遡るは時の流れ   作:タイムマシン

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来月からまた色々忙しいので定期的に失踪します!すいません許してください何でもしますから!




とっくん!

 ──私の代わりにベル・クラネルに稽古をつけてやってほしい。

 

 リューからベートはとんでもない依頼を受けた。

 冗談じゃねぇ。なんで俺が。すぐさまベートは拒否して、話をアイズに持って行った。あれだけ執着していたのだ、大義名分さえあれば飛びつくだろうと。ところが、

 

『私がやらないって約束したので……。ごめんなさい、ベートさんがやってくれますか……?』

 

 律儀に約束を守ろうとするアイズに断られた。これは、『めちゃくちゃやりたいけど、ここで誘惑に負けたら次からアイズの番の時にリューが侵攻してくるから、めちゃくちゃやりたいけど今回は我慢しよう』という高度な心理戦を行った結果である。なお、実際にアイズが訓練相手をしていたら、リューはアイズの想像通り──いや、想像以上かもしれない──に動いたので、結果的には正解だったといえる。

 この一月にも満たない期間の過ちでこの先の安息の地を荒らされるのは我慢ならない。これからも大きな出来事(イベント)はたくさんある。ここは雌伏の時だと自分に言い聞かせた。内に潜む幼い自分(アイズ)も同意してくれた。一時の癒しに目を奪われてはならない。真なる敵は自分ではなく同じ目的を持った他人である。

 

 だが、ベートとしてはたまったものではない。どうして自分がこのような役割を押し付けられねばならないのか。およそ自分には向いていない役割だと自覚している。二人の高度な(バカげた)心理戦を把握しきれていないベートはストレスが溜まる一方だ。

 しかし、アイズもやらないといった以上、ベートがやるしかない。やらねばそもそもベルが勝てないどころか、勝負にすらならないだろう。魔導士のレフィーヤには任せられない。ヒュアキントスも論外だ。が、気乗りしない。何か方法はないものか。

 

 そこで、閃いた。とりあえず、何日か受け持って、ベルがベートのスパルタ指導に耐えられなくなったときにアイズに押し付けたらいいのではないか。流石のアイズも、ベルが泣きついてきたら意思を曲げざるを得ないだろう。リューにはうまく説明したらいい。

 そうと決まれば善は急げ。ベルにおおよその流れを説明して、次の日から訓練が開始された。目標は、前回のアイズよりも、今回のリューよりも厳しく徹底的に。やる気に満ち溢れたベルとあまり乗り気ではないベート。それぞれの想いが交錯する。

 

 

 

 

 

 

 

「くらいやがれぇぇえええええ!」

「──グハッ……!」

「何やってんだベルゥ! お前そんな調子でLv3に勝てると思ってんのかァ!」

 

「ハアァァッ!!」

「いいぞォ! もっと踏み込めッ!」

「はい!」

 

「今日は『中層』まで突っ込むぞ」

「はい! ベートさん! …………ゑ? ちょ、ちょっと待ってくださいぃ!?」

「うるせぇ」

 

「今日はコイツ倒すまで帰らねぇからな」

「ベ、ベートさん……? このモンスターLv2じゃ倒せないってエイナさんが言ってましたよ!?」

「誰だそいつはァ? 少しは手伝ってやるから限界を今超えろ!」

 

「はぁ、はぁっ……」

「よォし、明日は『下層』だな」

「────────ぇ」

 

 

 

 

 

 

 ────訂正。この男、ノリノリである。

 

 

 ◇◇

 

 

「ベートさん、ずいぶん楽しそうですね」

「あ、確かに! なんだか新鮮でした!」

「………………チッ!」

 

 特訓が始まってから二週間は経過した頃だろうか、本拠地(ホーム)で食事をとっている最中にアイズとレフィーヤにそう言われてベートは苦虫を嚙み潰したような顔を作った。だが、レフィーヤたちの言葉は否定せずに。

