作者は一人称しか書けない哀しき獣……。
今回は夜雀視点でお送りします。
職人の朝は早い。
まだ人の少ない教室で、私はいつものように机へ突っ伏した。
顔は窓側。頬の下で腕を組み直し、ほんの少しだけ頭の位置をずらす。
この辺? いや、違う。あと数センチ左。
よし。ここが一番いい。
黒板も、教卓も、窓の外の景色もどうでもいい。
大事なのは、斜め前に見える佐鳥くんの横顔。その輪郭が、教室の朝日にほどよく縁取られる角度だった。
「ふわぁ〜〜……」
うつ伏せになった途端、瞼が重くなる。気の抜けたあくびが、勝手に口からこぼれた。
私は朝が得意じゃない。
今だって眠い。だるい。できることなら布団の中で、夜が戻ってくるまで世界の更新を拒否していたい。
だって夜雀だもん。
夜に飛ぶ怪が、朝のホームルーム前から健康的に登校している時点で、もうだいぶ無理をしている。
でも。佐鳥くんがいるなら、話は別だ。
「ふふっ……」
視線だけでこちらを窺ってくる彼が、あんまりにも分かりやすくて、思わず笑ってしまう。
わかるよ。金曜日のこと、気にしてるんだよね。
告白された相手が月曜日の朝から隣にいるんだもん。しかも、何食わぬ顔で机に突っ伏している。意識しない方が難しい。
本を読んでいるふりなんかしても、私の目は誤魔化せない。
さっきから一ページも進んでないよね。その、五日前に買ったラノベ。
佐鳥くんは皆勤賞ガチ勢だ。
無遅刻無欠席の維持に、なぜか命を懸けている。だから朝八時前には、必ずこの席にいる。
私が眠気に這いつくばりながら登校しているのは、三文の得なんて健全な理由じゃない。
一秒でも長く、君を視界に入れていたいからだ。
「おはよー、佐鳥くん」
「あっ、おはよう。えっと、二日と十二時間ぶりだね?」
「正確には二日と十二時間二十九分八秒かな」
「ヒェッ」
愚かにも佐鳥くんがヤンデレトークで勝負を仕掛けてきたので、きっちり叩き潰しておく。
雑魚がよ。私に勝てると思うな。こっちは遊びでやっているんじゃない。
ただ、泣かれると困るので、コンマ何秒までは刻まないでおいた。そこは優しさだ。
「金曜日はごめんね? 驚かせちゃったよね」
「いや、ぜんぜん平気だよ。僕は動じない男だからさ」
「えーっ、すごい。天才! 高収入!」
「でへへ」
雑な褒め言葉だけで、佐鳥くんの頬がだらしなく緩む。
そういうところだよ。
警戒心があるようで、押されると弱い。怖がりなのに、最後のところで人を突き放せない。自分が傷つくことには慣れているくせに、相手を傷つけることにはいつまでも不器用。
見ているだけで、胸の奥がむずむずする。
鳥類の多くは一夫一妻だという。
だから独占欲が強い――なんて、もっともらしい理屈をつけることはできる。
けれど、たぶん違う。
私が佐鳥くんを独り占めしたいのは、夜雀だからじゃない。
佐鳥くんだからだ。
まあ、その願いを叶えるには、障害が多すぎるのだけど。
私は強い妖怪じゃない。闇を見せることはできても、神話級の化け物と正面から殴り合えるような格はない。
簡単には勝てない。でも、諦める理由になんてならない。
そんなことを考えていると、佐鳥くんがパタリと本を閉じた。
意を決したような顔で、こちらを見る。
「あのさ……その、あれの返事なんだけど」
声が少しだけ潜められていた。
内緒話みたいな音量。教室のざわめきに紛れるくらいの、けれど私の耳にははっきり届く声。
返事。金曜日の告白のことだろう。
直接的な言い方を避けたのは、周りに聞かれないようにするため。
そういうところまで気を遣ってくれるのだから、まったく佐鳥くんは困る。
夜雀ポイントは、もうとっくに上限を突破している。
それでも今、さらに五点くらい加算された。
「それ、まだいいから!」
「えっ?」
私は慌てて、彼の言葉を手で制した。
危ない。今の声をもう少し聞いていたら、理性の方が先に折れていた。
落ち着け、私。ここまでは順調だ。欲張るな。焦るな。
佐鳥くんは、追いつめると逃げる。でも逃げた先で、逃げた自分を責めてしまう人だ。だから私は、まだ追いかけない。
ちなみに会話は高性能ボイスレコーダーで録音している。
今夜はさっきの囁き声をリピート再生しながら寝るとして、今だけは忘れることにした。
「今は望み薄だろうから。もっと私のことを知ってもらって、その上でお返事もらいたいなぁーって」
「いや、でもそれは……」
佐鳥くんのことは、ずっと見てきた。
夜雀の力は荒事には向かない。けれど、闇に紛れて、気配を殺して、近くにいることだけは得意だった。
