ウサギさんとの日常   作:匿名

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第一話

 特に予定などがない、平凡なある休日のこと。

 学校の宿題を前に頭を悩ませていた俺は、自室でテキストとにらめっこをしていた。

 

「うーん……」

 

 一応、少し特殊(・・)な事情があるため、他の人よりは頭がいいとは自負しているが、所詮はどんぐりの背比べだ。

 自分の地頭が良くないので、いわゆる“凡人”という枠に収まっている。

 

「教科書にやり方は載ってるんだけどな。いまいちよくわからん」

「それは、この公式をこう動かせば、凡人でも理解できるようになるよ」

「お、本当だ。これなら俺もなんとなくわかるかも」

「まったく、この程度の問題にすら躓くとか、凡人どころか君は猿じゃないのかな?」

「失敬な! 俺はちゃんとした人間……?」

 

 横から伸びた指を見つめていた俺は、一体誰と会話していたのだろうか、と根本的な疑問にたどり着く。

 うちは俺の一人っ子で、両親は二人で出かけている。

 この家にいるのは俺一人だけだ。他に誰もいないはず。

 ゆっくりと回転椅子を後ろに回すと、呆れた表情を浮かべる少女がいた。

 

「やっと気づいたか。相変わらず鈍臭い」

「おま、なんでここにいるんだよ!? 鍵は!?」

「鍵もなにも、普通に窓から入ってきたんだけど?」

「ここ二階なんですけど」

「天災に高さなんて関係ないのさ!」

 

 えっへんと腰に両手を当てて、そんなことをのたまう少女。

 その動きで頭についているウサ耳(・・・)が揺れ、同時に部屋に甘い香りが漂う。

 対して、俺は半目になって床を指差す。

 

「正座」

「は? なんで?」

「当たり前だろ! 人の家に入る時は、玄関の呼び鈴を鳴らすって決まってるの! お前はそれを怠ったんだから、俺が怒るのは当然だろ!」

「はあ? お前が怒るとか心底どうでもいいし、そもそもこの天災が凡人のルールに縛られる理由もないし、むしろわざわざ来てやったことに泣いて咽び喜べよ」

「あ、あのなあ……」

 

 唯我独尊すぎて、頭が痛い。

 思わず額に手を置きながら、勝手に人の部屋を物色し始めた侵入者を見やる。

 知り合ってからこいつの性格はわかっていたとはいえ、いつ見ても胃が痛くなる酷さだ。

 これで昔よりはマシになったと言うのだから、信じられない思いが強い。

 ……仕方ない。こいつの勝手にさせよう。下手に刺激するとなにをしでかすかわからないし。

 そんなことを考えていると、玄関の呼び鈴が鳴り響く。

 

「あ! ちーちゃんだ!」

「お、おい!」

 

 俺の本を投げ捨てたそいつは、目を輝かせて窓から飛び降りた。

 慌てて縁から下を覗いてみれば、別の少女に頭を叩かれている。

 相変わらずの身体能力に、もはや苦笑いしか出てこない。

 とりあえず、あいつの保護者が来てくれて良かった。これで少しは、大人しくなるだろう。

 

「それにしても、まさかこんなことになるなんてな」

 

 第()の人生を歩んでから、十六年と少し。

 つまらない日々を送っていた俺も、気がつけばこんなキャラの濃い二人と知り合うことになった。

 知り合った経緯は不本意だけど、死んだような日を送るよりはマシなのだろう。

 

「おーい! 早く開けないと、束さん印の鍵あけ君で扉をぶっ壊すよー!」

「わかったからやめてくれ! 今すぐ開けるから!」

 

 こちらに手を振る少女──後の天災科学者である篠ノ之束にそう返しながら、俺は自室を出るのだった。

 

 

 ♦♦♦

 

 

「で、今日はなんの用で来たんだ?」

 

 とりあえず、篠ノ之とその友人である織斑千冬をリビングに案内した俺は、お茶を出しながら端的に尋ねた。

 お茶請けの煎餅を食べると、不味そうに舌を覗かせた篠ノ之がその言葉に首を傾げる。

 

「特に理由なんてないけど? どうせ君のことだから暇だろうって思って、束さんが貴重な時間を割いて来てあげたのだ! 嬉しい? ん? 嬉しいよね?」

「う、うぜぇ……おい、織斑。なんでこいつを止めなかったんだよ」

「いや、本当にすまない。私は迷惑になると束に言い聞かせたんだが」

「凡人な君を慮る必要なんてないよね?」

「と言われてな。止めることができなかった」

「あー……うん」

 

