書きながら、直しながら、消したり増やしたりしながらこれでいいのかとずっと考え続けています。
それでは、よろしくお願いします。
『じゃあな』
大社に到着して車から降りた時、烏丸さんは『またな』とは言わなかった。……別にそこまでまた会いたいとも思わないが。
(あ……写真見せてない…)
しかし友奈ちゃんと約束したのだからまたあの人とは会う必要がある。
約束、したんだから。
(友奈ちゃん…烏丸さんがどんな人か言ってなかったけど……あんな感じの人だから言うに言えなかったのかも…)
烏丸さんと友奈ちゃんは巫女と勇者という特別な関係で繋がっている…はず。
若葉ちゃんとひなたちゃん、千景ちゃんと美佳ちゃん、球子ちゃん杏ちゃんと真鈴ちゃん。
みんなそれぞれ形は違っても互いを思い合う特別な絆を感じるけど、烏丸さんからは友奈ちゃんに対するそういった感情は俺には見えなかった。
…俺の目が節穴なだけなのだろうか。
友奈ちゃんは、烏丸さんのことをどう思ってるのかな。
烏丸さんにも言ったけど……俺は友奈ちゃんのことをまだまだ知らないし理解してない。
あんなふうに烏丸さんに大きな口を叩く資格もないのかもしれない。
「上里樹様…どうかなさいましたか?」
歩きながら勝手に思考に耽っていた俺を呼んだのはメガネで二つ結びの三つ編み巫女の花本美佳ちゃん。ちょっと久しぶりに会うけど変わりはないように思える。前に会った時と同じでなんとも仰々しい。
「道中車酔いでもしちゃった?烏丸先生って出来る大人感すごいけど、なんか適当に生きてる感もすごいから運転も上手いけど雑そうだし」
確かに、と思える人物評を語るのはそばかすと一つ結びの三つ編み巫女の安芸真鈴ちゃん。前と同じでとてもフレンドリーな感じだ。こっちも変わらないように見えてなんだか安心してしまう。
「大丈夫だよ。ちょっと考え事してただけで」
「考え事?あーもしかして烏丸先生変な人だなーみたいな?」
ぎくっ……そう内心で思い心臓が跳ね上がる。
……いや俺は友奈ちゃんのことを考えてたわけで烏丸さんがどうだとかは別に考えてなかったはず。
「お、その顔は図星って顔だね」
「………ちょっとそうかもなって…」
ボソボソと小声でどこか言い訳じみた言い方をしている自覚はある。
「無理もございません、烏丸先生はおそらく変人に分類される人ですから」
美佳ちゃんはなんだかやれやれといった感じだ。
「悪い人じゃないとは思うんだけどね、たぶん」
そう答える真鈴ちゃんは苦笑いをしている。俺よりもずっと付き合いの長いであろう二人にとっても烏丸さんは変な人という扱いなのか…
「普段の授業の時でも質問にはちゃんと答えてるみたいではありますね。めんどくさそうにですけど」
「そうそう。こないだわからないところ質問したら露骨にめんどくせーって顔されたんだから。もうちょっと隠しなさいっての!」
「……烏丸さんって大赦の神官って聞いてたけど、先生もやってるの?」
あの人が先生…あの烏丸さんが……?
