香川といえばうどん、うどんといえば香川。
これは遥か昔西暦の時代から続く伝統のようなものであり、香川と香川県民の一種のアイデンティティとなっている。
一説には水不足でうどんが茹でられなくなったときはわざわざ他県から水を引いてきてうどんを茹でていたとかなんとか……何やってんだ。
ともあれ、香川県民はご飯派?パン派?にもまさるうどん派というものがあるぐらいうどんが生活に根付いているということだ。
しかし、そんな美味しいうどんだって全てを手打ちでなんてことは現実的に不可能であり冷凍うどんを使わなければならない場面も多く存在する。ちなみに冷凍でもすごく美味しいよ。
そんな冷凍うどんを作っている工場は香川県民にとっては神樹様の次ぐらいに大事なものであり、その大事なものが一体どのようなところなのか、ということを香川県民は子供の頃に叩き込まれるのだ。
それが
「社会科見学か」
リビングのソファーに寝転がりながらクラス合同社会科見学のことが書いてあるプリント片手につぶやく。
(クラスのみんなも楽しみにしてたよなぁ)
そんなことを心の中で考える。すでに香川県民としての自覚を持っているのはなんかもう、さすが香川といった感じ。
(というか先生すらちょっと楽しみにしてるのはどうなんだ)
「なーに見てんの?」
お風呂上がりで髪がまだほんのり濡れているお姉ちゃんが聞いてくる。片手には牛乳を持ちながら。
「んー明日の社会科見学のプリントー」
「あー懐かしいわね。アタシも行ったな〜」
「ふーん……どうだったの?」
「そうね……やっぱりうどんって最高だなって」
「あー……」
ちなみに晩御飯はうどんだった。
「うぉーーー!」
「すげーーー!」
「あれうどんかなー?なんかぐにょーってしてるのー?」
そして翌日、すぐ下で普段食べているうどんが見たこともない大きな機械で大量に作られてあるのを見てクラスメイトたちや他クラスの児童は興奮冷めやらぬ様子だった。
見学中に気づいたこと、不思議に思ったことなどを書くワークシートを書くものはほとんどおらずみんなして混ぜ合わせ練り上げ、のばして折り重ねられていく大量のうどんの生地を見ておもいおもいにコメントをしている。
(なんか取り残されてる感じ…ちょっとあるよね)
もちろん香川のうどんは最高にうまいし好きではある。でも言ってしまえばそれで終わる話でここまで熱狂したりはしない。
(だから若干居心地悪いなぁ)
そんなせいか心の声も増えていく。
皆がガラスケースに釘付けになっているのを尻目に少し下がったところ今のうちにとワークシートを書き込んでいく。
「みなさーん、そろそろ移動しますよー」
案内の職員さんの声で集団がぞろぞろと移動を開始する。
(まぁこんだけ書ければいっか)
書く作業を一旦中止して集団についていこうとしたときだった。
(ん……?)
女の子が1人集団が進んでいくのとは別の道をスタスタと歩いていくのがチラッと見えた。
先生を含む他のクラスメイトたちはスタスタと先に進んでしまっているためそのことに気がついていないようだ。
(……………)
………あれこれ俺が行かなきゃいけないやつ?
しかしここでもたもたしていても向こうの集団には置いていかれるし、あの子を追いかけるにしても早くしないと見失ってしまう。
「はぁ…」
ため息をつきつつきびしを返して集団とは逆の方向に足を進める。
(人と関わるのは苦手なんだけどなぁ…)
それが果たして中にいる俺によるものなのか、犬吠埼樹という少女の天性のものなのかは謎ではあるが、まぁとにかく苦手なものは苦手なのだ。
先程女の子が歩いて行った通路に入り少し小走りで探す。
数分もしないうちに姿を見つけた。その子はぼーっとした表情であたりをキョロキョロしていた。
「何してるの…?」
初対面の相手に対して恐る恐るになるのはもう諦めている。初対面じゃなくてもなるときはなるけど…
「…………」
「大丈夫…?」
「…………」
反応がない。ただの屍のようだ…
「…………」
「…………」
そして訪れる沈黙。女の子は俺の顔をじっと見つめたままだし俺は俺でどうすればいいのかわからない状況。
お姉ちゃんヘルプミー!!
「もう何も言わないの?」
「?!」
「どうしたの?」
「い、いや!急でびっくり…して…」
最初に声かけた時に反応してよ!とは言えなかった。
「そっか、ごめんね」
「ううん…大丈夫…」
素直に謝られるとそれはそれで反応に困だたりもする。…自分のことながらめんどくさいやつだなってすごく思う。だからこそお姉ちゃんが俺には眩しいし羨ましいんだけどね。
「お名前なんていうの?」
「えっ?……あ…犬吠埼樹…です」
「犬吠埼さん。犬吠埼さん。犬吠埼さん」
「な、何してるの?」
「名前覚えようと思って」
「そ、そっかー」
脈絡のない子だなぁ………ってそうじゃない。そうじゃないって!
