毎回思ったよりも投稿するのが遅くなってしまうのはもうどうにもならないのでしょうか。時間も深夜帯ばかりになってしまうし。
病院生活も今日で一週間。
ここでの生活は単調で変わらない、することのないものだったがそういうのは元々の俺がしていた生活のため特に嫌とも思わなかった。
傷の経過を診たり幾つか質問というか受け答えをすることはあってもリハビリの時間があるわけでもないから何もない時間の方が多い。
だから一日のほとんどを俺は一人で過ごすことになると思っていた。
そう、思っていたんだけど…
「はい、あーんですよ樹ちゃん」
「あーん…」
ひなたちゃんがお箸を上手に使って里芋を食べさせてくれる。
「美味しいですか?」
「おいひい…」
優しい味が口の中で溶けるように広がってすぐになくなる。ちょっと噛むだけでほろほろと崩れる感じは正直あまり食べた気はしないが美味しいは美味しい。
「病院食というのは栄養がとても考えられている献立ばかりなので体に良くて勉強になります」
ひなたちゃんが今度は魚の照り焼きを器用に掴んで差し出してくる。
「あむ……ひなたちゃん料理するんだ」
白身魚の旨みを味わないながら率直な意見を述べる。
「樹ちゃん、もぐもぐしながら喋るのは行儀が悪いですよ?」
注意されてしまった…それでも微笑みを絶やさないのはすごいと思う。
「ご、ごめんなさい」
「ふふ、いいんですよ。さあこれもどうぞ」
「ありがと…おいしい…」
ひなたちゃんは俺が目を覚ましてからこうして毎日来てくれている。その理由はわからない。
苗字が同じだとしても親戚関係ではないのはひなたちゃんだってわかってることだと思うがそれとは関係ないんだろうか。
特にすることもないのだからこうして話し相手になってくれるのは助かるといえばそうだけど。
「ご馳走様でした」
「お粗末様でした。って私が作ったわけじゃないですけどね」
こうしてなんだかんだ食べさせてもらってるうちに完食してしまった。出てくる料理の感じは変わらないのに一人で食べてる時より苦しくなかったのはひなたちゃんのおかげだろうか。
「それで、体はどうですか?」
「うん。もう大丈夫だよ」
傷口の残るお腹を手でさするりながら答える。もうそこに痛みは走らないし普通に歩いたりする分には問題もなさそうだ。
「ですが…傷跡は残ってしまったんですね」
ここまでずっと笑みを絶やしていなかったひなたちゃんの表情が陰り、どうにもそれを見るのが嫌になって俺はすぐに言う。
「で、でも服着てたら全然わからないし」
「女の子の体に傷が残ってしまったんです。それも決して小さくないんですから」
確かにバーテックスの針に突き刺された傷だからそこそこの大きさの跡が残ってしまったのは確かだけど。
「いいの。平気だから。ひなたちゃんが暗い顔することないよ」
だから俺は笑顔を貼り付けて『大丈夫』と伝える。
本当に大丈夫なのかどうかは重要じゃないから。
「–––樹ちゃんは良い子ですね」
「……そうかな」
「ええ、良い子ですよ………そんな良い子な樹ちゃんには良い知らせがあります!」
指をピンと立ててそう言ったひなたちゃんの表情に先ほどの陰りはなく俺は良い知らせのことよりそこにホッとした。
「それはですね……退院ですよ!しかも今日!」
そして良い知らせは思ったよりもちゃんと良い知らせだった。
(なんか、ずいぶん久しぶりな気がする)
同時に馴染み深さも感じつつ袖を通す。
ひなたちゃんの言っていた通り退院となった俺はここに来る時に着ていた『神樹館小学校』の制服に着替えていた。
俺の血でたぶん大変なことになってたと思うんだけど…どうやってこんなに綺麗にしたんだろう。
「樹ちゃん着替えられましたかー?」
「うんー」
カーテンで仕切られた外にいるひなたちゃんの声。
『病み上がりでしょうから着替え手伝いますね』
『ううん大丈夫!』
そんな会話があって一人での着替え。流石に着替えを手伝ってもらうのはね…
「開けますねー」
そうしてカーテンが開かれるとひなたちゃんと目が合った。
