犬吠埼樹(憑依)は勇者である   作:夏目ユウリ

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前回の後書きで丸亀城の戦いへ、と書いたのですがすいません。まだそこまでいかないです。



何かが、()を–––

 

「い・つ・き・ちゃーん」

 

自分の名を呼ぶ声にぼんやりとしたまま瞼を開く。

 

「ひな…たちゃん…」

 

確か昼休みに俺は教室でイヤホンをつけて壊れた音楽プレイヤーを弄りながらぼーっとしていたような…。

 

こういう時に何度かひなたちゃんに起こしてもらったことがあったから今回もてっきりとそうかと思ったけど。

 

「ごめんね?ヒナちゃんじゃなくて高嶋友奈だよ」

 

…だいぶ意識が戻ってきて目の焦点が合ってきた。

 

「ん…友奈ちゃん…」

 

「そう、友奈だよ」

 

「………俺、寝てた…」

 

「俺?」

 

そこで一気に目が覚めた、というより覚めてしまった。

 

「ごっごめん…!寝ぼけてた……私…寝てた…よね?」

 

はっきりと俺の視界に友奈ちゃんの不思議そうな顔が映る。

 

「うん、ずいぶんぐっすり寝てたみたいだね」

 

でも、すぐにいつも通りのニコニコとした表情になり俺は心の中でホッとした。

 

「…結構そうみたい」

 

「寝顔すっごく可愛かったから起こすの気が引けちゃったよー」

 

「かっからかわないでよ…」

 

「ほんとなのに。でもね、この後移動教室だから起こしてあげなきゃと思って」

 

「…そっか。そうだったね」

 

つい忘れていた。今日はひなたちゃんが大赦に行ってて丸亀城に居ないことも。

 

「じゃあ行こっか……はい!」

 

「…?」

 

友奈ちゃんが徐に手を差し出してきたけど、俺は思わず首を傾げてしまう。

 

「あ、その仕草好き」

 

「も…もう…」

 

「ごめんごめん!ほら、手出して?」

 

「…うん」

 

友奈ちゃんの手を握って席から立つ。彼女の手のひらから熱が伝わってきて寝起きの体をじんわりと温めてくれる。

 

「このまま手繋いで行ったりしよっか?」

 

「…それは勘弁してください」

 

「えー残念」

 

「恥ずかしいよ」

 

唇を尖らせて名残惜しそうにしながら手を離して歩き出す友奈ちゃん。

 

俺は少し離れた後ろを歩く……隣を歩くのはなんだか憚られた。

 

友奈ちゃんはたぶんそんなことを気にはしないだろう。でも、俺はそう思ってしまう。

 

二人分の小さな足音だけが耳に届き空気はなんだかしんとしていた。他の勇者のみんなと一緒だと率先して話題を振ったり盛り上げたりする友奈ちゃんだけど二人きりだと案外多くの言葉を交わすことはなかったりする。

 

病院の庭で二人して星を見ていた時もそうだった。

 

微笑みを絶やさず心地よい会話を弾ませはするが静かな空間が嫌というわけでもないのだろうか。

 

「樹ちゃん一人の時はいつもイヤホン付けてるね」

 

そんなことを考えていると図ったかのようなタイミングで話題を振られる。

 

考えていたことが口に出ていないかが咄嗟に心配になったが…それは流石に大丈夫そうだ。

 

「……なんか落ち着くんだ。耳を塞いでると」

 

これは別に嘘ではない。まるっきり本当ではないだけで。

 

「確かに、歌を聴くのって落ち着くもんね」

 

本来はそうなんだけど…。

 

「実は……音楽プレイヤーの方が壊れちゃってて何も聴けないんだ。だから付けてるだけ」

 

「そうだったの!?じゃあ本当に耳塞いでるだけなんだ」

 

「変…だよね」

 

「そんなことないよ!誰にだって自分だけの心の整え方ってあるから」

 

心の整え方……整えられてるのかどうかは自分でもわからないけど、いい言葉だと思った。

 

「でも、壊れちゃってるのかあ…なんとかしたいよね」

 

「……うん」

 

直せるものなら、直したい。これがまともに使えるようになれば今よりも考えても仕方ないことを考えずに済む。

 

「そうだ!ぐんちゃんに相談してみよっか!」

 

友奈ちゃんは妙案が浮かんだとばかりにこちらを振り返って顔を輝かせる。

 

「千景ちゃんに…」

 

千景ちゃん機械弄りとか得意なのかな。

 

