お久しぶりです。
短めですが、どうぞよろしくお願いします。
「制服のリボンやっぱりまだ慣れないや」
球子ちゃんの予備の制服を何故か杏ちゃんから貸してもらって数日、悪戦苦闘しながら着替えを進めつつチラッと視線を逸らす。そこにはまるで役目を終えたかのように神樹館小学校の制服が置かれていた。
仕舞っては取り出すという意味のないことは、このまま元の時代に戻る手段がない今辞めたいところなのだが性懲りも無く繰り返してしまう。
ひなたちゃんから借りているかつて若葉ちゃんが使っていた淡い紫色のリボンをなんとなくで髪に結びつけてポニーテールを作る。一応鏡の前で確認するが良し悪しもいまいちわかったものではなかった。
「借り物だらけだ」
手首に巻かれた銀ちゃんの赤いヘアゴムもそう。
この髪、瞳、声、全てが借り物。
どれもこれも、自分のものじゃない。
「はい。治ったわよ」
放課後、敷地内の寮における千景の部屋で修理を頼んでいた音楽プレイヤーを樹は受け取る。一見すると何も変わっていないように思えるが無事に曲の再生ができて樹はほっと胸を撫で下ろした。
「ありがとう。すごいな千景ちゃんは」
「別に。大したことはしてないわ」
なんでもないことのように千景は少し顔を背けながら言った。
「これは私の宝物なんだ。だから直って嬉しい。本当にありがとうね」
重ねて樹は感謝を伝える。千景は頑なに樹の目を見ようとはしなかった。
「…あなたは何も覚えていないと自分で言っていたらしいけど、それは本当なの?」
「……………」
千景の言いたいことは要するに『本当は全て覚えているんじゃないか』ということだろう。
「ごめんなさい、こんな不躾な質問をして…ただその音楽プレイヤーのことは覚えてるみたいだから気になって」
「…………これお姉ちゃんがくれたものなんだ」
樹は幾分の沈黙の末にそう呟いた。少しの物音にも掻き消されそうな、そんなか細い囁きのような言葉は確かに千景の耳に届く。
「そう…いいわね。姉妹とかそういうの私にはいないから」
「ごめん…嘘をついてて」
「誰にだって言いたくないことはあるわ。ただそれだけのことでしょう」
「……ごめんなさい」
「………私は家族のことがあまり好きじゃないの。私には父と母の二人の家族がいるけど、二人ともお世辞にも尊敬できる人じゃないし一緒に居たいと思える相手でもない」
「………?」
「樹さんにだけ秘密を話させる形になってしまったからこれでおあいこということにしましょう。だから気にしないで、誰にも言わないから」
「…うん」
「そうだ、よかったらゲームでもしていかない?」
千景はどこか不自然なまでに話題を切り替えゲームソフトを収納している棚を漁り始める。
「大概のジャンルは揃ってるから好きなのを選んでちょうだい。あ、これなんかオススメね。これもいいし、これも捨て難いわ」
夢中であれこれソフトを吟味する千景を見て、樹は心の奥に眠る澱みのようなものが少し軽くなるのを感じた。
千景に薦められた一つに元の時代で風や園子と何度か遊んだ対戦型のゲームによく似たものを選び数試合。よくわかったのは千景がものすごくゲームが得意ということだ。
「よく教室とかでもゲームしてるなって思ってたけどすごいや、全然勝てそうにない」
「ゲームだけは私が自信を持って得意と言えるものだから」
自分がゲームを上手いと思ったことはないが特別下手だと思ったこともないのでここまで一方的にやられ続けるのは正直意外だった。
(もしかしたらお姉ちゃんとか園子ちゃんは手加減してくれてたのかな)
操作が疎かにならない程度に横目で樹は自分をボコボコにしている黒髪の少女を見る。普段からあまり感情を表に出さずに過ごしていることが多い彼女ではあるが画面にのめり込むように一心不乱にコントローラーのボタンを押す今の姿は純粋にゲームを楽しんでいるように見えて何故か嬉しく思う。
「あっ」
別の思考に潜りすぎたのか回避できたであろう攻撃をくらってゲームセット。
「また負けちゃった。強いなあ千景ちゃん」
「……その、こういうので手加減って良くないかと思ったんだけど…」
千景はどこかばつが悪そうな顔をする。
「ふふ、楽しいよ」
「…あなたの髪色でその髪型だとなんだか乃木さんみたいね」
声色はどこまでも優しいのに噛み締めるような切なさが滲む、そんな呟きだった。
「……若葉ちゃんぐらい強い人だったらよかったんだけどな」
人の前に立ち、人を引っ張ることができる存在。遠い未来の子孫にもそれは強く受け継がれていて樹も数えきれないほど助けられ、救われてきた。
「…ねえ樹さん」
「…なあに?」
「髪…触ってもいいかしら…?」
「……いいよ」
「…じゃあ失礼するわね」
そっと伸ばされた千景ちゃんの手に妙に緊張しながらジッとする。万が一にも傷つけることなどないように優しく触れられたその感触はなんだかこそばゆい。
千景ちゃんは丁寧にポニーテールにまとめた部分を手櫛で梳かすように撫でている。改めてずいぶん伸びてきたものだと自分のことながら思った。
「綺麗な髪ね」
「そ、そうかな」
「手入れはどんな風にしてるの?」
