遡るは時の流れ 作:タイムマシン
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ダンジョンの『上層』を二人の男女が走っていた。
一人は金の髪と瞳を持つ少女──【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタイン。もう一人は灰色の髪に琥珀色の瞳が特徴的な獣人の青年──【
遠征帰りのため、本調子とはいかないものの、過剰戦力ともいえるLv5の二人の前にモンスターは為す術なく屠られていく。
ベートは感傷に浸りながら、体を動かしていた。
(もうすぐあの兎野郎と出くわす所か……)
この不可解な現象に巻き込まれていると自覚したのは、一年前だろうか。
──ベートには未来の知識がある。
それを聞いて信用する者など恐らく皆無と言っていい。ベート本人でさえ、他者からそんな事を言われたら、まずその正気を疑うだろう。
しかし、現実としてベートは未来を知っている──いや、過去に戻ってきたと言うのが正しいか。
(ったく……どうしろってんだ)
原因は不明。ベートは過去に戻る等という大それた魔法を使用した覚えはないし、ソレらしいきっかけもなかった。加えていうなら、ベートが望んだこともない。望んで過去に戻ってきたならば、ベートは間違いなく、幼少の、家族がいた頃に戻る事を選択した筈だからだ。わざわざ【ロキ・ファミリア】に加入して少し経過した後に戻ってくる必要が無い。
故に、ベートは前回の流れをなぞることにした。遠征などで前回命を落とした者や危機に陥った者を救ったりはしたものの、流れ自体にさほど変化はない。
他にも、自分と同じ境遇の者が存在しないか探ったりもした。いちいち聞いて回るわけにもいかないので、識別方法は単純。前回と違った事態になっている所を探せばいい。
この一年で判明した明確に異なる点はいくつかあるが、元をたどれば【アストレア・ファミリア】の存続、これが原因だろう。
ベートの記憶では、【アストレア・ファミリア】というファミリアはオラリオ暗黒期に壊滅している。その生き残りである【疾風】が闇派閥を軒並み潰し、オラリオ暗黒期の終幕となった筈だ。
しかし、今回はそもそも【アストレア・ファミリア】が存続している。彼女たちが治安維持活動を続けていた結果、その余波を受けて前回と変わった世界になっているのだろう。
では、何故【アストレア・ファミリア】が存続しているのか。この原因を探すのはなかなか骨が折れる。
何せ、彼女たちは絶大な支持を集めていたのだ。話に聞いた通りなら、前回はダンジョン内で【ルドラ・ファミリア】に罠にかけられた事が原因だとされている。それさえ理解しているならば、後は簡単。闇派閥が動き出す前に捕まえる、それだけだ。
そして、それは誰かが助言するだけでいい。『危険だから直ぐに取り締まった方がいい』と。
だから、同じ境遇の者が見つけにくい。彼女たちと親しい者、単に平和を求める者、または彼女たち自身。容疑者が多すぎるのだ。
「こんな割に合わねぇ事誰がするかよ」
そう吐き捨ててベートは探すのを止めた。元の世界に戻る手段も何もかもが不明な以上、そんな下らないことを調べるほどベートは暇ではなかった。戻れるに越したことはないが、戻れなくても別にいい。それがベートの判断だった。
前回よりも今回の方が遥かに良い世界へと変化している。ならばベートから積極的に行動を起こすことはない。
閑話休題
『ヴォォォォ……!!』
「向こうか……」
『ミノタウロス』の雄叫びを聞き届けたベートが風を切って進む。
この場でベートがすることは何もない。アイズより遅れて到着するだけでいい。そうすれば後に
そう考えながら、怪物の居る通路に出たベートの目の前には、何故か抜刀していないアイズと、何故かトマト状態になっていないベル、そして、『ミノタウロス』の魔石を手にしている
状況を把握しようとベートがアイズに声をかける。
「おい、アイズ。何があった?」
「あの人が『ミノタウロス』を倒しちゃった……」
「ああ? なんだよ、これも余波か……?」
アイズが指す『あの人』は自分たちの正面でベルに向き合っている少女──【疾風】リュー・リオン。今の自分たちと同じLv5。第一級冒険者である。
「無事ですか? ベル」
「は、はい! あ、あの! ありがとうございます! ……あれ、僕の名前って……」
「…………疲れたでしょう。地上まで送ります」
「でも……」
「────」
「あっ、はい」
リューの有無を言わさぬ圧力にベルが顔を赤らめながら頷く。ベルの様子を見る限りでは初対面の様だが、何故か向こうはベルの名前を知っている。
そんな二人を見て、アイズが一歩前に出た。
「あの、危ない思いをさせてごめんなさい。リオンさんもありがとうございます」
「いえ、こちらこそありがとうございます」
「……?」
アイズは会話に若干の違和感を覚えたものの、気のせいだろうと首を振るった。
リューとベルが横を通過する。何故かベルの手を繋いでいるが、深くは考えなかった。【疾風】は他人との接触を好まないという話は間違いだったのか、と。
