【完結】鶴が恩返ししないんだが   作:エタリオウ

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前回ナチュラルに除け者にされていた美烏の回です。


21. 美烏とドキドキ遺品整理

 午後二時ちょうど、玄関のチャイムが鳴った。

 時計の長針が真上を指したのと、ほとんど同時のピンポンだった。

 

 休日の来客というものは、普通なら少し身構えるものだと思う。

 宅配便か、回覧板か、あるいは何かの勧誘か。いずれにしても、ドアを開ける前に一拍くらいは心の準備がいる。

 

 けれど今日の僕は、チャイムの音を聞いた時点で、だいたい用件を察していた。

 

 玄関へ向かい、ドアを開ける。

 

 そこには予想通り、外の光を背にして美烏が立っていた。

 

 今日は制服ではなく、黒いニットに白いブラウスを重ね、膝下まである濃い灰色のスカートを穿いていた。

 肩から下げたショルダーバッグは、彼女の体格には少しだけ大きく見える。

 

 全体的に大人しい服装なのに、両側で小さく留めた髪と赤い瞳が妙に神秘的で、どうにも普通の休日感が出ない。

 

 ただ遊びに来た後輩というより、供物を受け取りに来た小さな使者といった感じだ。

 

 なお、供物の中身は僕のケシカスである。

 

「佐鳥先輩。定期納品に参りました」

「うん、第二土曜日だもんね」

「はい」

「僕が約束したことだからいいんだけど、ケシカスで季節の移ろいを感じる日が来るとは思わなかったよ」

「季語にできそうです」

 

 できない。

 

 美烏はいつも通りの表情で、かなり真面目に言っていた。

 たぶん本人の中では、春の霞や秋の虫の調べと同じ棚に、ケシカス定期納品が並びかけている。

 

「とりあえず、上がって」

「はい、お邪魔します」

 

 彼女は小さく頭を下げると、きちんと靴を揃えて家に上がった。

 

 定刻に来て、挨拶をして、靴を揃えて、約束を果たしに来ている。

 行動だけ見ればかなり模範的だし、もちろん僕としても、定期納品の約束を反故にするつもりはない。

 

 ただ、その対象がケシカスだという一点だけが、模範から大きく外れていた。

 

 とはいえ、このまま玄関先で納品式を始めるわけにもいかない。近所の人に見られたら、怪しい粉の取引現場にしか見えない。

 

 僕は美烏を自室へ案内した。

 

「まあ適当に座ってよ」

 

 そう言うと、美烏は一度部屋の中を見回した。

 

 机の椅子。ベッドの端。床に置かれたクッション。それから、僕の顔。

 たぶん今、美烏の脳内で「適当」の範囲が審議されている。

 

 とりあえず僕の顔は候補から外してほしいところだ。

 

「では、失礼します」

 

 やがて美烏は、人を駄目にする系のクッションに腰を下ろし、ショルダーバッグを膝に乗せた。

 

 美烏はいつだって礼儀正しい。

 

 椅子を勧める前に座ることはないし、どこぞの誰かのように、勝手にベッドの下を漁ることもない。できた子である。

 

 一方で、僕の私物がたまに少しだけ減る現象も、美烏の中では、なぜか矛盾なく成立していた。

 

 たとえば、消しゴムの角が不自然に切り取られたような跡があったり、ゴミ箱の嵩が明らかに減っていたり。

 

 もちろん僕も、最初から大切な共犯者を疑っていたわけではない。

 

 家の中の物は案外なくなるものだ。

 テレビのリモコンなんて、自由意志を持っているかのように姿を晦ますし、消しゴムだって角張りたい時もある。

 ゴミ箱の中身も、勝手に沈むことだってあるだろう。地球には重力があるのだから。

 

 あるだろう、と思っていた。

 

 それらの不可解な現象が、決まって第二土曜日のあとに起きていると気づくまでは。

 

 とはいえ、今日はまだ何かが減ったわけではない。

 僕は机の引き出しを開け、奥にしまっていた小さな袋を取り出した。

 

 中には、この一ヶ月で発生したケシカスが入っている。

 

