「次樹ちゃんの番だよー」
「う、うん…」
眼下に広がるのはそこらへんの公園では見かけないような長さの滑り台。そして後ろには自分の番はまだかまだかとウズウズしている同じ班の人たち。
俺は覚悟を決めた。(諦めた)
「っえい…!」
そしてとっさに目をつぶった。
「…………!!!」
景気良くなかなかの勢いで滑り落ちていく。滑り台特有のお尻のデコボコが体全体を振動で踏まえさせる。
目をつぶっているから自分が今どんな状況かわからないのが難点だがこのスピード感は怖いというよりは…………楽しい!
「ねぇねぇ樹ちゃん!どうだった?」
下まで降りきったところで同じ班の女の子に声をかけられる。
その瞳には期待の眼差しが浮かんでいた。
俺は少しおっかなびっくりしながら
「た、楽しかったよ…!」
と答えた。相変わらず内心びびったままではあるが…
今日は何を隠そう遠足に来ていた。比較的近所の運動公園、俺は来るのは初めてだと思ってたけどお母さんが言うにはもっと小さい頃に来ていたらしい。
日程としてはアスレチックエリアで遊んだ後は班対抗のドッジボール。そして昼食(お弁当)というものだった。
ちなみに班というのは小1から小6までひっくるめてランダムで編成された班のことだ。まぁ一年生だけでドッジボールとか成り立たなそうだもんなぁ…俺非力だし。
この班はアスレチックで遊ぶ時も昼食の時も固まって過ごすことになっている。
そして今はアスレチックの時間。俺は再度あの興奮を味わうために滑り台に並び直している。なかなか人の数が多いので回ってくるのは少し後になりそうだ。
「あ、お姉ちゃん」
早く回ってこないかなぁとうずうずしていると自分の前に並んでいる人がお姉ちゃんであることに気がついた。
お姉ちゃんは俺と同じ班なので(マジでありがたい!)近くにいることはわかってたけどね。お姉ちゃんはニコッと笑って俺の頭をそっと撫でた。ちょっとくすぐったいけど嬉しい。
「樹は体操服着てても可愛いわねぇ」
「朝から見てたでしょ?」
「改めて見るとまた違うもんなのよ!」
「えへへ…照れちゃうよ。それにお姉ちゃんも可愛いよ?」
「……あーこれはダメ。可愛すぎる…」
いちいち感慨深くなるお姉ちゃんでだなぁ。
「あ!この子が風ちゃんが言ってた妹ちゃん?」
びくっ!!!
「そうだよー可愛いでしょ〜」
「うんうん!風ちゃんに結構似てるんだね」
「そりゃぁ姉妹ですから!」
なんだ…お姉ちゃんの知り合いかぁ……あーびっくりしたぁ…
「こんにちは。元気?」
「あ…えっと……あの…」
お姉ちゃんの知り合いだし怖い人でもないことわかる。でもなかなか言葉が出てこない。
落ち着け落ち着け!こういう時はあれだ!
脳内で口に出す言葉をしっかり選んでそれをそのまま言えばいいんだ。うん。いわば一人脳内会議!
(あっと、その……犬、犬、犬吠埼………って脳内ですら緊張してんのかよ!?)
「…?」
うぅ…不思議そうな顔をしてらっしゃる…初手から躓いてしまった……気まずいよぉ。
「ほら、大丈夫だよ樹。お姉ちゃんのお友達だからさ。ね?」
「ご、ごめんね!なんか悪いこと言っちゃったかな?」
お姉ちゃんとその知り合いさんの優しさが痛い…
「い、樹です。犬吠埼樹っていいます…ぁ……元気、です…!」
「…………」
あぁぁぁ…そんなに黙らないでぇぇ……これでも頑張ってんだよ!?(逆ギレ)
「うん!どうぞよろしく!」
「……!」
差し出される手。驚く俺。優しく見守るお姉ちゃん。
…コミュニケーションって難しいね……
そう誰にでもなく心のうちで問いかけつつ知り合いさんの手を取り返す俺であった。
その後のドッジボールでは俺はあわあわしながらもなんと生き残った。(朗報!)
ろくに投げられないからかわすのに専念してただけと言われたらおしまいなんだけどね。
お姉ちゃんはほかの男子や上級生にも負けない動きを見せながらも俺を守ってくれた。面目ねぇ!
あとしつこくお姉ちゃんを狙ってやがった男子!許さねぇからな!……俺は何もできなかったけどな。
というか俺が生き残ったのはほぼお姉ちゃんのおかげでは……?
「樹ちゃんのお弁当可愛いね!」
「ほんとだーすごーい!」
「それに美味しそう!」
レジャーシートをひきつつ各自がそれぞれをお弁当を開き歓談に花を咲かせている。それは俺を含める俺の周りを例外ではなく…
あぁもう!いっぺんに話しかけないで!?答えにくいでしょうが!
