年単位で空いてしまった更新をできるだけ埋められるように頑張ります。
一気に多い文字数を読むことを好まれる方は申し訳ありません。
「嫌ですか?」
ひなたちゃんが身じろぎして感触が微妙に変わり立派なものが背中の上を動いているのがわかる。
「……ううん」
俺は恥ずかしげもなく率直に答える。『嫌』と嘘をつこうとなんて、思いもしなかった。
「…………」
「ひなたちゃん?」
「な〜んて、です」
「……へ?」
「ほら友奈さんが時折言ってるあれですよ。私も言ってみたくなって」
「……確かに言ってるけど」
「ドッキリ大成功、ですね〜」
嬉しそうにしながらひなたちゃんはギリギリまで重ねていた体を離す。普通サイズの浴槽なのでそうは言ってもすぐ近くに居ることに変わりはないのだが不思議と、遠くにひなたちゃんが行ってしまった感覚が芽生えた。
「………………」
「…もしかして怒ってます?」
「うん」
「迷いもせずに…」
「なんか…ちょっとだけ怒ってると思う」
「…許してくれますか?」
「…………」
「…許して欲しいです」
「……もう一回…その……今のやってくれたら…」
遅い。
ひなたの風呂はいつも私よりずっと長くはあるがにしたって遅い。
『………やっぱりひなたちゃんと一緒に入ってくる』
二人で話に花でも咲いているのだろうか?
それにしても……樹があんなことを言い出すとは、正直驚いた。あまり自己主張をしない大人しく穏やかな女の子というのが私の彼女に対する第一印象で今もそれは大きく変わってはいない。
「ひなたは物腰柔らかで懐の深い人間だからな。色々と相談もしやすいか」
そんな独り言が私一人の部屋に静かに吸い込まれる。まるで自分に言い聞かせてるみたいだった。
「ふう……」
ひなたのベッドに寝転がる。普通人様の部屋のベッドを勝手に使うなど言語道断なのだがひなたは特別だ。
誰よりも身近で誰よりも気心を知れた相手、もっと有り体に言えば甘えることができる相手。それが上里ひなた———私の友達で幼馴染で巫女で——
「私の………何を考えようとしてるんだ私は」
ひなたが人から好かれて懐かれるのなんて今に始まった事ではない。あいつは昔からそうだ。幼稚園生の頃も小学生の頃も。
「上里樹——」
親戚関係でもないということだからたまたま同じ苗字だったというだけの話。
「…縁の導きか」
「若葉ちゃ〜ん!!」
「!?ど、どうした??」
咄嗟にベッドから飛び起きてそのまま立ち上がる。
滅多に聞かないひなたの大声、もしかして何かあったのか!?
「今行くぞひなた!」
「私の携帯を持ってきてくれませんか〜?」
走り出そうとした体が電撃でもくらったかのようにピタッと硬直した。携帯?
