それに関しては…えーどうかご容赦くだされば。
目を開けると、そこはまだ夜の病室でこれは夢なんかじゃないことが否が応でもわかった。
「………」
眠ること以外この部屋じゃすることがないのだから早く寝てしまおうと思ったがすぐに目が覚めてしまう。眠った自覚がないほどに。
時間が経つのが遅い。
ちらっと窓の方を見る。カーテンが全面に開かれていて外の景色はわからない。わかるのは今が深い夜の時間だということだけ。
「っ…」
お腹の鈍い痛みを我慢しながら重い足取りでベッドから起き上がりカーテンを開く。
どうやらこの病院の近くには大きな建造物や深夜営業をしているようなお店はないらしくちらほら見える低い建物はそのどれもが明かりを灯していない。
そのおかげなのか、なんだか夜空に浮かぶ星に惹かれた。
窓を全開にして外の空気を入れると風が入り込み思えばずいぶん伸びた自分の髪を撫でる。
その感覚が妙に心地よく一つに括りでもしないと邪魔だと思っていた長い髪も悪くない気がした。
…少しだけ。
(みんなに褒めてもらったのは一つに括る髪型だったし、あれは結構気に入ってたんだけどな。楽だし)
その括るための道具がなければそのまま垂らしておくしかない。今日出会ったひなたちゃんや千景ちゃんとそう変わらないぐらい伸びてきている髪を一房掬い指に通して夜風に当たる。
一体自分は何をしているのだろうと思うがなんでも思いついたことをしていなきゃ時間がすぎてくれないのだ。
ゆっくり、ゆっくりと廊下を歩く。でも、夜の病院はこれでもかというほど静かで足音が変に大きい気がしてきてちょっとドキドキした。
たぶん…こんな時間に病室を出てるのがバレたら怒られるだろうし。もし看護師さんにでも見つかったら……トイレといって誤魔化すとしよう。
誰にも見つからないことを心の中で願いながらなんとなくの感覚で足を運ぶ。
この病院に覚えはないが出口を探すぐらいならそう難しいことじゃなかった。
外に出て、また歩く。夜風の心地よさがお腹の痛みを和らげてくれる感じがして不思議とベッドに横たわっている時より楽だった。
病室にいる時はわからなかったかがここは結構大きな病院らしく敷地内に広場のような場所があり散歩にはうってつけのように思う。
(散歩なんて好んでしたことなんかないのに)
今はそうでもしなきゃ時間を潰せない。
(園子ちゃんも須美ちゃんも銀ちゃんもここにはいない)
(友達は…友達と呼べる人はいなくなってしまった)
(ひなたちゃんや千景ちゃんに言うべきだろうか)
(なんて言えばいい。私はずーっと先の未来から来た人間ですとでも言えばいいのか?)
(できない。そんな勇気はない。どんな顔してそんなこと言えばいいのかわからない)
(信じてもらえるわけない……信じてもらったところでどうする)
(帰る方法もわからないのに)
(私は–––––)
(俺は–––––)
「ふんふんふんふん、ふんふんふんふん、ふんふんふんふんふーんふふーん」
声がする、確かに聞こえた。こんな時間に?
近くだ。
下を向いていた視線が自然と前を向き、その声の主を求めて足が動く。
「ふんふんふんふんふんふんふんふん、ふんふんふーんふーんふーんふふーん」
また聞こえた。どこだ?
声量が大きくなるのを感じ、一歩一歩声へと近づいていく。
すると開けた場所に辿り着き、2人がけのベンチを見つけた。
そこに座る女の子と共に。
女の子は夜空を見上げながら、歌っていた。
俺と同じ服を着ているということはここに入院している人だろうか。
その女の子は両手をベンチに添えて体を支えるようにし、両足をぷらぷらさせながら体を微かに左右に揺らして楽しそうに歌っていた。
全身で『楽しい』という感情を表現しているようでどこか劇的にすら感じられる。
「ふんふんふん……こんばんは♪」
女の子は歌いながらこちらに気づいたようで歌を中断してしまった。なんだか悪いことをしてしまった気分になる。
「こ、こんばんは」
「ごめんね、うるさかったかな?」
女の子はベンチに添えていた両手を合わせる。確かに少し離れたところでも声は聞こえたが…
「ぜんぜん、そんなことなかったです」
俺は注意しようとして近づいたわけじゃない。ただその歌声に近づきたかっただけなのだから。
「よかったらここ座りなよ!」
「いいんですか?」
「もちろん。ほらほら、座り心地結構いいんだよ?」
「じゃ、じゃあ」
手招きされるがままにベンチの空いているスペースに腰掛ける。確かに悪くない座り心地だった。
桜のヘアピン。それが最初に目についた。髪は短くもないが長くもない……たぶんちゃんとした表し方があるのだろうけど俺はそれを知らない。
「えーっともう遅い時間だから静かめに…初めまして!高嶋友奈です!」
遅い時間と言っている割にはなかなかに元気な声量だったと思うが…ふふ、まあいいや。
「初めまして。上里樹です」
「上里!ヒナちゃんと同じなんだね。あ、ヒナちゃんっていうのはね」
「上里ひなたちゃんですよね。今日お見舞いに来てくれてました」
「そっか〜もしかして親戚だったりするの?」
「…いや、そういうわけじゃ」
俺はあくまで上里家には養女としていただけでひなたちゃんと血のつながりは確実にない。
「そっかそっか。そういうこともあるよね」
「…ひなたちゃんとは知り合いなんですか?」
俺としてはこの『高嶋友奈』さんがひなたちゃんのことを知っていることが気になった。もしかしてこの人も大赦の関係者なのだろうか…?