「ぐんちゃんゲームとかコンピューターのこととかすっごい詳しいんだよ。だからこういうのもなんとかできるかも」

 

確かに千景ちゃんは俺がイヤホンを付けてる頻度と同じくらいゲームをしている。それも真剣にのめり込むように。

 

だからといってこういうの…音楽プレイヤーを治せたりなんてするものだろうか…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いいわよ」

 

「え、直せるの?」

 

まさかの承諾を得てしまった。

 

「絶対とは言い切れないけど…なんとかなると思うわ」

 

渡した音楽プレイヤーを見つめながら千景ちゃんはそんな頼もしいことを言う。

 

「あっ…ありがとう!」

 

「ぐんちゃん手先も器用だもんね。流石だよ!」

 

音楽プレイヤーを持っていない方の千景ちゃんの手に触れ友奈ちゃんは褒め称える。

 

「た…高嶋さんの頼みだし……それにまだ直せると決まったわけじゃないから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

友奈ちゃんの提案で千景ちゃんに音楽プレイヤーの修理をお願いした日の放課後。

 

この環境が学校と言っていいのかわからないから厳密に放課後で合ってるのかはわからないけど。

 

「お…邪魔します」

 

「いらっしゃい樹ちゃん。飲み物入れるけど、紅茶とコーヒーどっちがいい?」

 

恐る恐る訪問したのは杏ちゃんの部屋だった。

 

「じゃあ…コーヒーで」

 

「ミルクと砂糖はどうする?」

 

「ブラックでいいよ」

 

「大人だね樹ちゃん。ちょっと待っててね」

 

杏ちゃんはテキパキと準備を進めていく。なんとも女子力の高いことだ。

 

「うへぇー樹お前よくブラックで飲めるなあ。タマはダメだ、苦くて飲んでられん」

 

部屋の真ん中あたりであぐらをかいて苦虫を噛み潰したように舌を出す球子ちゃん。でも言いたいことはわかる。

 

俺も味が好きという感覚で飲んでいない。ただその苦味が不思議と心を少し落ち着けてくれる気がするというか…うまく言えないが嫌な気分にはならないのだ。

 

「甘いのも飲めるんだけどね。ブラックも飲めるってだけだよ」

 

「まだ小学生だってのにすごいな樹。褒めてやるぞ、ほれほれ」

 

球子ちゃんに頭をぐりぐりと気持ち強めに撫でられる。

 

「ちょっと痛いよ球子ちゃん」

 

目を閉じながらそう答える。

 

…嫌な感じはしないけど。

 

「タマっち先輩、樹ちゃんをいじめないの」

 

そこにコーヒーとジュースをトレイに乗せ杏ちゃんが戻ってきた。

 

「樹はすごいぞーって褒めてたんだよ。なー樹?」

 

「……まあ」

 

「…タマっち先輩?」

 

「ほんとだっての!ってこのお菓子タマの好きなやつ!!」

 

球子ちゃんの視線の先には飲み物と並べて焼き菓子の姿が。

 

「はいはい全く、目敏いんだから」

 

杏ちゃんが丸型テーブルの上にトレイを置くとバターの甘い香りが鼻腔をくすぐる。

 

「これって、マドレーヌ?」

 

「これ杏が作ってるんだぞ!」

 

「え、すごい手作りなんだ」

 

改めて見てみるが既製品と言われてもわからないぐらいよくできていて関心してしまう。

 

「大したことないよ。フィナンシェとかパウンドケーキと比べたら結構簡単だし」

 

「そうなの?」

 

「うん、材料を混ぜて焼くだけだし道具はボウルと泡立て器さえあれば作れるから」

 

「へえ…」

 

マドレーヌ、フィナンシェ、パウンドケーキ…どれも

 

 

『美味しいねイッつん』

 

 

「タマっち先輩にはこれ、みかんジュースね」

 

「サンキューお菓子も飲み物も好きなやつで幸せだなあ」

 

「よかったね……樹ちゃん?」

 

「…っ…なんでもないよ…私ももらっていい?」

 

「うん。どうぞ」

 

カップに注がれたブラックコーヒーを手に取る。淹れたてでまだ湯気が立ち込めていて熱そうだ。

 

うっすらと表面に自分の暗い顔が映っている。

 

「いただきます」

 

自分の顔を見ないようにそそくさと一口飲む。甘味が皆無の苦味が舌を包み込み余韻を残しつつ喉を通っていく。

 

