兵士たちは、レタス畑のわき道を西へと駆け抜け、船着き場が見下ろせる高台へと陣取った。
魔物達は丁度、船から降りているところだった。
「おおきづち、マンドリル、ドラキーにアンデッドマンか、厄介だな。」
ブレイブの前で屈んだ兵士が、毛むくじゃらの体に大きな木槌を持った魔物、茶色の体毛に派手な顔をした大柄な猿の魔物、こうもりの魔物に、剣を持ち鎧を着た骸骨の魔物を見ながら言ったのを聞きブレイブは頷いた。
「もうじき、後続の部隊が到着する、我が隊は戦闘が始まり次第船を襲撃し、混乱を起こす。
それから、混乱に乗じ敵背後を強襲する。」
声を抑えながら隊長が兵士たちへ命令をした。
そこで、わぁ!と声が轟いた。
ブレイブがそちらを見ると、仲間の兵士たちが、上陸中の魔物へ吶喊していた。
「始まるぞ!」
ブレイブの耳に仲間の息を呑む声が聞こえる。
「作戦開始!」
隊長の声を潜めながらも力強い声が兵士たちの耳に届く。
ブレイブを含む兵士たちは、音をたてぬように、されど急ぎ足で船の方へ駆け抜けた。
ブレイブは岩の影に隠れながら様子を窺うと、丁度彼の見ている船から最後の魔物であるアンデッドマンが降りてきているところだった。
ブレイブは石を投げた。
石は綺麗な放物線を描き、アンデッドマンの骨の頭に当たりコンと子気味の良い音を鳴らした。
アンデッドマンが石が飛んできた方に気を取られているうちにブレイブはアンデッドマンの死角を駆け抜け、敵の船に乗り込んだ。
ブレイブは真っ先に船の内部へ駆け下りた、目的地は船の武器庫である。
武器庫を見つけたブレイブは武器庫内を見回すと、彼の予想通り、大量の火薬と予備の大砲が置いてあった。
さっそく火薬を一か所にまとめ、大砲に付けられていた導火線を火薬の近くに結び付ける。
そうして、その先に持ってきていたたいまつで火を付けようとしたところ、「ふーん、この船に火を付けようというのね?」という声を聴き、咄嗟に飛び退き声の方を向く、そこにはまだ幼さの残る顔立ちをした少女が立っていた。
ブレイブは彼女を知っていた。
「姫!?」
ブレイブは素っ頓狂な声をあげると、姫と呼ばれた少女は人差し指を立てて、シー、と言いながらブレイブの口を塞いだ。
「そんな声を出しちゃ、見つかっちゃうわよ?」
「で、ですが、リーン姫、なぜ貴方がこんなところに?」
一所懸命に声を押し殺したブレイブが少女に問いかけた。
「あら、勉強、勉強、勉強で退屈な時にとっても面白いことが起きたのよ、見物しない訳が無いじゃない。」
ブレイブの顔はみるみる内に青くなってゆく、それもそのはずで彼女はリーン姫、このモンゾーラ王国唯一の正当な後継者なのである。
「戻りましょう姫、ここは危険です。」
「そうね、でも貴方、自分の仕事は最後までやらなくてもいいの?」
そう言いながらリーン姫は導火線を指差した。
ブレイブは指を指された導火線と見て、再び姫に視線を戻した。
ブレイブは頭を抱えた。
「――姫、危ないので下がっていてください。」
「それだけでいいの?」