「う、うん。お母さんとお姉ちゃんが作ってくれたんだ」
「へぇーお姉ちゃんすごいね!」
「自慢の…お姉ちゃんだよ…?」
「はい、その自慢の姉です!」
「お姉ちゃん!?」
「樹ちゃんのお姉ちゃん?」
「そうそう。犬吠埼風っていうの。よろしくね〜」
うわ!なんか恥ずかし!
同級生に自己紹介してる姉を見るのがなぜか無性に恥ずかしい。
きっとお姉ちゃんは俺が困ってると思って来てくれたのだろうがそれがわかっていてもなお恥ずかしい。
「樹ちゃんのお弁当とっても可愛いですねー」
「アタシはちょっと手伝ったぐらいだけどね?あはは」
「い、いいよ。お姉ちゃん。もう戻りなよ」
「?どしてよ?」
「もう!いいから戻って!!」
「なーーんでーーー!?」
梅雨の時期に入るとその名の通り雨が多くなる。そして雨が降ると学校に行くのに当然ながら傘を使うことになる。
そんなある日
「姉ちゃんー……」
「うーどしたぁーって樹!?」
目の前には驚愕したような顔のお姉ちゃん。そしてここには雨でビショビショになった俺とバキバキになった傘。傘さん…おいたわしや…
「どうしたの樹!?怪我してない?!あぁこんなにビショビショになって…」
混乱しながらもバスタオルで体を拭いてくれるお姉ちゃん。
「ほっぺたこんなに冷たくなっちゃって…」
雨で冷えたほっぺが両手のひらで温めるようにして包まれる。そこの部分だけがお姉ちゃんの熱が伝わってきてちょっと変な感じ。でも優しさが伝わってきて、暖かい気持ちになる。
「とりあえずお風呂入ってきな。お湯もう沸かしてあるから」
「はぁ……ポカポカぁ…」
しっかりと頭と体を洗いつつ湯船でじっくり温まる。自分の裸を見て恥ずかしがるのはもうほとんど卒業したと言っても過言ではない。
ふふふ、素晴らしい成長だぜ!(まだ他人はきつい)
「ふんふんふーーん♪ふんふんふんふーーん♪ふんふんふーん♪ふふんふーん♪」
最近の流行りはこの可愛い声を生かしてお風呂でいろんな歌を鼻歌で歌うこと。なんかお風呂って無性に歌いたくなっちゃうんだよねー。
「樹〜今のってカ○トリー・○ード?」
「ぁ…うん……」
つい熱唱しちゃってお姉ちゃんに歌ってることがバレるのもしばしば。はずい…
湯船で温まるのもそこそこに上がってお姉ちゃんに事情を話す。
「なるほど、風で壊れちゃったか」
「ごめんね…お姉ちゃん」
「いいのよ。また買えばいいんだし。そんなことより樹が怪我しなくてよかったよかった」
安心したという表情で俺の頭を撫でるお姉ちゃん。お姉ちゃんはよく頭を撫でてくれる。ちょっと恥ずかしいけどそれ以上嬉しいから抵抗したりはしない。ほんま癒されるんやで…
しかしすぐに思い直したように怪訝そうになる。
「にしてもものすごい濡れっぷりだったと思うけど…」
あーそゆことね。
「えと、実は一回トラックが水たまりをすごいスピードで通ってそれがはねちゃって」
「なっ!?ゆ、許すまじトラックっ!!!」
「それと同級生の男の子が水たまりをバシャバシャしながら走って行ってそれがはねたのが当たっちゃった。…えへへ……」
「んなっ?!許すまじその同級生っ!!!」
それは同感も同感。
『おーい、早く行こーぜってあ……!』
『あーあ…俺しーらね。逃げろ逃げろ!』
『あ、おい!待てよー!』
てな感じで謝りもせずに走り去っていきやがった……壁の外に放り出してやろうかと思ったわ。お仕置き!って。
「でも、どうしようお姉ちゃん…傘…」
「ふふ、安心して我が妹。いいものがあるわっ!」
「??」
翌朝
「おー!よかった、サイズぴったりね」
「お、おー」
お姉ちゃんが言ういいものとはカッパのことであった。少し薄めの黄色のやつ。俺の髪色に結構近いかも?
「あと今日はこれも履いてきなさい」
「あ、これって…」
カッパと色が同じ雨靴だった。サイズもぴったり。
「どっちも昔アタシが使ってた奴でごめんね?そこまで可愛いデザインの奴でもないし。今度お母さんに言って新しいの買ってもらおっか」
ふむ…たしかにどちらも別段デザインが凝ってるわけでもないあくまで普通のカッパと長靴ではある。でも–––
「お姉ちゃんが使ってたやつ使えるのなんか嬉しいからいいや。それにほら、全然可愛いよ?」
両手を広げてカッパを見せつつニコっと笑ってみせる。
「天使やっ!ここに天使がおるっ!!」
結局傘は買ったもののお姉ちゃんの頼みで梅雨が終わるまで雨の日はこの格好で学校に行った。
正直周りの人たちは大体傘だったからちょっと恥ずかしかった…
あと脱ぐのめんどいっす。
樹ちゃんにお仕置きされたあと風先輩に慰められたい(戯言)