あんなにゆっくりとお風呂に入ったのは久しぶりだった。
……ひなたちゃん…大きかったな。
まさか須美ちゃんのを軽く超えてくるとは。
三つ年上だけど、中学生っていうのはあんなに成長するものなのだろうか?
(流石にあれはひなたちゃんが特別な気がする。だってあれは…もうほんとにすごい)
身長は対して俺と変わらないのにあの胸はすごいって絶対。
というか頭とか髪洗ってくれてた時ちょっと背中に当たってたし…
「樹ちゃんは普段からストレートヘアなんですか?」
さっきお風呂で髪を洗ってくれた時のようにすぐ後ろから聞こえるひなたちゃんの声。
そしてここは大赦に用事があって来た時に泊まる用のひなたちゃんの部屋。
俺はその部屋の姿見の前に置かれた椅子に座りながら、髪を櫛で丹念にとかされていた。
そこまでしてくれなくてもいいのにと言ったのだが
『髪は女性の命ですよ』
とのことでされるがままこうなっている。
人にこうやって髪を整えてもらうのはちょっとこそばゆいけど嫌な気はしない。
これだけ伸びてくると自分でやるのがどうしても面倒くさいと思ってしまうのもあるが。
「最近はポニーテールにしてたかな。その前は伸ばしっぱなしだったけど」
三人とイネスで買った白のシュシュ…どこいっちゃったんだろ。
あれのおかげで長髪も結構いいものだって思えたんだけどな。
「ポニーテール!いいですねえ。可愛らしい樹ちゃんが一気に凛々しくなるのが想像できます」
「凛々しいかはわからないけど…そういえば若葉ちゃんも髪を一つに括ってるよね」
俺のように単純に髪飾りで括ってるわけではなくパッと見ただけじゃよくわからない結び方をしてるけど。
「ふふふ、あれは昔私がやったのを若葉ちゃんが気に入ってそれ以来ずっとあの髪型なんですよ」
「二人は幼馴染なんだよね」
「はい、赤ちゃんの頃からの付き合いになりますね。もしかしたら実の家族より一緒にいる時間が長いかもしれないです」
そんなに前から………
「いいね、幼馴染」
俺には縁のないものだ。
「そうですね。もし若葉ちゃんと出会ってなかったらなんて考えられないぐらいですから」
「…………」
すごいな。そこまで思える人とずっと一緒にいられるなんて。
「懐かしいです。若葉ちゃん、小さな頃に私にせがんできたんですよ。『ひなた!この髪のやり方を教えてくれ!』って」
「よっぽど気に入ったんだね。あの髪型結構複雑そうだから毎日となると大変そうだけど」
「『心配しなくても私が毎日やってあげます』って言ったんですけどね」
……え、毎日やるつもりだったの…?
「そしたら『流石にそれは悪いし何より自分でできるようになりたい!』と」
「まあ…流石に毎日人にやってもらうのは気が引けると思うよ…?」
そういえば一時期園子ちゃんが毎日のように俺の髪を弄っていた。それこそ朝登校する前に家に来てわざわざ寝癖を直すところから。
本人は『好きでやってるんよ〜』と言っていたけど……若葉ちゃんの気持ちはなんとなくわかる気がする。
あれはちょっと悪い気が……自分のことが自分でできなくなる感じがして…うまく言葉にできないけどちょっと怖いというか…
「私は何も気にしないのに…むしろやらせてもらいたかったです」
「あはは、ひなたちゃんらしいね」
…らしい?俺はひなたちゃんのことをらしいなんて言えるほど知っているとは思えない……んだけど
なんか、そう自然と口に出してしまった。
「それにしてもポニーテール…樹ちゃんちょっと髪型を弄らせてもらってもいいですか?」
「う、うん。いいけど」
元々こだわりなんてなかったしこの際どんな髪型になっても文句はない。
「ありがとうございます。えーっと、これですこれ。ちょうど持っててよかった」
するとひなたちゃんは懐から淡い紫色のリボンを取り出す。
「これをこうしてと」
手際よく俺の伸びた髪を束ねてリボンを結んでいきそれはすぐに完成した。
「はい、できました」
目の前の姿見のおかげでどんな髪型になったのかは確認できる。
首を少し動かしてすぐにピンときた。
「ひなたちゃん、これって」
「話を聞いて是非生で見てみたいところでしたから」
見事なポニーテールが出来上がっていた。自分でやった時より断然うまくできている。
「…綺麗なリボンだね」
「これ、実は若葉ちゃんが樹ちゃんぐらいの年の頃に使っていたリボンなんです」
「そ、そんな大事なものを…」
「いいんですよ。もう使わなくなっていましたしこのまま日の目を見ないより使ってもらえるならその方がこのリボンのためにもなるので」
そっとリボンに触れる。普通の紫色よりも落ち着いた色合いな感じがしていいなと思う。
「…大切に使わせてもらうね」
「ええ、丸亀城に着いたら若葉ちゃんにも是非見せてあげてくださいね?」
…若葉ちゃんに
「……うん」
「大丈夫、とっても似合ってます。若葉ちゃんも必ずそう言いますよ」
「………ありがとう」
もう一度姿見に移る自分を直視する。
(相変わらず可愛いなこの子は)
自分であって自分でない
それでも少しは笑っているのだからたぶんこれは良いことなんだろう。
コンコンコン
ドアをノックする音。夜も深まってきたこの時間に誰だろう。
誰であろうと俺の知らない人なのだが。
「お客さんでしょうか?」
ひなたちゃんは何故か俺の頭を撫で、それからドアを開けにいく。
なんで撫でられたんだろう?
