鶴が恩返ししないんだが   作:エタリオウ

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今回は早めに更新できました!


過去からの刺客

 その日、校内に緊張が走っていた。

 掲示板の前に群がる、制服から中学生と思しき集団。時折あがるパルキアの鳴き声のような咆哮が、今日が合格発表の日であると僕に悟らせた。

 

 近頃あまりに濃密な日々を送っているからだろうか?

 

 ほんの一年前、僕もあの混沌の中で雄叫びをあげていたはずなのに、当時の記憶は驚くほど希薄だ。

 鷺里さんが居候になったのが第一話だとすると、7年以上もの歳月が経っているような気がするんだよね。

 おかしいでしょう? そう言って笑ってよ。

 

 メタフィクションじみた思考を繰り広げながら、中学三年生たちの喧騒をそうっと通り抜ける。

 彼らの輝かしい思い出に、僕という異物が混入してはいけない。

 

 校舎に向かって歩いていると、ふと、昨日の帰りの会での一幕を思い出す。

 

「明日は合格発表で中学生が来るからな。もし校内で女子が迷子になってたら案内してやれよ〜。男は放っとけ」

 

 担任教師から放たれた、教育者として有るまじき発言。

 だが真理だ。クラスの男子生徒は皆、腕を組んで深々と頷いた。

 どうせ案内するなら可愛い女の子がいい。そして、あわよくばお近づきになりたい。野郎は自分でなんとかしやがれ。

 それが男子の総意である。

 

 そんな男性軽視も甚だしいお願いが担任教師からあったものの、校内は至ってシンプルな構造をしている。案内図だって渡されるはずだし、よほどの方向音痴でなければ迷うはずがない。

 

 ……はずだった。

 

 

 合格掲示板から少し離れた、初代校長の像。そこに、一人の少女が佇んでいた。

 

 濡れ羽色の髪を左右で高く結い上げたツーサイドアップ。細身の身体を包むセーラー服にはシワ一つなく、実は昨日購入した新品なのではないかとすら疑ってしまう。

 周囲の喧騒を完全に遮断したかのような静謐な佇まいに、僕は思わず足を止めた。

 

「困りました」

 

 消え入りそうな声を、かろうじて僕のデビルイヤーは拾った。

 

「そこのかわい子ちゃん、どしたん話聞こか?」

 

 担任教師の言葉を下心半分で実行に移し、僕が声をかけると、彼女の緋色の瞳がゆっくりとこちらを向いた。

 

「はい。恐れ入りますが、お願いします。先輩」

 

 鈴を転がすような、透明な声。

 在り来りな表現なので、鷺里さんや夜鳥さんで既に使ってないか心配だ。

 

「合格者説明会が行われる講堂を探しているのですが。この学校は迷宮ですね。すでに三回、二宮金次郎像の前を通過しました」

「うん、それはただの迷子だね、ドンマイ。あとその像だけど、二宮金次郎じゃなくて、薪を背負った初代校長なんだ。初見殺しだよね」

「……左様ですか。理解に苦しみますが、知識をアップデートしておきます」

 

 彼女は小さく首を傾げ、抑揚のない声で呟いた。

 なぜ学校の支配者たる校長が薪を背負っているのか、本校の七不思議の一つである。

 

「深く考えない方がいいよ。とりあえず講堂だよね? ついておいで、案内するから。僕は一年の佐鳥。君は?」

黒羽美烏(くろばねみう)と申します。佐鳥先輩。親切な先輩に巡り会えて、幸運です」

 

 簡単な挨拶を交えて、美烏と名乗った中学生は僕の半歩後ろにつく。

 

 落ち着いていて、どこか影がある美少女。賢い僕は、彼女の正体を暴いてしまった。

 

 黒羽美烏――彼女はカラスの怪だと思う。たぶん、きっとね。間違ってたら恥ずかしいから断定はしない。

 

 大鳥鷺里は青鷺火、夜鳥雀は夜雀。

 今までの経験則によると、名は正体を示している。

 

 まあ、そんなことを言えば幼馴染である小鳥遊凰佳が伝説の鳥になってしまうから、絶対的なルールではないようだけど。

 

 しかしカラスの妖怪ねぇ。鴉天狗とか……あと他にいたっけ。

 特段妖怪に詳しいわけでもないので、思い浮かばない。分かったところでどうすりゃいいのって話だが。

 

 ちゃんとついてきてるかしら?