 勉強や課題で消しゴムを使うたび、机の上に残ったそれを捨てずに集めていた。

 ここだけ切り取ると僕がだいぶ危ない人に見えるが、約束を守っているだけなので無罪を主張したい。

 

 袋には『納品用』と書いてある。

 書いてから三秒後に、人生で書いちゃいけないラベルランキングがあれば、ベスト10には入るだろうなと思った。

 

「今月分はこれで全部かな」

 

 僕が袋を差し出すと、美烏は両手で受け取った。

 

「〇・七グラム。確かに受け取りました」

 

 手で量ったことには、もう触れない。

 毎月のことだ。

 

「これは数学の証明問題で出た上質なケシカスだからね」

「上質」

「苦悩の密度が違う」

「では、なおさら大切にします」

「しまった。自分で価値を上げてしまった」

 

 美烏は鞄から小さな瓶を取り出した。

 

 瓶の中には、白っぽい粒が少しずつ積もっている。

 言うまでもない。これまでの定期納品で集められた、僕のケシカスである。

 

「それって何に使うの?」

「眺めます」

「眺めるんだ」

「時々、振ります」

「スノードームじゃないんだよ」

「佐鳥先輩が、書いて、消して、考えた跡ですので」

 

 窓から入った光が、瓶の側面で細く反射する。

 中のケシカスがわずかに揺れて、白い粒のいくつかが底へ転がった。

 

 ただのケシカスのくせに、美烏が大切そうにするものだから、やたら趣深く感じてくる。

 

 瓶の蓋が閉まるのを見届けてから、僕は机の引き出しを閉めようとした。

 そのとき、奥の方で小さなものが転がった。

 

「あれ」

 

 指でつまみ上げる。

 

 細長い、透明な部品だった。

 少し黄ばんでいて、端の金具に古いインクの色が残っている。

 

 万年筆用の小さなコンバーターだ。

 カートリッジの代わりに差し込んで、インク瓶からインクを吸い上げるための部品である。

 

 いつからここに入っていたのかは分からない。

 僕がしまったのかもしれないし、昔、何かの拍子に紛れ込んだのかもしれない。

 

「そういえば、父さんのインク瓶って、まだ残ってたかな」

 

 口に出した瞬間、部屋の空気が少しだけ変わった気がした。

 

 美烏は、すぐには何も言わなかった。

 ただ、瓶を鞄へ戻す手を止めて、僕の指先にあるコンバーターを見ている。

 

 急かすでも、止めるでもない。

 赤い瞳だけが、僕の手元と顔の間を静かに行き来した。

 

「押し入れの奥かな」

 

 僕はコンバーターを机の上に置き、立ち上がりかけてから、美烏の方を振り返った。

 

「ちょっと探してみてもいい?」

「はい、構いません」

 

 小さく頷いた美烏は、クッションに座ったままこちらを見ていた。

 

 僕は押し入れを開けた。

 こもった空気と一緒に、古い紙の匂いが出てくる。

 

 季節外れの服、昔の教科書、使わなくなった小物。その奥に、へこんだ段ボール箱があった。

 

「父さんの文房具も、この箱に入れてた気がする」

 

 言いながら、手が止まった。

 

 捨てるには近すぎて、残すには重すぎる。

 そういう厄介なものを、僕はだいたいこの箱に押し込んでいた。

 

「私が開けましょうか」

 

 固まった僕の姿を見て、美烏が提案した。

 

 視線を落とすと、蓋に置いた指先に、箱の埃が薄くついていた。

 その手を離さないまま、首を横に振る。

 

「ううん。僕が開ける」

「……分かりました」

 

 ガムテープの端を剥がし、ゆっくりと蓋を開ける。

 

 中には、いろいろなものが入っていた。

 

 古いノート。使わなくなった文房具。遠足のしおり。昔のテスト。母さんが残した写真。父さんの名前が入った封筒。小学校の頃の作文らしき紙束。

 

 どれも箱の中で少しずつ傾き、折れ、重なり合っている。

 人の記憶は、整理しないで置いておくと、こういう形になるのかもしれない。

 

「先輩。この巾着は」

 

