A.Q.U.A.R.I.A   作:Ирвэс

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此処からリラの友達が登場します。言うまでも無い事ですが、彼女達もまた今後のストーリーに深く関わるキーパーソンです。


第2話 せせらぎの学園

 霧船に入学してから早2週間が経ちました。気の合う友達同士のグループが形成され、学校内の新たな人間関係が形成されるこの時期まで、リラは周囲の水霊(アクア)達を使って学園の人間達1人1人の穢れ具合を調べていました。

 すると何処のクラスにも強い穢れを持った生徒が、3人から多くて10人余り居る事が分かったのでした。職員室の先生方の中にも数名、穢れた水に身体を蝕まれている者が居ました。

 

 「学校だけでもこんなに居るのね……穢れを持った人って……。」

 

 穢れが発生する主な原因は、不摂生な生活やストレスによる身体の水の汚染。それは精神をも荒廃させ、更なる穢れをその身に呼び込む悪循環を生み出してしまうのです。

 身体に宿る水霊(アクア)達も、自身の浄化能力を上回る穢れが発生しては一堪りも有りません。赤潮等によって汚染された海中の魚達同様、地獄の苦しみを宿主が死ぬまで味わう事になります。

 そうでなければ自我を失い、他の水霊や人間を攻撃する魔物と化してしまう恐れだって有るのです。

 ともなれば、一刻も早く癒しを与えて苦しむ水霊達を救わねばならないのは自明の理。

 それは水霊士(アクアリスト)としての自身の努めでもあり、テミスとの約束でも有るのだから……。

 

 

 午前の授業を終えて昼休みを迎えた教室で、リラは意を決します。これからこの学園と言う水槽の穢れを掃除する事を……。

 

 「良しっ!それじゃあ早速…。」

 

 ですがそんな時でした。

 

 「ねぇ、汐月さん!」

 

 「っ!?」

 

 突然話し掛けられて声のした方を向くと、其処に立っていたのは3人のクラスメイトでした。

 1人は茶色いセミロングの髪の少女で2人目は紺色の髪をポニーテールで結ったメガネの少女。そして3人目はショートの黒髪にカチューシャの少女。

 名前はそれぞれ『五十嵐葵(いがらしあおい)』、『吉池深優 (よしいけみゆ)』、『長瀞更紗(ながとろさらさ)』です。

 

 「五十嵐さん、吉池さん、長瀞さん―――」

 

 急に話し掛けられた為、若干怯えて警戒しながらリラはそう返しました。無理も有りません。元々彼女はいじめられっ子。純粋な性格ですが反面騙され易く、内向的でメランコリックと、いじめられても仕方の無い人物特性を持っていたのです。

 アクアリウムの力を授かり、その力で戦って中学時代のいじめを乗り越えてからは多少は物怖じしない強さを身に付けましたが、それでも第一印象として他者から恐れられる相手か舐められる相手かと言われれば、やはり後者と受け取られても無理は有りません。

 

 「3人とも、どうかしたの?」 

 

 「良かったぁ!やっと話し掛けられた!」

 

 「ずっと話し掛けるチャンス無くて困ってたモンね~!」

 

 「汐月さん、何時も昼休みとか1人で何処か行っちゃうからね……。」

 

 どうにか平生を装ったリラのその返しに、葵達は口々にそう言葉を交わします。

 

 「一体何なの貴女達?」

 

 リラがそう尋ねると、3人のリーダー格と思しき少女である葵が待ってましたとばかりに言いました。

 

 

 「私達、これから3人でお昼食べるんだけど、汐月さんも一緒にどうかなって思ってさ!」

 

 「えっ―――――――!?」

 

 クラスメイトからのまさかの誘いに一瞬動揺したリラでしたが、直ぐに彼女はフッと笑みを浮かべてこう返します。

 

 「うん!良いよ!」

 

 

 学園の穢れを浄化するのも大事ですが、今は昼食の時間。昔から「腹が減っては戦は出来ぬ」と言いますし、此処は3人の誘いに乗る事にしました。

 

 そうして4人でやって来たのは学校の中庭。屋上から見下ろせば芝生と観葉植物の緑が幾何学模様を描き、その間を水路が縦横無尽に張り巡らされています。無論水路と水路の間には橋が完備され、テーブルや椅子も随所に設えられておりました。

 水のせせらぎを聴きながら昼食に舌鼓を打つのはさぞ贅沢な一時でしょう!