ストーキング、と言い換えてもいい。言い換えなくてもいい。
実は隣の席なのも、偶然じゃない。
ただ、佐鳥くんに嫌われたくはないから、強引な手を使ったわけではない。担任を懐柔して、テストで満点を取ったら好きな席を選ばせてほしいと約束を取り付けただけだ。
うん。とても健全。
少なくとも、校舎裏で闇に閉じ込めるより、よっぽど健全だ。
だから私は、君のことをたくさん知っている。
好きな髪型はボブカット。
嘘をつく時、笑い方がほんの少し遅れること。
誰かに優しくされると、喜ぶより先に困ってしまうこと。
眠れない夜ほど、窓の外を見ないようにすること。
雨音が強い日は、胸ポケットの万年筆に触れる回数が増えること。
怖い夢を見た朝ほど、いつもより軽い冗談を言うこと。
薄い本は鍵付きの引き出しの中。鍵は、机の裏。貼り方が少し甘い。
それから。
君が幼馴染に心を残していることも。
私の告白が、今のままではきっと失敗することも。
「だからまずは、お友達から始めたいの。ね、どうかな?」
「うーん、でもなあ……」
佐鳥くんは悩んでいる。
分かるよ。君は真面目だから、受け入れるつもりがないなら、きっぱり振るのが誠実だと思っている。
さっきまでハーレムもののラノベを読んでいたくせに、こういうところだけ妙に一本気だ。
でも、大丈夫。
佐鳥くん以外なんて、私の目には映らない。
夜雀の視界は、狭くて暗くて、どうしようもなく一途だから。
「ダメ、かな……?」
上目遣いで訴えると、佐鳥くんの決心が揺れる。
ああ、可哀想な佐鳥くん。
いつも誰かの面倒事を引き受けてしまうところ、ちゃんと見ていたよ。
押しに弱い君は、最後には頷いてしまう。
そして頷いたあとで、少しだけ後悔して、それでも相手を責めない。
「……分かったよ。友達料はいくら払えばいいかな?」
「ならお金の代わりに連絡先が欲しいな」
「えー、減るものなのに」
「別に減らないでしょ。それじゃ携帯借りるねー?」
連絡先の交換を口実に、佐鳥くんの携帯を預かる。
当然、ロックはかかっていた。
でも、あまり私を舐めないでほしい。
何年、君を見てきたと思っているの?
パスワードは当然知っている。指の動きも、画面を隠す角度も、うっかり油断するタイミングも、全部。
ロックはあっけなく開いた。
佐鳥くんは悟ったような顔をしている。
私は自分の連絡先をねじ込み、ついでに位置情報共有アプリをひっそり仕込んでから、何食わぬ顔で携帯を返した。
「よーし、これから毎日寝落ちもちもちしようね!」
「先に寝た方が負けだからね?」
「ふっ、思い上がるなよ人間風情が」
軽口を返しながら、私はさっき見えた名前を思い出していた。
小鳥遊凰佳。
佐鳥くんの連絡帳に、唯一登録されていた名前。
ぎり、と奥歯が鳴った。
才色兼備。誰にでも分け隔てなく優しい。
学校中から好かれる、完璧な幼馴染。
そういう綺麗な言葉で飾られた彼女の裏側を、私は知っている。
佐鳥くんの苦労を、私はずっと見ていた。
身に覚えのない悪評。理由の分からない嫌がらせ。近づこうとした誰かが、いつの間にか消えていく教室。
よく耐えたね。君は自分が嫌われる理由を、自分の中に探そうとしていた。
違うよ。全部、あの鳥の仕業だ。
悔しいけれど、私では彼女に届かない。
何度も同胞を動かした。隙も探した。けれど、所詮は有象無象の鳥妖怪。神にも近い凰の炎の前では、羽ばたきひとつ残せず焼き払われた。
だから、方法を変えることにした。
安心して、佐鳥くん。
君をあの鳥籠から出す方法は、ようやく見つけた。
私は、あんな化け物がヒロインレースの先頭を走っている世界を認めない。
どうすれば、あの凰を引きずり下ろせるのか。
考えた。
観察した。
待った。
そして、ようやく答えに辿り着いた。
毒を以て毒を制す。
化け物には、化け物をぶつけるのだ。
三年の時を経て、ついに物語が動き出しましたね……!
一番好きなヒロインは?
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大鳥鷺里
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夜鳥雀
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小鳥遊凰佳
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黒羽美烏
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松井ぽっぽ