遡るは時の流れ   作:タイムマシン

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今更ですが明けましておめでとうございます。12月に更新するとほざいてましたが忙しすぎて無理でした。今月はさらに忙しいので次は来月になると思います。


   


事の終わりと新たな始まり

「……んっ」

 

 うっすらと光を感じて朝が来たのだと回らない思考で理解する。昨日の激戦のおかげか未だに気怠い体を起こすのは、なかなかに骨が折れる作業だった。

 

(もう少しだけ……)

 

 昨日は十分頑張ったのだ。格上(Lv3)──ヒュアキントスとの戦いに勝利したことを皆が称えてくれた。リューやアイズ、ベートたち師匠はもちろん、主神(ヘスティア)にヴェルフやリリ、【ロキ・ファミリア】、【アストレア・ファミリア】の人たちにまで祝われた。

 昨晩は関係者たちと館で一晩中騒ぎ立てて、おいしいお酒もおいしいご飯もたくさん食べて楽しい時間を過ごしたのだ。だから、もう少しだけこの余韻に浸ろうと()()()()()()()()()()()()()()()()()()、再び意識を沈めようとして──

 

(──あ、れ?)

 

 意識がまた浮上し始める。そういえば、ここはどこなのだろうか。昨日は確か【アポロン・ファミリア】の館でパーティーを行った気がする。そのあと、自分はちゃんと何時もの本拠地(ホーム)に帰ったのか、その記憶がない。しかし、記憶がなくなるほど酒を飲んだ覚えもない。確かに酒は飲んだが、【勇者(ブレイバー)】フィン・ディムナや【九魔姫(ナインヘル)】リヴェリア・リヨス・アールヴ、【重傑(エルガルム)】ガレス・ランドロック等の大物もベルのもとにやって来たのだ。その衝撃ですっかり酔いなど醒めてしまったはず。だが、どうにも昨夜の出来事があやふやで、何かを忘れてしまっているようだった。

 ひとまず、現状を確認しようと目を開けた。すると、

 

「……ん」

 

 

 目の前に金の髪を持った少女(ヒューマン)がいた。

 

(なんだ夢か……って、え? え?)

 

 現実逃避をしようと閉じた目を再び開けると、やはりそこにはアイズ・ヴァレンシュタインの姿がある。すやすやと小さな寝息をたてながら眠りについているアイズはダンジョン攻略をしている時とは打って変わって、どこか幼さを残していた。

 ベルはよく仲間に察しが悪いといわれるが、身の危険には敏感だ。この状況(シチュエーション)はまずい。これは本拠地(ホーム)で朝を迎えたとき、たまに起こる『ヘスティア事件』によく似ている。ベルが一人で寝たはずなのになぜか布団に他の人間が紛れ込んでいるあの出来事に! 

 ベルは学習している。ギギギ、と鉛のように重くなった首を少し下に傾けると、そこには──ベルの手をつかんで離さないアイズの手と()が──

 

(──────)

 

 時間が停止する。叫び声を上げなかったのは今までの訓練の賜物か。ゆっくりと手を引き抜こうとしても、がっちりとガードされていて解けない。勢いよく抜こうものなら流石にアイズが起きてしまうだろう。しかし、それは良くない。こんなところを誰かに見られた日にはどうなることやら。

 ヴェルフやベートなら、見て見ぬふりをしてくれるかもしれない。だが、リリやヘスティアに見られたら一日中絞られることは目に見えている。ロキなら……責任をとれとか言いそうだ。

 そして、一番ヤバいのはもちろんリューに見られることだ。淡い想いを抱いている人に軽蔑されたら泣いてしまう。

 それだけはなんとしても避けねば。そうベルが決意を固めていると、後方から()()()()()()()()()()()()()

 

「うわぁっ!?」

「……んっ」

 

 思わず頓狂な声を上げる。不味い。見られたどころか後ろに誰かいる。ベルの声に反応したのかアイズがわずかに身をよじった。しかしまだ起きる様子のないアイズに胸を撫で下ろしつつ、ベルは首を捻って後ろを確認する。

 

「……おはようございます、ベル」

 

 果たして、そこには一人のエルフがいた。太陽の光を映して輝く金の髪に、うっすらと開けられた空色の瞳。顔がやや赤らんでいるのは現在の自分の行いを理解しているからか。身に纏っている服はいつも以上に薄手で、およそ男女が同じベッドに入っているときに着ていいものではない。

 まあ、つまり、この状況は初心なベルにとって、とんでもなく目の毒で。

 