 美烏が、箱の端に入っていた布の袋を指さした。

 僕は思わず顔をしかめる。

 

「昔、家庭科で作ったやつだね」

「鳥の刺繍のようなものがあります」

「そこは触れないであげて。これでも小学生の僕は精一杯やったんだよ」

「かわいい……」

 

 美烏は、いつもの無表情で言った。

 それから、ほんの少しだけ手を伸ばしかける。

 

「今、持って帰ろうとしなかった?」

「いえ、そんなことは」

 

 指摘すると、美烏は何事もなかったように手を膝の上へ戻した。

 僕はそっと巾着を箱の端へ避難させる。

 

「こちらは、遠足のしおりですね」

「懐かしいな。たぶん低学年の頃、僕が描いたやつだ」

「表紙に鳥がいます」

「昔から鳥が好きだったんだね」

 

 箱の中を少しずつ美烏と見ていく。

 

 中途半端な点数の漢字テスト。

 途中でやめたらしい計算ドリル。

 鳥のような、鳥ではないような、ナスカの地上絵に似た何かが描かれた画用紙。

 

 僕の人生は、どの時代を切り取っても鳥がいるらしい。

 

 少し笑ってしまいそうになって、けれど、次に指先に触れたものの感触で、その笑いは途中で止まった。

 

 写真だった。古い家族写真。

 

 父さんと、母さんと、幼い僕が写っている。

 僕の肩には、小さな鳥が乗っていた。

 

 父さんは笑っている。

 母さんも、その写真の中では穏やかな顔をしている。

 

 幼い僕は、二人の間で得意げに胸を張っていた。

 

 全てが壊れる前には、こういう、絵に描いたような幸せな家族の時間も、確かにあったのだと思う。

 

 鳥が寄ってくることも、父さんが笑ってくれることも、その写真の中では、まだ当たり前に見えた。

 

 それが、少しだけ困った。

 

「先輩」

 

 美烏の声がした。

 

 目線を上げると、美烏は写真を見ていなかった。

 

「これは、残しますか」

 

 写真を伏せるでも、取り上げるでも、隠すでもなく。

 ただ、そう尋ねた。

 

 赤い瞳は静かで、焦りはなかった。

 早く答えを出してほしいという圧は感じない。

 

 僕が写真を握ったまま動けないことを、そのまま受け止めているかのようだった。

 

「……美烏、変わったね」

 

 美烏は、わずかに瞬きをした。

 

 表情はほとんど変わらないのに、その一瞬だけ、瞳の奥が揺れたように見えた。

 

「学びましたので」

「そっか」

 

 写真をもう一度見下ろす。

 

 長く見ていると、胸が詰まりそうになる。

 けれど、裏返す気にもなれなかった。

 

「じゃあ、残す」

「はい」

「でも今日は、あんまり見ない」

「はい」

 

 美烏はそれ以上何も言わなかった。

 

 僕は写真を箱の端にそっと置いた。

 捨てるものの場所ではなく、今日触れたものの場所として。

 

 次に出てきたのは、封筒だった。

 父さんの名前が書いてある。

 

 中身を開けなくても、だいたい予想はついた。

 

 鳥に関する書類。保護活動めいたもの。売買に関するもの。事故のあと、何度も見かけた名前や書類の形。

 

 紙一枚分の薄さなのに、妙に重い。

 

「……これは、まだ開けられない」

「はい」

 

 整理したわけではない。

 ただ、今日触れない場所へ置いただけだ。

 見なかったことにしたのと、どれだけ違うのかは分からない。

 

 箱の中には、まだいくつも紙が残っていた。

 

 古いテスト。折れた時間割。家庭訪問の案内。

 今となっては何の役にも立たないものばかりなのに、捨てると決めるには、どれも昔の僕に近すぎた。

 

 僕はそれらを一枚ずつ横へずらしていった。

 紙同士が擦れるかすかな音だけが、しばらく部屋に残る。

 

 底の方に、作文用紙の束があった。

 

 端は少し黄ばんでいて、ところどころ折れ目がついている。

 束ねていたクリップは錆びかけていて、外す時に紙の表面が少し引っかかった。

 

