日本昔話流行れぇぇい!
呼び鈴の音でドアを開いてみれば、ぽつんと少女が佇んでいた。
呼吸すら忘れてしまうほどに端正な顔立ち。宅急便かと思って手に取った印鑑が、床に転がる音が聞こえた。
「ご迷惑でしょうが、どうか私を一晩泊めていただけませんか?」
礼儀正しく腰を折り、少女が頭を下げる。
フリーズした頭が再稼働するまで、何秒かかっただろうか。雪交じりの黒髪が冬の寒さを思い出させ、僕の意識を引き戻した。
一晩と言わず何晩でもどうぞ!
なんて下心が喉元まで出かかったが、それを理性で押し止める。
ふぅ、危ない危ない。ここは慎重に言葉を選ぶべきだ。
お生憎、ひとときの欲望に負けるほど僕は単純な男ではないのだ。
灰色の脳細胞で、この場で最もベストで一番でパーフェクトで最適な受け答えをはじき出す。
「一晩と言わず、何晩でもどうぞどうぞっ!」
畜生っ! 下心が待ちきれんとばかりに漏れ出てしまった。
まったく、正直者は辛いな……。
「はいっ、どうもありがとうございます」
しかし、絶望の淵にいた僕に少女は微笑みを見せた。予想外に好意的な反応に戸惑う。
これはどういうことだろう。割と気持ち悪いこと言ったのに、何故か彼女は嬉しそうに目を細めている。
みんな悪ぃ、どうやら世界が僕に追いついたみたいだ。
「とりあえず寒いので、中へどうぞ」
「あっ、はい! お邪魔いたしますっ!」
邪魔はしないでほしいな。
□
玄関に並べられた草履。それから身につけていた雪色の着物。
先程まで気にしている余裕がなかったが、彼女の装いはどう考えても今どきの格好じゃない。流行には疎いけれど、こんなんじゃラナウェイは歩きづらいだろうから。
そこまで考えて、淹れたてのコーヒーを口に含めた。
「あちっ」
猫舌の僕にはまだ熱かった。
気を取り直して、クツクツと笑い声を上げる。
ふふふ、察しがいい僕は分かってしまった。申し訳ないが、鈍感系主人公ってやつにはなれそうもない。
鶴の恩返し、という昔話はあまりに有名だ。
恩返しに来た鶴が「見るなよ! 絶対見るなよ!」と言って部屋にこもるのだが、それをフリと勘違いしたお爺さんが部屋を覗いて、鶴を怒らせてしまうお話だ。
そして僕は今、その再現にあっている。
待って、待ってくれ! そんな石とか投げないで。
じゃあお前アレか、鶴助けたんか? という疑問は最もだけど!
でも、その答えはYESだ。
今朝学校の行き道に倒れている灰色の鶴を見つけ、常に包帯と消毒液等を持ち歩いている女子力高い系男子の僕は、手当てを施したのだ。
つまり、彼女は今朝の鶴ではないか。
ラノベじゃないんだから、美少女が見知らぬ男の家に泊まりに来るなんて超展開は現実にないわけで。
鶴の恩返しが始まっていると考えた方が、まだ自然だった。
となれば、僕は恩返しを待てばいいのか。
僕は爺さんみたいに絶対押すなよと言っている鶴を熱湯風呂に入れる気はない。そんな鬼畜じゃない。
というかまじで爺さんは悔い改めた方がいいよね。
指示されたこともできないとか、そんなんじゃ社会でやっていけないよ? もうけっこうな歳なんだからさ、再就職とか厳しいでしょ。
まあ、困ったら相談乗るからさ、電話してきなよ。
ともかく、彼女の恩返しに期待して、僕は待つことにした。
□
翌日、僕は鳥のさえずりで目が覚めた。
いわゆる朝チュン。と言いたいところだが、そんな生易しいものではなかった。
まるで映画ジュラシックパークに出てくるプテラノドンのような、思わず耳を塞ぎたくなる騒音が、グワァーグワァーと響き渡っていたのだ。
あれはいったい何という鳥だったのか。あのまま二度寝していたら確実に悪夢に魘されていたことだろう。
そんなモーニングロックフェスティバルの後、僕は寝ぼけ眼を擦りながらリビングに向かった。
扉を開けると、台所に立つ鶴さんが目に入る。
どうやら昨日の出来事は夢じゃなかったらしい。
鶴の恩返しがノンフィクションだったなんて与太話、夢オチを疑っていたが、朝ご飯の準備をしている鶴さんを見てしまえば信じる他ない。
「あっ、おはようございます! お早いですね」
「おはようございます。今日は鳥のさえずりに叩き起こされまして……」
まだガンガンと余韻の残る頭を掻きながら言うと、なぜか鶴さんが期待混じりの瞳でこちらを見つめていることに気づいた。
目と目が合う〜♪ なんてBGMが流れかけたとき、もじもじと鶴さんが尋ねてきた。
「えっと、それは、どんな鳴き声でしたか?」
どんな鳴き声だったか?