「うわぁあぁぁぁぁぁ!?」

 

 今度こそベルは悲鳴を上げてベッドから飛び起きた。

 

 

 ◇◇

 

 

「ええと、おはようございます。アイズさん、リューさん」

 

 今、ベルの前には神にも勝るとも劣らない美貌を持った女性が二人いる。両者ともにオラリオトップクラスの有名人、高嶺の花だ。目を覚ますとそんな二人が何故か同じベッドにいたのだ。寝床についた時の記憶が全くない。まるで意識を飛ばしていたとしか思えぬほどに。

 

「その、どうして僕たちは三人で寝ていたんでしょうか……?」

 

 おずおずとベルが話し始めると、アイズとリューは顔を見合わせて──目配せした。何やら通じ合うものがあるらしい。

 

「……ベルが一緒に寝ようって言ったからだよ……?」

「……そうですね、確かに言っていました」

「なんで目をそらしながら言うんですか!? 絶対嘘ですよね!?」

 

 アイズは斜めを向き、リューも同じくそっぽを向いて汗を流している。いくらベルでも容易くそれが嘘だと判断できた。嘘をつくことが苦手な三人が集まっても誰も騙せない。

 

「では、どうして私たちが……その、あの、ど、同衾しているのですか」

「うっ……」

 

 痛いところを突かれて押し黙る。結局そこに行きつくのだ。ベル・クラネルという少年はどこまでも純粋でまっとうな倫理観を有している。ハーレムを作ったりなどとありえない夢想をしているものの、交際もしていない女性と同じベッドに入るような教育はあまりされていない。

 なので、ベルから一緒に寝ようと提案したとは思えないし、彼女たちから誘われても受け入れるとは考えにくい。

 

「ベル、思い出してください。貴方の思うようにすればいいのです」

 

「そうだよ……。もうちょっと寝よう?」

 

 

 ベルが必死になって頭を回していると、左右から甘言が飛んでくる。耳元で囁かれる甘い声はベルの理性を揺さぶるには十分で。もしや本当に酒に呑まれていて自ら望んでこの状況に持ち込んだのではと今は亡き祖父の顔を思い浮かべた。しかし、すると、ノックもなしにドアが開かれた。

 

「今何時だと思ってんだ、さっさと起きろ」

「ベ、ベートさん!」

 

 灰色の尾を不機嫌そうに揺らして琥珀色の目を眇める青年は、中に誰がいようとお構いなしという風に部屋に入ってきて三人の顔を見た。リューとアイズが抗議の視線を送るもベートはびくともしない。心臓に毛が生えているのはこちらも同じなのだ。

 ズカズカとベートがベッドにいる三人のそばまで歩いてきて、ベルを二人から引き剥がす。そして、そのまま脇に抱え込んだ。

 

「行くぞ、ベル」

「待ちなさい。ベルをどこに連れていくつもりなのです」

「フィンが呼んでんだよ」

「フィンが……? なら私も行く」

「お前は呼んでねぇ」

 

 いやいや、と首を振りながら寝起きのアイズはベートに抵抗する。まるで幼女に絡まれた時のような顔をしたベートは、そのままベルをアイズに押し付けて部屋から追い出した。こうすると少女を手懐けることができるとベートは知っている。すさまじい速度で成長しているのはベルだけではない。ベートも学習している。

 一人仲間外れにされたリューは不満げに「むぅ」と声を漏らす。

 

「一体、何の話をするのでしょうか」

「女に首を絞められた時の脱出法とかじゃねぇか」

「────!」

 

 リューの体が大きく揺れる。ベートを見上げるその顔は羞恥に染まっていて、果実のように赤くなっていた。

 

「……お酒の飲み比べは金輪際しません」

「アイズにも言っとけ。昨日テメェ等が暴れたせいで主役の意識が飛んでんだから」

「……すいません」

 

 反省の意を示しているリューを見て、ベートは大きく息を吐いた。二人分ほどのスペースを空けてベッドにベートも腰掛け、腕を組んで寝転がる。

 相変わらず変な関係だと思う。家族(ファミリア)でもない、ライバルでもない、友人かと聞かれてもお互い首をかしげるだろう。未知の現象から始まった未知の関係。これが現象に全く関係のない一人の少年を中心に回っているのだから、なおさら奇妙だ。現在判明している五人の逆行者のうち四人はベルに深くかかわっていて、もう一人は今も彷徨い続けている同胞に首ったけ。以前よりは順調だとエルフの少女は言っていたので放置しておく。