 何気なく一枚目をめくる。

 そこに、丸っこい字で題名が書かれていた。

 

『しょうらいのゆめ』

 

 記憶にはない。

 

 こんな作文を書いたことも、それがこの箱に残っていたことも、覚えていなかった。

 

 でも、字は確かに僕のものだった。

 

 幼い頃の、まだ鉛筆の持ち方も安定していない、拙い文字。

 

 視線を次の行に進める。

 そこには、こう書かれていた。

 

『ぼくは、とりのおいしゃさんになりたいです。』

 

 呼吸が、一瞬止まった。

 

 鳥のお医者さん。

 そんなことを、僕は書いていたらしい。

 

 書いた本人すら忘れていたのに、紙だけは覚えていた。

 

 鳥が好きだった。

 

 それは今さら驚くことではない。

 今でも、窓辺に雀が来れば見てしまうし、道端に鳩がいれば避けて歩く。

 

 どれだけ迷惑をかけられても、鳥そのものを嫌いになれたことは、たぶん一度もない。

 

 でも、鳥のお医者さんになりたいなんて夢は、完全に忘れていた。

 

 その夢の先に、父さんの背中があったことも。

 

 父さんは、最初から鳥を売りさばこうとしていたわけではない。

 

 少なくとも、僕がこの作文を書いた頃は、本当に鳥の医者だった。

 

 怪我をした小さな体を診て、弱った羽を休ませて、また飛べるようになれば空へ帰す。

 

 両手で包む時の声は、いつもより少し優しかった。

 僕は、その横顔を見るのが好きだった。

 

 鳥が飛び立つと、父さんは笑った。

 その笑顔を見るたびに、僕は自分まで誇らしかった。

 

 僕の肩に鳥が乗ると、父さんが笑う。

 それだけで、幼い僕は自分が何か良いことをしたような気になっていた。

 

 いつか自分も、父さんみたいになれると思っていた。

 

 それがいつから変わったのか、はっきりとは分からない。

 少しずつだったのだと思う。

 

 鳥を見る父さんの目が、だんだん曇っていった。

 助けられるかどうかではなく、別のものまで見るようになっていった。

 

 僕の体質も、いつの間にか父さんの仕事を助けるものではなく、父さんにとって都合のいい道具になっていた。

 

 そうだ。

 僕は、まとめて蓋をしていた。

 

 父さんのことも、母さんのことも、鳥のことも、父さんを誇らしく思っていた自分自身のことも。

 

 全部まとめて嫌なものにしておけば、楽だったから。

 

 そこまで考えて、喉の奥が少し詰まった。

 

 あの頃の父さんに憧れていたことまで残してしまったら、父さんを憎む今の気持ちと、同じ場所に置かなければいけなくなる。

 

 それが、僕には難しかった。

 

 作文の上に置いた指先だけが、紙の端を押さえたまま動かない。

 力を入れすぎると破れそうで、けれど離すこともできなかった。

 

 美烏は、しばらく何も言わなかった。

 

「素敵な夢ですね」

 

 やがて、静かにそう呟いた。

 

 僕はすぐには返事ができなかった。

 

「そう、だったのかもね」

 

 それは、肯定というより、ようやく否定しないで済んだだけだった。

 

 美烏は作文用紙に視線を落としたまま、言葉を選ぶように言った。

 

「今でも、かもしれません」

「……今でも?」

 

 聞き返した声は、自分でも分かるほど頼りなかった。

 

「佐鳥先輩が、まだ、それを嫌いになっていないのなら」

 

 美烏の声は、断定するものではなかった。

 

 ただ、僕が見ないふりをしていた場所に、そっと視線を向けさせるような言い方だった。

 

 僕の手から作文を奪うわけでも、目指すべき夢だと決めつけるわけでもない。

 

「鳥は、好きだよ」

 

 それだけは、あまり迷わずに言えた。

 

「そこは、変わってない。今でも」

 

 美烏は小さく頷いた。

 

「でも、この夢は別だ」

「別、ですか」

「父さんに憧れてた頃の僕まで、一緒に出てくるから」

 

 作文用紙の端が、指先で少しだけ曲がった。

 

