短編→連載
小説形式を変更致しました。日本昔話とはかけ離れてしまったので。
さて、三年ぶりの更新なのに沢山のお気に入り登録と感想ありがとうございます! 誤字報告も大変助かりました!
掛け時計は19時少し前を指し示している。
脳内を巡るのは先程のラブレターの一件。僕は部屋の隅と隅を行ったり来たりしながら、どう行動すべきか考えていた。
今から急いで待ち合わせの場所に行ったら、ギリギリセーフだろうか? いやアウトだろうなあ、常識的に考えて。
かと言って、この手紙を読んでおいて何も行動しないはない。
僕は異性に告白をしたことがないから想像もつかないけれど、差出人は勇気を振り絞ってこの手紙を投函したはずだ。その想いを無下にするのは、流石にしてはいけないことだと心得ている。
「よしっ、行くか!」
そうと決めた僕は立ち上がる。
持ち物は何もいらないだろう。制服のまま僕は部屋を出る。
学校まで急げばおよそ十分でつける。差出人との会話が長引かなければ、ぎりちょんで夕飯に間に合うかもしれない。
「鷺さん、ちょっと散歩行ってきますっ!」
リビングに向かって声をかけると、台所から「はい、いってらっしゃいませ」と声が返ってきた。
僕はそのまま玄関を出て、走り出す。
でもコーナーではしっかり減速、赤信号はちゃんと止まる。ついでに大きな荷物を抱えたおばあちゃんの手伝い、道案内もしてあげた。
ふう、コンビニバイト歴一ヶ月の僕の体力をなめるなよ!
もしかしたら、差出人はもういないかもしれない。
放課後から待っているのだとしたら、もう四時間は経過しているわけだし、よく考えたらいるわけがなかった。すっぽかされたと思って、帰ってしまうのが普通だ。
逆に寒空の下、日が暮れるまで待っていたのなら、どんだけ重い女の子なんだって話で……。
――いた。まだ、そこに居てくれた。
校舎裏にたどり着くと、壁にもたれかかっている女子生徒を見つける。
遠目に見ても分かるくらいに小柄だった。
カラメルのかかったプリンのような、黒混じりの茶髪。
ブレザーの下には亜麻色のカーディガン。ルーズソックスとローファーの相性は抜群だ。
健康的な太ももが覗く短いスカートは校則違反なんて生温い。完全に法律を違反している。
「はぁ、はあ……」
僕は乱れた呼吸を整えつつ、彼女に近づく。
何だか前の描写的に丈の短いスカートに興奮しているようにも見えるが、違うから。
「あっ、やっと来た」
ふと携帯をいじっていた彼女の視線が向く。
その瞳は大きく、雀のようにくりくりしていて可愛らしい。顔立ちは幼さが残りつつも整っており、美少女と形容される容姿をしていた。
「もう、ずっと待ってたんだよ?」
「きみが、僕を……」
まだ肩で息をする僕が言葉を続ける前に、彼女はコクリとうなずいてみせた。
「そう。佐鳥くんは私のこと知ってるかな?」
「
僕は彼女の名前を口にする。すると彼女は満足そうに微笑んだ。
「知ってるも何も隣の席じゃないか」
呆れた声で言った。
彼女とはクラスメイトだし、それどころか席も隣同士。明るい性格と短いスカートを含めて男子生徒から絶大な人気を誇る彼女を、知らないはずもなかった。
「ふふっ、そうだけど嬉しいの。ねえ、じゃあ私のことどう思う?」
「どう、って……」
急に聞かれても、なんと答えるべきなのか分からない。単純にクラスメイトとしての好き嫌いを問われているわけではないと感じたから。
僕がもごもごしていると、彼女が先に口を開いた。
「好き? そうだよね。だってこの髪型も、服装も、全部佐鳥くんの好みだもんね?」
そう言って、くるりとその場で回る。
確かに彼女の言う通りだった。僕の趣味嗜好を継ぎ接ぎにしたかのような出で立ち。
僕はそれに、どうしようもない気味の悪さを感じていた。
