遡るは時の流れ   作:タイムマシン

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二回目があるとは言ってない。


第一次神会対戦

 神会(デナトゥス)。それは神々が情報交換を行う場。

 しかし、神はそんな事に興味はない。彼らの関心ごとは──

 

「じゃあ、次はお待ちかねの──命名式や」

「よっ! 待ってました!」

「このために今日は来たんだからよー」

「お前ら、頼むからじっとしててくれよ!? 今回は俺の子が居るんだ!」

「なぁに、俺たちに任せとけ。お前の眷属は──カッコイイ二つ名付けてやらねぇとなァ!」

「チクショォォォォォ!!」

 

 司会のロキの言葉を皮切りに、神々が悲喜交々の声を上げる。このバカ騒ぎこそが神々の真骨頂。退屈を嫌う本性があらわになる、その瞬間。

 

(これが、神会ッ……!)

 

 そんな彼らを見て、ヘスティアが小さく呻いた。この会合に参加するための条件は、眷属がランクアップした経験があることである。故に、眷属が初めてランクアップしたヘスティアは、当然ながら、初参加である。

 

(大丈夫、無難な二つ名を取ってきてやるぜ、ベル君!)

 

 ヘスティアが内心、そう決意している最中も会議は続く。ロキやフレイヤ、アストレアといった実力のある派閥はこの会議でも多大な影響力を有し、基本的には主神が望んだ、または無難な二つ名が付きやすい。

 しかし、

 

「決まりやな! アンタのとこのカーラの二つ名は──【暗黒微笑(ダークネススマイリング)】や!」

「Foooooooooo!!」

「ウソだろォォォォォ!? 早まるな、考え直してくれェェェ!!」

 

(これが、地獄か……)

 

 このように、大派閥ではない、所謂弱小ファミリアでランクアップした者が現れると、神々の格好の餌食となる。

 神は他派閥の眷属にイタい二つ名を与えることで、日々のストレスや退屈をしのぎ、冒険者たちは神の独創的すぎる命名センスに感嘆の声をもらす。まさにwin-winの関係である。二つ名を付けられた眷属の主神以外は、だが。

 

 倒れ込んだ男神を見て、ヘスティアは合掌した。ヘファイストスの話によると、再びランクアップした際に、二つ名が変更になることがあるそうなので、その時まで頑張ってくれたまえと無責任なエールを贈る。ヘスティアも明日は我が身──というより、次は我が身である。他のことに気を取られている場合ではなかった。

 

「次は──ドチビのとこのちんちくりんか」

 

 ロキがそう口にした瞬間に、一斉に視線が集まる。視線を一身に引き受けたヘスティアは最後の抵抗とばかりに、大きく胸を張った。

 

 ◇◇

 

(あんのドチビ調子乗りやがってぇ……!)

 

 自身の双丘を大きく主張しているヘスティアを見て、ロキが毒突く。

 抜かれることはないとタカをくくっていたアイズの記録を軽々と更新されたのだ。よりにもよって、犬猿の仲であるヘスティアに。

 隠蔽や工作などを行っていたならば、まだ理解できるのだが、

 

「ドチビ、ほんまに反則(チート)使ってないんやろうな」

「つ、使ったわけないだろ! ベル君はちゃんと自分の力でここまで来たんだ!」

 

 犬猿の仲とは言ったものの、ロキもヘスティアの人となりは十分理解している。その彼女が言うのであれば、ベル某は本当に一月ほどでランクアップしたのだろう。

 ならば、ロキに残されたヘスティアへの嫌がらせの手段はイタい二つ名を与えることだけなのだが……。

 

(……あかん! そんなんした日にはウチがアイズたんに殺される! )

 

 アイズに対する恐怖でその考えを振り払う。なんでこんなことになったんや、とロキは思わずにはいられなかった。

 

 ▶▶

 

 時は神会の前日まで遡る。次の日に始まる神会に思いを馳せているロキのもとに、二人の眷属が訪れた。

 

「おー、なんやアイズたんとベートか。急にどないしたん?」

「俺は付き添いだ。何でも、アイズが言いたいことがあるんだとよ」

 

 ほとほと嫌そうな顔をしているベートに対して、アイズの表情は真剣そのものだ。部屋に入ってきた二人に椅子を用意し、ロキ自身もベッドに腰掛ける。深刻な面持ちのアイズを見て、どんな話だとロキも身構える。

 

「あの、ベルがランクアップしたから、ちゃんとした二つ名を付けてあげて欲しくて」

「ベルぅ? ウチのファミリアにはそんな名前の奴おらんかったはずやけど」

「ちげーよ、アイズが言ってんのは他派閥の冒険者のことだ」

「ヘスティア様の眷属で……」

「ヘスティアやと!? あのドチビのとこの子がランクアップしたんか!」

 