 同じ事は学年を問わず他の生徒達も考えていたらしく、広大な中庭の敷地内の随所で昼食を摂っている姿が散見されます。

 

 「それでさぁ、この前の日曜、深優と一緒にカラオケ行ったんだけど、もう深優ったら新曲100点叩き出して私凄っごい驚いちゃった!『何時から練習してたの~?』って聞いたら3日前だって言うから何気にハイスペックよねこいつって!」

 

 葵が先日の日曜日の事を語っていると、深優がその時の彼女の事を話します。

 

 「葵、帰りにハル君と会ったんだよね。あっ、ハル君って中学の時の同級生で、葵が片想いしてた男の子なんだけどさ、久し振りに会ってテンパってそのまま近くの川にドッボーンって……」

 

 「ちょっと深優!!」

 

 「モガガァッ!?」

 

 友人に恥ずかしい黒歴史をカミングアウトされた恥ずかしさから、葵が深優の口をおにぎりで塞ぎます。

 

 「2人って確か、同じ中学の出身なんだよね?」

 

 「えっ?あっ、うん、って言うか小学校3年生からの腐れ縁でさ…中学の3年間なんてずっと一緒のクラスだったし、高校に入ってからも一緒ってもう良い加減飽きて来たって言うか……。」

 

 「コラーッ!!飽きて来たって何よ、飽きて来たって!?もう勉強分かんないとこ有ったって教えてやんないぞーッ!!」

 

 「冗談だってもうそんなムキになんないでよ~~~っ!!」

 

 どうやら葵と深優は仲の良い幼馴染みの様子。キャーキャーと黄色い歓声を挙げて揉み合う2人の遣り取りを眺める更紗の顔は、まるでお母さんが遊ぶ子供を離れた場所で見守る様に微笑ましいそれでした。

 けれど、それとは打って変わってリラは、2人の様子を同じく近い場所に居ながら何処か遠く、寂し気な目で見ておりました。

 

 「良いな、五十嵐さんも吉池さんも仲良しで………。」

 

 「えっ?」

 

 近くに居た更紗は、リラが思わずそう漏らした事を聞き逃しませんでした。水のせせらぎが聴覚()と言う聴覚()を埋めつくす程に響いていた中で放ったリラの言葉は、そのせせらぎに掻き消されても可笑しくない程の音量だと言うのに、それを聴き取る更紗は意外と耳の良い子の様です。

 

 

 中学時代………、いいえ、遡って小学時代からリラは友達と呼べる人間が居ませんでした。

 幼稚園の時には仲の良い、友達と呼べる相手もそれなりに居ましたが、彼等は皆卒園して小学校に上がると共にバラバラになり、もう10年以上会っていません。

 小学時代にも、趣味や嗜好で誰とも話が合わぬまま、何時も孤独に図書館で読書をしながら過ごしていました。

 

 近くに寄って来る同級生は何時も、自分に後片付け等の面倒な仕事を押し付けてばかり。文句の1つでも言おう物なら、途端に自分が悪者の様に扱われる始末。

 幸いにも苛めとまでは行きませんでしたが、そんな日々を過ごして来たからか、小学校高学年へと上がった時にリラはこう達観し、悟っていたのでした。

 

 『人間には器と言う物が有り、その器も種類によって用途が違う』のだと……。

 

 人に好かれるにも、上に立つにも使うにも、それ相応の『器』と言う物が人間には備わっていなければならない―――――。

 人から使われるにしても、重要視されるか軽視されるかも、相手が自分の言葉に耳を傾けてくれるのかさえも、全てはその人の『器』の為せる業―――――。

 

 ならばその『器』で受け止め、その内を一杯に満たす物――――それこそが水の様に流れる人間の心なのでしょう。

 

 残念ながら自分は、其処まで人間に好かれて大勢の友達に囲まれるだけの器ではない。そして受け止めるのは何時だって、『人間の身勝手なエゴ』と言う濁った水だけ。

 それが自分と言う人間の『器』とその用途なのだと、リラは幼い子供ながらに悟っていたのでした。

 

 何より中学時代に散々受けたいじめの数々……。自分と言う人間の器は“汚染水の貯蔵庫”か、控え目に言って“尿瓶”や“おまる”の様な汚い排泄物の受け皿としての用途でしか無いのか?自身の器にこれ程までに絶望した瞬間を、後にも先にもリラは知りません。

 

 

 そんな自分が今こうして3人のクラスメイトと一緒に昼食を学園の校庭で摂っていると言うこの現状は、リラ自身が人間として少しは成長し、その器も僅かばかり形を変え、拡張さえした証なのでしょうか?

