遡るは時の流れ 作:タイムマシン
──私の代わりにベル・クラネルに稽古をつけてやってほしい。
リューからベートはとんでもない依頼を受けた。
冗談じゃねぇ。なんで俺が。すぐさまベートは拒否して、話をアイズに持って行った。あれだけ執着していたのだ、大義名分さえあれば飛びつくだろうと。ところが、
『私がやらないって約束したので……。ごめんなさい、ベートさんがやってくれますか……?』
律儀に約束を守ろうとするアイズに断られた。これは、『めちゃくちゃやりたいけど、ここで誘惑に負けたら次からアイズの番の時にリューが侵攻してくるから、めちゃくちゃやりたいけど今回は我慢しよう』という高度な心理戦を行った結果である。なお、実際にアイズが訓練相手をしていたら、リューはアイズの想像通り──いや、想像以上かもしれない──に動いたので、結果的には正解だったといえる。
この一月にも満たない期間の過ちでこの先の安息の地を荒らされるのは我慢ならない。これからも大きな
だが、ベートとしてはたまったものではない。どうして自分がこのような役割を押し付けられねばならないのか。およそ自分には向いていない役割だと自覚している。二人の
しかし、アイズもやらないといった以上、ベートがやるしかない。やらねばそもそもベルが勝てないどころか、勝負にすらならないだろう。魔導士のレフィーヤには任せられない。ヒュアキントスも論外だ。が、気乗りしない。何か方法はないものか。
そこで、閃いた。とりあえず、何日か受け持って、ベルがベートのスパルタ指導に耐えられなくなったときにアイズに押し付けたらいいのではないか。流石のアイズも、ベルが泣きついてきたら意思を曲げざるを得ないだろう。リューにはうまく説明したらいい。
そうと決まれば善は急げ。ベルにおおよその流れを説明して、次の日から訓練が開始された。目標は、前回のアイズよりも、今回のリューよりも厳しく徹底的に。やる気に満ち溢れたベルとあまり乗り気ではないベート。それぞれの想いが交錯する。
「くらいやがれぇぇえええええ!」
「──グハッ……!」
「何やってんだベルゥ! お前そんな調子でLv3に勝てると思ってんのかァ!」
「ハアァァッ!!」
「いいぞォ! もっと踏み込めッ!」
「はい!」
「今日は『中層』まで突っ込むぞ」
「はい! ベートさん! …………ゑ? ちょ、ちょっと待ってくださいぃ!?」
「うるせぇ」
「今日はコイツ倒すまで帰らねぇからな」
「ベ、ベートさん……? このモンスターLv2じゃ倒せないってエイナさんが言ってましたよ!?」
「誰だそいつはァ? 少しは手伝ってやるから限界を今超えろ!」
「はぁ、はぁっ……」
「よォし、明日は『下層』だな」
「────────ぇ」
────訂正。この男、ノリノリである。
◇◇
「ベートさん、ずいぶん楽しそうですね」
「あ、確かに! なんだか新鮮でした!」
「………………チッ!」
特訓が始まってから二週間は経過した頃だろうか、
ちらほらと
特に、今のアイズの『ずいぶん楽しそうですね』には精一杯の皮肉がこもっていた。アイズは『(あんなに嫌がっていたのに二人きりで)ずいぶん楽しそうですね(皮肉)』と言いたいのだ。うるせぇ。大馬鹿二人も少しは純粋なレフィーヤを見習ったらどうだ、と内心毒を吐く。
──彼には、幾つか誤算があった。
第一に、ベルの戦闘スタイルがベートに近しいものだったということ。ベートが己の肉体で戦うのに対し、ベルはナイフを用いた戦闘を行うなど細部の違いはあったものの、二人の根本は『優れた足を活かした遊撃』であった。故に、他者にものを教えた経験が皆無に近いベートでも、幾つもの心得を分かりやすく教えることが可能だった。
……少しずつ己のスタイルに似てきてしまった
元はといえば、勝手に遠征に行った
第二に、
前回はベートの言葉で奮起したベルだったが、今回は無理ではないかとこっそり様子をうかがっていたアイズとレフィーヤが思ったほどだった。
