【完結】鶴が恩返ししないんだが   作:エタリオウ

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作者は一人称しか書けない哀しき獣……。
今回は夜雀視点でお送りします。


07. 隣の夜鳥さんはだいたい知っている

 職人の朝は早い。

 まだ人の少ない教室で、私はいつものように机へ突っ伏した。

 

 顔は窓側。頬の下で腕を組み直し、ほんの少しだけ頭の位置をずらす。

 この辺? いや、違う。あと数センチ左。

 

 よし。ここが一番いい。

 黒板も、教卓も、窓の外の景色もどうでもいい。

 大事なのは、斜め前に見える佐鳥くんの横顔。その輪郭が、教室の朝日にほどよく縁取られる角度だった。

 

「ふわぁ〜〜……」

 

 うつ伏せになった途端、瞼が重くなる。気の抜けたあくびが、勝手に口からこぼれた。

 

 私は朝が得意じゃない。

 今だって眠い。だるい。できることなら布団の中で、夜が戻ってくるまで世界の更新を拒否していたい。

 

 だって夜雀だもん。

 夜に飛ぶ怪が、朝のホームルーム前から健康的に登校している時点で、もうだいぶ無理をしている。

 

 でも。佐鳥くんがいるなら、話は別だ。

 

「ふふっ……」

 

 視線だけでこちらを窺ってくる彼が、あんまりにも分かりやすくて、思わず笑みがこぼれる。

 

 わかるよ。金曜日のこと、気にしてるんだよね。

 告白された相手が月曜日の朝から隣にいるんだもん。しかも、何食わぬ顔で机に突っ伏している。意識しない方が難しい。

 

 本を読んでいるふりをしているけど、私の目は誤魔化せない。

 その五日前に買ったラノベだけど、さっきからページを送る手が止まっている。

 それに、上下が逆さまだった。

 

 相変わらず可愛い佐鳥くん。

 平静を装うつもりなら、せめて表紙の向きくらいは確認しないとね?

 

 そんな愛らしい彼を余すことなく視界に収められるなら、早起きは三文どころの徳ではない。

 たとえ眠気に這いつくばる羽目になっても、私にとって十分すぎる黒字だった。

 

「おはよ、佐鳥くん」

「あっ、おはよう。2日と12時間ぶりだね?」

「うーん、正確には2日と12時間29分8秒かなあ」

「ヒェッ」

 

 愚かにも佐鳥くんがヤンデレトークで勝負を仕掛けてきたので、きっちり叩き潰しておく。

 雑魚がよ。私に勝とうなど思い上がりも甚だしい。

 こっちは遊びじゃないんだよ。

 

 ただ泣かれても困るので、コンマ何秒までは刻まないでおいてあげた。そこは優しさだ。夜雀の半分は優しさでできている。

 

「金曜日はごめんね? 驚かせちゃったよね」

「いや、ぜんぜん平気だよ。僕は動じない男だからさ」

「えーっ、すごい。天才! 高収入!」

「でへへ」

 

 雑な褒め言葉だけで、佐鳥くんの頬がだらしなく緩む。

 

 そういうところだよ。

 警戒心があるようで、押されると弱い。怖がりなのに、最後のところで人を突き放せない。自分が傷つくことには慣れているくせに、相手を傷つけることは、いつまでたっても不器用。

 

 見ているだけで、胸の奥がむずむずする。

 

 鳥類の多くは一夫一妻だという。

 だから独占欲が強い――なんて、もっともらしい理屈をつけることはできる。

 

 けれど、たぶん違う。

 私が佐鳥くんを独り占めしたいのは、夜雀だからじゃない。

 佐鳥くんだからだ。

 

 まあ、この恋を叶えるには、障害が多すぎるのだけど。

 

 私は強い妖怪じゃない。闇を見せることはできても、神話級の化け物と正面から殴り合えるような格はない。

 佐鳥くんを縛るあの鳥に、簡単には勝てない。

 でも、諦める理由になんてならない。

 

 そんなことを考えていると、佐鳥くんがパタリと上下逆さまの本を閉じた。

 意を決したような顔で、こちらを見る。

 

「あのさ……その、あれの返事なんだけど」

 

 声が少しだけ潜められていた。

 内緒話みたいな音量。教室のざわめきに紛れるくらいの、けれど、私の耳にははっきり届く声。

 

 返事。金曜日の告白のことだろう。

 

 直接的な言い方を避けたのは、周りに聞かれないようにするため。

 そういうところまで気を遣ってくれるのだから、まったく佐鳥くんは困る。

 

 夜雀ポイントはもうとっくに上限を突破している。

 それでも今、さらに五点加算された。

 なお、カンスト後の加点に意味があるかは不明だ。

 

「それ、まだいいから!」

「えっ?」

 

 私は慌てて、彼の続く言葉を手で制した。

 危ない。今の声をもう少し聞いていたら、理性の方が先に折れていたかも。

 

 落ち着け、私。

 ここまで順調に進んでいる。欲張るな。焦るな。

 

 佐鳥くんは、追いつめると逃げる。でも逃げた先で、逃げた自分を責めてしまうような優しい人。

 だから私は、まだ逃げ道を残しておく。

 

 ちなみに佐鳥くんの声は当然高性能ボイスレコーダーで録音している。

 今夜はさっきの囁き声をリピート再生しながら眠りにつくとして、今だけは忘却の彼方へ投げ飛ばす。

 

「今はまだ、望み薄だろうからさ。もっと私のことを知ってもらって、その上でお返事もらいたいなぁーって思うの」

「いや、でもそれは……」

 

