鶴が恩返ししないんだが   作:エタリオウ

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すみません、今回はあまりおふざけ出来ませんでした……。

あと毎度誤字報告助かります! 一応千回ほど読み直してから投稿しているのですが、まだまだ足りないようです!


学校に体操着を忘れたんだが

 淹れたての緑茶は香りが一段と引き立っていて、とても落ち着く。喉に通せば、夕食の竜田揚げのあぶらみを洗い流してくれるようだった。

 

「あちっ」

 

 猫舌の僕にはまだ熱かったみたいだけど。

 ことり、と湯呑を置く。

 

「さて、何処からお話しましょうか」

 

 鷺里さんがそう切り出す。

 

 聞きたいことは山ほどあった。それほど今日という日の密度は濃かった。

 妖怪のこと、夜雀のこと、青鷺火のこと……そして昼食といい夕食といい、何故こんなに唐揚げを推してくるのかということ。

 僕個人としては最後のが一番気になっている。

 

「佐鳥さん……貴方は生まれつき、鳥に好かれやすい体質ですね?」

「鳥に、好かれやすい?」

 

 その言葉を反芻する。思い当たる節は幾つもあった。

 

 いつも小鳥が肩に止まるものだから小学校での渾名はサトシだったし、遠足の時なんてトンビに群がれ過ぎて鳥葬されている気分だった。

 そういう時、だいたい凰佳が追い払ってくれてたんだっけ。

 懐かしいな、弁当は全部持っていかれたけど。美味しかったかい? 僕のお弁当は。

 

 思い出を懐かしむのを一旦やめ、僕は鷺里さんの問いに頷いた。

 

「理由は私にも分かりかねますが、その体質が今の状況に起因していることは確かです」

 

 そうして彼女は語り始めた。僕の知らない、日常の裏の話を。

 

「野生の鳥は可愛いものです。彼らは精々気を引こうと佐鳥さんの周りを飛び回る程度。大した害はありません。問題なのは、貴方の体質は鳥系の妖怪すら惹きつけてしまうということです」

「妖怪、ですか」

 

 夜雀のことを脳裏に思い浮かべる。

 身体は憶えていた。視界が闇に染まり、方向感覚を失っていくあの感覚を。まるで陸で溺れるかのような、底の知れない恐怖感を。そして、あの短いスカートを。

 うん、アレは正しく人間ではない。妖怪という方がしっくりくる。

 

 そして……僕は視線を鷺里さんに向ける。

 少し不機嫌そうに眉根を寄せている彼女も、同じ存在なのだろうか。たしか夜雀から青鷺火と呼ばれていたっけ。

 

「お察しの通り、私も人間ではありません。あっ、でも勘違いなさらないでください! 妖怪といっても、数百年生きているわけではありませんから!」

 

 慌てて両手をブンブンと振る鷺里さんに、自然と笑みがこぼれる。

 

 僕が感じていた不安――鷺里さんも、あの夜雀のような超常的な力を持っていて、僕を襲おうとしているのではないか。そんな疑念は今更年齢を気にしている彼女を見て霧散した。

 この人はきっと、僕の味方だ。

 

「も、もうっ! 本当ですよ? 昨今の妖怪は一般家庭に突然変異として生まれて、普通に寿命だってあるんですから!」

「それは……病気も患いそうな妖怪ですね」

「はい、その通りです。でも今年は珍しくインフルエンザに罹らなかったんですよ?」

 

 鷺里さんは誇らしげに胸を張る。その仕草がいちいち可愛らしい。

 

 まさか妖怪が人間社会に溶け込んでいるとは思いもしなかった。それも、こんなに近くに。

 まあ、寿命があり病に伏すような妖怪なら、ちょっと特別な力を持った人間と表した方が感覚的に近いのかもしれないが。

 

「おほんっ、話を続けますね?」

「どうぞどうぞ」

 

 盛大に脱線事故を起こした話を、鷺里さんはあざとい咳払いでレールの上へと戻す。幸い怪我人はいない。

 

「……もちろん、妖怪は夜雀一羽ではありません。もっと多くの鳥妖怪が佐鳥さんを虎視眈々と狙っていることでしょう」

 