 仮にそうだったとしたら、自身の成長は他でも無い、テミスとの出会いと其処から経験したあの“戦いの日々”が有ったから―――――。

 

 「……月さん……汐月さん!!」

 

 アクアリウムを授けられてからの中学時代の記憶に想いを馳せ、心此処に在らずの状態だったのか、つい放心していたリラを更紗が名を呼んで現実に引き戻します。

 

 「えっ?何、長瀞さん!?」

 

 我に返ったリラが更紗の方を向くと、彼女は若干心配した様な顔で自分を見つめていました。葵と深優もそれは同様でした。

 

 「もう、汐月さんったらいきなりボーっとしてどうしたのよ!?」

 

 「急にフリーズするからどうしたんだろって思った!」

 

 「えっ?あぁ、ごめん。」

 

 それだけ言って気を取り直すと、リラはそれ以上何も言わずに昼食の弁当箱の中身をいそいそと平らげました。

 彼女相手に葵達3人も何か言いたそうな表情をしていましたが、早く水霊士(アクアリスト)としての使命を全うしたいと言う想いが先走り、無言で昼食の残りを全てを急いで平らげてしまいます。

 

 「はい、ご馳走様でした!じゃあもう直ぐ授業だから急いで教室戻るね」

 

 他の3人より先に立ち上がると、リラは1人でも多くの水を浄化しようとその場から立ち去ろうとします。処が………。

 

 「あっ、ちょっと汐月さん待ってったら!」

 

 水霊士(アクアリスト)としての彼女の思惑など、葵も深優も更紗も当然知る由も有りません。お近付きになりたくて昼食に誘ったクラスメイトの突然の離脱に、葵達3人は慌てて立ち上がってリラを追います。

 

 「待ってよ!」

 

 そう言ってリラの右手を掴んで葵は言いました。

 

 「ねぇ、次の授業まで未だ時間有るんだしもっと話そうよ!」

 

 「私達、汐月さんの話何も聞いてないんだからね!」

 

 葵と深優が口々にそう言うと、更紗がこれに続きます。

 

 「汐月さん、さっき言ってたよね?葵も深優も仲良しで良いなって……。」

 

 「えっ?汐月さん、そんな事言ってたの!?」

 

 「葵との言い合いに夢中でちっとも気付かなかった……。」

 

 自分達が聞き漏らしていたリラの想いに、2人は目を丸くします。更紗は真っ直ぐリラの方を向いて続けました。

 

 「汐月さん、もしかして中学校の時に友達とかいなかったの?」

 

 「長瀞さん……。」

 

 「ねぇ汐月さん、私達皆汐月さんと友達になりたくてお昼ご飯誘ったの。皆知りたいんだ。汐月さんの事を……。」

 

 3人に真剣な目で見つめられ、リラは思わず後退りしましたが、その後ろには橋など無い水路で他に逃げ場は無さそうです。水霊士(アクアリスト)としての使命が自分には有ると言うのに、こうなっては仕方有りません。

 何より高校に入って初めての友達が出来そうな今のこの状況。これを断ったらどうにも後腐れが残るでしょう。『親友』と呼べる物が作りたいと思っていたリラにとって、それは気持ちの良い物では有りませんでした。

 水霊(アクア)の事は伏せて、当たり障りの無い事だけを伝えて何とかこの場を乗り切ろう。そう判断し、リラは口を開きます。

 

 「うん、分かった。私は……」

 

 リラがそう言って自分の事を話し始めた時でした。

 

 

 

 突然背後に何かが落下した様な水音が響きます。振り返ってみると、水路に落ちていたのは上履きでした。しかも上履きの中に詰められていた白い靴下が水路に流されようとしています。

 

 「上履き?それに靴下までどうして……」

 

 慌ててリラがそれを拾い、何故そんな物が落ちて来たのか疑問に思うと、深優が直ぐに答えました。

 

 「それ、2階の階段から落ちて来たよ!一瞬窓から誰かが投げる手が見えた!」

 

 その言葉を受け、リラが2階の校舎の開いた窓と言う窓に目を向けます。アクアリウムの能力を発動させると、極僅かですがその内の1つに黒い穢れの残滓が見えました。上履きにも同様の黒いくすみが残っています。

 こうなると答えはたった1つです。

 

 

 (誰かが虐めに遭ってる……?)