「…美味しい」

 

「タマもいただきまーす。はむ…んーうまいぞ〜」

 

マドレーヌも一つ手に取って半分ほど食べる。口の中に残っている苦味をまるっきり上書きするような甘さが広がった。

 

「どうかな樹ちゃん」

 

杏ちゃんの顔を見ながらもう半分を口に含む。

 

「すごく、甘くて美味しいよ」

 

 

 

 

 

 

コーヒーとマドレーヌに舌鼓を打ち穏やかで静かな空気が流れていた午後のひと時。

 

「制服…」

 

「そう、私たちの着てる制服。樹ちゃんも着てみない?」

 

杏ちゃんからそんな提案をされる。確かに丸亀城でも俺はみんなと違って一人神樹館小学校の制服で生活をしているわけだけど

 

「でも大赦の人からもらったりしてないよ」

 

もらってないということは別に必要ないと思われているってことだろうし、それで困ることもないから別にいいと言えばいいのだが

 

「それは大丈夫。ね、タマっち先輩」

 

…なんでそこで球子ちゃんの名前が出てくるのだろう?

 

「まあタマは樹がいいならいいけどさ」

 

球子ちゃんはマドレーヌをもぐもぐしながらなんてこともなさそうだけど…。

 

「で、どうかな樹ちゃん!」

 

よくわからないが杏ちゃんはかなり乗り気らしい。

 

「い、いいよ」

 

(嫌な理由もないし)

 

 

そうして杏ちゃんはどこからか自身のよりも小さめであろう制服を取り出す。

 

「予備のやつとかあるんだ」

 

考えみたらおかしな話でもないか。一着じゃ何か合った時に困るだろうし。

 

「私のじゃないけどね」

 

「え?」

 

「これタマっち先輩の予備のやつなんだ」

 

「へえ…」

 

なんで球子ちゃんの予備の制服を杏ちゃんが…?

 

「ま、予備のやつとか持っててもしょうがなかったし、使えるなら使ってもらった方がいいかもな」

 

みかんジュースをストローでちゅーちゅーと飲みながらこれまたなんでもなさそうに球子ちゃん。

 

(あれ、俺の感覚がおかしいのか?友達の予備の制服ぐらい普通に持ってるもんなのかな?……なんかわかんなくなってきた…)

 

「所有者がこう言ってることだし早速着替えよう!」

 

「はっはい」

 

杏ちゃんが楽しそうだしいいのかな。

 

 

そんなこんなで着替えを済ませる。

 

「着替え終わったよー」

 

ちなみにサイズはほぼピッタリだった。

 

「わあ…!やっぱりブレザーも似合ってる!」

 

「なるほど、馬子にも衣装ってのはこのことか」

 

「それ褒め言葉じゃないよタマっち先輩…」

 

「え、そ、そうなのか!?すまん樹!タマそんなつもりは!」

 

「大丈夫大丈夫。気にしてないよ」

 

部屋にある姿見の前に立つ。ブレザーの制服なんて初めて着たせいかリボンが思ったより乱れていた。

 

「着慣れてないと難しいよね」

 

そう言いながら杏ちゃんが俺の前に来てリボンをテキパキと直してくれる。

 

なんだか小さい子みたいで恥ずかしい…。

 

「これでよしっと、本当によく似合ってて可愛い」

 

俺の背に回るようにして傍に杏ちゃんは立つ。

 

……神樹館小学校の制服とはだいぶ感じが違ってなんだかふわふわした気分になる。

 

鏡の中の杏ちゃんがそんな俺に気づいたのかニコッと微笑んでいた。

 

「この際その制服普段から使ったらどうだ?」

 

いつのまにか立ち上がって姿見の近くまで来ていた球子ちゃんが鏡の中の俺に喋りかけるようにそう言った。

 

「でもこれ、球子ちゃんの制服じゃ」

 

「そんなのいいよ。樹も同じ制服の方がタマは嬉しいしな」

 

「タマっち先輩のタマにあるそういう冴えた意見好きだよ」

 

「タマには余計だ!……タマだけにってことか!」

 

「当たり」

 

「ふふ、駄洒落だね」

 

 

苦いコーヒーと甘いマドレーヌ、みんなと同じブレザーの制服。

 

鏡の中に映る杏ちゃんと球子ちゃんの笑顔に溶け込んでしまうような、そんな気がした。





おそらく次回も戦わない…気もするんですがマジで実際に書いてみないとわからないのでごめんなさい。

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