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放課後。部活に所属していない少女は車通りの少ない道を選び、帰路を歩いていた。一定学校から離れた場所に来ると一旦立ち止まり、鞄の中から原書を取り出した。手の甲の数字を見るとその頁を開き、そのままのっそのっそと歩き始める。この帰路こそが彼女にとっての最高の時間だった。夕焼けの黄金色の光に照らされて、孤立した気分にもならず、それでいてなんだか優越感を感じるこの時間。どこからか子供が無邪気に遊ぶ声がして、どこかの家からかパチパチと揚げ物を揚げる音がして、カレーのいい匂いがする。そんな平穏な時間が、彼女は本当に大好きだった。ただ、幸せな時間というものは同時に流れるのも早いものである。気が付くと、もう彼女の家の前に着いていた。少女は筆箱からマジックを取り出した。手の甲の頁に二本の線を引くと、読み進めた頁をその横に新たに書き直した。ふぅと息を整えると、玄関のドアを開けた。
「ただいま、です」
少女の声が10mほどある廊下に反響する。それに呼応するように二階からドタドタと足音が聞こえてきた。そして数十秒後には玄関前の階段上から、眼鏡をかけた太っちょの男がひょっこり顔を出した。容貌から察するに、三十代と言ったところだろう。
「おかえりなさい、藍ちゃん」
「あの……お仕事、してたんですか?だったら、邪魔して……ごめんなさい」
「……いや、模示くんのレポートの助言をしつつ、テストの採点していただけだから大丈夫だよ」
「本当ですか?……だったら、良かったです。手洗いうがいしてきます」
少女はドタバタと急ぎ足で洗面台へと向かった。その姿になんだか微笑ましいなと男は笑みを零した。一方少女は洗面台に着くと、手洗いうがいをすると、そのまま冷水で顔を洗った。近くにあったタオルで手と顔を拭きながら、鏡に映る自分の顔を見る。右目下にあるほくろになんとなく視線を向けつつ、自身の顔の値踏みをする。【鼻、悪くない六十点】【目、三白眼怖い三十点】そう言った具合に。その結果、満点五百点中三百五十点という、なんとも言えない点数になった。これではまだまだだな、と思いつつ、軽く頬を叩いて気持ちを切り替えると、タオルをかけ直してキッチンへと向かった。
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キッチンには先程の男と共に、もう一人、金髪の男がいた。身長的には先程の男よりも高いが、顔の貫禄的にはまだ幼さを感じた。大学生か新卒、そのぐらいの年齢だと類推出来る。その二人の方に向かって少女が歩くと、先程の男は眉を上げて少女の姿を確認し、こっちこっちと手招いた。それに応えるように少女はリビングのソファーに鞄を置いて男の元へと向かった。
「……今日の晩御飯、トマトパスタですか?」
「うん。給料日前であまりお金がなくてね……あっ、二人の学費はしっかりあるから安心して大丈夫だよ。お小遣いもね」
「やっぱり私、バイトした方が……」
「お前文系の人間としか話せないのに、どこでバイトするんだよ。」
「うるさいよ、亜鈴。貴方も大概なんだから口を挟まないで」
身長の高い男”亜鈴模示”はちっと少女に向かって舌打ちをすると、大人しく茹で上がってくたくたになったパスタを三つのお皿に分け始めた。眼鏡をかけた男は二人が喧嘩をする姿に頬を緩ませた。少女はというと、亜鈴がパスタを分けている間に予め用意していた市販のパスタ用トマトソースを棚から取りに向かった。棚の二段目を漁って、なんとかトマトソースを見つける。切り口をピリリと破るとちょうどパスタが分け終わったので、少女はなるたけ均等になるようにトマトソースをかけた。ただ、気持ち亜鈴のパスタのトマトソースの量を減らし、代わりに眼鏡をかけた男の分を増やした。亜鈴は薄々その事実に気付いていたが、ここはあえて黙っておくことにした。
「……よし。亜鈴、私が前野さんのお皿持っていくから、私のお皿もついでに持っていてくれない?」
「やだよ。俺はか弱い文系男子だぞ?持てるはずがない」
「はぁ?何が”か弱い文系男子”よ。昨日、前野さんの為に参考文献20冊を軽々持ち上げていたのはどこの誰かしら?」
「うるせぇ。ついさっきまで、結構重い原書を軽々と持って歩き読書していたお前なら、二つお皿を持つことぐらい楽勝だろ?」
ぐぬぬと二人の間で火花が散った。相変わらず、その姿を眼鏡をかけた男”前野翔太”は頬を緩ませて見ていた。だが睨み合いが数分続いているのを見ると、やれやれと言った顔をした。二人の手からお皿をひょいひょいっと取り上げると、ついでに三つ目のお皿も両手の間に置いた。そのままするりと二人の間を縫うように歩くと、机の上にかたんことんかたんとお皿を並べた。二人はその一連の前野の行動を呆然として見ていた。
「それじゃあ二人とも、フォークを取って来てくれないか?……あっ。私はお箸で頼むよ」
何事もなかったかのように椅子に着席する前野の姿に二人は戸惑いを隠せなかった。けれど、すぐに分かりましたと答え、二人で自分のフォークと前野のお箸を一本ずつ分けて持って行った。前野はご満悦の様で、また頬を緩ませた。
「……よし。みんな座ったね。それじゃあ、いただきます」
「……いただきます」
「……いただきます」
未だ困惑が抜けきらずにトマトパスタを食べる二人の一方で、前野はうどんでも食べるかのように、お箸を使ってズルズルとパスタをすすっていた。
トマトソース丸呑みにしてみたい