真っ赤になっているベルに負けず劣らず、耳まで赤くなったリューが何故かアイズを見て、そしてベルを見て顔をほころばせたが、そんな事もあるのだろうと思って。
最後に、リューとベートの視線が交差した。
◇◇
(おかしい……絶対あの女怪しい)
『豊穣の女主人』にやって来たベートはウェイトレスをしているリューをじっと見た。遠征帰りの打ち上げを『豊穣の女主人』で行うと
どういう訳か、ここは【アストレア・ファミリア】の
ベートとリューに接点らしい接点はない。お互いにファミリアの幹部のような立ち位置にいる分、顔と名前、人となりは覚えているが口が悪く、粗暴だと知られているベートと高潔なエルフであるリューでは、相性が悪い事くらい誰が見ても明らかだったからだ。
そう、高潔であれば。
「ベル、美味しいですか?」
「はい! すごく美味しいです!」
「ふふっ、まだまだありますからね」
(おい、これどうすんだ)
──完全に恋に落ちていた。高潔さなど彼方へ放り投げて恋する少女に変貌している。
リューとベルが隙間なくくっついている。他のウェイトレスも何事かと手を止めるほどだ。そのうち『あーん』でもしそうな勢いである。
ベルもご飯よりもどこに視線が向かっているのかを考えれば、彼の気持ちを推し量れるというもの。
「ベートさん、まずはご一献!」
「メシ食いましょーよ!」
「ベートさん、こっちにもあるッスよ!」
「うるせぇぞテメーら! ちょっと向こう行っとけ!!」
目の前に出された酒を乱暴に煽り、怒声を浴びせる。それでも全く怯まないファミリアの面々を見て、ベートは大きく舌打ちした。
(こっちも面倒な事になりやがって……!)
ここに居るのはベートに命を救われた者たちだ。それ以来何かとつけてベートと行動を共にしようとする者が増えた。要は前回より打ち解けるのが若干早かったという事だ。まあ、以前と変わらずエルフを筆頭にした大部分に悪い印象を持たれているが。
(そんで、ここからどうすんだ?)
横で騒ぐ少年少女を視界から排除し、思考する。
もはや、こうなってしまっては前回の跡をたどることは不可能だろう。本来なら、ここでベートはベルのことを『弱者』として貶す役割を担っていた。それでこそ、『強者』に、世界の摂理に歯向かおうとベルは立ち上がるのだ。
決して口には出さないが、ベートはベルを高く評価していた。
彼が初めてだったのだ。『弱者の咆哮』を上げて、ベートに魅せてみせた人間は。
しかし、今回はそれが出来ない。己のファミリアの不始末を他派閥に尻拭いさせた挙句、その被害者を貶すなど、いくらベートでもする気にはなれない。まして、酔っていなければ尚更だ。
では、このまま放っておいて、ベルは強くなるのか。それに対してベートは否──とは答えない。何せベルは一月足らずでランクアップする少年だ。冒険者としての資質は十分ある、それがベートの認識だ。あと彼に必要なのは、きっかけと彼を導く師の存在。それをリューが用意できるのか。
別段、ベルが強くなってもベートに何か得がある訳でもない。極論、ベルが冒険者を止めたとしても何の問題もないのだ。
しかし、そう割り切れるものでもない。ベートは知っているのだ。ベル・クラネルという少年の輝きを。だから気に食わない、それだけだ。
そんな時、ベートが思慮に思慮を重ねている最中、二人の会話を優れた五感を持つベートが拾った。
「えっ!? リューさんってあの!?」
「はい、よろしければ手ほどきしましょうか?」
「いいんですか? 他派閥にそんなことして……」
「ベルなら問題ないでしょう。アストレア様にも許可は貰ってます」
「あ、ありがとうございます!」
「では、明日から。頑張りましょうね」
はい! と元気よく返事をするベルの頭に兎の耳をベートは幻視した。
どうやら杞憂だったらしい。熟考していたのが馬鹿みたいだ。
リューの師としての実力などベートに知る由もないが、アイズよりはマシだろう。それくらいは理解できる。
詳しくは知らないが、前回は『
くだらねぇ、そう呟いてベートは夜風に当たろうと店の出口へ向かった。どうやらここでもベートの出番はないらしい。
◇◇
「──待ちなさい。【
店を出たベートの背後から、涼しげな声が聞こえた。振り返ると、そこには緑を基調としたウェイトレスの服を着たリューがいた。どうやらいつもの自分を思い出したようだ。先程の少女の面影はなくなっていた。
「ああ? なんだよ」
「貴方も
「──やっぱりテメーか」
半ば確信していることだったが、やはり、正解だったらしい。改めてリューに向き合うと、ベートが口を開いた。
「お前は何か知ってんのか」
「いえ、私も気付けば戻っていました。だから過去を──
そう口にするリューの瞳には、若干の後悔の色が見られたが、それ以上に安堵や喜びの感情が表れていた。
「じゃあ、お前は他にこの現象に巻き込まれてるやつを知ってるか?」
「はい。貴方もよく知る人のはずです」
「……どういう事だ。まさか俺らのファミリアにまだいるってか?」
「そう言ったつもりですが」
知らないんですか、と言外に告げられてベートは停止した。
他に逆行した者がいる? 誰が?