…嫌じゃないけど。
「あら、安芸さん花本さん」
『安芸』『花本』そう呼ばれた二人はひなたちゃんと同い年ぐらいに見える女の子だった。
「やっほー上里ちゃん。こっちに来てるって聞いたから遊びに来たよ」
「ごめんなさい上里さん、突然きてしまって。安芸先輩が暇だから遊びに行こうって駄々をこねて聞かなくて」
「駄々こねるとは人聞きが悪いことを!花本ちゃんだって郡ちゃんのこととか聞きたいんじゃないのぉ?」
「うっ…そ、それは……安芸先輩も土居様と伊予島様のことを聞きたいくせに」
「そりゃこれでもあの子たちの巫女だもの。聞ける時に聞いとかないとねー」
その女の子二人は言い合いをしながらもどこか楽しそうで、悪い関係じゃないんだろうなと思った。
「お会いしたかったですよお二人とも。さ、入ってください。それから紹介したい人が」
ひなたちゃんは椅子から立ってどう最初の一言を切り出すべきかと考えていた俺の後ろに回り込み肩にそっと手をおく。
彼女の顔と体の近さに妙にドキドキする。
顔は…たぶん赤くなっていないはずだ。そうであってほしい。
「は、初めまして…上里樹です…」
最初以外は噛まなかったからギリギリ妥協点……でもないか…
「おおー君が例の新しい勇者の子か!アタシの名前は安芸真鈴。よろしくよろしくー!」
そばかすと一つにまとめた三つ編みが特徴的な『安芸先輩』と呼ばれた女の子に一気に距離を詰められ両手で手を握られる。
つい体がビクッと反応した。
「安芸先輩年下の子を怖がらせないでください。初対面のしかも勇者様に対して無礼千万です」
「そこまで言わんでも!!」
「いきなりうるさくて申し訳ありません、上里樹様。この人は悪い人ではないのですがどうにもやかましいところがありまして。どうか無礼をお許しいただければと」
「それは全然いいんですけど……様…?」
眼鏡と二つにした三つ編みが特徴的な『花本ちゃん』と呼ばれた女の子は恭しく丁寧に深くお辞儀をする。
まるで神様にでもするかのように。
「あーごめんね?花本ちゃん勇者の子たちのことめちゃくちゃ尊敬してる系の巫女だからさ。ちょっと態度が仰々しいんだよね」
「勇者様に対して最大限の尊敬の念を抱くのは当然です」
「ま、その気持ちはわかるんだけどさ」
世代の近い人に様なんて呼ばれ方初めてされた…
「上里樹様。私は郡千景様の巫女である花本美佳といいます。重ね重ね突然の訪問どうかお許しください」
再度深くお辞儀をする美佳ちゃん。
「アタシは球子と杏ちゃんの巫女ね。改めてよろしく樹ちゃん」
親指を立て腕を突き出しながら真鈴ちゃん。
俺はひなたちゃんと出会ってまるで物語の中の巫女さんだなと感じたけど、巫女さんにもいろんな人がいるんだな。
………それにしても『安芸』か…
偶然だろうけど本来いた時代のあの人のことを思い浮かべずにはいられない。
(安芸先生、どうしてるかな)
というわけで急遽ひなたちゃんの部屋で真鈴ちゃん美佳ちゃんを交えて女子会が催されることになった。
……俺のせいで正確にはそうとは言えないけど。
ちなみに俺はひなたちゃんが用意してくれたパジャマを着ている。何故か狐の動物パジャマだ。
可愛いけどね。
それからいくつかのことを話しそして聞いた。最も俺は自分の身の上のことを碌に話しておらずほとんどは真鈴ちゃんと美佳ちゃんの話を聞いていただけだ。
ただ話すのが怖く…何だか嫌で『ほとんど覚えていない』『どうしてこうなったのかわからない』と言って逃げた。
でも二人は気を悪くすることもなくそれぞれの勇者との出会いの話をしてくれた。
真鈴ちゃんと球子ちゃん杏ちゃんが短い間ながらも確かな友情を育み離れていてもそれが今でも続いているのが伝わった。
美佳ちゃんが千景ちゃんに対してどれだけ深い尊敬の心を持ちそれでいてなかなか再会する決心がつかないもどかしさが伝わった。
…ひなたちゃんが若葉ちゃんとのことを話してくれた時に感じた気持ちがまた浮かんでくる。
心が温かくなりほんの少しだけ蝕まれる、そんな感覚。
「ねえ上里ちゃん。かつてない規模での総攻撃っていつぐらいになるか新しい神託あった?」