だって、そうだろう? 僕は彼女のことを知っていたけれど、それはあくまで外見だけの話だ。内面については何一つ知らない。だというのに、何故彼女はここまで僕のことを知り尽くしているのだろう。
恐怖を覚えて一歩後ずさる。
そんな僕を見て、少女はくすっと笑った。まるで悪戯が成功した子供みたいに。
そして、ゆっくりと僕との距離を詰めてくる。
僕は動けない。時間停止にあったかのように、身体が固まってしまっていた。考え方を変えれば、時の止まった世界に入門できたとも取れるが、そんなふざけた考えをしている場合ではない。
「佐鳥くん、好きだよ」
そっと手を握られる。その細くて小さな手は、痛みを伴うくらいに冷たかった。
本当に、ずっと待っていたんだ。
今は二月の末。ぎりぎり凍死できるくらいの寒さの中で、四時間も立ちっぱなしで。
「ねえ、わたしたち付き合おっか」
「……っ!?」
耳元に囁かれた。ぞわぞわと背中で毛虫が暴れ回っているような感覚に陥る。全身に鳥肌が立ちまくっている。
僕は思わず、握られた手を払った。
「きゃっ!」
彼女は尻餅をつく。
やってしまった、女の子を突き飛ばしてしまうなんて。今頃天国と地獄の間でタップダンスしているだろうお父さんに怒られるぞ。
「ご、ごめん……っ!」
僕は慌てて謝りながら、彼女に手を差し伸べる。
「ううん、大丈夫だよ」
差し出した手に掴まり、彼女は立ち上がる。それからスカートについた砂埃を払って、光のない瞳でこちらを見上げてきた。
「でも、そうなんだ……。佐鳥くんは私以外の誰かを選ぶんだね?」
「えっ……」
声のトーンが低い。表情は陰になって読めないが、想像に難くはなかった。
「うん、分かった。じゃあ、こうするしかないよね」
そう呟きながら、彼女の手がおもむろに頬に伸びる。冷たい指先が触れる感触に、びくりと体が震えた。
「これで二人きりだよ、〝夜の帳〟」
瞬間、視界が暗転する。目の前の景色が闇に塗り潰されていき、やがて何も見えなくなった。
夜鳥雀――ただ一人を残して。
「薄々分かってるとは思うけど、私はただの女の子じゃないの」
暗闇の中、僕の正面に立つ彼女は語る。僕は黙ってそれを聞いていた。というより、現実離れした光景に言葉を失っていた。
「私は夜雀。人に憑りつき、視界を闇に覆う怪。佐鳥くんの目に私以外が映らないようにしちゃった」
あどけない笑みを浮かべながらとんでもないことを言う。
僕の目には今、彼女の姿しか見えないのだ。校舎裏の景色は闇が被さり、真っ暗な世界にぽつんと夜鳥が佇んでいる。それはまさに異様だった。
僕はごくりと唾を呑み込む。
夜雀だとか、怪だとか……頭の理解はまったく追いついていないけれど、この場から逃げ出さなければいけないことは確かだった。
風は、感じる。二月の凍てつく風が吹いている。微かに草の匂いも。
つまり、外の風景は見えなくなっただけで、消えてしまったわけではないらしい。
「……夜鳥さん、鬼ごっこをしよう」
僕は意を決して提案してみた。こんなときに何を言い出すんだと思われるかもしれないが、今はそれしかなかった。
「夜鳥さんが僕を捕まえられたら、煮るなり焼くなり好きにしてもらって構わない。ただ……もし僕が自宅まで逃げきれたら、この世界から出してほしい」
彼女はきょとんとした顔をしていた。何を言っているのか分からないという様子だ。しかし、数秒後にはクスリと笑いを漏らした。
「……やっぱり佐鳥くんは面白いねぇ。いいよ、やったげる。何秒待てばいいのかな? 一分? 別に十分だっていいよ? 目の見えない佐鳥くんが家までたどり着けるわけないんだからさぁ!」
愉快で仕方がないといった風に、夜鳥はけたけたと笑う。
それもそうだ。この勝負、視界を闇に覆われた僕が圧倒的に不利。彼女が負ける要素は何一つない。
だが――彼女は知らないのだろう。
「いいや、十秒だッ!」
僕が暇すぎて、目を瞑りながら下校したことがあるということを!