「えーっと……友達が前に色々教えてくれて一応その通りにやるようにしてるけど…最近伸びてきてサボり気味かも…」
「そうなのね。せっかくこんな綺麗な髪してるのに勿体無い」
「あはは…ずっと短くしてたから今みたいに長いとちょっと大変だなって」
園子ちゃんがかなり丁寧にケアをしていて傍目に見ても手間がかかってるな感じていたのを思い出す。
「千景ちゃんも髪長いけやっぱり手入れとかしてるの?」
「一応ね。私の場合はまず洗う前にブラッシングで埃を落として、それから温水で表面の汚れを落とすの。その後はシャンプーを薄めて泡立ててから頭皮マッサージをして皮脂を取り除きよく洗い流す」
「そんなにしっかりと…」
「コンディショナーは頭皮に触れないようにつけて三十秒ほどで洗い流して、リンスは時間をかけずにしっかりと洗い流しブローはドライヤーを近づけすぎずに、乾いたらブラッシングって感じかしら」
「……なるほど」
長髪でいるということはここまでのことをしなければならないものなのだろうか。正直とても真似できる気がしない。
「そんなに手間をかけるなんてすごいや。道理ですっごく綺麗なわけだね」
「………高嶋さんが褒めてくれるの。今の樹さんみたいに」
「そっか…友奈ちゃんと千景ちゃんとっても仲良しだもんね」
「そう…かしら。そう思ってるのは私の方だけかも」
「そんなことないよ……私にも友奈ちゃんみたいな友達がいるんだ」
「高嶋さんみたいな…」
「うん…その子も友奈ちゃんみたいに明るくて優しくて一緒にいるだけで元気がもらえる子で……大切な友達なんだ」
「……あなたにはあなたのことを大切に思ってくれる人がいるのね」
俺のポニーテールから千景ちゃんの手が離れる。
「ぁ…………」
くすぐったいような気持ちいいようなそんな不思議な感覚が惜しくて自然と声がでしまった。
「………もっと触ったほうが…その……いいのかしら…?」
「…千景ちゃんが…嫌じゃなければ……お願いします……」
「……今度はちょっと向きを変えるわね」
「うん…」
隣からすぐ後ろに千景ちゃんは移動し俺の視界から見えなくなった。でもなぜかより距離が近くなったような気がしてならない。
「…触るわよ?」
「は、はい…」
再び千景ちゃんの手が俺のポニーテールに触れ、手櫛で梳かし始める。
こんな風によく園子ちゃんに、時には須美ちゃん銀ちゃんにも髪を梳かしてもらっていた。
髪を通してその人の暖かさが伝わってくるような感じがして俺はこの行為が好きだ。
「こうやってお姉さんやお友達にもやってもらってたの?」
「……お姉ちゃんと暮らしてた時は短かったんだけど…そうじゃなくなってから伸ばすようになってきて、友達が色々やってくれるようになったんだ」
「…それでポニーテールになったのね」
「うん。これだったら毎日やるのも大変じゃないし髪も邪魔になりにくいから」
「なんだか、男の子みたいなこと言うのね」
瞬間、表情筋がピクッと動いたがそれが体にまで伝わらないように我慢する。
顔を見られないところに千景ちゃんがいてくれてよかった。たぶん変に思われただろうから。
「確かに…私はあんまり女の子らしくないかな」
自傷気味にそう吐き捨てる。
今や自分が女の子なのか男の子なのかよくわからなくなってしまった。
心と体の乖離。蝕むように段々と自分の中に積もっていく違和感。
「でもこうやって誰かに髪を触ってもらうと『自分って女の子なんだな』って思えるんだ」
「……不思議なことを言うのね」
「…ごめん。変なこと言っちゃった」
千景ちゃんからすればどう考えてもおかしなことを言っているのは分かってる。
どこにも行けなくて、でもここには居れなくて。
そんな類の不安が無性に体の中を渦巻いて仕方がない。
「…ごめんなさい。こんな時どんなことを言えばいいのかわからなくて」
「いいの、何も言わなくて……ただね」
「…ん?」
「もうしばらく続けて…ほしいな」
「……ええ」
もう少し、もう少しだけでいいからこの時間を過ごしたい。
「あと…」
「あと?」
「さっきの千景ちゃんがやってる髪の手入れの仕方もう一度……教えて?」
首を捻るように後ろを見る。千景ちゃんは少しばかりポカンとした表情を浮かべたのち口元を緩めた。
「あなたって甘え上手ね」
「え」
「あら、自分では思ったことない?」
「ど、どうかな…」
なんだか恥ずかしくて前を向き直す。
「ねえ、悪いんだけどポニーテールを解いて櫛を使って梳かしてもいいかしら?」
「う、うん」
リボンを解いてしばらく伸ばしっぱなしにしている長髪が散らばる。
髪全体を櫛が気持ち良く滑っていく。自分でやるのはめんどくさいのに人にやってもらうのはこんなに心地いい。
でも、せっかく褒めてもらえたのだからこの髪をもう少し大事に扱おうと思った。
正直もう二度と書けないんじゃないかって思っていたので兎にも角にも投稿できたことを自分としては嬉しく思います。それでいて読んでくださる皆様が少しでも楽しんでくださったならこんなに嬉しいことはありません。
次は書けなくなる前にもう書き始めるようにします。