宿営地へ近付くにつれ、違和感を覚える。
敵襲があったばかりだと言うのに、哨兵が一人もいない。
(天幕は張ったままだ。車もあるし、馬もいる。でも、人だけが見当たらない)
設置された幕は二つ。王女が休む小型の物に、兵士が雑魚寝するでかい奴。その内、王女の方からは薄明りが漏れている。
まさか、あの中にすし詰めって事ぁないよな。
傭兵なんぞ欠片も信じてない連中だ。揃って爆睡こいているとは思えない。
ちょっと調べてみるか。取り敢えず立ち入りが禁止されてない大幕の方へ―――
「ああ?」
足の裏がひり付く様な感覚。反射的に引き抜いて地面を見るも、何もない。
歩き通しで痺れたかな。いや、ちょっと待てよ? こいつは前に何処かで……、
「―――っ!!」
突如、喉元に剣を突き付けられるビジョンが浮かぶ。死神を幻視した俺はその鎌を横に身を流して躱す。反転しながら構えた時には、黒い影が眼前にあった。
振り下ろされる銀閃。弧を描いたそれは小振りながら、空気越しに伝わる斬撃力は軽視出来ない。
「随分変わった服をお持ちですねっと」
スウェーで回避すると同時に前蹴りをお返しする。首を一周させるつもりだったものの、結果は空振り。全身にフィットする戦闘衣を着込んだ黒ずくめは、深く沈んで凌いでいた。
黒いのは脅威のボディバランスで地と平行に疾駆し、俺の足下を刈る。が、敵が剣を薙いだ時には既に跳躍済みだ。
「そろそろ寝といてくれや」
隙間なく指弾をばら巻いてやる。たっぷりと連打を奢った後には、四肢を痙攣させたタイツ野郎が横たわってノックアウト。寝た振りも有り得るので、慎重に忍び寄って行く。
覆面を毟り取ろうと手を伸ばす。もう一息で届くかという所まで来た時、インターバル終了の合図が鳴った。
「熱っ、何だぁ!?」
首を傾けた傍を通り抜けたのは赤い熱線。切れ気味に射線を追った先には、これまた似た様な黒装束を着た魔術師風が一人。その横には、たった今倒した奴と全く同じ戦士タイプが控えている。
「俺が言うのも何だが、礼儀を知らない奴らだな。この先に御座すのは、っと危ね。守秘義務に反する所だった。悪いね、やっぱり無しで頼むぜ。それよりも、揃いも揃って胡散臭い恰好のてめーらは一体……」
海よりも広い心を持つと有名な俺は対話を試みる。命を狙われたにも関わらずの紳士的対応に敵は感動し―――再び火槍を放って来やがった。
そろそろ慈悲深い仏も阿修羅になんぞコラ。丈の低いステップを焼きながら迫る炎熱を弾き、ポケットから武器を露出させる。
「しっ―――」
「恩知らずめ。あの世で猛省しやがれ」
炎と並走して間を縮めた近接黒服と相対する。先に仕掛けたのは当然、殺意マシマシの変態だ。今度は剣の代わりに、鋭利な爪具を腕にはめている。
かっ。刃付きにしても、俺に格闘を挑むかよ。上等じゃねーの。
「素直過ぎんぞ馬鹿たれ」
爪撃で致命傷を与えるには、人体の急所を裂くのが定石。では、最も回避が取り難い急所とは何処か? 首しか考えられないだろう。
表情を隠したとしても筋肉の動きは正直だ。瞬時に角度を計算した俺は、敵の右手に左の甲を添える。軽く押し込む程度のイメージで、目論見通り相手の腕が大きく開いた。
「先ずはジャブだぞ?」
「っ!」
右で繰り出した為に速度は微妙だった。しかし、体勢を崩した状態ではそれでも厳しい。
横跳びは諦めて身体を仰け反らせる黒いの。この種のパンチの避け方としては正解だ。普通ならという前提条件が付くがな。
「ぶぇっ!?」
「惜しかった。もう一歩だ」
高が牽制でも、俺の場合は腰を入れた正拳と化してしまう。不測の遠当てを喰らった敵は1回目のダウンを喫する。
脳が揺すられて直ぐに立てそうになさそうだ。このままだと、俺の靴とキスをする羽目になるけど良いのかな。ほんの少し前なら攻撃を緩めていただろうけど、残念ながらサービス時間外となってしまっている。
遠慮なくスタンプ。黒い奴の人生はここで終わってしまいましたとさ。……なんて事にはならずに済んだみたいだ。良かったな、寿命が僅かに伸びて。
周囲に絵の具を巻き散らす前に転がっていたのだった。だが、一難去った先にはまた危機が。俺の指先から弾丸が飛び出そうとしているではないか。
「バーン、って。あれ?」
倒れていた黒ずくめの姿が掻き消える。何だ、あいつもマジシャンだったのか。
気付けば後衛も見当たらず、最初に片付けた不意打ち糞野郎も忽然と。
何が何やら……。混乱しそうになる頭をぼりぼりする位しか出来る事はなさそうである。