僕は目を閉じ、ついさっき聞いた鳥の鳴き声を想起させた。
ケケケケックァ~~ギャギャギャックワァ~……。
うーん、おぞましい♪
「なんというか、そう……ダイナミック、だったかな。力強い声だったと思います。僕はああいうのも嫌いじゃない(好きとは言っていない)ですね」
期待した表情を浮かべている鶴さんの手前、一言おぞましいと告げることは小心の僕にはできない。なんとか褒め言葉に取れる言葉を絞り出した。
そう、ですかと鶴さんが頬を赤らめたのを観察して、心の底からそうして良かったと感じる。
待てよ、鶴さんはなんで鳥の鳴き声を褒めたら喜んだんだ……?
はっ! なるほど、同じ鳥類だから褒められると嬉しいのか。
聞くところによると、兄弟を他人から褒められるとちょっぴり嬉しいらしい。
僕には兄弟がいないからその気持ちは分からないけど、今の鶴さんの心境は、それと似ているのではないだろうか。
となれば、僕が取るべき行動は一つ。
「雀ってちっちゃくて可愛いですよね」
「は?」
ズンっ、と空気が沈んだ。室温が下がったかのような錯覚を覚える。あ、新手のスタンド使いか?
先程のふにゃふにゃだった表情は打って変わって、さながら能面のようだった。瞳から光の一切が失われている。マイナスイオンを放つ絶対零度の視線、命中率30パーセント。
良かれと思って雀を褒めたというのに、なにゆえ。
「私の方がちっちゃくて可愛いですよね?」
「はい……」
ふぇ〜、鶴と雀じゃ月とすっぽんだよぉ〜。
□
猛る鶴さんをあの手この手でやり過ごして、現在は教室の席についていた。
周りの生徒が仲良く談笑したり、限界しりとりをしている中、僕は必死にカバンの中を漁っている。もう漁り尽くしたというのに、諦めきれずにまだ漁る。
ようやっと諦めがついた頃、長い長いため息を吐いた。
「どうしよ、教科書忘れちゃったな……」
どうしたものかと、ちらっと隣人を見る。
その席にはおかっぱの女生徒が座っており、自分の腕を枕に幸せそうな顔をして眠りこけていた。
あっ、今ならこのセリフ言えるかな。へへっ、お前の彼女? 今俺の隣で眠ってるぜ。
まあ彼氏がいるかどうかも知らんけど。
超真顔でそんなことを考えて、再度ため息をつく。
生憎幸せが逃げるという噂は信じていないのだ。逃げるほどの幸せもないしね。
しかし、本当にどうしたものか。
僕の席は窓際の一番後ろにあり、反対側の隣の席と後ろの席は存在しない。
そして前の席の住民は顔はイカついし、筋肉はモリモリだし、身長は高いしで、正直話しかける気になれない。こまっちんぐである。
三度目のため息をつこうとした時だった。
けたたましい羽音と共に、何かがベランダに落ちた音が教室中に響き渡った。
これには流石に隣で眠っていた女生徒も、ビクッと身体を勢いよく起き上がらせ、音の発生源に目を向けている。
僕が顔を向けた頃には羽音の主は姿を消していたが、窓際の席ということをこれ幸いに活かし、身を乗り出してベランダに何が落ちたのかを見極める。
「あ、あれ?」
まさかと思い、すぐさまベランダへ出てそれを手に取る。
落ちてきたのは教科書だった。
ただの教科書ではない。
目次に所狭しと授業で配られたプリントが挟んである。
これには見覚えがあり、もしやと思い裏に返して名前を見ると、やはり僕の名前が記されていた。
「ナニコレ珍百景すぎるな」
なぜこんなところに僕の教科書があるのだろう。もしかして、ベランダに教科書を投げ捨てる新手のイジメだろうか?