 ごくりと唾を呑み込む。

 

 今まで空想上の存在と思っていたものが、急に現実味を帯びてきた。更にそれらの射るような視線が僕に注がれているのだという。

 流石に能天気な僕でも、ちょっとやばいかなと思った。

 

「私は陰ながら佐鳥さんのことをお護りしていましたが、それも限界があります。なので、こうして居候として身を寄せることにした次第です。ええ、あくまで護衛の為です。他意はありませんとも」

 

 鷺里さんは早口で捲し立てるように言う。そんなに否定されると逆に怪しいと感じるのは、僕だけだろうか。

 

「なるほど、大体把握しました。鷺里さんは僕のこと、ずっと護ってくれていたんですね。ありがとうございます」

 

 本当はこの壮大な話を半分も理解できていないのだろうけど、僕は深々と頭を下げた。彼女の厚意には感謝してもしきれない。

 

「それは、私が好きでしたことですから……」

 

 照れくさくなったのか、鷺里さんは湯呑を呷って顔を隠してしまった。僕はそれを微笑ましく見つめていたが、すぐに彼女の表情が曇ってしまう。

 

 どうしたのだろうと心配になったところで、彼女はぽつりと呟くように言った。

 

「……もう一つだけ、伝えておかなければならないことがあります」

 

 その声音はとても真剣で、僕は居住まいを正す。そうして彼女の続く言葉を待った。

 

「この町には一羽、『別格』が潜んでいます。夜雀なんて霞んで見える程の、遥かに強大な力を持った本物の怪物が」

「あの夜雀の比じゃない……!?」

 

 僕は戦慄する。底の見えない深淵を覗いた心地だった。夜雀にすら手も足も出なかったというのに、その遥か上が存在するだって?

 

「はい……。私はその別格に闇討ちされて、手負いのところを佐鳥さんに介抱してもらったのです」

 

 僕は鷺里さんを手当てしたときの、痛々しい火傷跡を思い出す。あれは、その怪物の仕業だったのだ。

 

「もし別格と出会うようなことがあれば、真っ先に逃げてください。佐鳥さんの身に何かあれば、私は生きていけないでしょうから」

 

 冗談めかして言う彼女の顔は、それでも切実だった。僕は無言でうなずく。

 

 しかし、それでは根本的な解決にならない。僕が狙われているのは変わらないのだから、また何処かで出会うはずだ。まさか永遠に逃げ続けるわけにもいかないだろう。

 

 それにしても、間もなく噛ませ犬みたいになっている夜雀が気の毒に思えた。

 

「すみません……お休みの前にこんな話をしてしまって」

「いえ、助かりましたよ」

 

 申し訳なさそうに言う彼女に、首を横に振ってみせる。

 

 頭はまだ混乱しているが、それでもこの話は聞けて良かったと思っている。考える時間ができた。何も知らないよりも、よっぽどマシだ。

 

「もう遅いですし、そろそろ寝ましょうか」

 

 鷺里さんが湯呑を持って立ち上がる。

 

 鳩時計を見ると、時刻は23時を過ぎた辺りだった。普段より早い就寝だが、今日は一段と疲れたのでゆっくり休みたかった。

 僕もぬるくなった緑茶を一気に飲み干すと、同じように湯呑を片付ける。

 

「あれ? 鷺里さんは何処か出かけるんですか?」

 

 廊下に出ると、鷺里さんは部屋に戻るではなく玄関に立っていた。

 下駄を履いて、刀も携えて。

 

「ええ。冷蔵庫が空っぽなので、明日の朝食を獲りに」

「ああ、それはお気をつけて」

 

 こんな時間にやっているスーパーなんてあるのだろうかと思いつつも、僕は手を振って鷺里さんを見送る。彼女も小さく振り返してくれた。

 

 ……うん、只の買い物に刀は要らないかな。

 

 僕は何となく唐揚げの材料の出所が分かった気がして、それ以上考えるのをやめた。

 だって、僕の恐ろしい想像の通りだとすれば、この話は鶴の恩返しというよりも、かちかち山寄りになってしまうから。

 

