今後の鳥妖怪との付き合い方について、僕は考えていた。
逃げ回るだけじゃいけない。それは疲れるし、煉獄さんの勝ちだ! とか言われるかもしれない。
かといって、一人一人と向き合っていれば近いうちに襲われる。夜雀の偏愛を目にした僕にはその確信があった。
やはり、適切な距離感を保っていくしかないのだろう。近すぎず、遠すぎず。ぎりぎり暴走しないでいられる、理想的な距離感を。
女性との交際経験がない僕にはとって、かなりハードルが高く感じるけど……。
まあ、そんな僕の独白は割とどうでもよくって。
差し当たり問題なのは――。
「佐鳥さん? 何方ですか、その女の人は」
「……どうして、まだ生きてるのかなぁ」
我が家のリビングで剣呑な雰囲気で睨み合う、この二人のことだろう。
結局、僕は何の対策も練れないまま日曜日を迎えた。
そして予定通りに凰佳はインターホンを鳴らして朝食を作りに来てくれたのだが、そこでばったり鷺里さんと会う。
つまり、全部僕が悪いってことだ。
というか凰佳、どうして生きてるのかって君たち生き別れの姉妹か何かなの?
「驚かしてすみません、鷺里さん。こちらは小鳥遊凰佳。昨日のクイズ大会の優勝者です」
「紙抜け余裕でした」
「どうでもいいですよ、そんなことは」
鷺里さんの鋭いツッコミが走る。確かに彼女にとって心底どうでもいい情報だったことだろう。
ちなみに凰佳の言った紙抜けとは、ペーパーテストで次のラウンドに進むことである。シードみたいなものだと聞いたことがある。
「彼女は僕の幼馴染です」
「その『彼女』は代名詞ですか、それともガールフレンドを意味するものですか?」
「サー! 前者であります、サーッ!」
まるでペンをカチカチする厭味ったらしい上司のように、鷺里さんは刀の鯉口を切ったり収めたりして不機嫌さを隠しもしない。
僕は思わず軍隊風な返事をしてしまう。怖すぎるよ、なんだよその奇抜な威嚇の仕方。
「えっと、ご紹介に与りました、将来を誓い合った仲の小鳥遊凰佳です。どうぞ宜しく」
「おかしいな、ちゃんと幼馴染って紹介しなかったっけ。いつの間にか将来誓いあっちゃったよ」
僕は額に手を当てて、頭痛が痛いという感じのジェスチャーをする。頭が痛いのがさらに痛いのだから、もう割れてしまいそうだった。
「あー、とりあえず紹介するね。こちらが大鳥鷺里さん。なんと言うか……居候かな」
「初めまして、佐鳥さんの同棲している恋人です」
「攻撃力たっかいなぁ……こっちも」
知らぬ間に許嫁と恋人が出来ていた。なんてことがあってたまるか。
「ほーすけ? 居候ってどういうこと?」
問いかける凰佳の目は笑っていない。あとナチュラルに同棲している恋人を無視した。
僕は凰佳の視線から逃れるように目を逸らす。
さて、どう言い訳したものか。
凰佳は一般人なので、妖怪がどうこうを明け透けに話せない。こんな危険な世界に凰佳を巻き込むわけにはいかないからだ。
そうなると、やはり嘘をつかざるを得ないか。
やけに勘が鋭い凰佳を相手にどこまで誤魔化せるかは分からないが、やるしかないだろう。コンビニバイト歴一ヶ月の腕の見せ所だ!
「鷺里さんは――叔父の知り合いの娘さんなんだよ。四月からこっちの大学に通うから、下宿先を探していて」
僅か五秒で考えたにしては上出来だ。僕の両親はどちらも一人っ子であり、この話は真っ赤な嘘なのだが、それを凰佳が知る由もない。
「ふぅーん……ほーすけに叔父がいるなんて聞いたことないけど。それに一人暮らしの高校生の家に知り合いの娘さんを預けるのかな」
「それは、僕なら問題ないだろうってさ」
誰が意気地なしだとコラァ!? 自分で作った存在の叔父に腹が立ってきた。今度会ったらぶん殴ってやろう。
「まあ、そういうことにしといてあげる。じゃあ私がいない間の家事はその人にやってもらってたんだ?」
「うぐっ……」
そういうことにしといてくれた凰佳は、しかし痛いところを抉ってくる。
別に鷺里さんに家事をやってもらうのは何も悪くないと思うのだが、凰佳の棘のある言い方に申し訳なさマシマシの罪悪感トッピングだ。
苦々しい表情の僕を見かねて鷺里さんが口を開く。
「それに何か問題が?」
「問題はないですけど。というか、鷺里さんでしたっけ? 普通に銃刀法違反じゃないですか?」
「確かに」
二人の視線が火花を散らし、空気がピリつく。
何だこの緊張感は……。雰囲気はさながら米ソ冷戦、世界が核の炎に包まれる一歩手前といった感じだ。
しかし、それも束の間。
凰佳が矛を収めたことで、張り詰めた空気が弛緩していく。