…なんか恥ずかしいな。
この制服姿をひなたちゃんに見られるのが妙に恥ずかしい。
嫌って訳じゃない。なんか恥ずかしい。
顔が熱くなるのが自分でわかる。
「あら……とてもお似合いですよ」
ひなたちゃんの表情は何も変わらない。だんだん見慣れてきた優しい微笑み。見ると嬉しくなる。でも今はそれも直視できない。
穴があったら入りたいとは言うがまさしく今がそうだった。
ただここには隠れられる場所も隠せる物もない。
「…………」
「なんで顔を隠すんですか?」
「……なんとなく」
だから自分の手で隠す。絶対隠しきれてないけど。
「その服は制服ですよね。樹ちゃんの通ってる学校の」
そんな俺を気にすることもなくひなたちゃんは近づいてくる。視界が指の隙間だけなので表情はわからない。
ギリギリ近くまで来たところで頭に柔らかい感触。何かと思って手を退けると、頭を撫でられていた。
「ひなたちゃん?」
少しだけ高いところにある彼女の視線を見上げるとまた目が合い穏やかな瞳が細まる。
「とても、可愛いです」
人にそういうことを言われるのは、まだ慣れない。
素早く流れる窓の外を眺める。どこかで見たことあるような、でもやっぱり知らない景色は俺の感情を動かさない。
ただ知らない所だなと思うだけ。
それよりもっと気になるのは
「何か気になるものでもありましたか?」
ひなたちゃんは俺と一緒に迎えの車の後部座席に座っている。
…巫女さんの格好をして。
「えーっと…ひなたちゃんのその格好って」
「ああ、これですか」
俺が何を気にしていたのかわかったらしく装束の袖の広がった部分を垂らしながらちょっと苦笑い気味になるひなたちゃん。
「仰々しいですよね。普段からこうした服装をしているわけではないんですよ?ただ巫女として何かする時はこの方が都合が良くて」
巫女…ひなたちゃんは勇者ではなく巫女。上里家に来て『上里ひなた』という伝説の巫女がいたことは知っていた。
ただ巫女が具体的になんなのか、俺は知らない。
俺の、俺たちの周りに巫女はいなかったから。
「あまり見慣れない格好だからちょっと驚いたけど…似合ってると思うよ……うん」
巫女装束というものに特別な思い入れなどなかったしそもそも特定の服装に対するこだわりなんて持っていなかったけど、ひなたちゃんの巫女さんの格好はすごくすごく––
「かわ…いいんじゃないかな」
先ほどの仕返しなんてつもりはないし、お返しになるとも思ってないけど……かわいい。
「…なんだかそこまでまじまじと言われると…照れますね」
いわゆるコスプレとかじゃない正真正銘の巫女さんが着ているからこその良さがそこにはあるのだろうか。
こう…本物がいるって感じ………自分で考えててよくわからなくなってきた。
『イッつんは巫女服とメイド服だったらどっち派〜?』
園子ちゃんが前にそんなことを言っていた。その時は答えが出せなかったけど
園子ちゃん。俺巫女服派かもしれない。
「巫女ということなら大社にいけば他にもたくさんいますよ。皆さん祈りを捧げる時などはこの格好をしますし」
「え………それは…すごいね」
勇者は五人しかいないのに巫女はたくさんいるのか。そしてみんなこの服着るのか。
「千景さんや球子さん杏さんを導いた巫女のお二人も普段から大社の施設で生活しながら修行に励んでいますよ」
そうか、若葉ちゃんとひなたちゃんのように他の勇者のみんなもそれぞれ巫女さんがいるんだ。
あれ?でも
「巫女さんは二人なんだ」
「球子さんと杏さんを導いたのは同じ巫女の方なんです」
「あ、なるほど………友奈ちゃんは?」
千景ちゃんはもう一人の巫女さんなのは分かるけど、そもそも友奈ちゃんの名前が出なかった。
「友奈さんの巫女だった方は神官として大社にいます。今は巫女の力を失ってしまったんです」
「…そっか」
分かるような分からないような。
会ってみたいようなそうでもないような。
(そもそも会ったとしてどうするんだ。勇者のみんなのことだって対して知らないのに)
俺は自分のことをどう言えばいい?
