先は長そうなのでどんどん書いていきたいですね。
そして次回ももしかしたら新章ではない話になるかもしれないです。その時はどうかご了承くだされば。
「君か」
「電話口ですが無沙汰です上里様」
「御託はいい」
「相変わらずご健在のようで何よりです。では遠慮なく、御息女のことよろしかったのですか?」
「全ては神の意思によるもの我々人間が考えるだけ無駄なことだ」
「まるで神隠しにでもあったかのように姿を消したのも文字通りそうであると?」
「ああ」
「その意思で何も知らない少女たちの運命を定めてしまうのは酷な話です。もっとも僕も大赦の人間ですから人のことは言えませんが」
「君の妹も候補の1人だったな。それも上位候補者と聞いている」
「バレバレですか。御息女とは歳は一つしか違わないまだ中学にも入っていないほんの子どもです」
「両親は君の妹が選出されればとても喜ばれると思うが」
「ええ喜ぶでしょうね、妹も」
「君はそうではないと?」
「僕は大赦の神官であり三好家の長男ですが、それ以上に『夏凜』の兄貴ですから。勝手な話ですが」
「新たに開発中の勇者システム消失のこともそのためかね」
「御息女とは少々縁がありまして」
「あれはもう上里の家の者ではない」
「では、樹ちゃんと。彼女と姉の風ちゃんとは少しばかり話す機会がありましてね。互いのことを思い合う良い姉妹でしたよ」
「この行動は、君の命取りになるかもしれんぞ」
「僕はただ正義を貫きたいだけなんです。僕にとってのね」
ピッ
通話を切りしばらく鳴らないであろう携帯をそっと机に置く。
あの人とこうして話したのは久しぶりだった。
もっともこれが最後になるかもしれないが。
…いや、まだいけるか。あの人は僕を利用しようとしているところがある。
もうしばらく、やれることをやらないとな。
兄貴として、大人として。
そしてすまない。樹ちゃん、風ちゃん。
父と母が死んだ。
大橋で起きた大規模な事故。アタシの両親はその事故に巻き込まれたのだと大赦の人が家に来てそう教えてくれた。
アタシはリビングの机に突っ伏しながら事故のことを伝えるニュースを眺めている。
テレビの画面に「未曾有の大事故」とテロップを打たれながら映し出される大橋。
どこか不自然に歪にまで映る崩落のしように、思わず目を覆いたくなる人が多くいることと思う。
だけど、アタシは違う。
一つも頭に入ってこない事故の情報を目に入れることだけをしながらなんとなく考える。
生まれてからずっと一緒に暮らしてきた家族を失ったのだから、悲しいとしたらそれは当たり前のことなんだと思う。
けど涙は出ない。視界は全く歪むことも潤むこともなくテレビの画面を捉えている。
薄情な人間だと言われても仕方ないかもしれない。
両親とは樹が家を出ていって以来ずっと折り合いが悪く、ろくに口も聞いていなかった。
でもそれでいいと思っていた。アタシは樹をあんな風によその家にやった両親のことを許せなかったし、憎んでさえいたのだから。
両親がアタシのことをどう思っていたのかは今となっては知る由もないがそんなことはどうでもいいことだった。
どうでもいいと思うぐらいアタシと両親の心は離れていたのだろう。
それが犬吠埼家の現実だった。どうしようもないまでに冷え切っていてそのまま唐突に終わったのだ。
リモコンを力なく掴みテレビを消した。部屋から音という音が全て消えたようでとても静かになる。
プルルプルルプルルプルル
机の上に放り出していた携帯から初期設定のままいじっていない着信音が鳴る。静寂が包む部屋にその音はいつもより大きく感じられた。
机に突っ伏した体を起こし携帯の着信先を確認する。
知らない番号からの電話だ。
「はい」
いつもと変わらない調子で通話ボタンを押す。
「犬吠埼風様でしょうか?」
落ち着いた女性の声。聞き覚えはなかった。
「そうです」
「私は大赦の神官の『安芸』といいます。まずは御両親のこと、お悔やみ申し上げます」
「はい」
先に大赦の人たちから両親の事故のことを聞いた時は多少なりとも思うところがあったかもしれないが今はどうだ、感情の一つも揺さぶられない。
「そのことは先ほど大赦の方から直接報告をもらいました。わざわざ電話していただかなくても」
ただ、何度も聞きたいような話ではない。
「いえ、これは大赦の人間として言っておかなければなりません」
「お気持ちはありがたいですけど、事故なんですから仕方ないことだったんだと思います」
そう、事故。たぶんどうしようもなかったこと。
少なくとも、この神官にできたことはなかったはずだ。
「……………………」
「あの」
「もう一つお伝えしなければならないことがあります」
わずかな沈黙を挟みはしたが神官の声の調子は変わらず落ち着いた、というより無機質に近いものを感じる。
「なんでしょうか」
「貴方様の妹君であらせられる『樹』様のことです」