しかし、ベルは立った。己の足で、己の信念に従って。次の日もめげずに訓練場へ足を運んだ。────これは
そして、最大の誤算。
第三に、────楽しかったのだ。
半年足らずでレベルを三つ上げたとてつもない潜在能力。格上に対して果敢に挑む反抗心。土壇場で発揮される不撓不屈の精神。その才能は今回も健在だった。
前日に嫌というほど教え込まれたものというのは、どれほど物覚えが悪い人間でも多少は身に着けてくるものだ。基本的な
ところが、ベルの場合は
いつしかベートはこの少年の進化を見るのが楽しみになっていた。今ならば、彼女たちの気持ちがわかる気がした。この少年の成長を間近で見ていたい。いつになったら自分たちに追いつくのか──追い越すのか。ほかの人間には任せられない、
この少年は正真正銘、『英雄の卵』だ。このままいけば、まだベートには見えない頂の景色──【
それをすべて自覚しているから、ベートは少女の言を退けなかった。認めるのは実に癪だが、ベルとの訓練は好ましい時間だ。
「……まだ一週間以上あるんだ、邪魔すんじゃねぇぞ」
そう言い残して、食事を終えたベートは
そんな彼の腰には双剣が下げられており、今からダンジョンに向かうのが見て取れた。
ここ最近のベートの動向はフィンを筆頭に多くの【ロキ・ファミリア】の団員にバレている。まぁ、隠そうとしていないため当然ではある。
他派閥の団員と個人的に深いかかわりを持つなど、フィンも多少は小言を言いたくなったものの、よりにもよってそれがベートとアイズだったため静観することにした。
ロキが比較的寛容だったという点もあるが、この二人──特にベート──は孤独を嫌わない性格なので交友関係がいつまでたっても狭いままだった。それが一人の少年を巡って少しずつ改善されている。最近では少年の迷宮探索アドバイザーなる人物とも交流したらしい。交流といっても、ものすごい剣幕で叱られただけらしいのだが。流石にLv2の少年をいきなり『下層』のモンスターと戦わせようとするのはどうかと思う。アイズでもやらなかったよ、とフィンは苦笑した。
また、こっそり訓練の様子を見に行ったフィンとリヴェリア、そしてガレスは少年の成長速度にも驚いたが、何より一番ベートの変化に驚愕した。
今となっては、是非ともこの関係を続けてほしいと思うほどである。幸いにも少年のファミリアは出来立ての弱小ファミリアだ。金銭的にも戦力的にもまだまだ未熟、支援が必要な頃だろう。同じように【アストレア・ファミリア】も色々と画策しているそうだが、問題ない。その手の勝負ではこちらに分がある。フィンとロキが組めば敵なしだ。ファミリアごと取り込んでしまえばいい。そう二人は陰でほくそ笑んだ。
「アイズさんアイズさん! 見ましたか今の!」
「うん、ベルはすごいね」
ベートを見送った後、アイズとレフィーヤは顔を見合わせる。
繰り返すが、ベートの戦闘スタイルは己の肉体の能力を存分に発揮した肉弾戦である。
「ベートさん、武器の練習しに行ったんですよ!!」
以前の彼とはまた違ったその姿に、レフィーヤは満面の笑みを浮かべた。
ベート・ローガ:稽古の面白さを知る。自派閥どころか他派閥にまで監視されてるのに気づいているから、ちょっとやべーと思ってる。ベルを連れまわしてたら彼の主神とハーフエルフの受付嬢に説教された。
ベル・クラネル:到達階層26階。好感度ランキング男子部門一位の人間に指導されてるから頑張る。女子部門を発表したら戦争が起こるかもしれない危険人物。ちなみに男子部門一位がベート、二位がヴェルフ、三位がミアハ様。
レフィーヤ・ウィリディス:ちょっと丸くなったベートを見てご満悦。ベルの評価を上方修正。
フィン・ディムナ:みんな楽しそうでご満悦。最近はロキたちと夜な夜な集まって話し合いをしているらしい。
アイズ・ヴァレンシュタイン:(一人でダンジョン)ずいぶん楽しそうですね(皮肉)
リュー・リオン:(みんなで遠征)ずいぶん楽しそうですね(皮肉)
ヘスティア:霊圧が……消えた……!?