俺は勇者じゃない。勇者に変身できるとは思えない。
でも–––たぶん大社の大人の人たちも他の勇者のみんなもそしてひなたちゃんも俺が勇者であることを望んでいる。だからこうやって得体の知れない俺を丁重に扱ってくれる。
優しく
してくれる。
「そろそろ着きますよ」
遠いところにぼんやりとしていた思考が呼び戻される。
ポケットの中の壊れた音楽プレイヤーをそれでもそっと握った。
「なるほど、確かに適正はあるようだが」
「他の勇者様たちの誰よりも低い数値か」
「今は何よりも勇者様の数が必要だ。今後どれだけの敵が攻めてくるか分からないのだからな」
「そもそもこの数値は正しいものなのか?」
「全ての計測システムは正常に作動している」
「左様。それに、神樹様に間違いはない」
「ではなぜあの少女の勇者システムを解析できない?」
「未だ原因不明だ。分からないということしかわからんよ。少なくとも今は」
「とにかく事実として新たな勇者様が現れたのだ。我々としては願ってもないこと」
「上里様」
「ええ、わかっています」
耳にイヤホンを刺しプレイヤー弄る。何度も何度も何度も何度も。
どれだけ曲を再生しても変更しても耳には何も流れてこない。わかっている。壊れてるんだから。
言われるがままに検査みたいなものを受けた後ずっとこうしている。
でもいい。さっきまでみたいに大勢の大人の人が周りにいてよく分からない会話がずっと聞こえてくる環境よりは一人でこうして耳を塞いで音を閉ざしている方がいい。
目を閉じれば色も消えて情報が何もなくなる。
少し落ち着く。
ただこの状態は周りの変化に対してより敏感になりざわざわする。
扉の開く音、人の足音、自分に近づいてくる誰か。
顔を上げてそれがひなたちゃんだと分かった。
「あっ」
「お待たせしちゃいましたね」
イヤホンを外す。
音が開ける。
「大丈夫だよ」
「さて、用事は済みましたし帰りましょうか?」
「帰るって…どこに…?」
「丸亀城というお城が勇者の皆さんと私の家になっているんです。樹ちゃんも今日からそこの一室を使えることになりました」
「………家」
「帰る家があるということは幸せに繋がります。きっと良いことですよ」
「……そうかな」
『家』それは俺にとってあまり帰りたくないところだった。嬉しいことも良いこともない。ただ落ち着かないだけの空間。
「でもその前に私は樹ちゃんともっと二人で話がしたいです」
「え?」
「一緒にお風呂に行きませんか?ここ大浴場があるんですよ」
何を言われたのかすぐには理解できなかった。
頭の中でひなたちゃんの言葉が反芻される。
『一緒にお風呂』『一緒に』『お風呂』『行きませんか』『一緒にお風呂に行きませんか』
「お風呂!?」
ここに来て目を覚ましてから一番大きな声が出た。
「ダメですか?」
「………………いいよ」
「痛くないですかー?」
「ちょうどいいです…」
しなやかな指の動きで頭を洗われる。
「このまま髪も洗っちゃいますねー」
「わかりました…」
丁寧に洗われている。普段自分で洗っている何倍も。
ひなたちゃんが俺の髪に触れるたびに体と心がびくびく反応する。
「怖いですか?人との触れ合いは」
「他人を知らなければ裏切られることも傷つくこともない。でも寂しさを忘れることもないと私は思います」
「人は寂しさを永久に無くすことはできません」
「ただ誰かと一緒にいたい。わかり合いたいと思う心を誰しも持っています。だから人は生きていける」
「心に痛みを抱えているのが人であり心が痛がりだから生きるのも辛いと感じるのかもしれません」
「硝子のように繊細で美しい心ですね。樹ちゃんの心は」
「…私が」
「ええ。とても好意を持ちますよ」
「…好意」
「『好き』ってことです」
人の好意が心を和らげるのかあるいは乱すのか。
次回もよろしくお願いします。