 闇派閥(イヴィルス)との争いでも、【ロキ・ファミリア】に今のところ大きな被害は出ていない。神を相手取る以上、悟られてはならない。もう少しこちらの状況を理解してくれる味方が欲しいところだ、と横に視線を送りながら考える。

 

「そういえば、ベルから聞きました」

 

 ベートが真面目に思考を巡らせていると、リューがポツリと口を開いた。

 

「……何だよ」

「ベルは出会いを求めてオラリオに──冒険者の道に足を踏み入れたそうですが、彼の祖父の影響か『ハーレム』を作るという目標があったとも言っていました」

「そんなの自分の勝手にすりゃあいいだろうが」

 

 現に複数人を娶ったという冒険者は数こそ多くないが、今もちゃんと実在する。もちろんそれを不誠実だと断じる者もいるが、他人の恋愛事情に興味のないベートからすれば、同意さえあるならどうでもいいことだった。

 

「……私はあまり賛成の立場に居ませんが、彼に惹かれる者が多いことも事実です。『英雄色を好む』とも言いますし、正妻の私以外にも側室が数名いても問題ないと思います」

「────」

 

 ベートは瞠目した。自分が選ばれると微塵も疑っていない態度。傲岸不遜な発言。まだ昨日の酒が残ってるのではと密かに祈った。明らかに良くないベクトルに進んでいる少女にベートは一言。

 

 

 

「馬鹿かよ」

 

 

 ◇◇

 

 

 夜。闇に包まれた街を魔石灯が煌々と照らす。広大な迷宮都市(オラリオ)の一角は歓楽街としての役割を担っている。欲望が収まることなどない、夜の街。人々が歓楽に耽る娼館街の最も高い宮殿には神がいる。夜の王が存在した。

 

「……クソッたれ」

 

 褐色の肌を隠そうともせず、煙管(キセル)を口にくわえた『美の女神』は吐き捨てるように呟いた。開かれた窓から、オラリオの中心にそびえ立つ白亜の巨塔を睨む。きっかけは何であったのだろうか。神界でも遠く離れた場所に位置している二人には接点などなかった。唯一あったのは神として司るもの──『美』というモノだ。

 片や歓楽街を支配する夜の王。片やこのオラリオを左右するほどの力を持った都市の王。気に食わないと感じるのは当然だった。

 

「おい、ヘルメス。さっさと情報を吐きな」

 

 そう言って蠱惑的な笑みを浮かべる女神──イシュタルは部屋の隅でシクシクと涙をこぼしている男神──ヘルメスに目を向ける。ヘルメスの衣服は乱れ、体には謎の痣がいくつも付けられていた。その言葉を待っていたと、これ以上の責め苦は御免だと、男神は口を開く。最近もう一人の『美の女神』──フレイヤが気にかけているという少年の話を。思想、戦績、性格、交友関係。幅広い情報網を持った神の口から様々な話がもたらされる。つらつらと語られるその内容にイシュタルの顔色が変化していく。

 

「……つまりなんだい? そのガキの交友関係は老神(ゼウス)か?」

「さぁ、それはどうだろう。ただベル君は【ロキ・ファミリア】と深い関係にあって【アストレア・ファミリア】とも深い関係にあって、フレイヤ様にも気に入られていて、【ヘファイストス・ファミリア】とも交流を持っていて、今も【アポロン・ファミリア】の館で遊んでいる程度の少年だよ」

 

 橙黄色の瞳を細めて軽薄な笑みを見せる。イシュタルとて無策ではなかった。協力者を募り、禁忌に手を出し、万全の状態でフレイヤを打ち砕く算段だった。

 しかし、これはおかしい。少年の背後が強力すぎる。少年一人に手を出した時点でオラリオ全てを敵に回すようなものだ。いくら奥の手があろうとも、質と数で上をいかれては勝ち目はない。

 本気でやるのか、と暗に問いかけられてイシュタルはヘルメスを睨め付けた。

 

 

「……………………少し考える。クソッたれ」

 

 




ベート・ローガ:自分より酒癖の悪い人間にドン引き

ベル・クラネル:祖父の英才教育(笑)を受けたエリート(大嘘)

リュー・リオン:謎の余裕を有する。かわいい。自分からではなくベルから言うことに意味がある

アイズ・ヴァレンシュタイン:おとこのこといっしょにねた!

イシュタル:敵強すぎィ!多すぎィ!



今作で密かに目標にしてた感想100件を達成しました。いつも感想ありがとうございます!次は評価数50と感想150目指して来月に更新します

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