楽しんでくれると嬉しいです。
「授業参観か」
「う、うん…」
某日、俺はあまり自分から話しかけにいくことはない父親に授業参観の相談をしていた。
本来であれば母親にしたいところだったのだが、今日は母親が仕事でおらず父親が家にいるという珍しいケースだったのだ。
どちらかといえば母親の方が家にいる機会は多い、といっても父親と比べるとってだけで一日顔を見ない、という日もそう珍しくはない。
仕事がなにかと忙しいのが犬吠埼家の両親なのである。
そしてはっきり言ってしまえば運悪って思ってる…別に嫌いじゃないんだよ?ただ少し苦手なだけ。優しい人だってことぐらいこの何ヶ月かでわかってはいる。
「………」
授業参観についてのことが書いてあるプリントを眺めたまま身動きしないお父さん。
…正直気まずい。お姉ちゃんもお風呂に入っていて今リビングには俺とお父さんだけなのだ。姉ちゃん…カムバックッ!!
「えっと…どうかな、お父さん…」
耐えきれなくなりこちらからコメントを要求していくスタイル。人とのコミュニケーションは苦手なくせに会話の沈黙も苦手というめんどくさいしようを持っているのが俺こと犬吠埼樹なのだった。
「樹」
「は、はい…」
プリントからそっと目を離して視線だけをこちらに向けてくるお父さん。目が合ってしまい思わずびくっとしてしまった。
バレてないことを祈ろう…
「この日なら仕事も空いている」
「ほ––ほんと…?」
「あぁ、ほんとだ」
あ、今ちょっと笑った。……お父さんが笑ったの見るのいつぶりだろう…いや…そもそも見たことあったっけ…?
「作文の発表をするのか」
「うん、そう……だよ」
「そうか、–––頑張ってな」
「……!」
応援された…お父さんに?
なんか、なんだろう………不思議な感覚だ。
「…どうした樹」
「ふぇ?」
「なにか…おかしなことを言ったか」
「ううん……えっと…うん。大丈夫」
「そうか」
「うん、そう」
あぁもう。調子狂うなぁ。…たぶんこんなにお父さんと話してるだからだろうな、うん。
「樹––––この日母さんは来られないと思うがそれでもいいか」
「じゃ…じゃあお父さんだけ来るの…?」
「そうなるな–––嫌か––?」
「嫌…とかじゃないよ」
「そうか」
「………」
「………」
そして再び訪れる沈黙。正直こっちとしてはもう話したいことは全て話終わっているのでさっさと部屋に戻ってしまいたいのだが……
「ふーさっぱりさっぱり〜」
救世主キタコレッ!!
「お、お姉ちゃん!」
「おぉ、どうした妹よ?」
「お風呂空いたよねっ?!」
「うん、空いてるけど」
「じゃあ次私入るね!!」
「あ、はい」
そしてダッシュで風呂場に駆け込んだ。……あ…パジャマとってくんの忘れた。
樹が慌てるようにしてお風呂場に向かっていったのを見送ってきっとその原因であろうお父さんを見る。相変わらずな無表情に見える…は見えるけどどこか違う気もする。
「………」
「お父さん?樹となんかあったの?」
「…これだ」
「ん…あぁ授業参観ね」
「そうだ」
「はいはい。なんとなくわかった。相変わらず不器用だねぇ」
「…そうか…?」
「不器用も不器用。もうなんか不器用の極み!」
「………樹には後で謝っておく」
「あーー別にそういうんじゃないと思うけどね?」
「…そうか…?」
「とにかくっ!授業参観には行くの?」
「行くつもりだ」
「だったら平気だよ。うん」
「…なら、いい」
それで満足したのかお父さんはプリントを机の上に置いて仕事の書類らしきものを取り出す。相変わらず仕事熱心な父親だこと。
アタシは忘れていったであろう樹のパジャマを樹に届けつつそんなことを思っていた。『パジャマ忘れちゃった。えへへ…』そんなおっちょこちょいな樹も可愛いよっ!!!
ぼんやり自分の部屋の天井を眺める。シミでも数えようかなと思ったんだけど意外とシミが無くて速攻でその遊びは終わってしまった。
綺麗なのはいいことだよね。
「なんだろう。–––この気持ち」
犬吠埼樹という少女としての生活はまだ一年にも満たない。だから今はまだわからないだけなのか、それともそもそも小1には到底わかりようのない感情なのか。
とにかくへんなうずうずが治らない夜だった。
というか別に今日じゃなくて明日にでもお母さんに相談すればよかったんじゃないかって今更ながら思ってきた。
………あの無表情のお父さん(目つきもちょっと怖い)が学校にきたらクラスメイトやその家族がどんな反応をするのか想像に難くない…うぅ、やめときゃよかったかも。
授業参観当日
クラスのみんなはどこかそわそわしていた。俺もしてるけど。
俺の場合はドキドキとかワクワクじゃなくて単にビビってるだけかも。
「ねぇねぇ樹ちゃん」
「なーに…?」
「樹ちゃん今日はパパとママどっち来るのー?」
パパが来るんやで…目つきが怖い…。
「お父さん…かな」
「へーあたしはねパパとママどっちも来るんだー!」
「えーいいないいな!わたしママしか来てくれないんだよ〜」
「わたしもー」
三者三様の反応を見せるクラスメイトたち。そんなに嬉しいもんかね、授業参観って。
「樹ちゃんのパパはなにやってる人なのー?あたしはねお家組み立てる人なんだ!」
お、おう。いきなりだね…
「えと…大赦の人…らしいよ?」
ここで疑問形なのは実際にどんな仕事してるのかほとんど知らないからだ。ちょっと気になったりはしなくもないけどたぶん二人ともあんま話したがらないと思うからいいや、って思ってる。
「ええー!」
「すっごーい」
「お金持ちだー!!」
えぇ…なんでぇ?