 佐鳥くんのことは、ずっと見てきた。

 

 夜雀の力は荒事には向かない。けれど、闇に紛れて、気配を殺して、近くにいることだけは得意だった。

 ストーキング、と言い換えてもいい。言い換えなくてもいい。

 

 実は隣の席なのも、偶然じゃない。

 ただ、佐鳥くんに嫌われたくはないから、強引な手を使ったわけではない。

 

 わざわざ話の面白くない担任教師と仲良くなってまで、約束を取り付けたのだ。

 もしテストで満点を取れたら、愛しの佐鳥くんの隣の席にしてほしいって。

 

 うん。とても健全。少なくとも、校舎裏で闇に閉じ込めるより、よっぽど健全だね。

 

 だから私は、君のことをたくさん知っているよ。

 

 好きな髪型はボブカット。

 

 嘘をつく時、笑い方がほんの少し遅れること。

 

 誰かに優しくされると、喜ぶより先に困ってしまうこと。

 

 眠れない夜ほど、意味もなく布団の端を握っていること。

 

 雨音が強い日は、胸ポケットの万年筆に触れる回数が増えること。

 

 怖い夢を見た朝ほど、いつもより軽い冗談を言うこと。

 

 薄い本は鍵付きの引き出しの中。鍵は、机の裏。貼り方が少し甘い。

 そういう知らなくてもいいことまで、知ってる。

 

 それから。

 君が、幼馴染のいない日常を上手く想像できないことも。

 

 私の告白が、今のままではきっと失敗することも。

 

「だからまずは、お友達から始めたいの。ね、どうかな?」

「でもなあ……」

 

 佐鳥くんは悩んでいる。

 

 分かるよ。君は真面目だから、受け入れるつもりがないなら、きっぱり振るのが誠実だと思ってる。

 ハーレムもののラノベを読んでいたくせに、妙に一本気だ。

 

 でも、大丈夫。

 佐鳥くん以外なんて、私の目には映らない。

 

 夜雀の視界は、狭くて暗くて、どうしようもなく一途だから。

 

「ダメ、かな……?」

 

 上目遣いで訴えると、佐鳥くんの決心が揺れる。

 

 ああ、可哀想な佐鳥くん。

 いつも誰かの面倒事を引き受けてしまうところ、ちゃんと見ていたよ。

 

 押しに弱い君は、最後には頷いてしまう。

 そして頷いたあとで、少しだけ後悔して、それでも相手を責めない。

 

「……分かったよ。友達料はいくら払えばいいかな?」

「ならお金の代わりに連絡先が欲しいな」

「えー、減るものなのに」

「別に減らないでしょ。それじゃ携帯借りるねー?」

 

 連絡先の交換を口実に、佐鳥くんの携帯を預かる。

 

 当然ロックはかかっていた。

 でも、あまり私を舐めないでほしいな。こんなもの障害にもなり得ない。

 

 何年君を見てきたと思っているの?

 パスワードは当然把握済みだよ。指の動きも、画面を隠す角度も、うっかり油断するタイミングも、全部ね。

 

 ロックはあっけなく開いた。佐鳥くんは悟ったような顔をしている。

 

「どうしてパスワードを知っているかは、聞かない方がいいかな」

「うん。佐鳥くんは賢いね?」

 

 私は自分の連絡先をねじ込み、ついでに位置情報共有アプリをひっそり仕込んでから、何食わぬ顔で佐鳥くんに携帯を返した。

 これで迷子になっても安心だね。

 

「よーし、これから毎日寝落ちもちもちしようね!」

「先に寝た方が負けだからね?」

「ふっ、思い上がるなよ人間風情が」

 

 軽口を返しながら、私はさっき見えた名前を思い出していた。

 

 小鳥遊凰佳。

 佐鳥くんの連絡帳に、唯一登録されていた名前。

 

 ぎり、と奥歯が鳴った。

 

 才色兼備。誰にでも分け隔てなく優しい。学校中から好かれる、完璧な幼馴染。

 そういった綺麗な言葉で飾られた彼女の裏を、私は知っている。

 

 佐鳥くんの苦労を、私はずっと見ていた。

 身に覚えのない悪評。理由の分からない嫌がらせ。近づこうとした誰かが、いつの間にか消えていく教室。

 

 よく耐えたね。君は自分が嫌われる理由を、自分の中に探そうとしていた。

 違うよ。全部、あの鳥が悪いの。

 

 悔しいけれど、私では彼女に届かない。

 何度も同胞を動かした。隙も探した。けれど、所詮は有象無象の鳥妖怪。凰の炎の前では、羽ばたきひとつ残せず焼き払われた。

 

 そのたびに私は歯を食いしばることしかできなかった。

 佐鳥くんの隣にいるくせに、佐鳥くんを苦しめるだけのあの女を、ただ見ていることしかできなかった。

 

 でも、安心して、佐鳥くん。

 あの鳥籠から君を救い出す方法は、ようやく見つけた。

 

 私は、あんな化け物がヒロインレースの先頭を走っている世界を認めない。

 どうすれば天高く舞うあの鳥を、地に落とすことができるか。

 

 考えた。

 観察した。

 待った。

 

 そして、ようやく答えに辿り着いた。

 

 毒を以て毒を制す。

 化け物には、化け物をぶつけるのだ。




三年の時を経て、ついに物語が動き出しましたね……!

一番好きなヒロインは?

  • 大鳥鷺里
  • 夜鳥雀
  • 小鳥遊凰佳
  • 黒羽美烏
  • 松井ぽっぽ
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