「樹のことを知ってるんですかっ!?」
アタシは思わず机を叩きながら立ち上がった。その衝撃で椅子が音を立てて倒れる。
アタシはそれを直すこともせず続けた。
「あの子は…樹はどうしてるんですか!!」
携帯を握る手に力がこもる。
「貴方様もご存知の通り樹様は『上里家』に養女として迎えられ、その後『乃木家』『鷲尾家』『三ノ輪家』の御息女と神樹様のお役目を担っておられました」
「神樹様のお役目…」
その言葉で思い出されるのは数日前に出会った『三好春信』と名乗った男性のこと。その人は大赦の神官としてアタシの前に現れ樹がお役目に就いていたこと、お役目を辞めたことを伝えにきたのだった。
『何も知らされないのは辛いからね』
そうだ。三好さんは樹の代わりにアタシがお役目をすることになると言っていた。
アタシがお役目を放棄すれば樹がどうなるかわからないと。
だからアタシは、樹のお姉ちゃんだから。
危険な目にあっても痛い思いをしてもいい。それで妹を助けられるなら。
『大赦はあの手この手を使って樹ちゃんをまた使えるようにするだろう』
『人類の存亡という大義名分がある以上大赦はそう容赦はしないだろうしするつもりもないと思うよ』
「っ…」
樹のためなら、アタシは頑張れる。
「樹様は皆様と共に神樹館小学校に通い、学び、語り、遊んでおられました」
神樹館小学校、大赦直属の学校ということだけ知っている。
(樹はその学校に……そっか…友達できたんだね)
「お役目のために4人で訓練をし合宿も行いました。樹様も徐々に皆様と打ち解け休みの日に買い物にも行っておられました」
「そう…なんですね。そんなことが」
神官の口から語られる妹の生活はアタシの記憶には一つもないものだ。
「日々の生活でもお役目でもあの4人は良き友人同士でした––––本当に」
「–––––––––––」
携帯越しにもかかわらず神官の言葉はとても重く深く感じられた。色々と聞きたいことがあるはずなのにどうにも口出しができない。
アタシは黙って先を待つ。
「––––しかし結果として樹様はお役目を降りられました」
「…………………」
そう、樹は辞めたのだ。
なぜ、どうして、何があったのかはわからないが結果そうなった。
だから
「安芸さん、でしたよね。三好春信さんという神官の方から話は聞いています。アタシにも妹と同じようにお役目の適正があると。だったらアタシが妹の代わりにそれをやります」
「………そうですか、彼が貴方様に」
「はい。だからあの子を––––妹を返してください」
「………………」
「アタシがそのために『乃木家』に行かなくちゃいけないとかそういうのはなんだっていいです。妹のためにできることならなんでもやります」
「………………」
「どうか、お願いします」
長い沈黙。
アタシの意思は全て伝えた。後悔はしない。後悔なんて、するはずない。
「よくお聞きください」
「…?」
「貴方様の妹君であらせられる『犬吠埼樹』様は現在…行方不明となっています」
「…………………え?」
何を言われているのか理解できない。理解したくない。この感覚は前に覚えがあった。
それは両親に樹をよその家にやると言われた時、アタシがあの2人を家族と思えなくなったあの日以来の感覚。
「大赦としては現在も全力でその行方を捜索中であり、なにか分かり次第速やかに貴方様にもご連絡申し上げる次第です」
何か色々と言っているが少しも頭に入ってこない。体を途方もない浮遊感が襲い頭がクラクラする。自分が今どこにいてどうやって立っているのか忘れそうになる。
まるで夢の中にいるような–––
あの子が行方不明
妹が行方不明
樹が行方不明
行方不明
どこにいるのか、どこにいったのかわからない状態。
生きているのか、死んでいるのかわからない状態。
樹がいない、現実–––
「そして貴方様のお役目のことですが、大赦での決議により一度凍結されることが決まりました」
「大赦としては現在のお役目の状況を鑑み今新たに担い手を増やすのは得策ではないという判断です」
「したがって、貴方様はこれまでと変わらない生活を送っていただけます」
「今後の貴方様の生活は大赦が責任を持って補償させていただきます。御両親の通夜、葬儀ならびに告別式のことなどは追ってご連絡させていただきたく–––––」
自室のベッドに顔を押し付けながらうつ伏せで寝転がっている。通話を切り、リビングに携帯を放置して。
そして再度聞こえてくる着信音。あの音はこんなにもうるさくてうるさくて堪らない音だったろうか。
枕を頭に被せるようにして耳を塞ぐ。それでもあの音は耳をつんざくのではないかと思うほどうるさい。
より力を込めて耳を塞ぐ。心も塞がるようにと。
その時、アタシは現実から逃げることしかできなかった。
他には何も言えない、何もできない子どもなんだと
アタシはわかった。