「机の上に置いてあるので〜」
言われて机を見ると確かに見慣れたひなたの携帯がある。
「も、持っていけばいいのかー?」
「お願いします〜」
言われるがままに携帯を手に取り風呂場に向かう。
「本当に撮るの?冗談じゃなくて…?」
「今日の分の『なーんて』は使ってしまいましたから今度はガチですよ」
「一日一回なんだそれ…」
風呂場の扉の向こうで二人のやりとりがうっすらと聴こえてくるが、本当に何か問題が起きたわけじゃなさそうだ。
それはまあよかったのだが
「ひなた、持ってきたぞ」
「ありがとうございます、若葉ちゃん。ではお願いします!」
「……何をだ?」
「その携帯で私と樹ちゃんを撮ってください!」
「………?」
「私と樹ちゃんを撮ってください!」
「いや、聴こえなかったわけじゃない……開けていいのか?」
「どうぞ!」
「…開けるぞ、樹」
「ぇ…ぁ…う、うん」
風呂場の扉をゆっくり開くと、ひなたと樹が湯船に二人で浸かっていた。
私はひなたの懇願に答えて写真を撮る。
思えば、いつもひなたに撮られてばかりでひなたを撮ったのは初めてかも知れない。
バーテックス
頂点の名を冠する人類の敵、勇者の敵、大社の敵、神樹様の敵。
園子ちゃんを須美ちゃんを———銀ちゃんを酷い目に合わせた
この世界を脅かす
そうだ、自分の命を自分たちの命を守るために戦う
だから戦ってたんだ。苦しくて怖くて辛くてどうしようもなくても戦ってたんだ。
そしてその結果が
今の自分。
今の
こいつらせいで銀ちゃんは—————
俺はあの時戦えなかった。戦う力があったはずなのに、大切な人を守る力があったはずなのにそれは消え去ってしまった。
逃げたも同然だった、勇者という責務とバーテックスという脅威から。
樹海を見つめる。すぐそばには樹海化の影響で変貌した丸亀城の姿。ただ元の時代の樹海よりも建物がそのまま残っているし敵は小さな群れの大群で俺が知っている大きな奴らは一体もいない。
勇者の姿に変身できればきっとみんなの役に立てる。そうすれば俺はきっとここに居てもいい存在になれる。
「ちくしょう……」
俺の携帯は何も反応を示さない。俺の意志に何も答えてくれない。こんな大変な時代に一緒に来てしまったのになんで黙ったままなんだ。なんで…どうして…
「いっつーきちゃん!」
名前を呼ばれる。顔を上げる。俺はまだ樹海にいる。ここに居る———
「友奈ちゃん……」
肩に置かれた手がそっと離れる。友奈ちゃんが勇者に変身した姿で笑っていた。
「気づいた?声かけても聞こえてないみたいだったから」
「……ごめん」
「いいよー!」
「…………」
「今ねタマちゃんと交代してきた所なんだ」
「…そっか。お疲れ様」
「えへへ、結構頑張っちゃったよー」
友奈ちゃんはそう言って拳突き出す動作をする。武器を持たず自らの体のみで戦うのだから人一倍不利で疲労も溜まるはずなのに…友奈ちゃんはこんなにも明るい。
「この陣形すごく上手くいってるね」
「ね!アンちゃんやっぱり頭いいなあ」
丸亀城の正面、東西に一人ずつ勇者を配置し杏ちゃんと残りの一人を後方に。それが杏ちゃんの考えた陣形。
杏ちゃんの武器は射程が長くそれを活かすため常に後方で戦局の全体を把握し、前方の勇者たちに指示をしつつ援護射撃。
後方待機の勇者は杏ちゃんの指示で前方の疲れが見えてきた勇者と交代して交互に疲労回復に努める。
「まるで軍師か参謀みたい」
須美ちゃんだったら、そんな風に言っていたと思う。
「そうそう、私はこういうのあまり得意じゃないからすごいや」
友奈ちゃんは少し離れたところで指示を出しつつ援護射撃をし続ける杏ちゃんを見つめる。
「でも…ごめんね。私が戦えないから休むにも休めないよね」
俺は勇者に変身できないにも関わらずこの樹海で意識を持って存在することができる。できてしまっていると言った方が正しいかもしれない。
万が一にも前方を抜けてくる敵がいないとも限らないため休憩中の勇者に守られる形になっている。
要するに足手纏いだ。
「こうやっておしゃべりするのも大事な休憩だよ。アンちゃんは普通に戦うよりもっと大変そうだしね」
「そのおしゃべりも私は得意じゃないし…」
「えーそうかなぁ。私はそうは思わないけどなあ」
「こうやって樹海にいるのに……勇者に変身できないんだからどうしようもないよ」