動揺を表に出さないように注意しながら、再び尋ねる。
「誰だそいつは。いつから知っていた」
「私が出会ったのは丁度、貴方たちが遠征に向かう前でしょうか。酷く動揺していたので、声をかけたら話を聞かされました。内密にして欲しいとの事だったので、誰かまでは伏せますが」
「チッ、まぁいい。じゃあ、最後だ。テメーは何がしてぇんだ。どうして兎野郎を助けた」
「どうして、ですか……」
リューが口ごもる。今のベートの複雑な感情がこもった瞳に射抜かれ、嘘をつくのは憚られた。だから、リューは自身の気持ちを正直に話すことにした。
「私は、彼に救われました。彼が私を闇から光の射す方へ導いてくれたのです」
「……」
「それからでしょうか。彼を想うと胸が苦しくなったのです。そして、思った。これが恋だと」
「……あぁ?」
「アリーゼたちにも相談しました。それで、行動を起こした。誰かに取られる前に、私が彼を──」
「──おい何やってんだ」
思わずベートは頭を抱えた。それだけの理由でベルを助けたのか、と。
やはり、いつの間にか前回の【疾風】はどこかへ行ってしまったらしい。高潔、貞淑で知られているエルフとは思えないほどだ。今もリューは顔を赤らめながら、モジモジしている。テメーはそんな奴じゃなかっただろうが、と叫びたい気分だ。
「──【疾風】」
「はい」
「お前の言ってる奴はアイズじゃねぇんだな」
「……はい、違います」
「……そうかよ」
それだけ確認して、ベートは店に戻った。見事にベルの師のポジションを奪われたアイズであるが、考えてみればそれも良い事だと思える。
何かと勘違いする
それを踏まえると、ベルとの接触がなくなるのはある意味ベートの求める展開だ。これ以上、心を許せる者を増やしても彼女が立ち止まる危険を増やすだけに思えた。
そして、自分の座っていた場所に戻ろうとした時、
「ア、アイズたん? ちょっと待って無理死ぬ死ぬ死ぬ!!」
ロキの悲鳴が聞こえた。
横を見れば、アイズがロキの首を締めにかかっている。
「アイズさん! ロキが死んじゃいますよ!? 相変わらずお酒は弱いんですね……」
「ちょっとアイズ、何してんの!?」
レフィーヤやティオネたちも騒ぎ出した。アイズの目は焦点が合っておらず、手元からは酒の匂いのしたジョッキが空になって置いてある。
「ったくよォ、何やってんだよアイズ」
「ベルが……私のベルが……」
「ベル? あの兎野郎がなんだよ。…………ん?」
アイズが勢いよくベートを見つめてくる。信じられないものを見たような目付きだ。
ベートも気付いた。何かがおかしい、と。
(なんでアイズが兎野郎のこと知ってんだ?)
今回は助けた相手が違う。接点はない筈だ。では、どうして。
そこまで考えて、思い至った。
(おいおい、まさか……)
「ベートさん、どうしてベルのことを知ってるの?」
すっかり酔いの醒めた目で、掴みかかるような体勢でベートに迫る。
(
ベート・ローガ:原作開始一年前くらいに逆行。今作が続くことがあれば苦労人になっていただろう。アイズとリューの双方から話を聞かされて胃が痛くなってそう。
リュー・リオン:ファミリア壊滅前まで逆行。すぐさま【ルドラ・ファミリア】を取り締まって窮地を乗りきる。今作の勝利者。一番キャラ崩壊してるよ君。【ロキ・ファミリア】の遠征帰りを狙ってベルの心を射止める策士。このリューさん原作二十巻くらいから来てそうだな。
謎の逆行者:リューが言ってた人。出した意味は全くない。文字数を稼ごうとしたら出てきた凄い人。今作が続くことがあれば友の窮地を救うことがあったかもしれない。しかし、リューたちが軒並み闇派閥を潰しているから、原作通りの事件が起こることは無いかもしれない。
アイズ・ヴァレンシュタイン:誤って酒を飲んだら逆行した。なんでだよ。策士によってベルを取られた。今作が続くことがあれば、ベルの心を再び取り返そうと努力してそう。これがNTRッッ!
ベル・クラネル:オラリオの中でも指折りの実力者(美人)に惚れられてる。逆行していないから、原因が全く理解出来ていない。勿論レアスキルは手に入れているから、レコードホルダーになる兎。外堀をめちゃくちゃ埋められることになるだろう。