見えている。

 

その結末は絶対に避けねばならない。

 

 

 

––でも6歳ってまだお漏らししてもギリ許される歳説もあるにはあるよな?

 

あれ、どうなんだろ。俺日本人のお漏らし許される平均年齢知らないしなぁ………んなもん誰も知らんか。

 

というか許される許されないの問題じゃなかった筈だ。単に俺の羞恥心の問題なわけで。

 

マジでどうしたもんだろうか……?

 

 

「どうしたの?」

 

「ぴゃぁ!?」

 

トイレに行くべきか行かざるべきか(行けよ)を考えすぎて背後から近づいてくるお姉ちゃんに気づかなかった!おま!あとちょっとで危なかったからな!尿意がさぁ!

 

「樹は悲鳴まで可愛いなぁ〜」

 

「それは私もどうかと思うよお姉ちゃん。…ってそうじゃなくて!」

 

「そうじゃなくて?」

 

「・・・なんでもない」

 

「トイレ行きたいの?」

 

「なぜバレた?!」

 

シスコン極めすぎてエスパーに目覚めたとか?シスコンすげー

 

「だってそんなにもじもじしてたらなんとなくわかるよ?」

 

「うっ……ごめん…」

 

「謝ることないのに」

 

なんとなくです。気づかぬうちにそんなことをしていたなんて…。無自覚って怖いね。

 

「ほら、こっちきなー」

 

やれやれといった感じでお姉ちゃんは俺の手を掴んでずんずん進んでいく。ちょ!あんま引っ張るとやばいから!

 

「ちゃんとトイレできるか不安なんでしょ」

 

いや、ある意味正解だけどさ。なんかベクトルが違うというかなんというか。

 

「お姉ちゃんに任せなさい!ちゃんと見ててあげるからね」

 

 

ん?

 

 

 

・・・ふむ

 

 

 

なるほど。

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・はぁぁぁぁぁ!?

 

なーに言っちゃってんのヨォ!?

 

 

「お!お姉ちゃん!待って待って待って!」

 

たまらずお姉ちゃんに待ったを申し込む。

 

なんぞやと言いたげに首をかしげるお姉ちゃん。だがすぐにひらめいたかのように顔をニヤつかせ

 

「あ、もう危ない感じ?」

 

とか言ってきやがった。おいこら、張り倒すぞ。

 

「違う違う、そうじゃなくてさぁ…」

 

「はいはい恥ずかしいのは分かってるから。早く行くよ」

 

いやわかんないね!俺のこの苦悩は誰にもわからない!

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほら、ちゃっちゃとしちゃいなさい」

 

「…………」

 

どうしてこうなった。

 

俺が何かしたってのか?俺は女の子の姿でトイレをするのが恥ずかしくて苦悩していたはずなのになんでよりにもよってプラスアルファの辱めを与えるんだ。

 

なんで目の前で仁王立ちしてる姉の前でトイレをせにゃならんのだ。

 

 

 

だぁぁぁ!!!

 

 

もういい!パジャマのズボンを脱ぐ!パンツを脱ぐ!だけの簡単なお仕事です!

 

はい脱いだ座った耳を閉じた目をつぶった!

 

 

 

さらば羞恥心!また会う日まで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「樹、着替え出しといたから着替えときなさいね」

 

「はーい」

 

「はい、でしょ」

 

「ほい」

 

「ふざけないの」

 

「はい」

 

さて終わったことは水に流すとして次なる行動に移ろう。ふむふむ着替えね。

 

部屋に戻ってきた俺は母親が出してくれた着替えを手に取りつつパジャマから私服へのシフトチェンジを図っている。

 

なんかもういいやって感じ。別にパンツぐらいはでもない。

 

ただ裸は無理–––––––と言いたいところだがそうは問屋が卸さない。

 

裸見てらんないっておまえ風呂どうすんだよってわけだ。

 

着替えで裸見られない奴が風呂で自分の体ゴシゴシ洗えるかって。無理ですよね。だから俺頑張る。

 

部屋のスタンドミラーに映るサファイア色の瞳がハイライトを失っているのはきっと気のせいだ。

 

「ざーんこくな、てんしのーてーぜー。まーどべーかーーらやがてとびたつ!」

 

気を紛らわすために某残酷な名曲を歌いながらミッション(着替え)を行う。

 

布が擦れる音がなぜかいちいち気になる。

 

「ほっとばしっるあついぱとすでーー」

 

女子というのは着替え一つにここまで苦労するものなのか?なかなか思うようにいかない。

 

「おっもいでをうらぎるなーらー」

 

えーっとーーここがこうであそこがあーで…

 

「こーのそっらをだいてかーがやっくー」

 

あ!いけそういけそう。

 

「しょうねんっよしんわになれ!!」

 

サビからの歌い終わりでスタンドミラーの前に躍り出る。っしゃ!完璧!