 衝撃のあまり、ひっくり返りそうになるのをなんとかこらえる。

 出来立てホヤホヤの弱小ファミリアから、ランクアップした者が現れたとなれば、神々の大きな関心を引くだろう。

 しかし、今のロキにはそんなことよりも気になることがあった。

 

「で、アイズたん。ドチビの眷属とどういう仲やねん。まさか、男か!? 恋とか言わんよな!?」

「そんなこと……」

「いや、どんなこと!? 答えになってないやろー!」

 

 ロキの怒涛の質問ラッシュにアイズがおののく。答えに窮したアイズはベートの方をチラリと見た。代わりに答えてと言わんばかりのアイズに、ベートは若干イラッとしながらも答える。

 

「遠征帰りに兎野郎に迷惑がかかったから、その罪滅ぼしに何かしたいってコイツが言い出したんだよ」

「なるほどなるほど。じゃあイタい二つ名を付けたりしたら……」

「斬ります」

「────分かりました」

 

 ロキは思わず敬語で答えた。

 

 ▶▶

 

(ちゃんとしたのってどんなんや……? 無難なやつならセーフか)

 

 あの時のアイズは、変な二つ名であれば容赦しないと、金の瞳が雄弁に語っていた。あの後、ベートに泣きついて二つ名を一緒に考えてもらった。勿論、フィンたちも呼んで大ごとに発展したが、ロキとベートの安全がかかっているのだ。睡眠時間は大幅に削られたが、いくつか無難な案が思い浮かんだ。

 

「案がある奴はどんどん言ってってなー」

 

 司会としての仕事をこなした後、再び思考に時を費やす。

 ロキとヘスティアの仲は神々の間では割と有名な話である。そのロキが先陣を切らなかったことに疑問を浮かべつつも、神は思い思いの案を述べていく。

 

(さてと、ここからどうやって場を誘導するか……)

 

 ロキはこの大喜利大会のような会議を、どうにか無難な命名式に戻す必要がある。しかし、彼女はヘスティアのために下手に出るなどゴメンである。そこで、司会の立場を存分に利用して、場の意見を纏める感じで無難な二つ名を付けることを画策した。

 

「そや、ドチビ。自分なんかいい案ないんか?」

「えっ! 良いのかいロキ!」

「ドチビの子で最後やし、ウチらも疲れてんねん。聞くだけ聞いたる」

 

 ヘスティアが歓喜に満ちた表情を浮かべる。ヘファイストス等の親交がある神には、無難な二つ名のために協力を要請しているが、まさかロキからこんなチャンスを振られるとは思いもしていなかった。

 

「じゃあ、無難なやつで! 【リトル・ルーキー】とか【白兎】とかそんな感じの!」

「エラく普通やけど……まあ、別にいいか。皆もええよなー」

 

 よく言ったとロキが内心拍手する。

 ロキもヘスティアがイタい名前より、無難なものの方を求めていることくらいは理解している。敢えてヘスティアに発言権を与え、その案を採用しようという魂胆だ。

 このロキの行動に違和感を覚える者がいようとも、それを口に出す者はいない。鬼気迫った顔をしたロキに、そんな指摘をしようものなら後で何をされるか分からないのだ。自分から最大派閥に喧嘩を売るような真似をする神は──

 

「あら、どうしたのロキ? あなたらしくもない」

 

 居た。【ロキ・ファミリア】と最大派閥の名を争っている、世界最高位の階位(レベル)の眷属を有す【フレイヤ・ファミリア】。その主神たるフレイヤは当然のように発言した。

 

「なんや、フレイヤ。じゃあ自分になんかいい案があるんか?」

「いいえ。でも、無難というのは少し物足りなくないかしら。少しばかり刺激が欲しいわ」

 

(この色ボケ女神ィ……)

 

 ロキの顔が盛大に歪む。せっかくまとまりつつあった場が、フレイヤの一声で再びざわつき始めた。単身ロキに歯向かうのは誰もが遠慮するところだが、フレイヤという後ろ盾があれば話は別だ。刹那のスリルを求めて、我先にと案を出していく。

 

 この時点で、会議の勢力は三つに別れた。一つ目はロキについた、無難な二つ名を良しとするグループ。二つ目はフレイヤについた、それを良しとしないグループ。そして、三つ目が対立する神々を見て、中立の立場をとったグループだ。ヘルメスなんかは真っ先に中立の立場をとり、ニヤニヤと笑みを浮かべている。

 

(あと誰か、こっちにつくやつがいたら……!)