目蓋を閉じれば、手に取るように周囲の景色が浮かんでくる。道の凹凸、ガードレールの錆具合、電柱の位置、車や歩行者の姿……。
僕にとって視界のハンデは有ってない無いようなものだった。
――On your marks
クラウチングスタートの恰好を取る。頭の中で号砲が鳴り、足の裏が爆発した。一気に加速する。地面を抉り、風に乗ってさらに前へ。
夜鳥との距離をぐんぐん広げ、次の瞬間――。
「
僕は地面にのたうち回っていた。突然の激痛に悶絶する。
あっ、これやばい。マジで鼻折れたかも。
理由は明白。校舎にぶつかりました。周囲の景色なんて全然把握できてませんでした。
それにしても痛すぎる。軽く涙が出てくるレベルだ。鼻血が止まらないんだけど、どうしよう。
「あはははっ! もう、面白すぎるよ佐鳥くん!」
遠くから夜鳥が腹を抱えて笑っているのが見える。
くそっ、こっちは痛みでそれどころじゃないっていうのに。
壁に手をついて何とか立ち上がり、また走り出そうとするが、すぐにバランスを崩してしまう。駄目だ、まともに走れそうにない。
僕はその場に座り込んでしまった。
結局、僕は彼女から逃げることができなかった。ゲームオーバー、なのか。
そう言えば夕飯前だった事に気づく。
こんなときでも腹は空く。ぐうと情けなく鳴いた僕のおなかの音は、彼女にも聞こえてしまったか。ニヤニヤしてるし、そうなのだろうな。恥ずかしい。
鷺さんは、夕飯を作り終えただろうか。心配かけているだろうな。
「あっ……」
その時だった。真っ暗だった視界に、青い炎が走る。暗闇に光が蘇る。
「……お怪我ないですか、佐鳥さん」
鷺さんが、静かに佇んでいた。
艶やかな髪の毛は漆のよう。雪の模様が入った着物の裾が風になびき、月明かりが白刃を照らす。その立ち姿に、僕はしばらく呼吸するのすらも忘れる。
「出たわね、青鷺火……!」
夜鳥が忌々しげに名を呼んだ。
「誰かと思えば今朝の雀ですか。貴方とは歌声で決着をつけたはずですが」
「ふんっ、アレは私の勝ちでしょーが」
一体何処で出会ったのか全く見当もつかないが、どうやら二人は面識があるらしい。
というか、歌声勝負ってお前ら仲良しかよ。カラオケでも行ってきたのかな?
「それより、まだやるつもりですか?」
鷺さんの問い掛けに、夜鳥はしばらく考える素振りをして、それからゆっくり首を横に振った。
「やめとく。アンタが相手じゃ分が悪いし」
彼女はくるりと背を向ける。その先には彼女の乗ってきたであろうママチャリがあった。
あっ、夜雀なのに飛んできたわけじゃないんだ。
「それじゃあ佐鳥くん、また学校で」
「うん、また来週」
ひらりと手を振って、彼女は自転車に跨った。そのまま颯爽と走り去っていく。
その姿が見えなくなると、再び辺りは静寂に包まれた。
何だか急に疲れが押し寄せてきて、僕は制服が汚れるのも気にせずその場に寝転んだ。ようやく身体の緊張がほどける。
危なかった、本当に。
鷺さんが来るのがあと少し遅かったら、どうなっていたことやら。
そんなことを思っていると、ふと頭に柔らかい感触が。
「へっ? 鷺さんっ!?」
いつの間に近寄ってきていたのだろうか。
僕は仰向けのまま、彼女の膝の上に頭を預けていたのだ。慌てて起き上がろうとすると、優しく手で制された。穏やかな表情の鷺さんと目が合う。
「あの、鷺さん。聞きたいことが沢山あるのですが……」
「鷺里とお呼びください。
僕の言葉にかぶせるように、彼女は言った。
鷺里……。水の呼吸を習得できそうな良い名前だと思った。もちろん口には出さないけど。
「鷺里、さん」
「はい……ですが、すみません。もう少しだけ、このままで……」
鷺里さんは頭に手を置いたまま、ぽつりと呟いた。僕はそれ以上何も言わなかった。
静かな時間が流れる。耳に届くのは、鷺里さんの僅かな吐息と、きゅうきゅうという僕の腹の音だけ。
ごめんなさい、食欲は抑えられないんです。
「ふふっ……遅くなりましたが、夕餉にいたしましょうか」
「……はい」
居た堪れなくなって、小声で返事する。
ようやく長い一日が終わりを迎えようとしていた。
ラブレターって怖いんだなぁ……。