簡易な寝所の役目を果たす帳の中には、三つの影があった。
一人はあの歩く騒音だ。レイラとか言ったかな、どうでも良いけど。
そしてその背に隠れてるのが王女フィーリスだろう。丁度レイラが庇う様な構図となっているので、まぁ間違いない。
「やっぱり綺麗な人ねぇ。フロンディーの宝石って称えられる訳が分かるわ」
「良いもん食ってるだろうしな。あいつが邪魔で、肝心な部分が見えないが」
「本っ当に下半身でしか物を考えられないのかしら、あんたは。少しはルースを見習いなさいよ」
「おおっと、また姫さんが怒り心頭になっちまったか。お前はもっとカルシウムを摂取するべきだな。色々な意味で」
「この―――むぐぅっ」
「隠れてるんだから、ちょっとはボリュームを抑えてくれな? マスターもあまり煽ってやるなよ。好きな女に素直になれない餓鬼じゃないんだから」
「へいへい。僕が悪うございましたよ、と。にしても、まさか敵が同僚とはね。可哀想に」
黒ずくめに背後を突かれる切っ掛けになった例の感覚は、人払いの結界だ。
知り合いの術師が好んで使っていた奴に良く似ていたので、あの後直ぐに思い至った。
護衛である俺達に事前連絡もないのに、誰が結界を張ったのか。敵か? だとしたら何時侵入を許した? ここまで状況が揃って疑うなと言う方が無理ってもんだ。
確信めいた予感に従って兵士用の天幕を調べたら案の上。明らかに人間によって殺害された死体が真っ赤な絨毯に。この時点で仲間を呼び出し、下っ端共には宿営地を囲む様に伝えてある。
「人は見かけによらないもんだな。あんな大人しそうな姉ちゃんが、同胞10人を皆殺しだぜ」
ルースが顎で指した先には、近衛支給の制服をパリッと着こなした女がいる。いかにも仕事が出来そうな雰囲気の眼鏡娘で、騎士と言うよりは文官だな。
このペンより重い物を持った事がない様な女が、姫と隊長二人からの敵意を一身に受けるのには理由があった。あいつが手に持っている金属塊だ。
「銃って奴は、人が開発した兵器でも最悪な部類だよ。引き金をちょいと傾けるだけで、さくっと命を奪えるんだからな。直接手を下すよりも遥かに罪悪感が軽減されるだろ。狙撃に徹すれば死に顔を見ずに済むだろうし」
「俺らが言えた話じゃないだろうが、生き死にがチープになっちまうなぁ。別に殺し合いを美化する訳じゃないけどよ」
「二人共、懐古趣味の爺さんみたいな事言ってる場合じゃないわよ。早い所お姫様を助けないと」
「そうは言ってもな。このまま突撃してもあの女が撃つ方が先だ。正確な威力が分からない以上、壁役に期待も出来ないし。黒ずくめ達の動向も注意しなきゃいけないんだ」
「マスターが襲われたと言ってた連中か。そこまでの脅威じゃないんだったな?」
「ああ。お前らでもタイマンなら確実に勝てるレベルだ。問題は、あいつらの妨害をどう躱すか。手頃なスケープゴートでもあれはな」
「ちょっと待って、また何か言い争ってる。……、あの娘ってば剣を抜いた? まさか、後ろに人質がいるのにやり合うつもりなの!?」
「マスター、どうする。嬢ちゃんの技量は中々のもんだったが、銃弾を叩き落とせるとは思えないが。―――乗り込むか?」
糞っ。これ以上傍観者ではいられそうにないか。単細胞め、ちょっとおちょくられただけで逆上しやがって。
疲れるのは嫌なんだが、縮地を使う他ない。残された手は外野に割り込まれる前に制圧する位……。んっ? レイラのあの剣、何か変だな。輝き具合が強すぎやしないか。
いや、勘違いじゃない。単なる光沢とかじゃなくて、実際に刀身それ自体が発光している。
「魔力剣……!」
思わず口から漏れた言葉にはっとする。
そうだ、あれは魔術光。レイラの行動は自暴自棄の末じゃなく、起死回生の一手なのか。
だが―――
「何だ、あいつの余裕は?」
「えっ?」
「想定外の事態に直面した場合。どれ程の強者だったとしても、少なからず反応を見せるもんだ。それは全生物にすり込まれた本能だから例外はない。……そういや、あれはレイラの副官だった。もし、魔力剣の能力を知っていたとしたらどうだ?」
「済まんマスター、腰を折って悪いが話に着いて行けてない。あんたはこの場面の意味合いを理解出来ているのか? 俺達はこのまま腰を下ろしていて大丈夫なのかい」
「ルース。お前も剣使いなら魔力剣の噂位知ってるだろ。そのレアアイテムを隊長殿が持っていて、今まさに発動しようとしているんだよ。だってのに、目先で超常現象が起きようとしているのにだ。あの殺人鬼は眉の一つも動かしてない。おかしいとは思わないか」
素早く要点を説明してやると、ルース・レミィの二者は一様に頷いた。
理解してくれて何よりなので話を進めよう。
「レイラの副官って事はだ。それなりの期間、同じ釜で飯を食って来た筈。気心を許して魔力剣の秘密を話したとしても納得が行く。だからこその、あの平然振りでは?」
「隊長さんの切り札対策を用意してあったのか。そうなると、ちょいと不味いな」
「どういう事よ?」
「魔力剣に限らず、マジックアイテムには弱点があるんだ。その効果を無限に使う事は出来ない。道具の方が持たないからな。使用頻度に制限があって、チャージが終わるまでは唯のオブジェになる。あいつはその隙を狙っているんじゃないかって読みさ」
「成程ねって、本当にやばくないそれ。もう振りかぶっちゃってるけど」
「そうだな。レイラが剣に手を掛けた時に気付いていたら、或いは間に合ったかも知れないな。しかしもう遅い」
「―――!、こいつは……。何時気付いた、マスター?」
「お前が訳分からんと言って来た時には。来るぞ、二人とも構えやがれ」
天幕後部の陰影部が揺らめく。
すると今まで何も無かった所に、突如気配が浮かび上がった。
「マスター、行け!」
「悪いな。敵の術者には気を付けろ」
両脇より火花が飛び散る。刀と小剣、大剣と爪が迫り合い始めていた。
拮抗は一瞬で終わるだろう。両者共に武器、腕力のどちらも勝っているから。故に、敵はかく乱戦を採る筈だ。だから俺はこの僅かな停滞の間に割り込ませて貰う。
「夜分に失礼。取り敢えず、死ね」
幕をぶち抜いて拳を唸らせる。その矛先は勿論、薄ら笑いを浮かべる糞眼鏡だ。