ブレイブはまじまじと姫の顔を見て、ため息をついてから、「外に魔物が来ていないか見ていてください。」と言った。
「ええ!そうね、分かったわ。」
姫はまるで正解と言わんばかりに上機嫌に武器庫の外へ出て行った。
ブレイブは導火線に火を付けると、武器庫を後にして、姫と合流した。
二人が甲板に出たと同時にドン!と大きな音が船全体を揺らし、黒い煙が船の下の方から上がり始めた。
呼応するかの様に他の二隻の船からもドン、ドン、と音が鳴り響く。
「いいわね、こういう派手なの!」
隣ではしゃぐ姫をいわゆるお姫様抱っこで担ぎ上げるとブレイブは船に備え付けられた救命用の小舟に乗り込み、船からの脱出を図った。
小舟の上でブレイブは考える。
――姫がここにいる以上戦場に彼女を連れてゆくべきではない、だからこのまま南下し、城からは遠くなるが、南の砂浜から上陸するべきか。
さっそく南へ進路を取った。
「あら、どこへ向かう気?」
当然、姫の非難の声が上がるがそれを無視してブレイブは櫂を漕いだ。
姫はむすっとした顔でブレイブの顔を覗き込んだ。
「兵士、貴方の名は?」
「――ブレイブです、姫。」
「そう、ブレイブ、命令よ、今すぐあそこに船をつけなさい」
そう言って姫が指さす場所は、戦場の真っ最中である。
「姫、その命令は聞けません、危険すぎます、ご自分の身の安全をお考え下さい。」
「へぇー、兵士のくせに私に盾突く気?」
「貴方に何かあった場合の方が、私にとって良くないのです、姫、ご理解を。」
ブレイブと姫が小舟の上で言い争っている最中、岸にいたこうもりの魔物ドラキーが彼らの乗った小舟を見つけてしまう。
――敵だ。
ドラキーが気が付くやドラキーの目の前に魔方陣が浮かび上がり、その中から小さな火の玉が飛び出した。
メラと呼ばれる火の魔法である。
火の玉は真っ直ぐ飛び、ブレイブたちの乗る小舟に当たった。
「きゃぁ。」
突然小舟が大きく身を揺らし、姫が悲鳴を上げる。
ブレイブは即座に岸を見るとすでに二発目のメラが飛んできている最中である。
慌てて姫を担ぐとブレイブは海へ身を投げた。
「もう最悪よ、びしょびしょじゃない。」
服の水を絞りながら、姫は悪態をついた。
しかし、ブレイブはそれには答えず、岩陰から顔をのぞかせ、周囲を見回していた。
何故なら、二人は鎧を着ていたのである、そんな恰好で遠くまで泳げるはずもなく、彼らが今いる岩場は戦場の隅っこで、いつここ魔物が現れてもおかしくない場所であった。
「姫、鎧は脱がない方が良いかと。」
「な、こんなびしょびしょのを着ていろっての?風邪をひくわ、馬鹿じゃないの!?」
「身の安全が一番です姫。」
「身の安全、身の安全って、あんたねぇ、それしか言えないの!」
周囲を見渡していたブレイブはチッと口を鳴らした。
「なによ?」
「見つかりました、姫、敵が来ます!」
そう言ってブレイブは剣を抜いた。
ほぼ同時に「いたぞ!」という声と共に骸骨の騎士、アンデッドマンが二体とドラキーが一体ブレイブたちの前に現れた。
ブレイブは考える。
――俺一人でやれるか?
