早めにお届けできて嬉しく思います。
今回も少ない文字数ですがお楽しみくだされば。
目が覚めると、なぜか視界が狭くなっていた。
そして頭には柔らかい感触。
「……あれ」
「ん、起きたのね。おはよう樹ちゃん」
ぽやぽやとした頭で状況を把握していく。そうだ、俺は須美ちゃんの家に遊びに来ていたんだった。
「えっと……あれ…寝てた…」
「まだ寝坊助さんね」
須美ちゃんの楽しそうな声。ただその顔がはっきりと見えない。
「……しょうがないか」
これくらいの年齢では敵なしと言っても過言ではない須美ちゃんのそれは、見上げる景色の半分とまではいかないものの確かな存在感を放っている。
「何が?」
「…あ、なんでもないようん」
目を瞑り小さく息を吐く。須美ちゃんの膝枕でちょっと寝てしまったようだ。
「…寝ちゃうつもりはなかったんだけど」
「あら、わざわざ人の膝を使っておいて」
「うっ…ほ…ほんとだって」
三割ほど削がれた視界の端にクスクス笑う須美ちゃんが映る。
「はいはい、わかってますよ」
「その言い方わかってないやつじゃ……」
「いいからいいから」
「…もう。ほんとなのに」
須美ちゃんの太ももから落ちないようそっと体を横向きにし、鷲尾家の庭に目を向ける。乃木家や上里家と比べると視界に収まる分まだ常識の範囲な気はするが十分遊び回れる広さだ。
「園子いたいた!あそこあそこ!」
「え〜どこどこ〜」
「後ろ!後ろ!」
「後ろ〜?」
「そんな捻るように斜め後ろ見てもわかんないだろ!」
「あ、いた〜!」
「わかるのかよ!」
少し離れたところで園子ちゃんと銀ちゃんが何やら駆け回っている。面白いものでも見つけたのだろうか。
「ほんと、あの二人は元気ね。そのっちもあれで結構体力あるんだから」
「園子ちゃん運動神経も普通にいいしね」
「銀は絵に描いたわんぱく小僧って感じだし」
「銀ちゃんは弟くんともよく遊んでるみたいだから……よいしょっと」
ゆっくりと起き上がり須美ちゃんの隣に並ぶように座り直す。ちょうど木陰で涼しくて過ごしやすい。
「もういいの?」
「うん。ごめんね、その姿勢のままでいるの大変だったよね」
「ううん。平気よ、このぐらい」
「おーい!須美ー樹ー!こっち来てみろよー!すっごいでかいカエルいたー!!」
「わっしーイッつん〜早く早く逃げちゃうよ〜!」
二人とも興奮したようにこっちこっちと手招きしている。
「行こっか、須美ちゃん。おっきいカエルだって」
立ち上がって軽く伸びをする。空気が心地よい。
「……樹ちゃん。えっと……」
「はい、どうぞ」
膝枕の姿勢で固まったままの須美ちゃんに手を差し出す。やっぱり足が痺れてしまったのだろう。
「うっ…すっごくピリピリするわっ…」
なんとか立てたはいいものの歩くのはしばらく無理そうだ。
「よかったら背中使って」
「それって…お、おんぶ…」
「いいからいいから」
「む、真似したわね……じゃあお言葉に甘えて…えいっ」
足がピリピリしてるからだろう。ちょっとジャンプするように須美ちゃんが俺の背中に捕まる。
「……………………」
「もしかして…重いかしら…?」
耳元に囁くような声が届く。いや、そうじゃない。
「大丈夫大丈夫」
そう言ってなんともないように歩き出す。
嘘だ。真っ赤な嘘、大嘘だ。
背中に先ほど視界の三割を奪ったものの存在をこれ以上なく感じる。おまけに歩くたびに生じる細やかな振動が存在感を後押ししてくるのだ。
「ねえほんとに大丈夫樹ちゃん?重かったら無理しておぶってくれなくてもいいのよ?」
「いや、大丈夫です。全然平気です」
「なんで敬語?」
「いいからいいから」
「あ、また真似したわね」
真似したくともできない部分もあるのだからどうか許してほしい。と俺は口に出さなかった。
(はんぶん…)
ひなたちゃんの部屋で膝を借りながら、心の中で呟く。
須美ちゃんも十分すごかったのにひなたちゃんのそれは須美ちゃんのそれを優に凌いでいる。中学生になると一気に成長するものなんだろうか。
おかげで部屋の照明が全然眩しくない。すごい効果だ。
「さあ横を向いてください。危ないから動いちゃダメですよ?」
「……うん」
「じゃあ、入れますね」
「…お願いします」
耳の中に細い棒状の何か、いわゆる耳かき棒が入ってくる。
「まずは入口付近のところを……カリ…カリカリ…」
ひなたちゃんの囁き声と耳かきを動かす擬音の組み合わせが体をじんわりと震わせてしまう。
(いやダメダメ…)
指を握って体に力を込める。
「あらあら…リラックスですよリラックス」
「ご、ごめん…気持ち良くて体が動いちゃいそうになって」
「すぐに慣れますよ。少しずつ深いところにいきますね………カリカリカリっと…」
先ほどよりも少し深いところを掻かれる。普段自分で耳かきをする習慣がないからか、なんともこそばゆい。
「……汚いかな?」
「そんなことないですよ」
「あれ、そうなんだ」
