戦いの極意とは何か。その答えは至って簡単だ。
相手より速く動いてぶん殴る。俺より速ければ裏をかき、硬かったら壊れるまで繰り返す。
踏み込み、突き、払い、躱し。この四つを押さえておくだけでいい。
「っしゃあ、これで50体目。大体片付いたかな?」
敵の胴体に突き刺していた拳を引き抜き、軽く血を払う。
周囲のみに絞っていたアンテナを解放したが、しんと静まり返っている。先程まで耳障りだった咆哮はすっかり失せていた。
「ようマスター。お互い無事で何よりだ。それにしても、相変わらずとんでもないな」
「ルースか。お前の方こそ、化け物染みた手際の良さだぜ。血の一滴も浴びず、埃すら見当たらない。本当に働いたのか疑いたくなる」
片手を上げて寄って来た長身痩躯、ルースは黒いスーツを完璧に着こなしていた。正直、場違いも良い所だ。このミドルエイジが傭兵だと誰が信じるだろう。
「おっと、そいつを言われると反論し辛いな。精算前に移動したのは失敗だったか」
「お前さんが嘘を吐くとは思わないがね。あんまりスマートだとケチを付ける野郎も出て来るでしょ。偶には拘りを忘れても良いと思うぜ?」
「はっはっは。悪いが、マスター命令だとしても信念は曲げらないな。このルールは俺の根源に関わる」
「あっそう。ま、揉めない程度に頑張ってくれ。あんまり面倒な事になるなら、身内にきっついのをプレゼントしなけりゃならなくなる」
「オーケイオーケイ。俺もまだ命を捨てる気はない。その辺りの対応も考えとくさ」
「で、お姫様方の様子はどうよ? ちゃんとオムツは穿いて来てるんだろうな」
「んー……。軽く探った感じだと、お召し物を変える必要は無さそうだった。思いの外、気が強いのかも知れない」
適当な所に腰を落ち着けると、自然と話はVIPへと向けられる。
咥え煙草(チョコ)の俺に対し、ルースは獲物のメンテナンスをしながらの返し。刀と呼ばれる、黒塗りの片刃剣だ。腹を撫でただけでぽっきり逝ってしまいそうだが、ルース曰く使いようらしい。
「ふーん。あ、そう言えば例の五月蠅いのは? 死んじゃったか?」
「やたらとマスターに絡むあの女か。残念ながら生きてるよ。近衛騎士長と言うだけあって、剣技は一級だ。余程の乱戦にならない限り、くたばらんだろうさ」
「へー、良かったじゃないの。気になるコが無事でさ」
するりと混じるアルト声は、ギルド随一固い頭部を持つレミィだった。このアイアンメイデン(文字通り)とも別称される女は、いつもの倍は不機嫌そうな面構えを崩さない。
「あんなんでも指揮官には違いないだろ。そら、見てくれは中々のもんだけどさぁ。俺だって誰かれ構わずって訳じゃねーっての」
「どうだか。あんたに節操って言葉が登録されてるとは思えないわ」
青色のボブヘアーの毛先を弄りながら唇を尖らせる。レミィが拗ねている証拠だ。
ここで下手に刺激すると、強烈な一撃をお見舞いされかねないので反論は控えよう。
「まあまあ。落ち着きなよレクシリア。流石のマスターも貴族を手籠めにする程馬鹿じゃない。TPOに期待しちゃいけないが、最低限のラインは弁えてるよ」
「ルースはバスターに甘いんだから。でもそうよね、幾らド級の阿呆でもそこまで終わってはいないわよね。……いざとなったら去勢しましょう」
後半に恐ろしいくだりがあった様な。
息子が必死の訴えを続けているのは、きっと気のせいだ。兎に角、ナイスなフォローを有難うとルースに感謝する。
「それじゃ、マスターさんの裁判はこれまでにして。ちょっとこれを見てくれないか」
「誰かのメモかしら? いえ、ペンを走らせるには薄過ぎるわね」
「……召喚符か。成程なぁ、無秩序な魔物が大量発生する筈だ」
「バスター、召喚符って?」
「そのままの意味さ。敵方にサモナーがいるんだろ? ルース」
ルースが取り出した紙っぺらは間違いなく召喚符だった。
大規模召喚の際に、魔法陣に設置する呪符だ。
「慧眼だなマスター。魔術方面にも造詣が?」
「何年か前に、メイレンで活動していた時期があってね」
「成程、あのオカルト国家なら触れる機会も多いか。ちなみに、式の解読は……」
「そこまで深入りしちゃいねーよ。俺が請け負ったのは術者の護衛ばっかりだ。お勉強なんてしたら頭が沸騰するわ」
「あんたが机に向かっている光景なんて、想像出来ないものねぇ」
脳筋に言われちゃお終いだ。
しかしサモナーか。何だか嫌な予感が止まらない。
だって、このフロンディーはガチガチの武闘国家だぞ? 魔術師が生まれる可能性は限りなくゼロに近い。
「単なるお家騒動じゃなさそうだな、こりゃ。契約解除も視野に入れとくか」
「それも選択肢ではあるな。妾の王女を護送するだけで金貨100枚だ。底抜けの箱入りだとしても、少々羽振りが良過ぎるし」
「美味しい依頼だと思ったのに」
「気は進まないけど、隊長さんとお話しするかぁ。耳栓でも用意しとくかね」
「……空気は読みなさいよね?」
最早返事をする気も起こらん。
小姑の様なレミィに手を振り、麗しい女の園へ。但し、偉くゆっくりした歩調でだが。
ああ、行きたくねぇな……。無意識に腕白が飛び出さなきゃいいんだけど。