 

 

 霧船の2階は、そのまま2年生の教室が有る場所です。と言う事は恐らく虐めに遭っているのは2年の先輩の可能性が高いでしょう。意を決したリラは、上履きと靴下を持って昇降口へと向かいます!

 

 「あっ、ちょっと汐月さん!!」

 

 制止する葵の叫びなど耳には入っていません。今のリラは、水の穢れを浄化する者“水霊士(アクアリスト)”としての使命で頭が一杯なのですから…。

 

 

 昇降口へ戻り、早速辺りを見渡した時です。

 

 「あっ、ねぇ貴女……」

 

 振り返ると、其処には如何にも気の弱そうなライラック色のセミロングの髪をした、眼鏡の少女が立っていました。中々に豊満な胸の膨らみが目に入りましたが、それ以上にリラが気になったのはその足元。靴も靴下も履いていない完全な裸足です。と言う事は……。

 

 「もしかしてこれ、先輩のですか?」

 

 リラがそう言って靴下と上履きを差し出すと、少女は若干乾いた笑みを浮かべて言います。

 

 「あぁっ、もしかして貴女が拾ってくれてたの!?有難う!」

 

 受け取った靴下を足に通す先輩の少女を見て、リラが尋ねます。

 

 「水路に落ちてたからちょっと濡れてますけど、大丈夫ですか?」

 

 「えっ、うん……大丈夫、平気よ。だって慣れてるから……。」

 

 そう言って曇った眼差しを浮かべ、諦観に満ちた表情でその少女は答えます。彼女の顔を見て、リラは言葉に出来ない様な嫌な気持ちが湧き上がって来るのを感じていました。

 嘗て中学時代、虐めと言う理不尽な暴力に虐げられていた自分と同じ雰囲気を先輩の少女は漂わせていたからです。現にアクアリウムの能力を発動して見ると、彼女の身体から黒くくすんだ穢れが滲み出ており、身体の中に宿る水霊(アクア)もさも苦しそうに彼女の身体で跳ね回っています。

 

 「有難う、じゃあ私はこれで……」

 

 「あれぇ飯岡~、あんた中庭行ったんじゃなかったの~?」

 

 上履きを履き直してその場を去ろうとする少女ですが、不意に彼女を「飯岡」と呼び止める声が昇降口前の廊下に響きます。「飯岡」と呼ばれたその少女が、思わず恐怖で縮み上がるのをリラは見逃しません。

 声のした方を向くと、同じく2年生と思しき少女が3人程、こちらの方を睥睨していました。

 3人とも悪意に満ちた邪悪な眼差しを浮かべています。アクアリウムの能力で見ても、身体から発する穢れは飯岡の比では有りません。水霊(アクア)も完全に死んだ様に動かなくなっています。

 

 

 飯岡の上履きを投げた張本人と思しき先輩3人を相手に、リラは嘗て自分を虐めた者達の姿を重ね合わせていたのでしょう。

 あれ程までに心地良い水のせせらぎが流れるこの学園に、弱者を虐げて心を踏み躙る者の存在など有ってはなりません。

 

 

 「他者を虐げる者を決して許してはおけない」と言う正義感と、「彼女達の中の水を癒す」と言う水霊士(アクアリスト)としての使命感の合成された強い眼差しで、リラは彼女達を睨み付けていました。

 

 




キャラクターファイル3

五十嵐葵(いがらしあおい)

年齢   15歳
誕生日  9月21日
身長   157㎝
血液型  A型
種族   人間
趣味   生き物を飼う事
好きな物 アクアテラリウム

リラと同じく霧船女子学園1年2組のクラスメイト。社交性が高く、誰とでも打ち解けるムードメーカー。吉池深優とは小学時代からの幼馴染み(と言うか腐れ縁)で、良く勉強も見て貰ったり一緒にカラオケに行ったりする程仲が良い。因みに能力値的には勉強も運動もカラオケも平均並みで、成績優秀枠の深優には頭が上がらない。
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