しかし、アンデッドマンが動き出すのを見て思考を中断し、アンデッドマンへ駆け寄るとアンデッドマンが振り下ろした剣を受け止める。しかし敵は一体ではない、もう一体のアンデッドマンが姫の方へ行ってしまう。
――しまった。
ブレイブが悔やむがもう遅い、アンデッドマンは姫へ剣を振り下ろす。
ヒュンと風切り音を鳴らした剣先は、――砂浜を切り裂いた。
直後、剣を振り下ろしたアンデッドマンの横腹に鋭い蹴りが刺さる。
姫は軽やかにアンデッドマンの斬撃を回避すると、舞を舞うかのようにそのまま、まわしげりを放ったのだ。
「まったく、舐めないで頂戴、そんなのに当たるわけがないでしょ?」
むっとした表情の姫がなかなか堂に入った構えをして、今しがた蹴り飛ばしたアンデッドマンを見据えていた。
その様子に、ブレイブと、彼と打ち合っていたアンデッドマンは驚愕で固まっていた。
ブレイブは思わず対面のアンデッドマンと目を合わせた。
一瞬の間の後、アンデッドマンを見て思考が復活したブレイブは即座に相手の剣を弾き飛ばし、一太刀お見舞いすると、後ろに飛び退き姫の横に寄った。
「――姫、戦えるのですか?」
「あら、考えなしにこんなところに来るわけないじゃない。」
「姫、いのちをだいじに、です。」
「はいはい、身の安全ね。」
ドラキーから放たれた火の玉を二人は簡単に避けるとそれぞれのアンデッドマンへ向かった。
ブレイブはアンデッドマンの斬撃をすれすれで回避し、そのままの勢いでアンデッドマンを切り裂くと、ぐぉーと悲鳴を上げアンデッドマンは黒い煙となって消えた。
ブレイブが姫の方を見ると姫も美しい突きを見せ、アンデッドマンを倒していた。
最後に残ったドラキーは自身の不利を悟ると一目散に逃げようとする、しかしそこへ、姫が大きく走り込むと、跳び上がり、とびげりを放ってドラキーは一撃で倒された。
「ほら、なんてことないじゃない?」
パンパンと手を払って姫がブレイブの方を向いた。
ブレイブはあきれ顔で姫に言い返そうとしたその時、キキィッ、と声が響き、岩の影から姫の後ろに大猿が姿を現す、マンドリルだ。
「姫!危ない!!」
ドラキーを倒したことで気が抜けていた姫はマンドリルの振り下ろした拳を避け切れない。
ゴッと鈍い音を上げ姫は大きく吹き飛ばされた。
「姫!」
ブレイブはマンドリルへ走り込んだ、今は姫の無事を確認するよりもマンドリルを倒さなければ。
マンドリルへ駆け寄ったブレイブは疾風のごとく剣で突き刺した。
もちろん、マンドリルがこれでやられるほどやわじゃないことはブレイブも承知だ。
マンドリルは、ブレイブの方を向いた。
――狙い通りだ。
マンドリルの攻撃はとても強く当たればひとたまりもない、だが当たらなければいいのだ。
ブレイブは避けることに専念をして、その大振りな一撃の後隙を決して見逃さないように攻撃を丁寧に放つ。
一撃、二撃、隙をついて攻撃を当てるが、マンドリルの固い皮膚に攻撃が通っている気がしない。
ブレイブは距離を取って思案する。
――どうする?姫の無事が分からない以上、姫を担いで逃げるべきか?いや逃げ切れるか?
マンドリルはその図体に似合わずかなり機敏だ、それは相手にしているブレイブが一番良く分かっていた。
――厳しいな、やはり戦うしかないが、あと何回切りつければいい?
マンドリルの跳躍を目視して、思考を中断し、回避に専念する。
ブレイブは剣を握る手に力を込めマンドリルに向かって走り込む。
マンドリルの脇を抜けるように一閃切りつけ、反対側へ抜ける、そのまま体を反転、マンドリルの腕が振り上がっているのを見て後ろに跳ぶ、マンドリルの拳は地面に刺さり、地面を砕いた。
「ウキャァ!」
しぶといブレイブにしびれを切らしたのであろうマンドリルが大声をあげた。
先ほどより明らかに荒々しい感情任せの攻撃がブレイブを襲う。
――くそ、隙が無くなった。