「はい、大社の巫女は下は小学生から上は高校生まで年齢層が広いため統一した授業はできません。したがってそれぞれ違う教科書や問題集を使ってわからないところや質問したいところを烏丸先生に聞く形で普段の授業は行われています」
「そうなんだ…烏丸…先生……」
「あれでもあの人大学院まで行ってたみたいだからね。勉強はかなりできるみたいだし、教えるのも意外と上手だったりするの」
「な…なるほど…」
「でもアタシはまだ烏丸先生のことよくわかんないのよねー。なんか掴みどころがないというかさ」
「これに関しては私も安芸先輩に同感です」
「……二人は大赦で烏丸先生とずっと一緒にいるの?」
「んーまあそうなるのかな」
「もう三年以上ここで暮らしているので結構な時間私たちもあの人と同じ環境にはいいますが……同じ環境にいるだけですね」
「なんか初めて会った時から仲が良くなった気も悪くなった気もしないんだよね」
同じ環境にいるだけ、仲が良くなった気も悪くなった気もしない。
人との関わりでそんなことってあるのだろうか。嫌でも人は変わっていく気がするけど…そんなに変わらない人って…いるのだろうか。
それとも………変わらないでいられる人なのだろうか。
烏丸久美子という人は。
「はいこの部屋ね。遠慮せずに自由に使ってくれちゃっていいからさ」
「ここって…」
「前に上里さんと一緒に大社に来た時にお泊まりになった部屋です。安芸先輩も言ってる通り自分の部屋だと思ってお使いになっていただければ」
「うん…ありがとう」
「今回は上里ちゃんがいないけど…その分アタシたちを変わりだと思って頼ってくれていいからね!」
「私たちにできることなんてたかが知れていますが、できる限りサポートをしますので」
「うむ。真鈴お姉さんと美佳お姉さんになんでも任せなさいっ!!」
真鈴ちゃんは片腕で力こぶを使ってそれをもう片方の腕でバシッと叩く。ちょっと痛そうだけど、そう言ってくれるのはすごく嬉しい。
「色々よろしくお願いします、真鈴お姉さん美佳お姉さん」
思わず顔が綻んで、温かい気持ちが言葉になって形として現れる。
「……………………」
「……………………」
(あれ……なんか変なこと言っちゃったかな……)
なぜか二人が何も言わずに視線を交わし合っている。それだけで互いに何が言いたいか分かり合えたのだろうか。
だとしたら、真鈴ちゃんと美佳ちゃんはとても仲良しなんだろうな。
「かわいいねぇ」
「……うん?」
「確かに、これは世間一般の考えで見ても『可愛い』というやつですね」
「な、何が…?」
結局、二人が何を可愛いと言っていたのかはわからなかった。
とりあえず荷物を軽く整理しておくことにする。といっても大した量でもないのでものの五分、十分程度で作業は終わって手持ち無沙汰になってしまった。
「…………はあ」
部屋に備え付けられた二段ベッドの下にポスンと寝転がる。制服に皺ができるってひなたちゃんに注意されてしまいそうな行為だ。
最もそのひなたちゃんは今結界の外に行っているわけだが。
「……そういえばひなたちゃんってどうやって移動するんだろ…勇者のみんなの速さについていけるわけはないと思うけど…」
なんとなく頭の中で思い浮かんだのは誰か、というか若葉ちゃんにおんぶされながら移動するひなたちゃんの姿。
そして、もう一つは……
「お姫様抱っこ…だったりして…」
こっちの方がしっくりくるし、なんなら若葉ちゃんなら変身しなくともひなたちゃんをお姫様抱っこしたまま動けそうでもある。
「まあだからなんだって話か…」
前にこの部屋に泊まった時はひなたちゃんが上のベッドで寝ていたからか変な想像を一人寝転がりながらしてしまう。
「………………………」
体を持ち上げて、立ち上がりカバンを開いて音楽プレイヤーを取り出す。
耳にイヤホンをつけて適当に曲を流しながらベッドに今度は横向きで寝転がると、窓のカーテンからうっすらと夕焼けが透けて見えてくる。
もうあの夕焼けも一時間足らずで夜の暗闇に変わる。いつも通り繰り返し繰り返し当たり前のように訪れる日常。
明日も明後日も明明後日もその次の日も変わらないもの。
変わるのに、変わらない。
(人の気持ちと人の心もそうだったらいいのに)
気持ちが変わるのは、不安になる。
心が変わるのは、怖い。
俺は…不安になりたくないし怖い思いをしたくない。
……傷つきたくないし傷つけたくない。
でも………変わらないといけないことだってきっとたくさんある。
「一人でいるとこんなこと考えてばっかりだ」
大抵こういう思考をしていて楽しい気持ちになることはない。
「ふぇ〜極楽極楽〜」
「はしたないですよ、安芸先輩」
夕食を食べに足を運んだ食堂では、何人かの巫女さんに話しかけてもらえて嬉しかったのと同時に驚いた。みんな揃ってひなたちゃんの名前を出したからだ。