 相変わらず、織斑は苦労している。

 篠ノ之は織斑相手にはある程度話を聞くとはいえ、本質は自然のように気ままな性格だ。

 己がすると決めたことは、誰になにを言われようと曲げることはないだろう。

 よほどの理由がない限り。

 

「ねえ、ねえ、ちーちゃん。こいつってさ、やっぱり馬鹿なんだよ。さっきこいつが勉強してたのを見てたんだけど、ずっと頭を悩ませていて、全然問題を解ける気配がなかったんだよね〜。あまりにも可哀想だったから、つい束さんが教えちゃったよ」

「うるさいな! 俺だって頑張ってるんだからそこまで言うことないだろ!」

「過程なんて知らないよ。結果を残したまえ、凡人君」

 

 煽る笑顔を向けてくる篠ノ之を見て、思わず拳を握って震えてしまう。

 語尾に音符がつきそうな言い方なのが、そのムカつきに拍車をかけている。

 殴りたい。殴りたいけど、喧嘩で篠ノ之に勝てる気はまったくしないし、そもそも男が女に手を上げるのは目覚めが悪い。

 結果として、睨むことしかできなかった。

 

「きゃー! ちーちゃん助けて! 凡人君に怖い目で見られてるー! 犯されちゃうよー!」

「束……いい加減にしろ」

「あふん!?」

 

 流石に見るに堪えないと思ったのか。

 大きなため息をついた織斑が、抱き着いてきた篠ノ之の頭を叩いた。

 普通なら怒るところだと思うけども、叩かれた頭を嬉しそうにさすっている篠ノ之(変態)を見ていると、どこかしらネジが飛んでいなければ、際立った才能は手に入らないのだろうか、と少しだけ哲学を開いた気がする。

 

「まったく。で、一応ちゃんとした用があったと言えばある」

「あるのか? その用事って?」

「うむ。実はな、束がお前に渡したいものがあるという話だ」

「は? 篠ノ之が?」

 

 思わず篠ノ之の方を向けば、彼女は頭を押さえたままふいっと顔を背けた。

 ピコピコと、ウサ耳が恥ずかしげに揺れている。

 

「べ、別にお前に渡す物なんてないんだけど、ちーちゃんがどうしても渡せってしつこいから。束さん的には凡人のお前なんか心底どーでもいいけど、ちーちゃんの頼みは無視するわけにもいかないし? 仕方ないから、普段の労力のまあ一万分の一ぐらい? それぐらいの労力をかけて、ちーちゃんの頼みを聞いてあげようって考えたのさ。わかった?」

「そういうわけだ。理解したか?」

「まあ、こいつが珍しく俺のためにプレゼントを用意してくれたってことは」

「あ? 話聞いてた? その愉快な脳みそ解剖するぞ?」

 

 凄んだ目付きでこちらを睨んでくる篠ノ之だったが、それが彼女なりの照れ隠しなのは、そこそこ付き合いのある俺は知っている。

 仮に、本当に篠ノ之が不愉快に思っているなら、こちらを視界に入れることなく、始末するだろうから。

 しかし、拗ねられてシャレにならないしっぺ返しがくる可能性もある。

 これ以上からかうのはやめておこう。

 

「わかったわかったって。織斑に頼まれて仕方なくなんだな?」

「ふんっ。わかればいいんだよ」

「ちなみに、こいつがお前にプレゼントする経緯は、前に起こした騒ぎのお詫びを兼ねてらしいぞ」

「ちーちゃん!?」

「あー。お前のせいで、学校の女子からは一時期変態扱いされたからなあ」

 

 思わず遠い目になってしまう。

 こいつがメールで俺の性癖をクラスの女子に送ったせいで、大多数の女子から白い目で見られていたのだ。

 クラスだけならまだしも、女子のネットワークとでも言うべきか、最終的には学校中で俺の話が持ち切りだった。

 針のむしろ、とはまさにこのことを指すのだろう。居心地が悪すぎて、引きこもりたくなったし。

 幸い、今はある程度噂も収まり、マシにはなってくれたが。

 

