現実の続き、夢の終わり
「ねえ、銀ちゃん」
「うん?」
「…色々あったんだここに来て」
「
「時折息苦しかったりすることはあっても、自分に何もすることがなくてもよかった。だってお姉ちゃんがいたから」
「樹は姉ちゃんのこと好きだもんな」
「うん。ただ–––お父さんのことはちょっと苦手だったかもしれない。嫌なことなんてされたことなかったのに、どうしてか苦手だった」
「そっか」
「でも、ただそれだけ。不満なんてなかった。きっと幸せだったんだ」
「それよりもっと、ここに来てからの方が嫌なことが多かった」
「だからきっと、逃げ出してもよかったんだと思う」
「でも、逃げたところにもいいことはなかった気がする」
「どうして?」
「だって園子ちゃんも銀ちゃんも須美ちゃんもいない。お姉ちゃんだっていない。そんなの、誰もいないのと同じだから」
「みんなは
「アタシたちのこと好きでいてくれてるんだな」
「見せかけかもしれないし、自分勝手な思い込みかもしれない。祈りみたいなもので、それでも
「嬉しい。嬉しいよ樹………でも、そろそろみたいだ」
「銀ちゃん…」
「ほらほら。全く…樹は甘えん坊さんだな」
「銀ちゃんっ……!!」
「そんな顔するなって。また会おうな」
「ここ」
どこだ、と言おうとしてそれ以上声が出なかった。息が続かなくて途切れてしまう。
呼吸のやり方を一瞬忘れたような感じがしたが、それも繰り返すうちにすぐに落ち着いた。
患者衣を着てベッドに寝ているということは…病院か。
でも、俺が知ってる病院とちょっと違う。
…まあ病院の天井が違うことぐらいあるか。
「目を覚ましたんですね。ああよかった」
知らない声がする。いや、俺はこの声を知ってる–––?
よくわからない感覚に戸惑いつつもその声の持ち主を探そうと視線を巡らす。
「お医者様が仰っていましたよ。心肺機能は正常で四肢の麻痺は認められないと」
長い黒髪と優しい笑顔。すぐに浮かんできたのはそんな言葉。それだけだと須美ちゃんとそっくりのような感じがするがこの人はもう少し年齢が高い気がする。
身長は須美ちゃんと変わらないみたいだけど。
「あの、ここは…」
「ここは大社指定の病院ですよ。もう大丈夫ですからね」
大赦の病院…………ああそうか。確か俺は園子ちゃんを助けようとして
バーテックスに串刺しにされて……いや…じゃあなんで…生きてるんだ。
確か最後に……銀ちゃんに会った気がする。違う会ったんだ、確かに銀ちゃんに俺は会った。
覚えている。彼女に抱きしめられた暖かさを、彼女の細くて小さな腕を。
そうだ、銀ちゃんが俺を助けてくれたんだ。
俺の代わりに園子ちゃんを、須美ちゃんを助けてくれたんだ。
「あ、あの…!」
「どうしましたか?」
「銀ちゃんは、銀ちゃんはどこですか?」
「銀ちゃん…?」
「あぁえっと、お…私を助けてくれた人なんです。一緒にこの病院に運ばれてませんか?それに園子ちゃんに須美ちゃんも。みんな…みんな友達なんです!っいったぁ……」
横たわっていた体を起こそうとして痛みに襲われ咄嗟にお腹に手を当ててうずくまる。
「まだ起きちゃだめですよ。ほら、ゆっくり横になってください」
躊躇うことなく俺の体を支え、そっと寝かせられる。横になると体はすぐに楽になった。
「ごめんなさい…興奮しちゃって」
「いいんですよ。何日も寝てたんですから無理もありません」
「…何日も」
その割に目覚めは悪くなかったけど、でも俺は決して長い夢を見ていたわけじゃない。だってこの痛みは……
「さ、とにかくお医者様を呼びましょう。ようやく目が覚めたんですから。ちょっと待っててくださいね?」
「あ…はい」
言われるがまま楽な姿勢でまた天井を眺める。その人は内線を使って色々と説明をし始めた。
「ええはい。言葉は話せています。意識もしっかりと」
「それと、どうやら記憶もあるみたいです」
記憶–––
(園子ちゃんも須美ちゃんも…怪我とかしてなきゃいいけどな)
(銀ちゃんには改めてお礼言わなきゃ)
(早く3人に会いたいな。お礼も言いたいし…そうだ、みんなでお姉ちゃんのところに行くんだった)