 不安になって振り向くと、美烏は瞬き一つせず、じぃっと僕を見つめ返してきた。

 

 距離感がバグっているのか、それとも、僕を風よけにして空気抵抗を減らすスリップストリーム走法か。背後にピタリと張り付かれていて、今更ながら並々ならぬ圧を感じる。

 

 試しに僕が立ち止まってみると、あわや激突しそうになりつつ、爪先で踏ん張って耐えていた。ちょっと面白い。

 

 何度か急停止やフェイントを仕掛けて女子中学生で遊んでいると、程なくして講堂に着いた。

 

「先輩。お願いがあります。書類を記入するためのペンを忘れてしまいました。貸していただけますか」

「もちろんいいよ。僕は常に文房具のフルラインナップを持ち歩いているからね」

 

 ペンを忘れたおっちょこちょいのために、カバンから愛用の筆箱を取り出す。

 中には用途別に選んだ精鋭の文房具が詰まっている。高校生活の苦楽を共にしてきた、大切な相棒たちである。

 

「はい、好きなのを選んで。おすすめはこの低摩擦インクのボールペンなんだけど――」

「ありがとうございます」

 

 美烏は僕がペンを差し出すよりも早く、筆箱を丸ごと掴んだ。

 そして、始めから決めていたかのような淀みない動作で、自分の懐へと手繰り寄せたのだ。

 

「えっ? いや、ペン一本だよね? なんでまるごと回収したの?」

「先輩がこの一年、握り続け、指先のぬくもりを転写し続けた器。全てに先輩の時間が詰まっている。私はこの箱ごと『保存』したいのです」

「……はい?」

 

 突然飛来した衝撃的な発言に、僕の脳は理解を拒んだ。

 

 保存するって言った? 何を?

 男子高校生が一年間使い倒しただけのナイロン製の塊に、価値などあろうはずがない。

 だというのに彼女は、僕の困惑などどこ吹く風で、奪い取った筆箱を愛おしそうに両手で包み込んでいた。

 

「布地の繊維一つ一つにまで、あなたの苦悩と、余りある罪悪感が染み付いている。選別するなど、私には到底不可能です」

 

 美烏の語り口は淡々としていて、抑揚がほとんどない。だからこそ、その言葉の端々に含まれる狂気が際立っていた。

 

 肌にまとわりつく、ナメクジのような湿り気を帯びた執着。

 コイツ、夜鳥さんと同じタイプのスタンドか……!

 

「待って、黒羽さん。分かったから。保存したいなら、僕が卒業した後にでもゴミ箱から拾ってよ。そいつは今現役バリバリなんだぜ?」

 

 特に限定カラーのクルトガだけは渡してなるものか。震えそうになりながらも、僕は強い意志を持ってJCに立ち向かう。

 

「お断りします」

 

 そんな僕の切実な思いは届かず、あえなく一蹴されてしまった。

 

「もちろんゴミ箱からも拾います。今も盗ります。それだけです」

「この欲張りさんめぇ……!」

 

 泣き落としも正論も通じない。美烏の冷徹な眼差しは、一度狙った獲物を決して逃がさない猛禽類のそれだ。

 

 僕が強硬手段として、地団駄を踏んで泣き喚いてやろうかと身構えた、その時だった。

 

「それに、これはただの略奪行為ではありません。かつて貴方の願いを叶えた報酬とすれば、むしろ安いのではないかと」

「願い……? いや、そもそも君と僕は初対面で――」

 

 言いかけた言葉は、彼女がずいっと、鼻先が触れるかという距離まで詰めてきたことによって、無理やり喉の奥に押し戻された。

 

 至近距離で、美烏の双眸が僕の網膜を焼く。

 凝固した血液のような、明度の低い淀んだ紅が、僕という人間の奥底を覗き込んでいる。

 

「思い出せませんか? あの日。土砂降りの雨の中で、貴方は『あんな親、帰ってこなければいいのに』と零したはず」

「…………っ!」

 

 心臓が、冷たい氷水に触れたように収縮し、全身の血の気が引いていくのがわかった。

 忘れるはずがない。それは、僕が生涯背負い続ける消えない呪いだ。

 

「まさか、君は……」

「先輩のご両親を交通事故に見せかけて殺したのは、私です」

 

 彼女の冷ややかな指先が、僕の胸元ポケットに挿さっている万年筆へそっと触れた。

 

「この万年筆は父君のもの。決して罪を忘れぬようにと、肌身離さず持っていたのですね」

 

 銀色の万年筆が美烏の手に渡る。

 それは、僕が呪いとして自らに縛り付けていた鎖。

 

「……返しては、くれないよね」

「はい。罪悪感などという無価値なものに縛られる必要はありません。先輩の過去、すべて私が取り去って差し上げます」

 

 美烏は万年筆を筆箱の中にしまって、ふふっ、と喉の奥で笑った。

 

 今まで感情の起伏を見せなかった彼女の顔に浮かんだ、ひどく扇情的な微笑み。

 僕はそれをあまりに綺麗で、残酷に感じた。

 

「今は心の整理が必要でしょうか。それでは先輩。また、四月に」

 

 美烏は優雅に一礼すると、流れるような動作で背を向け、講堂の中へと歩き出す。

 

 僕はただ、その後ろ姿を見つめることしかできなかった。




突如現れた後輩ヒロイン!
八咫烏が三本足なのでツーサイドアップにしましたが、いったい正体はなに八咫烏なんだ!?
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