千景ちゃんと同じく名前に聞き覚えはない。
「うん!友達だよ。若葉ちゃん、ヒナちゃん、タマちゃん、アンちゃん、ぐんちゃん!みんな勇者で大事な友達なんだ」
「–––––勇者」
勇者って……『乃木若葉』さん以外にも西暦の時代に勇者が…知らなかった。
「あ、ヒナちゃんは巫女さんだけどね」
「…………」
「びっくりしたんだよ!樹ちゃん樹海でお腹から血を流して見つかったらしいから」
知らなかった事実に頭の中が混乱しかけるがそれは、流石に聞き流せそうにない。
「樹海で、私が…」
「うん、その時私は気を失っちゃってて後から聞いたんだけどね」
「それってもしかしてバーテックスとの戦いで……大丈夫でしたか…?」
「もう怪我はしっかり治ったよ。あとは退院を待つだけ。早く退院して体鍛え直さなきゃなー」
友奈ちゃんはバーテックスとの戦いで負傷したのにもかかわらずへっちゃらそう。…強い人だ。
「私より樹ちゃんは大丈夫?聞いた話だと傷は病院に運ばれてきた時には塞がってて手術とかはしなかったみたいだけど」
傷が塞がってた………あの時園子ちゃんを助けようとしてバーテックスに刺されたのお腹の傷が…勝手に?そんなことあるのか?
「ごめん…よく覚えてなくて」
「……そうだ!樹ちゃんはどうしてここに?」
どうして、ここに………わかってる。友奈ちゃんが言いたいのはなんでこんな時間に病室を抜け出して広場にまで来たのかということだろう。
「…星が綺麗だったから外で見たいと思って」
言いながら星を見る。その美しさや輝きは俺の時代と比べて、どうなのだろう…変わらないのか変わっているのか。
俺にはわからない。
友奈ちゃんも俺を真似するように星を見る。
「星が、好きなの?」
「…うん。たくさんの星が輝いているのを見ると小さい時からなんだかすごく安らぐ気がして…何百年ぐらいじゃ変わらないのが嬉しいっていうか、自分のことなんかどうでもよくなる感じがして落ち着くっていうか…ごめん、うまく言えないや」
「そんなことない。樹ちゃんの気持ちは伝わるよ」
「……そうかな」
たぶん…それは違う。友奈ちゃんには悪いけどそれは違うと思う。
「いいね、2人で星を見るの」
「…………」
「こんなに心地いいなんて知らなかったな」
「…………」
「ありがとうね。一緒に見てくれて」
「……たまたま星を見ようと思ったら友奈ちゃんがいただけだよ。そんな、一緒に見ようなんてしたわけじゃ」
「でも、今こうして一緒に見てる」
「それは…」
「私は楽しいよ」
「楽しい…」
「私たちは、こうして2人で星を見るために生まれてきたのかもしれないね」
その瞬間俺は星ではなく友奈ちゃんを見た。『高嶋友奈』という女の子を見た。そこに彼女だけが存在し、空も月も星も–––自分という存在すらもないのではないかと思った。
彼女の表情はずっと変わらない。ただ明るくてまるでそれ意外の何も含まれていないのではないかと錯覚するような笑顔。
そこに陰りはなく
そこには、真実さえもないようで–––––
「えへ、なーんて♪」
「これね、さっき言ったアンちゃんがおすすめしてくれた本のセリフなんだ。このセリフが使われてた場面と今が似てる気がしてついつい使っちゃった」
…なんだ、本の話か。
……いや、なんだって…なんだよ。
そういえばゆゆゆの10周年ムック本を買いました。買おうと思った決め手は銀色の記憶と追憶の園子です。
縁なくてまだ読んだことなかったので。
この話を投稿した後にでも読もうと思います。
た、楽しみだなぁ…