うちはごく普通の一般家庭ですよ。あんま両親が家にいないだけで。それにお姉ちゃんがいてくれるしね。
「はい、皆さん。席についてくださいねー」
「あ、またね樹ちゃん」
「バイバーイ〜」
「またお話し聞かせてね〜」
担任の先生が入ってきたことでいそいそと自分の席に戻っていくクラスメイトたち。お話しって…なんの?
「ま、またね〜……」
とりあえず小さく手を振っておいた。…あ、振り返してくれた。
いざ授業が始まるとクラスのみんなは男の子も女の子もそわそわしながらもピシッと着席して先生の話を聞いている。
男の子なんかはついさっきまで『親来るのとか恥ずかしいよねー』とか『急に風邪ひいて来れななっちゃったりしないかな。あはは』とか『授業参観なんてめんどくさいよねー』なんて言ってたりしてたけどなんだかんだお父さんやお母さんが来てくれるのは嬉しいっぽい。
……そんなもんなのかなぁ。
授業が始まる頃にはぼちぼちだった親の数も始まってくるとまた一人、また一人と増えてくる。それはお母さんだったりお父さんだったり、はたまた両方だったりと。
こっそりと自分の子供に対して小さく手を振ったりしている人もいる。
振られた子供は恥ずかしそうにしたり、嬉しそうにしたりと、少なくとも嫌そうな子はいない。
そんなことがありつつも今回の授業『自分の両親について』という題材の作文の発表は順調に進んでいく。
(……あれ…………?)
お父さんがいない。結構な数の親が教室内に入っているから初めは見つけられてないだけだと思ったけど違った。
(少し来るのが遅れてるのかな…?)
それか道に迷ってるのかもしれないな、そんな風に思うことにした。
発表はなおも進み着々と俺の番が差し掛かってくる。でもお父さんは
一向に姿を見せない。
周りでは恥ずかしがりながらも、あるいは堂々とはっきり作文を発表し、親たちからの惜しみない拍手を受けるクラスメイトたち。穏やかで暖かいはずのその風景がなぜか胸を苦しませる。
(もう来ないのかな。お父さん)
確証もなくそう考え始めた。
(でも別にいいよね。そもそもあんまり来てほしくないなって思ってたんだし)
これで後々クラスメイトたちからまた質問嵐をくらうことがなくなったと思えばいいもんだ。
そんなことを考えていると、前の席の子の発表が終わり自分の番が回ってきた。
(なんかやだな、発表するの)
唐突にそう思い始めたわけを俺は授業参観が終わった後もよく分からなかった。
その晩、珍しくお父さんが家にいた。
「樹」
「ん、なにー?」
晩御飯後、お風呂に入ろうと思っていたところでお父さんに呼び止められる。
「ちょっと、いいか」
「?…うん」
「すまなかったな」
「…なにが?」
「授業参観に行けなくて、悪かった」
「あ、そのことかぁ。もうびっくりしたよ。怒られるのかと思っちゃった」
「…そうか」
「うん。–––お風呂入ってくるね」
「…………」
返事は聞かなかった。たぶんあれで話は終わりだろうし。さて、今日の入浴剤はなにかなぁ〜
「いいの、あなた?」
「…あぁ」
「うそ」
「……」
「ほんとーーーっに不器用なことで」
「風にも言われたな」
「当然です」
「……そうか」
「全く–––––––お茶でも飲みますか」
「あぁ…頼む」
(樹……あんたは本当にいい子なんだから……)
あの子はそんなことがあったことを一切アタシにもお母さんにも言わなかった。面倒見がいのある可愛い妹だが–––こんな一面があったのは初めて知った。
でもそれが果たして気遣いなのか、単に避ける、あるいは忘れようとしているだけなのか
まだ小学三年生の風にはそんなことまでは知る由もなかった。
(こうなったら……アタシが姉として一緒にお風呂に入るしかないわね!!!)
どうしてそうなった。
「どうしてそうなったの…?」
デジャブ(あたり)
俺はいつも通りお風呂に入っていた。さぁて今日も今日とてこのふわふわヘアーをピカピカにしてやるぜ!なんて思いながら髪を洗おうとしたところでお姉ちゃんが乱入してきた。
乱入はまだしもびっくりさせんのマジでやめて!変な声でちゃうから!