「……今日はもう寝よう」

 

 現実から目を逸らすように独り言ちて、僕は日付を進めるのだった。

 

 

  ◇

 

 

 二月最終日の土曜。

 死にかけの冬が最後の力を振り絞っているかのように、その日は朝から冷え込んでいた。

 断末魔で最後の抵抗を見せる敵キャラはどちらかと言うと好きだけど、頼むから冬は早く春と世代交代してほしい。

 

 そんな布団ちゃんと結婚したくなる気温の中、寒さで携帯が震えた。

 継続的に振動しているので、どうやら着信が来ているらしい。僕は布団から手だけ出して、枕元の携帯を引きずり込む。

 

「あぁ、お疲れ様です、佐鳥ですぅ……」

 

 誰が相手でも良いようにそこそこ丁寧な言葉遣いで、しかし死ぬほどやる気のない電話の出方をする。だって、寝起きだし。

 

『バイト先からじゃないよ、凰佳だよ。ごめんね? 寝起きだった?』

「あー、凰佳? いや大丈夫、今来たところだから」

『……寝起きっぽいね』

 

 着信は店長からではなく幼馴染からだった。よく考えたら、コンビニバイトは一週間前にクビになったんだった。

 

「まあね。それよりどうしたの?」

 

 欠伸を噛み殺しながら聞く。

 昨日の疲れが取れていないのかまだ眠いし、瞼が重たい。気を抜いたら凰佳の声を子守唄代わりに二度寝してしまいそうだった。

 

『特に用事はないんだけどね? 大会前に声が聴きたくなっちゃって』

 

 何だそのめっちゃ乙女チックな理由。

 思わずツッコミかけたけど、何とか堪える。実力者の凰佳も大会前で心細くなっているのかもしれない。

 

「そっか。ってことは大会の会場にいるの?」

『ううん、今は学校。ロッカーに問題集置きっぱなしだったから』

 

 なるほど、忘れ物を取りに来たついでに連絡してきたらしい。

 

「結構おっちょこちょいだね、凰佳も」

『むっ、失礼な。でもおっちょこちょいなのはお互い様だよね? ほーすけも学校に体操着、忘れていったでしょ?』

「そういえば」

 

 すっかり忘れていた。最悪だ、僕は週明けに発酵した体操着で授業に挑まなければならないのか。そんな僕の心情を察してか、クスリと笑う声が耳に届いた。

 

『大丈夫。ついでに持って帰っておくから』

「おお、神よ……」

 

 神様はいるんだなって思いました。僕は布団を被り直しながら、ありがたみをかみ締めるように呟く。

 

 しかし、そこで疑問が生じた。

 何故、僕が体操着を忘れたのを凰佳は知っている。凰佳とはクラスが別だからうちの教室に用はないはずだし、そもそもロッカーを開けなければ体操着は発見できないはずだ。

 

 ……流石に考え過ぎだな。どうにも昨日の一件が後を引いて、穿った見方をしている。もっと素直に考えないと。

 

 忘れ物をしがちな僕のことを慮り、凰佳はロッカーを調べた。それだけだ。

 

「それで、緊張は和らいだ?」

 

 大会のことに話題を戻す。すると、少しだけ間を置いてから答えが返ってきた。

 

『…………ふぅ。うん、ばっちりだよ。ほーすけの体操着で元気も出たし』

「なら良かった」

 

 なんで僕が体操着を忘れると元気が出るのか全く理解できなかったが、大会前の凰佳の機嫌が取れたなら何でもいいや。

 

「それじゃあ、大会の配信見てるから。応援してる」

『ありがと。明日からまたご飯作りに行くからね!』

 

 その言葉を最後に通話が切れる。

 

 僕は携帯を充電器に繋ぐと、そのままぼふっと音を立ててベッドに倒れ込んだ。それから深いため息をつく。

 ずっと見て見ぬフリをしていた問題が、鎌首をもたげてきたのだ。

 

 凰佳に鷺里さんのことなんて説明しようか……。

 

 しばらく悩んだのち、僕は布団を頭まですっぽりと被って、見て見ぬフリをすることにした。




明日明後日仕事なの辛い……。
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