一打、二打と地面を砕きながら繰り出される致命をまぬがれない連撃がブレイブを追い詰める。
ブレイブは必至で避け続けた。
しかし、ブレイブの背が岩にぶつかった、ついに退路が断たれたのだ。
マンドリルの痛恨の一撃がブレイブに振りかざされる。
その瞬間。
「おりゃぁー!」
ブレイブの耳に女性の掛け声が聞こえると同時に、コマ送りの様に姫の飛び蹴りが目に映り、マンドリルが視界から消えた。
「――姫!?」
ブレイブは目を見開いて、目の前の少女を見た。
「悪かったわね、でも、これでおあいこでしょ?」
ポンポンと服の埃を払い、悪戯っぽく笑いながら、姫はブレイブにウインクをした。
ブレイブは姫が無事だったことに安堵し、それから気合を入れなおした。
まだマンドリルは倒れていないのだ。
ブレイブがマンドリルの方を向く、やはり奴は健在だ。
しかしその姿は先ほどより精彩に欠けていた、疲れが出てきたのだ。
姫と目配せをする。
――今なら、二人で奴を倒せる。
確信をもって二人はマンドリルへ駆け出した。
ブレイブが切りつけ、姫が打撃を与える、そこには先ほどでは感じ取れなかった、効いている感覚が今度こそ確かに感じ取れた。
ブレイブと姫の連携に次に追い詰められたのはマンドリルである。
疲労困憊のマンドリルに勝機は無い。
「姫!」
「ええ、これでとどめよ!ハァ!!」
姫が繰り出した正拳突きはマンドリルをとらえ、マンドリルは力なく崩れ落ち、消えてゆく。
はぁはぁと二人は息を整えると、姫が掌をブレイブに差し出した。
ブレイブは困惑した顔を見せると、「ハイタッチよ、ハイタッチ。」そう言って、もう一度掌を差し出す。
ブレイブは困惑した表情のまま自分の掌を彼女の掌に打ち付ける。
パンと小気味良い音が鳴った。
「うん、やっぱりいいわね。」
「姫、これは?」
「あら、うちの王家に伝わる何かを成し遂げた時にやる作法よ。ご先祖様が、シドー様を真似て始めたのが起源とされる由緒正しきものなの。」
「――そうですか。」
ブレイブにはどのあたりが由緒正しいのか分からなかったが、何となく気持ちは良かった。
「そういえば、姫、お体の方は?」
「大丈夫よ、モンゾーラ産の薬草は良く効くの。」
そう言って、姫は腰袋から薬草を取り出した。
ブレイブは安堵の息を吐く。
「それじゃ、行きましょうか?」
ブレイブは姫の言葉にうなずき、二人は岩場の外へ向かった。
二人が戦場へ来ると、戦闘はモンゾーラ側が優勢で、ほとんどの魔物たちが倒されていた。
ブレイブは、兵たちの休息場所を示す旗を見つけ、そこへ姫と共に向かった。
「姫!なぜこのような場所に!?」
休息所に居た隊長が、いの一番に驚愕の声をあげた。
周囲の目がブレイブたちに注がれる。
「あら、お散歩よ、お散歩。ほらいい天気じゃない?」
「――あー、ブレイブ無事帰還しました。」
口をあんぐりと開け硬直する隊長へ二人は各々の返事を返した。
「ど、どういうことだブレイブ!説明をしろぉ!!」
硬直から復活した隊長は、すぐさま顔を真っ赤に染めて、くわっと大声をあげた。
「船の破壊作戦を実行中に姫を保護いたしましたので、独自に作戦内容を姫の護衛と変更し、ただいま帰還いたしました。」
隊長の怒鳴り声に弾かれるかのように説明をするブレイブだが、当の姫は「何か予備の服は無い?」などと近くの兵士に声をかけ、我関せずと、岩陰で着替えを始める始末であった。
「なぜ、姫がいると聞いているのだ!」
「ですから、姫が勝手に城を抜け出したのです隊長、断じて私の仕業ではありません。」
「――しかぁし!――」
更にブレイブを問い詰めようとする隊長の肩をトントンと叩いた。
「戦闘終了したみたいよ、帰還しなくていいの?」
隊長はその言葉を聞き、周囲を見渡すと、すでに魔物は全滅していた。
「ブレイブ、話は後だ、――全部隊に告ぐ帰還せよ。」
隊長はそう命令してから、モンゾーラ城へ帰還を始め、ブレイブたちモンゾーラ兵もその後に続いた。