「通常耳の垢は自浄作用で勝手に排出されるもので、そう頻繁に耳掃除をする必要はないと言われていますから」
「へえ…詳しいんだね」
「むふふ、昔から若葉ちゃんに何度もやってあげてますからね。若葉ちゃん私の耳かきには目がないんですよ」
(あの若葉ちゃんが……こうやって耳かきを…)
「ただ耳の垢にもタイプがあって乾燥タイプならいいのですが湿ったタイプだとそのまま残って溜まってしまうこともあって……カリっカリっ…カリカリ……」
「ふぅん……」
「あまりに溜まってしまうと痒くなったり痛くなったりしてしまうんです」
「じゃあ乾燥タイプの人の方が良いんだ」
「ところが、耳の垢には殺菌作用があって湿ったタイプだとその効果がより強いという意見もあるんです」
「耳垢ってそんな奥が深いんだね…」
「最も耳が痒かったり痛かったりする方が嫌だとも思うので、あまり溜めない方が良いと私は考えます」
「ひなたちゃん耳鼻科の先生みたい」
「ふふふ、これも全て若葉ちゃんをお世話するために身につけた技術と知識です」
……俺が思っているよりずっとひなたちゃんと若葉ちゃんの絆は強く深いのかもしれない。単なる幼馴染とはとても思えない。単なる友達とも。
『そっか…友奈ちゃんと千景ちゃん仲良しだもんね』
『そう…かしら。そう思ってるのは私な方だけかも』
先日の千景ちゃんとの会話が、頭の中に色濃く残っている。
千景ちゃんは……友奈ちゃんの特別でありたいのだろうか。
………ここに居ていいと多くの人に認めてもらいたいのだろうか。
仮にそうだとしたら、どちらにしても俺にはその気持ちがわかる気がする。
痛く苦しいほどに。
「はい、このぐらいでやめときましょうか」
「…そっか」
「やりすぎは耳を傷つけてしまいますからね」
「…うん」
「ふぅー上がったぞ」
「若葉ちゃん、今日はいつもより長風呂でしたね」
「ああ実にいい湯だった。すごくいい香りがしたな」
「新しい入浴剤を使ってみたんです。ちょっぴりいいやつを」
「なんだ、そうだったのか。うんあれはいいな。ひなたも温かいうちに入ってくるといい」
「ええ、ではいただきますね………なんだったらまた一緒に入りましょうか樹ちゃん」
「…ううん。ひなたちゃん先に入ってきて」
「わかりました。ではお先に」
ひなたちゃんは笑顔で手を振りながらお風呂場の方へと歩いて行く。
俺は力無く手を振りかえした。
なんだかひどく馬鹿馬鹿しい気がしてくる。何を千景ちゃんのことを勝手にわかった気になっているのか、こんなのただのエゴでしかないのに。
(どうしよう、ひなたちゃんにすごく冷たい態度をとっちゃった)
「樹?どうかしたか?」
若葉ちゃんがベッドに腰掛け、いつも一つにまとめている髪が広がった。
「…なんでもないよ」
「そうか?ならいいが……ところで樹、ひなたと二人で風呂に入ったのか?」
「うん、大赦の施設に行った時にそこの大浴場で」
「そうか……そうか…」
「…ダメだった?」
「い、いやそんなことはない。うんそんなことはないぞ」
「………やっぱりひなたちゃんと一緒に入ってくる」
「…そうか……………えっ!?」
「『やっぱり一緒に入る』なんて言うんですからびっくりしちゃいました」
「ごめん……服脱いでるところ見ちゃって」
「別に構いませんよ、女の子同士ですしね」
「……そうかな」
「こんな体制で一緒にお風呂に浸かっている時点で今更でしょう?」
「……そうかも」
浴槽の中で温かいお湯とは別に感じるもう一つの暖かさ。先ほど見上げていたひなたちゃんの二つの大きなそれを、今度は背中で感じている。
大赦の施設の大浴場とは違ってここは普通サイズの浴槽で、二人で入れば必然的にこういう状態になるのだ。
(入浴剤のおかげでお湯が透明じゃないのはまだいいけど…いや見えない分変に想像力が掻き立てられて…)
「樹ちゃん、ずいぶん熱心に髪の手入れしてしましたね」
「千景ちゃんが自分でやってる手入れの仕方教えてくれて、それを真似してるんだ」
「まあそうでしたか。千景さんが…」
「千景ちゃん私の髪褒めてくれたんだ。それが嬉しくて」
「あの黒髪は同じ女性として羨ましくなるほど綺麗だと思っていましたが、そんなに手が混んでいたんてすねぇ」
ひなたちゃんがしみじみとしながら俺の髪を撫でるように触る。なんだか最近人に髪を触られる機会が多い気がする。元々多かったような気もするが。
「いざやってみると結構大変なんだけど……これは真似できることだから」
「真似できること、ですか」
俺の髪を触っていたひなたちゃんが両手を首に回し抱きつくような格好になる。ひなたちゃんの顔が手が体が、その全てが俺の体に重なっている。
「……どうかした?」
「いいえ、どうもしません」
「そう…?」
「そうです」
その割にはひなたちゃんは首に回した手を解こうとはしない。
「ねえ…ひなたちゃん…」
「はい」
「……胸…当たってるよ…」
「惜しいです」
「……?」
「当ててるんですよ」
次回もよろしくお願いします。