どうしようもない今、どうしようもない過去。
「ねえ樹ちゃん」
「………」
「なんだか、元気少ないね」
「………心配なんだ。友達が」
「友達?」
「うん……何もかも変わっちゃって今どうしてるかわからないから…」
「そっかぁ。うん、一気に色々変わっちゃうのは辛いよね」
「…怖いんだよ。みんながどうなっちゃってるのか訳がわからなくて怖い……怖いんだよっ……!」
思わず叫ぶ。こんなのただの八つ当たりだ。体の中に収まりきらない暗くて歪んだモノが溢れて漏れ出てる。
そして、こうやって当たり散らせば収まるわけでもないから尚度し難い。
「あのね、樹ちゃんにはたぶん私なんかじゃ想像もつかないようないろんな事情があるんだよね。私は頭で考えるのはそんなに得意じゃないけど、それぐらいはわかるよ」
「……………」
「嫌なこととか、しんどいこととか、いーっぱいあったのかなって思ったりもするの」
「………………………………」
「こんな時代だもんね。事情を抱えてない人の方が少ないとは思うけど……それでもね———」
「…………それでも」
「希望は残ってるんだよ」
「……希望」
「うん。希望は残ってるよ、どんな時にも」
希望……
「…やり直せるのかな」
自らの過ちをこの時代で——
「私はね、辛い感情の記憶を繰り返してもいいことは生まれないと思うんだ」
手に力無く握ったままのこの携帯が…勇者の力が俺にまたいいことを与えてくれるのだろうか。
勇者の力のせいでこうなっているとも言えてしまうのに。
「希望を持ってね、樹ちゃん。生きてさえいればどんな所にも希望は転がってると思うから」
「……友奈ちゃんはそんな風に考えられるんだね」
「私一人だったらこんな風には思えないよ。でも私は一人じゃないから。ぐんちゃんがいてアンちゃんがいてタマちゃんがいて若葉ちゃんひなちゃんもいる。そして私がいて樹ちゃんがいる。みんながいてくれるから私は希望が持てるの」
「…すごいや。まるで、なんでもわかってるみたい」
「いつもみんなのこと考えてるからね!」
「………ありがとう、友奈ちゃん」
「うん。みんな一緒ならいいことあるよ」
「友奈さーん!若葉さんと変わってくださーい!」
杏ちゃんが声を張って指示を飛ばす。
「わかったー!!」
友奈ちゃんはより声を張り上げて杏ちゃんに大きく手を振る。
「いってくるね」
「…気をつけてね」
返答代わりに友奈ちゃんは満面の笑みを浮かべた。これから命を賭けて戦いに行く人の表情には、とても見えなかった。
「樹、大事ないか?」
友奈ちゃんと入れ替わりで若葉ちゃんが戻ってくる。疲労が溜まってきたから交代したはずなのに表情は涼しげでとてもそんな風には感じられない。
「うん。一体も抜けてこなかったから」
いくらこの陣形が機能しているとはいえ数えきれないほどの敵を杏ちゃんを含めてたったの四人で食い止め続けているのだから本当にすごいと思う。
「敵の数も徐々に減りつつあるしいい調子だな。皆のおかげだ」
他の勇者のみんなを見る若葉ちゃんはすごく誇らしげで嬉しそうだ。
「ひなたちゃんが今の若葉ちゃんを見たら喜ぶだろうね」
ひなたらちゃんは若葉ちゃんのことを誰よりも信頼し、そして誰よりも心配している。神樹様の巫女であってもいざ樹海での戦闘が始まれば何もすることができないのだからとても歯痒いだろう。
「…そう思うか?」
「きっとそうだよ」
「……ひなたと、何かあったか?」
「え?」
「いや…随分と仲が良さそうに見えるから」
「……仲良く」
「ひなたが誰に対しても優しいのは……そうなのだが…何故か気になってな」
確かに……この時代で一番気にかけてくれているのはひなたちゃんかもしれない。
でもどうして…優しくしてくれるんだろう。
『とても好意を持ちますよ』
『好きってことです』
ひなたちゃんは俺が好きだから優しくしてくれるのかな。
でも俺にはひなたちゃんが俺を好きでいてくれる理由がよくわからなかった。
『硝子のように繊細で美しい心ですね。樹ちゃんの心は』
心が繊細で美しいなんて、それはただの弱虫とどう違うのだろうか。
繊細なんて壊れやすいだけで役に立たないのに。
硝子は一度砕ければ元には戻らないのに。
通算UA90000超え誠にありがとうございます。一つ一つの節目の数字が励みになります。
次回もよろしくお願いします。