 

 場は均衡状態を保っていた。中立派からどちらかのグループに属することがあれば、それでこの勝負は決着がつくだろう。負けたらどうなるか分からない以上、ロキとしてはこの際ヘルメスでもいいから味方して欲しいくらいだった。

 すると、そこに、

 

「──少し、いいでしょうか」

 

 中立を保っていた一柱の女神が手を挙げた。下界の子のみならず、神すらも魅了する美貌を持つフレイヤとは違ったタイプの美人。凛とした雰囲気を纏った『正義』を司る女神──アストレアが戦いに参戦した。

 

「アストレアにも聞いとくわ。無難なものか変なもの、どっちがいいと思う?」

 

 先手必勝。ロキがアストレアに尋ねる。お前はどっちの味方だと。【アストレア・ファミリア】は人数こそ多くないものの、第一級冒険者が複数名在籍している力ある派閥である。ロキもフレイヤも一目置いている彼女に勝敗は委ねられた。

 アストレアはやや困ったような顔を浮かべながらも、やがて口を開いた。

 

「そうですね……。私は無難なものではなくても良いと思います」

「えっ!? そんな……」

 

 ヘスティアが泣きそうになる。ロキもヘスティアと同じ思いだ。彼女は今、こちら側にはつかないと宣言したのだ。

 しかし、アストレアは「でも」と話を続けて、

 

「変な二つ名を付けてしまうのは、ベルがかわいそうです。フレイヤ、貴方も分かってくれますね?」

 

 フレイヤに向き直して、そう言った。フレイヤも別にベルにイタい二つ名が付いて欲しい訳では無い。ロキにちょっかいを出した後は、それらしいものに誘導するつもりだったのだ。特にアストレアの発言を訂正することもないので、素直に頷く。

 

「アストレア、あなたはこの子の二つ名の案を持っているの?」

「はい。話に聞いた所によると、ベルは非常に純粋で夢見る少年のようです。そうですね、ヘスティア」

「う、うん」

「ならば、彼はカッコイイ二つ名を求めていることでしょう」

 

 物語の英雄のような、そうアストレアは付け加えた。

 神が皆一様に考え込む。そんな二つ名を与えたのは何年前だっただろうか、と。

 

「英雄ねぇ……偶にはそういうのもいいか」

「おーい、ヘスティアー。こいつの特徴ないのかよ。戦闘スタイルとか、そんな感じの」

「うーん……」

 

 寄せられたいくつかの質問に悩む。当初予定していた流れとはだいぶ異なっているが、このままなら酷いことにはならなそうだとヘスティアも安堵した。

 そして、ヘスティアが素直に質問に答えようとすると、

 

「ベルは武器にナイフを用います。彼は速さに特化していて一撃離脱(ヒットアンドアウェイ)の戦法らしいですよ」

「アストレア、キミ詳し過ぎないかい!? そこまでボク教えてないよね!?」

 

 何故かアストレアが答えた。思わずヘスティアも突っ込む。アストレアは意味深な笑みを浮かべている。

 

「それで、私の案でしたね──」

 

 結局、彼女の意見が採用された。

 

 

 ◇◇

 

 

「あ、神様! おかえりなさい」

「ただいま、ベル君」

 

 神会でヘトヘトになったヘスティアをベルが迎え入れた。ホームである廃教会は未だに二人きりの空間であり、閑散としている。

 

「か、神様っ。僕の二つ名決まったんですよね!」

「うん、決まったよ」

 

 ベルの顔が分かりやすいほど明るくなる。何かと彼の周囲は大変なことになっているが、当の本人は英雄に憧れる少年である。純粋なのだ。

 

「それで、何になったんですかっ」

 

 待ちきれないとばかりに、ヘスティアの傍にベルが近寄る。ヘスティアは苦笑しつつも、決定したベルだけの二つ名を告げた。

 

「ベル君の二つ名は──【韋駄天(アキレウス)】だってさ」




ベート・ローガ: 寝不足。余談であるが、アストレアとも若干の関わりがある。どうしてだって? そんな事聞くまでもないじゃないか。お前はそろそろ怒ってもいい。

ロキ: アイズに脅された。

アストレア: ベルについて詳しい。誰のおかげかは言うまでもない。

ヘスティア: 眷属の個人情報がめっちゃ漏れてる。ビックリした。

ベル・クラネル: だいたいベルの二つ名は二次創作界でも無難なものが多いから、ちょっと違うのにしてみた。ペルセウスがOKならこれもいいだろう。

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