今回小説『勇者史外典』の『上里ひなたは巫女である』『烏丸久美子は巫女でない』にしか登場していないキャラが出てきます。
だから読んでいて困る、ということにならないよう書いたつもりではあるのですが……よりしっかりとキャラのことが知りたいと感じた方はぜひ『勇者史外典』を購入し読んでいただければと思います。
では、今回もよろしくお願いします。
携帯の写真アプリに残る勇者のみんなと撮った何枚もの写真を眺めていると思わず顔の力が抜けてしまう。
なんか難しい顔をしてたり、ぎこちない笑顔だったり、それがだんだん自然になっていったりと一人俺の表情が忙しない。
そして最後の一枚、これが一番変な顔をしている自覚はなんとなくある。
ひなたちゃんがカメラアプリのボタンを押す瞬間俺の腕に抱きついてきた友奈ちゃんとビックリして表情がヘンテコな俺の二人を撮った写真。
全くブレることなく綺麗にその瞬間を収めたその一枚だけど、友奈ちゃんとの写真はこの一枚だけ。
『うん、すっごく綺麗に撮れてる。この一枚があれば十分だね』
『え、一枚だけでいいの友奈ちゃん?』
『こんなに綺麗に撮れてるもん。樹ちゃんもとっても可愛いし」
『わ…私は別に……烏丸さんに見せたい写真なのに…』
『いいのいいの。久美子さんにはこの一枚だけで十分伝わるよ』
『そう…かな』
『うん。たぶん!』
『た、たぶん…」
「えへへ〜とにかく大丈夫!ほんとにいい写真だから!』
『……うん』
一枚だけ、だからなのかなんだかすごくこの写真が貴重で特別なものに思えてくる。
別にこれからだって友奈ちゃんと写真を撮れる機会なんていくらでもあるはずなのに。
みんな笑ってまるでピクニックにでも行くかのように結界の外に出て行ったのだから、もう俺が何か心配するようなこともない。
きっと大丈夫。そう思い直して俺は携帯をしまった。
いくらかの荷物を手に、丸亀城を背景にして迎えの車を待っているのだが…約束の時間をもう結構過ぎている。
「なんかあったのかな…」
どうにも手持ち無沙汰で背後の丸亀城を何となく振り返るが当然そこにあるのはいつも通りの丸亀城。周りの景色だってそう、ようやく少し見慣れてきた景色そのもの。
「ふぁっ…」
春の穏やかな陽気のおかげか小さなあくびが出て一応手で口を覆う。と言っても周りには誰もいないから見られたとて恥ずかしい思いをすることもない。
じんわり滲んできた涙を指で拭う。柔らかい一陣の風が吹いて頭の上にほんの僅かな感触を残した。
「桜…」
こないだは意地を張って結局ひなたちゃんとは桜を観ていない。千景ちゃんとも観れなかったし…
(あとどれぐらいかな、桜が咲いてるの)
(どうせなら一緒に…みんなで見れたらな)
「…ん?」
風が吹く音の中に機械音が混じり始めるのが聞こえる。
音のする方へ顔を向けると一台の車が多少荒い運転でこちらに向かってきた。
(よくぶつからないな…)
そんなことを思っていると測ったように俺の前で停車し、横の窓ガラスがスーッと開いていく。
「よう。待たせたな」
低いけど、確かに女性の声だった。ここからだとその人の顔まではよく見えないけど。
「あ…いえそんな…」
「ならよかった。ほら乗れよ」
「はい…」
後ろの席のドアを開け荷物を中に置く。そうして自分も乗り込もうとしたところで
「いや、お前は助手席に乗れ」
そんなことをぶっきらぼうに言われる。思わず固まって何も言えなくなってしまった。
「なんだ、嫌か?」
そう言いながら後ろの席に振り向いたことで初めてその女の人の顔を見た。少しニヤついて目の端を細めたイタズラ心を感じさせる表情をしている。
「嫌というわけじゃ…」
「じゃあこい。別に取って食おうってわけじゃない」
「…はい」
一抹の不安を覚えたつつ荷物だけを置いて助手席に座る。
ちらっと視線だけで運転手の女の人を見るとガッツリ目が合ってしまった。慌てて目を逸らすがたぶん向こうにも気づかれていると思う。
思えばこうやって一対一で大人の人と話すのは久しぶりだ。
(大人の人って苦手……)
心の中でため息混じりにつぶやく。
「大人は苦手か?」