俺はこの子を呼び戻しに来たんだった!呑気に話ししてる場合じゃなくって。
「あ、あのねっ!」
「
「……何が…?」
「名前」
「…よろしくね杏子ちゃん」
「うん犬吠埼さん」
この調子だといつまでたっても本題を切り出せないんだけど……みんなもうだいぶ進んじゃったろうなぁ…
「じゃあ戻ろっか」
「……えっ!?」
「戻らないの?」
「…戻ろっか」
「うん」
…人と関わるのって本当難しい。(特に同年代)
何はともあれ杏子ちゃんと一緒に集団に戻ろうと元来た道を引き返し始めたのだが
「………」
「とっても広いね」
迷った!!この工場広いよ!?(やり場のない思い)
「どうしよっか…」
「近くに職員さんもいないもんね」
「せめて道を誰かに聞けたらいいんだけど」
こうなった場合取るべき手段は単純に二つ。
動くべきか動かざるべきか。
…どうなんだ。たぶん向こう側もこっちがいなくなったのにそろそろ気づいていると思うしこのままジッとしてる方がいいのか。
あえてコースを進んでいってこっちから合流を目指すのか。
こんな風に答えの出ないことを考えてるとどうしたらいいのか不安になってくる。杏子ちゃんに顔を向ける。
「?」
首を傾げていらっしゃる…
ガタンッ!!
「!?」
突如大きな音がしたと思ったらあたり一面真っ暗になった。
「な、なんだろ…停電かな?」
真っ暗で何も見えないが隣にいるはずの杏子ちゃんに問いかける。
「…………」
あれ?杏子ちゃん?
「びっくりしちゃったね、あはは…」
「…………」
隣にいるのはなんとなくわかる。呼吸の音とかがかすかに聞こえるし。
ドサッ…………
!!!
「杏子ちゃん!!」
何かが倒れる音がした、それも隣から。
「杏子ちゃん!杏子ちゃん!」
「はぁはぁはぁはぁ…っはぁはぁ」
(なんで…どうして急にっ?!」
今わかるのは苦しそうにして倒れている杏子ちゃんがいるということだけ。どうしてこうなったのか、何をすればいいのか、何もわからない。
辺りが真っ暗なため周りの状況もわからず下手に移動することもできない。そもそも杏子ちゃんがこんな状態では助けを呼びに行くこともできない。
「杏子ちゃん!私…俺っ!どうしたらっ!」
「はぁはぁ……樹…ちゃん……手…」
「杏子ちゃん…!」
とっさに手を握った、彼女の口からその単語が聞こえたことだけを頼りにただ手を握った。
「…ありがと…ね」
「いいから、…大丈夫だから」
「ごめんね、犬吠埼さん」
「ううん」
あれから少しして杏子ちゃんは落ち着きを取り戻し、電気も復旧した。でもまだ顔色は悪い。
今は2人して通路の隅に座っている。大人しく人が来るのを待つことにしたのだ。
「…暗いの苦手なんだ」
「うん。嫌なこと思い出しちゃうんだ」
「……」
人の心に踏み込むのは苦手だ。だからこういう場合もこれ以上は聞けない、黙り込んでしまう。
嫌なことってなに?どうして暗いのが苦手なの?そもそもどうしてみんなと離れてたの?
いくつか質問が思いついてもそれは頭の中で消えて口に出されることはない。
お姉ちゃんと話してる時のように話せない。もっともこれも勘違いで俺が勝手にお姉ちゃん相手だったら話せてると思ってるだけかもしれない。
……俺は俺のこういうところが嫌いだ。
「犬吠埼さん」
「…なに?」
「手繋いでいい?」
「…うん」
もう一度手を手を握る。杏子ちゃんの手の暖かさが妙に心をざわつかせた。
「またお話しできるかな」
「えっ…?」
「犬吠埼さんと、お話しできるかな」
「………………」
彼女の言葉にはいもいいえも言えないのは、たぶん–––––怖かったから。
人に近づくことが、他人と接することが。
理由とかじゃないんだ。怖いんだ。生理的に本能的に苦手で怖い。
それが犬吠埼樹で俺なのだ。
(お姉ちゃんに…会いたいな……)
その後程なくして先生と職員の人たちが大慌てで俺と杏子ちゃんを見つけ出してくれた。
俺たち2人はこっぴどく怒られ、最悪な気分のまま社会科見学は終了した。結局停電の原因は聞けなかった。…聞く気がなかったの方が正しいかもしれない。そんなことはどうでもよかったんじゃないか、と言われれば『うん』と答える気がしたから。
あれ以降杏子ちゃんと会う機会はなかった。クラスが同じわけでもない、特別に会おうと思わなければ会うこともないのが当たり前だから、–––会おうとは、話そうとは思えなかった。
だから俺が–––俺が彼女が家庭の事業で転校したと知ったのは小学三年生も終わり四年生になろうという時期。
『大赦』の名家である伊予島家へ養女に出されたことを知ったのもその時期であった。
樹ちゃんの中の人が心に抱えてるものとか風先輩のありがたみとか他の勇者であるシリーズのキャラとの絡みとか、もうなんか色々とこれからって感じです。
……展開の速さとかに関してはごめんね…?
特に書いていきたいものがこの後からあるんです!