「ごめん、ほーすけ。今日はもう帰るね?」
「えっ、うん。こっちこそ、ごめん……」
意外だった。もっと食い下がると思っていたのに、あっさりと凰佳は引き下がった。
いつもの凰佳らしくない。
手伝おうかと声をかけても絶対に家事を僕に譲らず、可愛い顔して意外と頑固なのが彼女だ。そんな彼女がこんなにも簡単に身を引くなんて、少しだけ違和感を覚える。
その違和感に気づいていながら、僕は彼女を引き留めることができなかった。
ごめんなさい。僕はやっぱりチキンだったよ、叔父さん。
□
書き殴る。ノートに忌々しい名前を書き殴る。
ピンク色の可愛らしいノートに似つかわしくない黒いインクが、紙面を汚す。
ノートにはずらりと名前が連なっており、その尽くに二重線が引かれていた。
大鳥鷺里。新しく追加された彼女を除いて。鷺って漢字書きにくすぎ。
「ほんと、どうしてまだ生きてるのかなぁ……」
あの雪模様の着物を私は憶えていた。あれは五日前、確かに背後から消したはずだ。
それが何故――まだ生きている。
死亡を確認したわけではないが、手加減もしていない。一介の妖怪が私の炎に耐え抜いた事など、一度たりともなかった。
「もう一度消すか。うん、そうしよっか」
そう決めた。アイツは生かしておけない。
あの短い会話のうちに何度焼き鳥にしてやろうかと思ったことか。
神経を逆撫でする言動の数々。寧ろ、ほーすけの前で手を出さなかったのを褒めてほしいくらいだよ。
「あっ、待って」
決行を考えた三秒前――私に天啓が降りた。
一ヶ月……いいや、二ヶ月だけ泳がそう。
二ヶ月あれば優しいほーすけのことだから、あんな鳥公にも情が湧いてきてしまうだろう。彼のことは私が一番よく知っているから、間違いない。
「くふっ、ふふふっ……」
自然と口角が上がってしまう。
だって、三年ぶりにほーすけのあの顔が見られるかもしれないのだ。
想像するだけでゾクゾクしてしまう。
三年前――ほーすけの両親が事故死した。
それは全く突然のことで、もしかしたら他の鳥が関わっていたのかも知れないが、とにかく私にとって突然の出来事だった。
絶望に満ちた彼の表情は今でも忘れられない。
だってあの顔は、どんな素敵な音楽よりも、どんな有名な絵画よりも、私の心をずっと強く揺り動かしたのだから。
彼の両親には悪いけど、全くあの日々は最高だった。
傷心の彼は食事や睡眠もまともに取らなかったから、私が甲斐甲斐しく世話をしなければ、間違いなく野垂れ死んでいた。身寄りのないほーすけを支えてあげられるのは、私だけだったのだ。
だから、ほーすけが悲しみを乗り越えてしまったとき、私は残念で仕方ならなかった。
ずっとあの幸せな日々が続けばいいのにと願わずにはいられなかった。
ならば、どうしたらいい?
最初から答えが分かっていたかのように、答えはすぐに出た。
そっか。ほーすけをまたあの顔にしてあげればいいんだ。
私が支えてあげなきゃ簡単に折れてしまいそうな、硝子細工のように儚げな、あの顔に。
それから私はまず彼の悪い噂を広めて、孤独に追いやり。彼に近づこうとする鳥をみんな焼き払った。
興味の無い部活にも入った。
本当はほーすけと片時も離れたくなかったけど、私には彼に内緒で暗躍できる時間が欲しかったから。
しかし、結果は芳しくなかった。
独りぼっちになっても、ほーすけはあの顔を見せてはくれなかった。
思うに、クラスメイトも見知らぬ鳥も、彼にとって大切ではなかったから心に響かなかったのではないか。
だからこそ、あの鷺は使える。
大鳥鷺里がほーすけの中で大切な存在に変わった時、感謝を込めて消し去ってあげよう。
そうすればきっと、彼の心は折れて、またあの顔を見せてくれるはず。
大丈夫だよ、私が慰めてあげる。もう私なしでは生きていけないように、どろどろに依存させてあげる。
「ああ、楽しみだなぁ……」
今からその日が待ち遠しい。
一歩間違えれば、鷺に心を奪われるかもしれない危険な賭け?
いいや、それは違う。
「ねえ、
鳳介と凰佳。鳳と凰。
二人は最初から結ばれているのだから、この物語は、私たちが幸せなキスをして終了なのだ。
それが運命よりも変えられない世界の理。古事記にもそう書いてる。
大鳥鷺里、せいぜい泡沫の幸せを味わっていればいい。
どうせ最後に傍にいるのは、私だけなんだから。
ああでも。
せめて週に4回は私がご飯を作れるよう交渉しなくっちゃね。
幼馴染の敗因は慢心か……。
あと心苦しいですがネタバレすると、別格の鳥はまだ出ます。