ひなたちゃんは大赦の巫女さんたちに年下年上関係なくとても好かれているし、尊敬されている。ひなたちゃんが教えてくれた巫女の役目である『神樹様の神託』を授かる、つまり神様の声を聞くということだけどまるでひなたちゃん自身が女神様なんじゃないかと思ってしまったほどだ。
「どーよ樹ちゃん、ここのお風呂はなかなかのもんでしょ」
全身をお湯に捧げるように体を投げ出している真鈴ちゃんが首だけをこちらに向ける。
「うん。とっても気持ちいいね」
前にひなたちゃんと二人で入ったことがあったけどこのお風呂に毎日入れるのは確かに羨ましい。
丸亀城はそれぞれの個室にお風呂が備え付けられていて便利ではあるが。
「私としては部屋にシャワーだけでもあればそれでいいのですが、無い物ねだりをしても仕方ありません」
美佳ちゃんは不思議とお風呂にそのまま入らず足湯のようにして浸かっている。
「申し訳ありません、勇者様の前でこのような無様な姿を晒してしまって」
「あ…それは全然いいんだけど……美佳ちゃんは入らないの?」
「実は、私は水恐怖症なんです。子供の時に海で溺れてその時からなのですが」
美佳ちゃんはちょっとした昔話をするように淡々とそう答えるが質問した俺からしたら気が気じゃない。
「ご、ごめん…嫌なこと聞いちゃったよね…」
「体を洗ったりこうやって足を湯につけるぐらいでしたら問題ないので、そう不自由はしていませんよ。どうぞお気になさらずに」
「そそ、樹ちゃんは気にせず存分に浸かっちゃいなよ」
なんだか言葉で答えづらくて小さくコクンと頷く。
二人は、それで満足そうだった。
『向こうでもちゃんとこれを着てくださいね?約束ですよ?絶対ですからね?』
調査遠征に行く前のひなたちゃんから発せられた逆らい難い圧に従い、俺は狐の動物パジャマを着ている。
『安芸さんと花本さんにまたこの可愛い姿を見せてあげてください。可愛いものは人を幸せにしますから、お二人も喜びますよ』
そんなことをニコニコ顔で言っていたけど…
「樹ちゃんのそのパジャマ、前ここ泊まった時に着てたやつだよね?かっわい〜」
「これ…ひなたちゃんがその…持ってけって…」
「大変お似合いですよ、上里樹様」
「…ありがとう」
改めて言われて意識すると結構恥ずかしい。
今日から俺が使わせてもらう部屋で真鈴ちゃん、美佳ちゃんの三人で他愛もない話をしながら過ごす。
(ひなたちゃんたちも今頃みんなでこうやって喋ったりしてるのかな)
「ところで花本ちゃんさ、いつまでその『上里樹様』って呼び方続けるつもりなの?」
「なんです突然」
「いやせっかく一緒に生活するんだからもうちょっと砕けた話し方しても良さそうなもんじゃない」
「…安芸先輩にとやかく言われることではないと思いますけど」
「ふーん………樹ちゃんはどう思う?」
「………?」
「この呼び方のことだよ。樹ちゃんの希望があるなら花本ちゃんも文句ないだろうしさ」
「私がわがままを言ってるみたいにしないでください」
「いーからいーから」
「…私は…美佳ちゃんの好きにしてくれたらいいとは思うけど…確かにそこまで仰々しくしてくれなくていいのにとも思う…かな」
「とのことですよ、花本ちゃん」
「……では樹様とお呼びしてもよろしいでしょうか?」
「うん、もちろん」
「いやどっちにしろ『様』はつくんかい」
「当たり前です。それに樹様は私の好きにしてくれたらいいと仰られました。これは勇者様に対する最低限の礼儀ですから」
「はぁー花本ちゃんは相変わらずカチカチだねぇ」
「安芸先輩が柔らかすぎるんです」
二人のやりとりはなんとも軽快で、遠慮がない。等身大の友人関係をまざまざと見せつけられてる気がしてくる。
(やっぱり同じ巫女同士…それも勇者の巫女なのが大きいのかな。長いこと同じ部屋で生活してるし)
少し上の先輩に対して敬意を払いつつも、上下の差を感じず接することができる人がいるのはすごくいいことだと思う。
当たり前のように毎日にそんな人がいてくれて、嬉しくて楽しくて————
(……園子ちゃんどうしてるかな)
年齢は一つ上だけど神樹館小学校の同級生でかけがえのない友達。最後に会った時の記憶は碌でもないものだったけど……無事に生きていてくれてるはずだから。
須美ちゃんも怪我らしい怪我はしてなかったからきっと大丈夫だ。たぶん大赦の病院に運ばれるはずだし、そこに園子ちゃんだっている。二人ともひとりぼっちになんてならない。
そうだ、銀ちゃんだっているに違いない。だって銀ちゃんと話したんだ。銀ちゃんが助けてくれて抱きしめてくれて『また会おうな』って言ってくれた。
銀ちゃんが俺に嘘つくはずなんてない。園子ちゃんや須美ちゃんを悲しませるはずなんてない。
きっと———そうに決まってる。
これでいいんだという開き直りがどこかで必要なのかもしれません。
どうぞ、またよろしくお願いします。