 ちらほらと追跡者(ストーカー)が自分たちを見ていたことは知っているが、面と向かって言われるとややイラっとするものだ。

 特に、今のアイズの『ずいぶん楽しそうですね』には精一杯の皮肉がこもっていた。アイズは『(あんなに嫌がっていたのに二人きりで)ずいぶん楽しそうですね(皮肉)』と言いたいのだ。うるせぇ。大馬鹿二人も少しは純粋なレフィーヤを見習ったらどうだ、と内心毒を吐く。

 

 

 ──彼には、幾つか誤算があった。

 

 

 第一に、ベルの戦闘スタイルがベートに近しいものだったということ。ベートが己の肉体で戦うのに対し、ベルはナイフを用いた戦闘を行うなど細部の違いはあったものの、二人の根本は『優れた足を活かした遊撃』であった。故に、他者にものを教えた経験が皆無に近いベートでも、幾つもの心得を分かりやすく教えることが可能だった。

 ……少しずつ己のスタイルに似てきてしまった少年(ベル)に少し危機感を覚えたが、今更言われてもどうしようもないので放置することにした。

 元はといえば、勝手に遠征に行った少女(エルフ)とババ抜きが信じられないほど弱い少女(ヒューマン)が悪いのだ、俺は悪くない。ベルがナイフを囮に蹴りをお見舞いするようになってきたとしても、俺は悪くない。

 

 

 第二に、少年(ベル)が折れなかったことだ。当初はすぐに訓練を辞めるつもりだったので、最初からトップギアで訓練を進めた。勿論、受けたからには手は抜かない。初日に血反吐は吐かせたし、休憩も最小限しか与えない。いつかのように言葉のナイフでベルを攻撃した。散々ベルを嘲るような口調で、もう逃げだしたらどうだと、お前はその程度かと、弱者に唾を吐く。

 前回はベートの言葉で奮起したベルだったが、今回は無理ではないかとこっそり様子をうかがっていたアイズとレフィーヤが思ったほどだった。

 

 しかし、ベルは立った。己の足で、己の信念に従って。次の日もめげずに訓練場へ足を運んだ。────これは(ひとえ)に、ベルのベートに対する好感度が限りなく高くなっていた為なのだが、そんなこととは露知らず、キッチリと訓練に訪れるベルにベートは密かに高揚した。やはり、コイツは本物だ。本物の『冒険者』だと。ベートが他者に求める冒険者像にベルは当てはまっていた。

 

 

 そして、最大の誤算。

 第三に、────楽しかったのだ。

 半年足らずでレベルを三つ上げたとてつもない潜在能力。格上に対して果敢に挑む反抗心。土壇場で発揮される不撓不屈の精神。その才能は今回も健在だった。

 前日に嫌というほど教え込まれたものというのは、どれほど物覚えが悪い人間でも多少は身に着けてくるものだ。基本的な能力(アビリティ)に反映されずとも、技と駆け引き(スキル)は少しずつ己がものとなる。技術の巧拙の差は【ステイタス】の差を埋める重要な要素となる。

 

 ところが、ベルの場合は(いささ)か事情が違った。前日に教えたものが、次の日にはある程度様になっている。その次の日にはより改善され、そのまた次の日には立派な武器へと変貌を遂げている。【ステイタス】も同様だ。Lv6のベートからしたらまだ誤差のようなものでも、着実に速くなっている。目を見張る速度で強くなっている。毎日訓練を共にしているベートにすらはっきりと感じ取れるのだ。ここ数週間ベルと出会ってない人間が今の少年を見たら、別人だと疑うほどだろう。

 

 いつしかベートはこの少年の進化を見るのが楽しみになっていた。今ならば、彼女たちの気持ちがわかる気がした。この少年の成長を間近で見ていたい。いつになったら自分たちに追いつくのか──追い越すのか。ほかの人間には任せられない、()()()()()()

 この少年は正真正銘、『英雄の卵』だ。このままいけば、まだベートには見えない頂の景色──【猛者(おうじゃ)】のステージまでいつか手を掛けることが可能なのではないのか。