そうやって四人で輪を囲むように座ってしばらくお喋りをしていた中、少し不安そうな顔で真鈴ちゃんが切り出す。
神託…ひなたちゃんは神樹様からの言葉を受け取ることだと言っていた。それが巫女の役目だとも。
「いえ…正確な日付まではどうしても…すいません」
「ううん。上里ちゃんは悪くないよ。ただ近いうちに必ずあるってことだけわかっててそれがいつなのかわからないのはちょっと落ち着かないなーってさ。しょうがないことなのかもしれないけど」
「ここにいる巫女の誰よりも能力の高い上里さんでもわからないんだからこればかりは勇者様たちがその時にならないとわからないんでしょうね」
「勇者の皆さんにはすでにお伝えしています。友奈さんも退院して無事に復帰していますから万全の態勢で迎え撃つことができるのは幸いですが…」
かつてない規模での総攻撃というのは、間違いなくバーテックスのことだ。
…頭の中が瞬時に嫌な記憶で埋め尽くされる。
「先の戦いの後で皆さんの結束力はかなり高まりました。若葉ちゃんはリーダーとしてみんなで戦う、今を生きる人々を守るために剣を振るうと。独りよがりにはもうならないと言っていましたから」
「さすが乃木ちゃん。その言葉心強いね」
「杏さん球子さん、千景さんのおかげで大事なことに気づけたとも言っていましたよ」
「郡様…流石でございます…!」
「杏ちゃんは賢いからね!きっと乃木ちゃんに良いアドバイスをしてあげたんだろうなあ。球子もあれで結構周りを見てる子だし…いい感じじゃない勇者たち」
「はい。とても良い方に向かっていると私も思います」
巫女の三人は思い思いに嬉しそうな表情を浮かべる。
丸亀城に住む勇者のみんなも互いを知り困難を乗り越え、チームワークの先に勝利を掴もうとしているのだろう。
何だかそれは
かつて自分が未来で経験した出来事のようで–––––
俺はみんなとなら大丈夫だと思っていた。
本気で信じていて
だから、現実に裏切られた時のことなんて考えもしなかった。
「そういえば、安芸さんから教えていただいた四国外の生存者反応のことを話したら球子さん杏さんも喜んでいましたよ。見てくださいほら」
ひなたちゃんは端末を取り出し真鈴ちゃんに差し出す。
「お、満面の笑顔。変わらず仲良く元気そうで何よりね〜うんうん」
「千景さんの写真もありますよ。友奈さんと一緒に撮ったものです」
画面をタップして別の写真を表示したのだろう、美佳ちゃんにも同じように端末を見せる。
「これは……郡様なんて素敵な表情を…きっと高嶋様のおかげね」
ひなたちゃんはみんなの写真を撮るのが好きなのだろうか。記録を、思い出を残しておくのが。
「樹ちゃん、よければ一緒に撮りませんか?」
「わ、私と…?」
ひなたちゃんが俺に端末を向ける。思わずその小さなレンズを見つめた。
「もちろん樹ちゃんが嫌じゃなきゃですがなんだか撮りたくなってしまって」
「…うん」
小さく小さく頷く。
「じゃアタシ撮ったげるよ。ほら」
真鈴ちゃんの手に端末が渡り、ひなたちゃんは足早に俺の隣に並ぶように立つ。
「さ、笑って」
「こ…こうかな」
意識して口角を持ち上げる。引き攣ってないといいけど…
「樹ちゃんちょい笑顔が固いぞー」
「安芸先輩、何か面白いことを」
「無茶振りがすごいよ花本ちゃん」
引き攣ってるんだろうなこれは…
「ふー」
「ひゃっ!?」
突如耳にくすぐったい感覚。
「ひひひ……ひなたちゃん…!?」
吐息を吹きかけれていた……ひなたちゃんに。
「す、すいません。表情が少しでもほぐれればなと」
「上里ちゃん、ちょっとエッチだったよ今の」
「同い年でここまでの色香を出せるものなのね」
「そんなつもりじゃないですって…!」
…そんなつもりじゃないなら逆にすごい気がする。
ひなたが樹に結んであげたリボンはバーテックスが初めて襲来した時に若葉が使っていたやつです。二人が小学四年生の時ですね。
乃木若葉 設定 みたいな感じで調べてもらえれば画像も出てくると思います。
個人的に樹のポニテが結構気に入ってるので復活させました。
次回、おそらく丸亀城へ