 

 

「うるさいわよ!樹!」

 

部屋の外から怒鳴られた。ごめんさいお母さん。

 

しかしそれに見合うかわいさ。

 

「パジャマも可愛いけど、やっぱり私服は格別ですな」

 

何がやっぱりなのかは自分でも分からん。とにかく可愛いは正義。

 

「えい」

 

意味もなくその場でくるっと回ってみる。ショートヘアーでありながらも微かになびく髪の毛。小1らしいまだまだ未発達な体各種。こんな可愛い子が将来大きくなっていったらどんな可愛い子になってしまうのだろうか?

 

現段階で可愛いのに。

 

あと何回でも言うけど声がまぁ可愛いこと。

 

この声だったら歌うのとか楽しそうだし面白そうだ。可愛い声であえていやそれ?みたいな歌を歌ってみたい。

 

「風ー樹ー行ってくるわよ」

 

部屋の外から母親…めんどいしお母さんでいっか。お母さんが呼びかける声が聞こえてきた。出かけるようだ。仕事だろうか?

 

 

 

「風?ちゃんと樹のこと見てるのよ。樹?お姉ちゃんの言うことはちゃんと聞いてね」

 

「はーい」

 

お母さんの言いつけに大きな声で返事をするお姉ちゃん。

 

「はいは伸ばさないの」

 

「ふい」

 

「風ちゃーん?」

 

「はい!」

 

「よろしい」

 

なんかさっきと似たことやってるし。姉妹は似るもんなんかね。……俺は別に姉妹でもなんでもないんだけどね。

 

この子がってだけだから。

 

「樹もよー。わかった?」

 

「うん!」

 

部屋の外にいることを考慮して大きめの声で返事しておく。

 

そしてドアがガチャと閉まる音がした。今更だけどマンションか。今更だけど。

 

すると間髪入れずに今度はお姉ちゃんの声が聞こえてきた。

 

「この後文房具屋さんに行くけど樹も来るー?」

 

やはり部屋の外からなので少し声は大きめ。にしても…文房具屋さんか。

 

一瞬の逡巡の末

 

「うん、行くー」

 

と返した。

 

「じゃあ準備するから樹もしといてねー」

 

「はーい」

 

「はい、でしょ」

 

「あ、今のお母さんの真似だ」

 

「正解〜」

 

ちょっとしたクイズに正解したのちお姉ちゃんも女の子だし色々とすることがあるのだろう。話しかけてはこなかった。

 

んで俺は準備といってもなにをすればいいのかよくわからないのでとりあえずベッドに寝転がることにした。

 

これも今更だけど姉妹で部屋別々なんだ。贅沢な使い方。

 

嬉しいけど。

 

部屋をキョロキョロと見回してみる。小1に明日からなる女の子が与えられる部屋にしては十分な広さがあるように思える部屋にはそんなにものは置いていなかった。

 

まぁそれもそうか。

 

むしろこのぐらいの年齢から自分で色々と買ってきたりして自分だけの部屋を作ってくんだもんな。

 

女の子女の子しすぎてない感じはちょっと有難い。

 

ただどれも真新しい感じがするのはどこか落ち着かなくもある。

 

 

 

そして不思議に思った。

 

いつのまにかなんとも言えない違和感が薄れてきているのに。

 

不自然な感覚が少しではあるけど落ち着いて自然になってきた気がする。

 

俺は俺だけどこの『樹」という少女も俺である感覚と言うのだろうか。

 

そういえばさっき俺は考えるよりも先にお姉ちゃんが母親の真似をしていることを指摘した。とっさに自然と会話していたのだ。それこそ姉妹みたいな日常会話を。

 

「樹………樹……」

 

ボソッと小さく自らの名前を口ずさむ。噛みしめるように、染み込ませるように。

 

「俺の……私の名前は–––––樹」

 

 

…やっぱりいい名前だなと思った。

 




そういえば花結い章終わってしまいましたね。

あの一枚絵は反則やでほんま…

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