しかしやはりこのままの状態でほったらかしておくのは心にしこりが残る感じがしてなんか嫌でした。
なんとか一応形になりましたがかなり短くなっています。
「勇者になる理由?」
隣に座る黒髪の少女がその髪と同じ色の瞳をこちらに軽く向ける。俺はどうにもその瞳と目を合わせることが出来ず正面で戦闘訓練を行っている2人の方へと向き直った。
「うん」
「……そうね」
壁に背中を預けるように立っていたその人は俺と同じように膝を抱えて座り込む。変わっていないはずなのにどうにも距離が近くなったような気がする。
「ごめんね。変なこと聞いちゃって」
少なくとも訓練の合間の時間に聞くようなことではなかった。
「気にしないで…ただあまり聞いてて気分がいい話じゃないから言いにくいってだけ」
そう言って彼女は自らの長い髪を手でそっと撫でる。
「…そうなんだ」
俺が返せる返答はせいぜいこんなもんだ。我ながらちょっとやらかした自覚はある。
「ほんとに気にしないでいいのよ?そんな大袈裟な話じゃないの。ただ…乃木さんの目の前でそれを話すのはなんだかとてもちっぽけで…それだけなの」
「…そっか」
膝を抱く力がどうにも強くなって体がより縮こまるのがわかった。視線は自然と下を向き俺の目には地面だけが映る。
「不安なの?」
彼女の問いかけに答える。
「どうなんだろう」
「怖い?」
「わからない」
「そう」
「…………」
「…………」
ふたりの会話はそれですぐに打ち止めになり沈黙が場を支配する。
「おーい、次はぐんちゃんと樹ちゃんの番だよー」
「ふたりとも、準備運動はしっかりな」
少し離れたところから俺たち2人を呼ぶ声。もう時間か。
どうにも重たい気がする腰を上げると先に歩き出していた彼女が振り返る。
そこでようやく黒い瞳と目が合った。
「あなたには勇者にならない幸せがある」
「え?」
「さ、次は私たちの番よ。いきましょう」
「う、うん」
勇者にならない幸せ。
その言葉の意味を考えながら視線を持ち上げる。日はもう暮れ始めていて今日の訓練が終わりに近づいていることを示していた。
ふと訓練場から城へと続く登り坂の向こうから人影を見た。
俺の姿を見つけたのだろう。柔らかい笑みを浮かべたひなたちゃんが手を振っていた。
「敵だ」
時が止まった世界で大橋を見つめる。今この刻も園子ちゃんと須美ちゃんはあそこで戦っている。
「銀ちゃん…」
手首に残った彼女の面影を握る。答えが帰ってくるはずはない。
当然だ、彼女は死んだのだから。
「こんにちは」
不意に聞き覚えるのある声に振り返る。誰もいない、いや違う。
声は横から聞こえていた。
間違いなく聞き覚えがあった、でも見覚えはない。自然と俺は言葉を返していた。
「何してるんですか?こんなところで」
その人は口元を動かさず目だけで笑う。
「樹くんこそ、こんなところで何してるんですか?」
樹くん、彼女はそう言った。なぜ–––知っている?
「もう勇者にはならないから、そう決めたから」
「そうですか」
「ごめん、ひなたちゃん」
そうだこの子はひなたちゃんだ。あの時、まるでもう1人姉ができた気がしていた。
「みせておきたいものがあります」
瞬間、思わず目を閉じた。
これは–––
「樹海…」
来たくはなかった場所だ。
だだそれ以上に目を引く何かがあった。違う!何かじゃない!あれは
「園子ちゃん…」
それは見たことのない異様の姿ではあったが見紛うはずもない。
勇者に変身した園子ちゃんで間違いないのだ。
須美ちゃんはどうしたんだ。一体園子ちゃんは…
「あれを」
状況に理解がおいつかない中ひなたちゃんが大橋の向こう–––壁のその先を指さす。
「––––––––––––」
言葉が出なかった。ただその光景から目が離せなくなる。
多数の敵が壁をすり抜けるようにして侵入してきている。
なんだこれなんだこれなんだこれ
「なんだよ、これ」
ようやく出てきたのは言葉はせいぜいこの程度のもの。
園子ちゃんがその異様な姿を震わせ敵を一掃する。なんて出鱈目な力だ。あんな力があれば銀ちゃんだってきっと…
しかしそんな考えはすぐに断ち消えた。園子の姿を光と花びらが包んだと思ったその時すでに園子は地上に落下していったのだ。
「っ園子ちゃん!!」
思わず叫び足を踏み出そうとする。
指が拳を握ろうと何度も小刻みに動く。
俺は拳を握れない。
「樹ちゃん、敵が神樹様のところに辿り着けば人は滅びます。そしてそれを止めることができるのは敵と同等の力を持つ勇者だけです」
「…………」
「今私にできることは何もありません。だけどあなたには、あなたにしかできない、あなたにならできることがあるはずです」
「…………」
「誰もあなたに強要はしません。自分で考え自分で決めなさい。自分が今何をするべきか」
「…………」
「どうか、後悔のないように」
「…………」
まだ指に力が入りきらず拳を形作るまでに至らない。ことここに至って俺はまだどこか心の中で自分でもわからないなにかを決めきれずにいる。
遠ざかるあの子の姿を私はただ黙って見つめていた。その姿が見えなくなるまで、見えなくなってもずっと–––ずっと見つめていた。
「これでよかったんだろうか」
「いいんですよ。–––これでいいんです」
「そうか–––お前がいいなら、いいんだ」
「ありがとうございます。若葉ちゃん」
「須美ちゃん!!」
制服姿で倒れている須美ちゃんを見つけた。怪我はないようだが気を失っている。
「これって…」
彼女の手首に巻かれたリボンには見覚えがある。これは間違いなく園子が普段髪に結んでいたリボンだ。
「だ……れ…?」
須美ちゃんが瞼を弱々とだが開いた。ああよかった…生きてる!ちゃんと生きてる!
「これ園子ちゃんの…………ごめんっごめんよ須美ちゃん…っ!!俺行かなきゃいけない!!」
俺はそう言いながら自らの手首に巻かれた銀ちゃんから預かったヘアゴムを須美ちゃんの手首に巻かれた園子ちゃんのリボンの上に重なるように付けた。
「これ須美ちゃんが持ってて。どうかお願い」
「い…っやだぁ。いかな……いで…」
須美の目に涙が溜まりそれはすぐに決壊して頬を伝う。
「大丈夫だよ。それを付けてればきっと園子ちゃんと銀ちゃんが守ってくれる。2人は俺なんかよりもずっと強いんだから。だから今は休んでて?」
「………うん」
須美ちゃんは頷くのとほぼ同時に再びを気を失った。
「ありがとう。…ありがとう」
耳元で誰かが囁く。
『勇者になる理由はわかった?』
「ううん、まだ」
『そう』
「でも、それでも今この時だけでもいい。俺はもう一度会いたいと思った」
『ええ』
「この気持ちは本当だと思うから」
次回、なんとか終わります…おそらく。