 それをすべて自覚しているから、ベートは少女の言を退けなかった。認めるのは実に癪だが、ベルとの訓練は好ましい時間だ。

 

「……まだ一週間以上あるんだ、邪魔すんじゃねぇぞ」

 

 そう言い残して、食事を終えたベートは本拠地(ホーム)を後にした。狼の尾が不機嫌そうに揺れている。自分の感情の変化と、それに伴う周囲の変化に敏感なのだろう。

 そんな彼の腰には双剣が下げられており、今からダンジョンに向かうのが見て取れた。

 

 ここ最近のベートの動向はフィンを筆頭に多くの【ロキ・ファミリア】の団員にバレている。まぁ、隠そうとしていないため当然ではある。

 他派閥の団員と個人的に深いかかわりを持つなど、フィンも多少は小言を言いたくなったものの、よりにもよってそれがベートとアイズだったため静観することにした。

 ロキが比較的寛容だったという点もあるが、この二人──特にベート──は孤独を嫌わない性格なので交友関係がいつまでたっても狭いままだった。それが一人の少年を巡って少しずつ改善されている。最近では少年の迷宮探索アドバイザーなる人物とも交流したらしい。交流といっても、ものすごい剣幕で叱られただけらしいのだが。流石にLv2の少年をいきなり『下層』のモンスターと戦わせようとするのはどうかと思う。アイズでもやらなかったよ、とフィンは苦笑した。

 

 また、こっそり訓練の様子を見に行ったフィンとリヴェリア、そしてガレスは少年の成長速度にも驚いたが、何より一番ベートの変化に驚愕した。

 今となっては、是非ともこの関係を続けてほしいと思うほどである。幸いにも少年のファミリアは出来立ての弱小ファミリアだ。金銭的にも戦力的にもまだまだ未熟、支援が必要な頃だろう。同じように【アストレア・ファミリア】も色々と画策しているそうだが、問題ない。その手の勝負ではこちらに分がある。フィンとロキが組めば敵なしだ。ファミリアごと取り込んでしまえばいい。そう二人は陰でほくそ笑んだ。

 

 

「アイズさんアイズさん! 見ましたか今の!」

「うん、ベルはすごいね」

 

 ベートを見送った後、アイズとレフィーヤは顔を見合わせる。

 繰り返すが、ベートの戦闘スタイルは己の肉体の能力を存分に発揮した肉弾戦である。距離(リーチ)のカバーなどを目的に魔法を吸収する特殊装備(フロスヴィルト)を身に着けているが、それだけだ。使えるとはいえ、普段全く使用しない双剣をわざわざダンジョンに持っていく必要はない。それなのに、彼の腰にそれが下げられているということは、答えは一つしかない。

 

「ベートさん、武器の練習しに行ったんですよ!!」

 

 以前の彼とはまた違ったその姿に、レフィーヤは満面の笑みを浮かべた。




ベート・ローガ:稽古の面白さを知る。自派閥どころか他派閥にまで監視されてるのに気づいているから、ちょっとやべーと思ってる。ベルを連れまわしてたら彼の主神とハーフエルフの受付嬢に説教された。

ベル・クラネル:到達階層26階。好感度ランキング男子部門一位の人間に指導されてるから頑張る。女子部門を発表したら戦争が起こるかもしれない危険人物。ちなみに男子部門一位がベート、二位がヴェルフ、三位がミアハ様。

レフィーヤ・ウィリディス:ちょっと丸くなったベートを見てご満悦。ベルの評価を上方修正。

フィン・ディムナ:みんな楽しそうでご満悦。最近はロキたちと夜な夜な集まって話し合いをしているらしい。


アイズ・ヴァレンシュタイン:(一人でダンジョン)ずいぶん楽しそうですね(皮肉)

リュー・リオン:(みんなで遠征)ずいぶん楽しそうですね(皮肉)

ヘスティア:霊圧が……消えた……!?


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