若干の不安感に襲われながらも、予鈴が鳴ってしまったので教室に戻った。
窓の外を眺めていたらしい人が、でけー鳥がなんとかと騒いでいたが、果たしてあの羽音の正体はなんだったのだろうか。
□
奇妙な事件があったものの、以降は何事もなく時が流れた。
時針が頂点を指してしばらく、昼休みが訪れる。教室内は喧騒に包まれて、各々お弁当を取り出したり、安いで評判の食堂へ向かったり、限界しりとりをしたりで忙しなくしている。
かくいう僕も、机の上に弁当箱を広げ始めた。もちろん一人で。
しかし友達には恵まれずとも、この時間は楽しみにしていた。
なんせ鶴さんのお手製弁当である。
美少女の手料理ってだけでもうお腹いっぱいになれるよね。お弁当入るかな?
早速弁当箱を開けてみると、芸術品が姿を表した。
玉子焼きにプチトマト、タコさんウインナー。小さめの俵お握りとデザートにはリンゴが添えられている。
凄いな、これは。アートと言っても差し支えないだろう。
それこそ美術館に置いてあっても、まあ、流石に違和感あるな。
「いただきます!」
どれも見た目美味しそうだが、まずは玉子焼きに箸を伸ばす。
鮮やかな黄色に少し濃いめの焦げ目がついた、ふわふわの玉子焼き。まず美味しくないということはないだろう。
玉子焼きなんて誰が作ってもほとんど変わらないだろうし。
そんな失礼な考えをしながら、パクりとひと口。
「……っ!?」
瞬間、体に電流が走る。それは、今まで食べてきた全ての玉子焼きを過去にした。
絶妙な甘さに、雲のような優しい舌触り。気づけば僕は涙を流していた。
全ての料理家に謝らなければならない。
玉子焼きなんて味変わらんだろとか思っててごめんなさい。
出汁か砂糖かくらいしか変わらんだろとか思っててごめんなさい。
調子乗ってすみませんでした。
涙は弁当の具にも流れ落ちていく。そしてやがて地面に染み渡り、草木を育てていくんだ。めでたしめでたし。
「なんだこれ?」
なんだか心が綺麗になった気がするなあ、と再び箸を進めていると、奇妙なものを見つけた。俵お握りに隠れて気づかなかったが、底に何か入っている。
それは羽だった。灰色の、綺麗な羽。たぶん鶴の羽だろう。
あれかな? ちょっと髪の毛が入っちゃったって感じかな? 鶴さんもお茶目なとこもあるんだな〜。
なんて和みつつも、今朝のハイライトのない瞳を思い出すと、なんだかちょっと怖くなった。
□
そんなこんなで学校が終わり、家に着いた。
すっかりうちの台所に馴染んでいる鶴さんに挨拶をして、手を洗うために洗面所へ向かっていた時。鶴さんに尋ねたいことがあり、足を止めた。
「そういえば、いつまで家にいるんです?」
昨夜は大雪だったが、今はもう止んでいる。というか今日は快晴であったので、ほとんど雪は溶けてしまった。
だというのに鶴さんは未だ旅立とうとしていないので、滞在期間を問うたのだ。
確かに何晩でも泊まっていけと言ったが、まさか本当にそうするつもりもないだろうし。
「えっ、昨日は何晩でもって……」
と思っていた時期が私にもありました。
悲しげにそう嘆いた鶴さんに、僕は慌てて弁明する。
「いや違うです! てっきり恩返ししたらすぐに帰るのかと……」
「えっ、恩返し?」
鶴さんは不思議そうに小首を傾げ、僕の言葉を復唱する。
咄嗟に恩返しと出てしまったが、この際話してしまって構わないだろう。
「ほら、鶴の恩返しみたいに」
その言葉にまたもや鶴さんは怪訝そうにして顔をしかめた。
この辺りでようやっと僕は違和感を感じた。衝撃の告白が次の瞬間に来るのだから、あまりに遅すぎたのだが。
「鶴……? 私は
なん…だと…?
鶴は恩返ししませんよ。鷺はしますが。そんなのタイトル詐欺やん!(サギだけに)
人気が出たとしたら、バトルものに強引に舵切って続き書きます。