「…!?」
口には出していなかったはずなのに思っていたことはそのまま当てられ少し嫌な汗が滲む。
「まあいい、出すぞ。シートベルトしろよ」
「は…はい」
言われるがままにシートベルトをしたところで女の人は車を発進させる。
「烏丸久美子だ」
「え…?」
「私の名前だよ。烏丸久美子」
「あ…わたっ…私は上里樹…です」
噛みながらなんとか自己紹介をする。言いながら声量が下がっていったのが自分でもわかった。
(……あれ、烏丸久美子って…)
「ああお前のことは知ってるよ。名義上は勇者である『上里樹』だよな」
「…なんで私のことを」
「そりゃお前は大社では有名人だ。勇者の力を使えない勇者、そんな感じでな」
「……そうですか」
勇者の力を使えない勇者、言い得て妙だと思う。
何も間違っていないし今の俺はそこに存在しているだけだから。
「…あの……実は私もあなたのこと…知ってます…」
「へえ、友奈に聞いたのか?」
「…そうです。烏丸さん、友奈ちゃんの巫女さん…だったんですよね」
「まあな。今はもうその力も失ってただの一人の神官だ」
烏丸さんはそう言って小さく笑う。なんだか少し、自虐しているように感じた。
「友奈ちゃん…元気ですよ」
「そうか。まああの友奈だからな。あれは元気がない時の方が珍しいだろう」
烏丸さんは全く感情を動かさずに淡々と運転を続けている。ちょっぴり気怠そうに。
「心配に…なりませんか…?」
だから思わずそんなことを聞いてしまった。今の所この人のことが全然わかりそうにないから。
「あいつは特別な力を持った人間だ。力を持たない私が心配しても栓のないことだろう」
つまり…心配なんてしていないと言いたいのだろうか。
「そう、なんでしょうか…」
「お前はそうは思わないか?それはお前が私よりも勇者の力に近いものを持ってるからだな。お前は…いちいちお前というのもあれだな…悪いが上里はすでに『上里ひなた』に対して使ってる。だから樹と呼ぶぞ」
「…どうぞ」
「樹は心配か?勇者のことが、友奈のことが」
「……はい。今も…心配です」
「結界外調査か。ならせめて上里ひなたの方を心配してやれ。あれこそ一番危ないだろう」
「ひなたちゃんは…約束してくれましたから。ちゃんと無事に帰ってくるって」
「そうか。約束したならまぁ大丈夫だろ。よかったな」
「………………」
なぜか、俺は返事ができなかった。したくなかったのかもしれない。
「さっきの話に戻るが、樹は大人が嫌いか?」
「……それは」
脳裏に自分が知っている大人の人が何人か思い浮かぶ。
犬吠埼家の両親、神樹館小学校の先生であり勇者のお目付役だった安芸先生、大赦の神官の三好さん、上里家の
安芸先生は神樹館の勇者たちによくしてくれたと思う。三好さんは…どうなんだろう、悪い人じゃないと思ったけど。
犬吠埼家の父と母は本当の両親だけど…大赦のために俺を捨てた。あの二人にとって俺はその程度のものだったのだろう。今はもう俺はあの人たちが苦手だと思う。
そして、上里家の
「苦手だったり…嫌いな人もいます……」
家族だったはずなのに、家族になったのに、あの人たちは…あの人は俺を見てくれなかったし側に居させてくれなかった。
「じゃあ好きな人もいたのか?」
「いたと思います…でも…今はわかりません」
安芸先生も三好さんも……特に安芸先生は色々とお世話になったのは確かだし…離れることになったのも、もう仕方なかったと思っている。
三好さんは一度会ったきりだけど…きっと良かれと思って色々話してくれた。三好さんには俺と年の近い妹がいて……会うことがあったら仲良くしてほしいと言っていたのを覚えている。
(会って…みたかったな)
今の所叶いそうにない願いが胸の中で生まれて消える。
無理だとわかっていることを願うのは、すごく悲しく虚しい。
「…どうしてこんなこと聞くんですか……?」
「おもしろいかもしれないからだ」
「…………」
俺は返す言葉がなかった。
おもしろい、俺が大人が苦手で嫌いで好きだった人も好きになれたかもしれなかった人ももう会えないという話が…おもしろい?