しかも俺の髪とか体洗おうとすんな!俺は子供か!
………
子供だな。…もういいや。
数分後
体も髪もピカピカにされました!!
そして当たり前のように二人で湯船へ。
ちなみに向かい合って入ってるよ。
「もーちょっと狭いよぉ」
「樹が大きくなった証じゃない〜」
「ものはいいようだね」
「樹が難しい言葉をっ!?」
「えっへん」
「あぁ……ない胸を張ったってどうしようもないでしょうに…」
「はぁ!?お姉ちゃんも似たようなもんだろうがっ!!」
「あれっ!?樹が不良になった?!」
あ、つい思ったことそのまん言っちゃった!最近してなかったから油断してた!!
「っと……冗談だよ冗談〜」
すぐさま自己フォローにはいる。
「随分気合の入った冗談だったけど…本当に不良になってない…?」
なってないからそんな不安そうな顔しないでって、ちょっと中身の男の部分が出ちゃっただけだからさ!………なんて言えないですよね。
「ジャパニーズジョークってやつだよ。あはははは…」
「ふーん…じゃあいいけどね」
「風、だけに…なんちゃって…♪」
ウインクまでばっちし。いやぁあざとい(自分のこと)
「今度は樹がおじさんにっ!?」
「あぁーー!そうじゃなくてぇーー!!」
「樹が不良でなおかつおじさんなんていやぁ〜〜〜!!」
「だから違うつーの!」
はっ!?またやっちゃった…
「やっぱりだぁ〜〜!!」
あーもうしっちゃかめっちゃかだよー(現実逃避)
閑話休題
「ごめんごめん、つい面白くなっちゃって」
「こっちはなんだか疲れたよ…」
「でも小1にしてそれだけボキャブラリーがあるなんて樹は将来有望ね」
「うーん…なんだか素直に喜べない」
思わず苦笑い。
中身が中身だからね。正体不明の男ですから。
ちょっと罪悪感を感じた瞬間だった。『犬吠埼樹』という少女に。
「ふふ…樹は本当にいい子ね。それに可愛い」
「うーん…そんなにいい子かなぁ〜?」
可愛いの方に関してはもう今更だしいいかなって。ほら、毎日のように言われてるからさ。
「ううん、とてもいい子。アタシの時はもっと怒ってたもん」
……アタシの時、か。
「お姉ちゃんの時?」
「うん、ちょうど樹と同じぐらいの時にね、授業参観があってそれでお父さんが来てくれることになってたんだよ?覚えてないかな?」
「覚えてない…かな」
「無理もないか〜まだ幼稚園の時だもんね」
「だね〜」
嘘だ。覚えてないんじゃない、知らないんだ。
「アタシさすごい嬉しかったんだ。お父さんにアタシの頑張り見てもらえるって思ってとっても嬉しかった」
少し前の、過去の話を懐かしそうにどこか苦い表情で語るお姉ちゃん。俺はそれをただ黙って聞いている。
「でも当日お父さん急に来れなくなってアタシそのあとすごい怒っちゃって、お父さんのこと困らせちゃったんだよね」
あぁ……これは…
「私と同じだね」
「同じって……樹は全然怒ったりもしてなかったでしょ?」
「ううん違うよ、隠してただけだもん…ほんとはたぶん怒ってる。なんで来てくれなかったんだろうって。私よりもお仕事の方が大切なのかなってプンプンだったよ?」
こうしてお姉ちゃんと話をして授業参観の時は分からなかった発表したくないって気持ちも理解できたと思う。
お姉ちゃんパワーってすごいなぁ。
「…………」
「?」
お姉ちゃんはなぜか鳩が豆鉄砲を食らったようなボケーっとした顔のまま固まっている。
「お姉ちゃん?」
「プンプン……プンプンかぁ。だよねだよね。そりゃーそうだよね!」
「お、お姉ちゃん?」
あれ?なんでいきなり元気になってらっしゃるの?
「えいっ!!」
「うぎゃ!?」
だぁぁー!いきなり抱きつくなって!柔らかいよすごく!?
「アタシも今怒ってるもんお父さんに!なんで樹の授業参観行かなかったんだぁーー!って!」
「–––––だね!プンプンだよね!」
「プンプンもプンプンよ!」
「だよねだよね!」
「そうよそうよ!」
「「お父さんのバーーカーーー!!」」
「「あ、今揃った!!」」
簡単な話だ。要はムカついてただけ。ほんとそれだけの話。
あースッキリした!
一方その頃、リビング。
「…………」
「元気があっていいことですね」
「あぁ」
「姉妹仲もとても良くて」
「そうだな」
「で、どうします?」
「……明日ケーキを買って帰ることにしよう」
「では、一緒に行きます。風に何言われるかわかりませんから」
「だな」
姉妹をとにかく可愛く書きたい今日この頃。