「父さんを嫌いだって思うなら、その頃の僕も間違ってたことにしないと、いけない気がしてた」

 

 口にしてみると、それは思っていたよりずっと情けない言葉だった。

 

 父さんに憧れていたこと。

 鳥を助ける父さんを、誇らしく思っていたこと。

 いつか自分も、そうなりたいと思っていたこと。

 

 その全部をそのまま残すには、僕の中で父さんは変わりすぎていた。

 

「間違っていたことに、しなくてもいいと思います」

 

 美烏が言った。

 慰めるために丸めた言葉ではなかった。

 

 ただ、机の上にあるものの場所を、ひとつ直すみたいに、正確だった。

 

「でも、父さんがしたことは消えない」

「はい」

「僕のことも、鳥のことも、利用した」

「はい」

 

 否定は返ってこなかった。

 

 父さんがしたことも、僕が昔の父さんに憧れていたことも、どちらもそこにあるものとして扱った。

 

「だったら、あの夢ごと忘れてた方が楽なんだよ」

 

 僕の言葉を受け止めるように、赤い瞳が少しだけ伏せられる。

 

 けれど、迷っているようには見えなかった。

 

「楽でも、間違っていますから」

 

 あまりにもまっすぐだった。

 

 何か反論しようとしたけれど、結局声にはならない。

 

「……美烏は、ときどき容赦ないよね」

「すみません」

「謝るところではないけど」

 

 笑えたわけではない。

 

 それでも、胸の奥に固まっていたものが少しほどけて、ようやく息が抜けた。

 

 その隙間に、窓の外から鳥の鳴き声が入り込んだ。

 

「苦しかったことを、苦しくなかったことにしなくてもいいです」

 

 美烏は少しだけ間を置いてから、続けた。

 

「でも、大切だったことまで、なかったことにしなくてもいいと思います」

 

 返事の代わりに、作文用紙を持つ指に少しだけ力が入った。

 

『ぼくは、とりのおいしゃさんになりたいです。』

 

 その一文は、今読むと少し痛い。

 それでも、破り捨てたいとは思わなかった。

 

「これは、残しますか」

 

 美烏が尋ねた。

 

 僕は作文用紙を持ち直す。紙の端が、小さく音を立てた。

 

「……残すよ」

「はい」

「辛いだけじゃ、なかったみたいだから」

 

 返ってきたのは、小さな頷きだけだった。

 

 僕は作文を写真の隣に置いた。

 捨てるものではなく、今日触れたものの場所へ。

 

 それから、箱の中を見下ろす。

 

 まだ見ていないものはたくさんある。

 父さんの封筒も、母さんが残したものも、古いノートも、インク瓶だって結局見つかっていない。

 

 僕は段ボール箱の蓋を持ち上げ、ゆっくり閉じた。

 ガムテープで封をする気にはならなかったので、蓋を重ねるだけに留めた。

 

「今日は、ここまででいい」

「はい」

「続きは、また今度」

「はい。続きは、佐鳥先輩が望む時に」

 

 美烏はそう言って、静かに立ち上がった。

 言葉の重さに対して、動作はあっさりしていた。

 

 スカートの裾を整え、鞄の位置を直し、ケシカス瓶が中で倒れていないかだけを軽く確かめる。

 

 僕はその仕草を見て、ようやく部屋の空気が戻った気がした。

 

「まあ、次の第二土曜日が最有力候補だけど」

「効率的です」

 

 美烏が神妙に頷いた。

 その様子がおかしくて、僕は少し笑った。

 

 箱はまだ、足元にある。

 押し入れの奥に戻す前に、僕は作文と写真を小さなクリアファイルに挟んだ。

 

 今日、見たもの。残すと決めたもの。

 

 その様子を、美烏は横から見ていた。

 僕がファイルを箱の一番上に置くまで、ただ黙って待っていた。

 

 捨てたものは何もない。

 それでも少しだけ、片付いた気がした。




次回は幼馴染過激派が登場予定。

第2回:一番好きなヒロインは?

  • 大鳥鷺里
  • 夜鳥雀
  • 小鳥遊凰佳
  • 黒羽美烏
  • 松井ぽっぽ
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