「お前のことは初めて話を聞いた時からおもしろいかもしれないと思ってたさ。だから一度は会って話したいと思って今日私がお前を迎えにきたんだ」
「そうですか…」
「元々は別の神官が迎えにくるはずだったからそれでちょっとめんどくさいことになって来るのが遅れたんだ。言い訳にしかならないがまあ許してくれ」
烏丸さんは…ちょっと怖い顔をしながら笑っている。笑ってるのに怖い…この人はなんだか気味が悪いと……そう思った。
「ま、これでも私は勇者である高嶋友奈の元巫女だからな。ある程度のことは多少強引でもどうとでもできるってもんだ。戻ったら神官たちに色々言われるだろうが…はっ、それもおもしろそうだ。くくくっ…」
なんでこの人は笑ってるんだ。何がそんなに楽しいんだ。
「どうやらお前は運悪く、周囲の大人の環境が微妙だったわけだ。悪いってほどじゃないかもしれんが」
「……………さぁ」
なんだかあまり口を聞きたくなくて小声でそれだけ答える。窓から見える景色だけに視線を向けてやり過ごしたい。
「おいおい、何不貞腐れてんだ」
「別に…」
「なんだよガキみたいに。いや、ガキだったな」
「…ガキじゃないです」
「じゃあキッズか」
「…………」
「お前黙ってやり過ごそうとするのが癖なのか?」
「…………」
「ふむ…そんなにこの話か嫌なら、友奈の話でもするか」
「………………」
「樹は友奈のことどう思ってるんだ?」
「………友奈ちゃんは、いい人だと思います…優しくて明るくて…強くて」
「優しくて明るくて強い、ね」
さっきまでの楽しそうな表情から一点。つまらないものを見る目でハンドルを握る烏丸さん。自分で話題変えたくせに…
「…烏丸さんはそうは思わないんですか?」
「アイツは私の理解の及ばない存在だからな。アイツの行動原理はそりゃ立派なことだろうが言ってしまえば気持ち悪いね」
「気持ち悪いって…そんな…」
咄嗟にそう言い返すが、これ以上の言葉が出てこない。何か言いたいはずなのにつっかえて戻っていく。
「樹も友奈と一緒にいて一度は思っただろ、友奈はいい奴すぎるってな」
「……それは」
「アレは何から何に至るまで他人本位だ。それを平気な顔してニコニコしながらやってるんだからおっかなくてしょうがない」
「バーテックスと戦う時でさえ友奈は全てが誰かの為だ。あんなバケモノと命を賭けて戦っているってのにそこに自分がないんだからな。普通の人間なら持っていて然るべき感情が欠けてるのさ」
「樹は友奈が樹海で戦うのを見てるんだろう。だったら私の言ってることが少しはわかるんじゃないか?」
「……………私は……」
友奈ちゃんは…確かに笑っている。樹海でも誰かの…俺のために笑ってくれた……そういう人だけど…
「…友奈ちゃんはすごいと思います。普通の人がそうありたくてもそうあれない生き方ができるんだから…」
「…私は友奈ちゃんみたいにはなれない…私は友奈ちゃんのことが何もわかってない……どうしてあんなに強く生きられるのかわからないです…」
「だろうな。おそらく他の勇者たちですらあそこまでできる奴はいないだろうさ。乃木若葉ですら、もう少し人間味がある」
「………でも……友奈ちゃんは気持ち悪くなんてないです……」
「…へぇ」
「それだけは…撤回してください……友奈ちゃんは気持ち悪くなんてない」
「あぁ、わかった」
「……え」
「なんだよ、撤回しろって言ったのはお前だろ」
「そうですけど…」
「撤回するよ。悪かったな、お前の友達に酷い言い方して」
今も表情はつまらなそうだけど烏丸さんは俺の方を向いてそう謝罪した。
「……危ないからちゃんと前向いてください」
俺はその謝罪を素直に受け取れない。心を許せば許せなくなった時が辛いから。
「ああ」
相槌一つ残し烏丸さんは黙り込んだ。
窓ガラスから外を眺めると、いつのまにか太陽が下がり始め夜の準備が始まっている。
それに合わせるようにどこからともなく聞き覚えのある音楽が流れて俺は耳をすませた。
「前に友奈を乗せて、この曲を聴きながら車を運転したのを思い出す」
烏丸さんは急に脈絡なくそうなことを言った。俺はこの曲の名前を思い出そうとして思い出せずにいる。
「あの時はちょうど今の友奈ぐらいの年の奴がもう一人いた」
聞いてもいないのに烏丸さんは一人で昔話をポツポツと語っている。それは烏丸さんにとって楽しい思い出だったのだろうか。
「あの時の友奈は今の樹ぐらいの年だったよ。背もそんなぐらいだったな」
「…だったら友奈ちゃんは結構背が伸びたんですね」
友奈ちゃんの笑顔はいつも俺より高いところにある。いつも俺は友奈ちゃんを見上げている。
「はっ…そうか、友奈は背が伸びたか」
乾いた笑い方をしながらどこかしみじみとした様子で烏丸さんは遠くを見つめて放送で聴こえてくる曲を鼻歌で口ずさみ始めた。
…どうしても曲の名前が思い出せない。
「第二次成長期ってやつか。
「嬉しい…ですか…?」
「別に私は
烏丸さんは鼻歌を止めて躊躇なく、変わらないトーンで吐き捨てるように言った。
「でも…巫女さんだったわけじゃないですか」
「元、な。最後に会ってからもうだいぶ経ったし、そのうち声も忘れるかもしれん」
「…薄情ですね……」
「中々言うじゃないか。ただの大人しいガキじゃないわけだ」
「……すいません」
なんだか烏丸さんの口車に乗せられてついつい言葉が漏れ出てしまう。手のひらの上で踊るとはこのことなのだろうか。
「ふんっふふーん、ふーんっふふーん」
一度止めた鼻歌を再開させる烏丸さんの姿はやけに上機嫌に見える。
俺には、大人の人はわからない。
なんだか話の進みが若干遅い気がしているのですが、あんまりトントン拍子に進みすぎるのもどうかなと思っていて…難しい…
一話の文章量をもっと増やしちゃえばいいとも考えたりもするのですが、いい感じに切れるところを見つけたらそこで切りたくなっちゃうのです。
普通に話の内容が思いついてないだけの時もあります…
烏丸先生はまた出てくるので(たぶん)その時はどうぞよろしくお願いします。