「あれは、うん。流石に束さんもやり過ぎたかなーって、ほんのちょっぴり反省したりしなかったり? まあ後悔はしていないけどね!」

「とまあ、そういうことだ。こいつの謝罪、受け取ってくれるか?」

「まあ、それなら受け取るけど。それで、肝心の内容は?」

「ふっふっふー。よくぞ聞いてくれました! この度、束さんが君のために用意した品物はこちらです! じゃじゃーん!」

 

 どこからともなく鳴り響くドラムロールとともに、篠ノ之がとある物体をテーブルに置いた。

 それはヘルメットのような形をしており、頭上にはウサ耳が着いている。

 正直、この時点で嫌な予感しかしない。

 

「……これは?」

「これは束さんが凡人のために作り出した、睡眠学習装置であーる!」

「睡眠学習装置?」

「ふっふっふ、驚いた? 驚いちゃった? いやいや、驚くのはまだ早いぜ!」

「驚くもなにも、まだなにも聞いてないんだけど……」

 

 よほど説明したかったのか、俺のぼやきはまったく耳に入っていないようで、満面の笑みを浮かべている篠ノ之が説明していく。

 

「あらかじめこの天災科学者である束さんがインプットしていた教材を、君が眠っている間に脳に直接刻み込ませるんだよ。一時間の睡眠で一ヶ月分の学習。凡人の脳に配慮してあげたから、あまり効果は見込めないけど、まあ君ならこの程度で十分でしょ?」

「十分すぎるんだけど、あのさ」

「ん? あまりの素晴らしさに、束さんを崇めたくなった?」

「脳に直接刻み込むってなに?」

 

 不安になった単語を尋ねれば、ニコニコしていた篠ノ之の表情が固まる。

 徐々に冷や汗が垂れていき、目線が俺から逸れていく。

 そんな明らかに怪しい様子を見た織斑が、ジト目になって睨みつける。

 

「おい、束。私にはこれは安全な装置だって言っていたよな?」

「ははははやだなーちーちゃん。安全に決まってるじゃないか! 安心、安全、束さん素敵、がモットーで作った装置だからね。そりゃあ、凡人の脳じゃ耐えきれなくなって破裂するかもしれないけどさ、まあそれは些細な問題じゃない? うん、発明に犠牲はつきものだし、実験に成功すればちゃんとした……あっ」

「──ほう。実験か。今、実験って言ったな?」

 

 織斑の声のトーンが一段階下がり、冷たい目で篠ノ之を見つめる。

 対して、篠ノ之は顔中に汗をびっしり滲ませながら、引き攣った頬を無理矢理笑みに変えていた。

 

「はっはっはっちーちゃん落ち着きたまえ。今のちーちゃんはいっくんに見せられないような阿修羅の顔をしているからさ、ほら、ね?」

「遺言はそれだけか?」

「えーっと、さらばっ!」

「逃がすかっ!」

 

 とう、と座ったまま綺麗な宙返りをして織斑の背後に降り立った篠ノ之。

 しかし、織斑もしっかりと予想していたようで、テーブルに置いた手を支点に、身体を浮かせて華麗な回し蹴りを放つ。

 それをバックステップで回避しながら、篠ノ之は装置を持ったまま逃げ出す。

 

「ふはははは束さんは風になるのだー!」

「待て、逃げるな! 今日こそは、その腐った性根を叩き治してやる!」

「待てと言われて待つ天災はいないのだよちーちゃん!」

 

 リビングで繰り広げられる、高速の鬼ごっこ。

 正直、埃が舞ったりして迷惑なのだが、それ以上に俺は完全に蚊帳の外だ。

 元々俺のための贈り物だったのに、いつの間にか二人のじゃれ合いに変わっている。

 まあ、これがいつも通りと言えばいつも通りなので、特に気にしているわけではないが。

 

「とう! 装置ガード!」

「ふんっ!」

「みぎゃああああ!? 束さん渾身の力作がー!?」

 

 どったんばったん騒がしい物音をよそに、俺は変わった日常を噛み締めるのだった。

 

 

 

 

 




・主人公
転生したこと以外は凡人。
色々あって束達と知り合う。
よく振り回されている。

・篠ノ之束
天災。
色々あって主人公を認識する。
よく振り回す。

・織斑千冬
強い。
束経由で主人公を知る。
苦労仲間の主人公に親近感を覚えている。
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