(お姉ちゃん驚くだろうな。あの家にいた時は友達なんて1人も連れてきたことなかったのに急に3人も連れてきたりしたら)
(お姉ちゃん引越しとかしてないといいけど…もししてたらどうしよう……いや、みんなと一緒だったらそれでもきっとなんとかなるか」
(あの3人なんだから)
「すぐにお医者様が来てくれるそうです。今日はおそらく簡単な問診程度で本格的な検査は明日以降になると思いますよ」
今の所刺されたお腹のところが痛むぐらいだから検査ぐらい平気な気はするがまあそういうことなら今日1日ぐらいはこうして大人しくしているのもいいかもしれない。
たぶん、いっぱい血を流しただろうし。
「なので今日はゆっくりしていてくださいね、えっと…」
その人は少し困ったような笑顔を浮かべた。これはたぶん
「上里樹です。私の名前」
名前がわからなくて困ってたんだと思いそう自己紹介をする…咄嗟だったのもあってなのか『上里』の苗字を名乗ってしまった。もう俺は上里の人間じゃなくなったのに。
(義父さん……あんな別れ方しちゃったけど、また合わないと…なんだろうな…)
(だって
「上里–––」
なにやらその『上里』の苗字が気になるのかその部分だけを繰り返している。
(無理もないか。『上里』家は大赦の中じゃ有名だもんな)
「これも何かの縁ですかね」
今度はちょっぴり嬉しそうに口元に手を当てて微笑む。不思議なもので今度はその人が園子ちゃんに見えてしまった。
「縁?」
「私も『上里』なんですよ」
「…え?」
「初めまして『上里ひなた』といいます。よろしくお願いしますね」
……上里、ひなた。『上里ひなた』って…いや…そんな、まさか。
「上里ひなた…さん」
ただその名前を復唱する。
だって…上里ひなたって、その名前は…
「どうかしましたか?なんだか急に顔色が」
身を乗り出すようにして『上里ひなた』さんが顔を近づけ、その手が俺の顔に伸びてくる。
「っ…!」
なぜかその手から逃げてしまった。どうしようもない恐怖が体から溢れてきのだ。でも、この恐怖はおそらくこの人に対しての恐怖じゃない。
「ご、ごめんなさい。見ず知らずの相手に急に触られたくないですよね。軽率でした」
心底申し訳なさそうに引き下がる『上里ひなた』さんは伸びかけていた手を行き場もなく下ろした。
「…いや、あの…ちょっとびっくりして…私の方こそごめんなさい…」
コンコンコンコン
気まずい空気が流れかけたところで、扉をノックする音が聞こえた。
「はい、どうぞ」
「上里ひなた』さんはもう何も気にしていないように平静に答える。
「失礼します上里様。お目覚めになられましたか」
「はい、この通り。今日はまだ目覚めたばかりなのでどうか無理のない範囲で」
「ええわかっております」
「よろしくお願いします」
…なんだか病院のお医者さんがきてから雰囲気が変わった感じがする。
2人で話してる時も大人っぽいと思ったが今はそれ以上にもっと…なんだろう…
「樹さん、と呼んでもいいですか?」
俺がまとまらないことを考えている間にお医者さんとの会話を終えたのか『上里ひなた』さんがこっちに向き直って先ほどと同じ優しい笑顔になった。
「あ…はい。大丈夫です…」
「ありがとうございます。私のことも下の名前で呼んでもらっていいですからね?同じ『上里』なんですし」
「…はい」
…ダメだ。思わず目を逸らしてしまった。
「では、先生。後をお任せします」
「はい。乃木様にもどうかよろしくお伝えください」
「ええ。樹さん。ではまた」
「…はい」
『上里ひなた』さんは和やかに小さく手を振りながら病室を去っていった。
俺は手を振りかえすことができなかった。
「今日はこのぐらいにしておきましょう。続きとそれから詳しい検査などはまた明日以降ということで」
「はい」
「ではこれで。ゆっくり休んでください」
「ありがとうございます」
お医者さんと看護師さんが病室から去ると俺の知っているあの静かな病室の感じが戻ってきた。
起こしていた体を横にし息をひとつ吐く。もう日は沈み始めまもなく夜になるだろう。
夜の病室ほど静かで孤独で何もすることがない空間もないだろう。静かなのはどちらかというと好きなはずなのだが病室でのそれはあまり好きじゃなかったりする。
