犬吠埼樹(憑依)は勇者である   作:夏目ユウリ

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すいません、前回の前書きで言っていたと思うのですが今回も新章じゃないです。あと前話のタイトルを少し変えました。ご了承ください。


翼をください

眠ることがこんなに難しいなんて思わなかった。

 

あんなに好きだったのに。

 

ここで寝たきりになってもう何日も経つ。イッくんがいなくなってからも。

 

あと、どれくらいここにいなきゃいけないのかな。

 

 

疲れたな。

 

 

私は目を瞑る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うさぎさんいたよー」

 

「ほんと?どこだろう」

 

「ほらほらあそこ〜お餅つきしてるよ〜」

 

乃木邸で開催されたお月見。深い夜に輝く月と肌を優しく撫でる涼やかな風に園子と樹は穏やかに目を細めていた。

 

「確かにうさぎさんに見えるね」

 

樹は満月に向けて指をさす。

 

「あれが臼であっちが杵かなー?」

 

寄り添うように園子も月に向けて指をさすと、少女の小さな指が揃って月光に照らされるようになった。

 

 

「園子様、樹様。お待たせ致しました」

 

すると乃木家の使用人が何かを運んでくる。出来立てでまだ湯気が立ちこめる、いわゆるお月見うどんである。

 

「待ってたんよ〜ありがと〜」

 

「わあ、すごい美味しそう。ありがとうございます」

 

使用人に礼を言って2人は早速手を合わせた。

 

「「いただきまーす」」

 

月見うどんの象徴たる卵を溶かしてうどんと絡めて啜る。

 

「美味しい〜」

 

「ほんとだね」

 

出汁の旨みが絶妙に卵とマッチし香川県民のDNAに刻まれたうどん好きの本能を刺激する。

 

しばしうどんに舌鼓を打つ2人。出来立ては出来立ての内にだ。

 

 

「ご馳走様でした〜」

 

「ご馳走様でした」

 

食べ始める時と同じように手を合わせる。すると園子はニヤッとして樹の方に向き直った。

 

「イッつんデザートあるよ!」

 

「デザート?」

 

「お月見といえばーーーこれ!」

 

園子の合図で先ほどの使用人が現れ、2人の前にスッとあるものを差し出す。

 

「あ、これって」

 

「お月見団子〜」

 

三方に重なるようにして置かれている純白の団子。

 

「すごいね園子ちゃんのお家。この台に置かれた状態で出てくるの初めて見るよ」

 

「さ、食べよ食べよ。んー美味しいよ、イッつん」

 

「うん。いただきます」

 

ニコニコしながら団子をほうばる園子。樹も団子を口に含む。優しい甘味が口いっぱいに広がって樹も思わず笑顔になった。

 

園子はそんな樹の横顔をちらっと見て思わずといった風に

 

 

「イッつんの笑顔私好き」

 

と言った。

 

「ぁ…ぁりがとう…」

 

途端に樹の顔が赤みを帯び団子に伸びる手が早くなった。

 

 

「月が綺麗ですね」

 

園子は続けてそう言った。樹の方を見ずに、欠けたところの一つもない美しい満月を眺めながら。

 

 

「園子ちゃん?」

 

樹はなぜ園子がしみじみとした様子で急にそんなことを言うのか分からなかった。

 

確かに、とても綺麗な満月ではあるが。

 

「イッつん、この言葉知ってる?」

 

「え?……わかんない…かな」

 

「そっかあ。…これね、むかーしの日本の小説家さんが言った言葉なんだって」

 

「昔の?」

 

「うん、神世紀よりも前、平成って呼ばれてた時代よりもさらにーずーっと前の小説家さんがある英語を訳してこうなったんだって」

 

「英語……昔あった外国の言葉だよね」

 

「そう、イギリスって国とかアメリカって国で使われてたんだって。それでその小説家さんは英語がとても得意でね、学校で英語の先生をやってた時に教えた訳し方なんだって。普通に訳したらそういう意味じゃないんだけどその人からしたらそれがちょうど良い訳だったらしいんよ」

 

「普通に訳してたらなんて言うの?」

 

「ん?んーーー秘密!」

 

「えー」

 

「あはは、いつか話すね」

 

「もーきっとだよ?」

 

「うん、きっとね……さ!お団子まだまだ食べちゃおー」

 

「園子ちゃんってば…ふふ」

 

 

そして、月見団子を食べ終え熱い茶をすすっていた時のこと。

 

 

「お月様行ってみたいなー」

 

「園子ちゃんらしい夢だね」

 

想像力豊かで逞しい園子ならではの、樹にはなかなか思うことができない夢だ。

 

「これまたむかーしの人は行ったことがあるんだって」

 

「月に?」

 

「月に〜」

 

「それは……すごいなぁ」

 

「だよねぇ。すごいよねぇ」

 

具体的な距離は全然分からないがそれでも果てしなく遠いところにあることぐらいはわかる。あんなところにまで人が行ったことがあるなんてにわかには信じられないが…

 

 

(園子ちゃんが言うんだから、そうなんだろうな)

 

 

「いつか行こうね。イッつん」

 

「園子ちゃんと月に…うん、行こっか」

 

 

茶をもう一口啜り遥か彼方の月を見上げる。

 

 

「イッつんは月にどうやったら行けると思う?」

 

「月に……そうだね…翼…かな」

 

「もしかして、イッつんのよく聴いてるあの歌?」

 

「う、うん。なんかはずかしいな…」

 

「とっても素敵な歌だと思うよ」

 

「…好きな歌なんだ」

 

「…ねえイッつん」

 

「なに?」

 

「音楽プレイヤー持ってる?」

 

「持ってるよ」

 

「一緒に聴きたいな」

 

「–––うん」

 

樹は片方のイヤホンを園子に預け、曲を再生する。

 

音楽プレイヤーの画面に曲名が表示された。

 

 

 

『––––––––』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

また同じ天井を見ている。

 

どのくらい眠っていただろう。日付は変わっただろうか。人を呼んで確認する気力が湧かない。

 

彼は見つかったろうか。

 

 

「誰か」

 

すぐ隣にいる人にしか聞こえないような声量しか出なかった。この頃ろくに喋っていないせいかもしれない。

 

そんな小さな声でもこの静寂な部屋では伝わるのか仮面を被った神官が首を垂れ、鳥居をくぐり園子の側に控える。

 

 

「園子様、いかが致しましたか?」

 

「イッつんは見つかった?」

 

「…申し訳ありません。未だ」

 

「そう。もういいよ、下がって」

 

「かしこまりました」

 

入ってきた時と同じように首を垂れ神官はその場を後にした。

 

再度静寂が部屋を支配する。

 

 

 

お腹、全然空かないな。

 

日に日に人として大切なものが欠けているのを感じる。

 

 

いやだ。もういやだ。

 

ここはいやだ。

 

誰か、ここから出して。

 

誰か

 

「ミノさん、わっしー」

 

1人は死に、1人は記憶を失った。

 

そしてもう1人は行方知れず。

 

「イッくん」

 

その名を口にした時不意に血の匂いを感じた。あの時私の頬に流れ落ちた

 

「イッくんの匂いだ」

 

私は目を瞑る。涙は流れない。




ちなみに、わっしーの話を書こうか迷って結局やめました。あの子にはゆーゆと出会う運命が待っているからです。

次回、ようやく新章です。

少し時間がかかると思いますが10月の間に3、4話ぐらいは投稿したいと思っています。
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