だから考えてもしょうがないことはがり考えてしまう。
「…上里ひなたさん」
「やっぱりそうなのかな。あの感じ」
あの感じ?おかしな話だ。だってあの人は–––
「西暦の時代の人間…」
始まりの巫女、伝説の勇者の巫女。様々な呼ばれ方を後世ではしていたけれど
「なんでこんなことになってるんだろ…」
確かなことは俺とは違う時代の人だということ。歴史の中の人なはずなのだあの人は。
「………園子ちゃん、銀ちゃん、須美ちゃん…俺はどうしたらいい」
「お姉ちゃん、俺はどうすれば…」
コンコンコンコン
2度目のノック音。少なくとも今日はもうすることがないと思っていた音に首を傾げる。
「…どうぞ」
ただ無視するわけにもいかない。無視する方が怖い。
お医者さんか看護師さんを想像していたのだが入ってきた人はどうやら病院の人ではなさそうだった。
『上里ひなた』さんと同じ制服に身を包み同じぐらい長い黒髪を持った女の子。
少しばかりきまりの悪そうに見えなくもないが無表情だと言ってしまえばそうに見える曖昧な表情でこちらを伺うように視線を向ける。
その瞳と目が合い、俺は唾を飲み込んだ。
「あの…ごめんなさい。もう面会時間は過ぎているのに」
「あ、いや…私は別に…大丈夫です」
「隣の病室にお見舞いに来ててあなたが目を覚ましたって聞いたから…一声ぐらいはかけておこうと思って」
視線を逸らし長い黒髪を指先で弄りながら尚且つ小声なので普通なら聞き取れないだろうがここは静かな病室なのでそれがはっきり聞き取れた。
「ありがとう…ございます。でも…もう体は大丈夫だと思います」
「そう、なの。よかったわね」
「はい」
「ええ」
「「……………………」」
人が2人いるとは思えない沈黙。おまけに先ほどの『上里ひなた』さんのようにベッドの近くにある椅子に座ることもせず扉のすぐ近くに立ったままなのでどうにも話しかけづらい。
「も、もう帰るわ。お大事に」
その子は沈黙に耐えられなくなったのか髪を弄る手を変えながら扉を開き帰ろうとする。
「あ…あの…!」
やばい。なんか声をかけてしまったがこの後話すことを考えていない。
「…何かしら?」
「樹です…!」
「…?」
「えーっと…名前です…私の名前…上里樹っていいます」
結局誰しもが思いつく自己紹介になった。でもこの後は本当に何も浮かばない。
「「……………………」」
またこうなってしまった。呼び止めなきゃよかったかな…
「郡千景」
「……?」
「私の名前よ。郡千景。好きに呼んでくれればいいわ」
(郡千景…さん。聞いたことのない名前だ)
少なくとも『上里ひなた』さんほどすぐにピンとこない。
「えと…じゃあ千景…ちゃん…?」
好きにとのことなのでとりあえずそう呼んでみる。
「………あなた結構気さくな感じなのね」
「そ、そうかな……そうですかね…」
「ふふ」
「…?」
「別にいいわよ。好きに呼んでくれればいいって言ったのは私の方だし。無理して敬語も使わなくていいから」
「…………うん」
「…じゃあ帰るわね。その…さようなら」
今度こそ、千景ちゃんは扉を開いて病室を出ていった。
振り向きざまに彼女の長い黒髪が一瞬宙に広がっていくような感じがして、それがとても美しく俺は彼女が去った後もしばらくそこから目が離せなかった。
その後食事が運ばれてきて俺はそれを1人で食べたのだが、どうにも食欲が湧かず苦労した。
(1人の食事なんて上里の家で慣れてるはずなのに)
でも1人じゃない食事も俺は知っている。
誰かと食べる喜びを知ってしまった。
…違う、思い出したんだ。
お姉ちゃんと別れて失い、園子ちゃんと出会って思い出し、銀ちゃんや須美ちゃんと4人で囲み喜びが増大した。
「…………」
知らない天井を眺める。
他にすることがない。
他にできることがない。
お姉ちゃんからもらった音楽プレイヤーもみんなと買った白のシュシュもない。
何もできず何も持たず、ただここにいる。
そして、お腹の傷はまだ少し痛かった。
来週も投稿したいなあ。とは思ってますが正直書いてみなければわからない部分も多いです…でも書きたいので頑張ります。
よろしければまたお願いします。