ちなみに僕は粒あん派です
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次の日。朝早起きしてランダムスターを練習し、休み時間にもたえに教えて貰いながら弄り、気が付けば放課後。今日から改めて、有咲の蔵で練習をすることになっていた。
おばあちゃんに挨拶をして、蔵に向かう。薄暗い蔵の階段を下ると、白と黒の猫を撫でている有咲の姿が見えた。
「有咲! おはよう!」
「おまたせー」
「うわぁ!? 香澄と花園さんか。驚かせんなよなー」
「えへへー、ごめんごめん」
部屋の端にあるソファに2人で座る。白と黒の猫は、香澄達を見定めるように見つめていた。
目と目が合う香澄と猫。脳内には、「目と目が合うー……」というタイトル不明のあの歌が流れ出した。
すると、黒色の方の猫がするりと有咲の膝上から降り私の方へ寄ってきた。スンスンと匂いを嗅ぐと、香澄に頭を擦りつけてくる。
「可愛い……有咲の家の猫?」
喉をかきながら訊ねる。黒猫は、ゴロゴロと喉を鳴らして、香澄の横にゴロンと横になった。
「うん。黒い方がザンジで、白い方がバルって言うんだ」
有咲は、バルの頭を優しく撫でていた。有咲の膝上で、とても幸せそうな表情でバルは寝ている。
「モフモフだね。可愛い」
いつの間にかたえも加わっていた。慣れた手つきで耳後ろをかくと、サンジはその場で丸くなって寝てしまった。
「もふもふもしたし、そろそろ練習しよっか。今日サラッと教えた、スリーコードから……」
「はい!」
ランダムスターを構える。たえも青いギターを構え、一緒に弾き始めた。
一時間後。香澄のお腹がなったのを合図に、一旦休憩をとる事になった。
予め、やまぶきベーカリーで買ってきたパンを、3人で選びながら食べる。ちなみに、たえはメロンパン、有咲はチョココロネ、香澄はあんぱんだった。
「……美味い。これ、何処で買ったんだ?」
「やまぶきベーカリーって所のだよ! ……んー! 美味しい!」
香澄はあんぱんを口いっぱいに頬張る。表面の薄皮を破り、中から粒あんが溢れ出てくる。甘く、優しい味がした。
「香澄、ちょっとやっただけなのに大分上手くなったね。きらきら星くらいなら弾けるんじゃない?」
メロンパンをもくもくと頬張りながら、たえが言う。ちなみに、練習の中で、気づいたらたえは香澄呼びになっていた。
「きらきら星! 弾いてみたい!」
ランダムスターを構える。たえも合わせて、スナッパー(ギターの名前らしい)を構えた。
「……あ、香澄」
ギターから手を離し、香澄に向き直るたえ。一体どうしたのだろうか。
「ギターを弾く時に、重要な事教えてなくって」
ギターを弾く時に、大事な事……。
なんだろう。何か、ピック扱いのコツだとか私が知らないギター奏法とかかな……?
香澄の頭に、ハード・ロックのギタリストが思い浮かぶ。ギュンギュンとうるさい迄の唸りをあげるギターに香澄は顔を顰めた。
だが、たえが言ったのはそんなものよりももっと大切な事だった。
「ギターはね、弾きたい時に弾けばいいの」
……弾きたい時に、弾く。香澄は言葉を繰り返した。
「ギターは、弾かれるものでもないし、弾かせるものじゃない。ただ、自分の想いを乗せて弾きたい時に弾くものなの」
ジャラン、と鳴らすたえ。「それだけは忘れないでね」と念を押し、弦に指を添えた。
弾きたい時に弾く……か。香澄は脳内でその言葉を繰り返す。
いつか分からないけど、弾きたくても弾けない時とか来ちゃうのかな……。そんな時、私はどうすればいいのだろう……。
そんな事を考えている香澄を余所に、たえは続けた。
「さっき教えた、D、G、Aのコードを使うんだけど……」
ピックを構える。香澄は慌てて頭を切りかえた。
青いスナッパーがきらりと光ると、たえは歌い出す。
「
「おおー!」
曲になってる! ……いや、コードは曲を弾くためのものだからそうなのだが。今までただのコードの練習ばかりだったから、香澄は余計に感動してしまった。
「最初、ゆっくりでいいから。一つ一つ確認しながら弾いてみて」
「うん!」
ピックを構える。六弦の三フレットと、五弦の五フレットが……いや、これはGだ。えっと、Aは……。
ゆっくり、ゆっくりピックで弾く。最初は間の長い音だったが、段々と押さえる指が慣れてくる。
続けていくにつれて、手元を見なくても弦を押さえられるようになり、 指の移動を早くして間を無くしていった。
「……すごい」
たえが驚いたように見ている。有咲も、香澄の弾く姿をマジマジと見ていた。
段々と、音が音楽になっていく。
ピックで弦を弾く度、どき、どき、どきと鼓動が響く。耳を澄ませると、あの時の
「……
呟くように歌う。最初は、迷惑かもと思って静かに歌っていたが……次第に、そんなことはどうでも良くなった。
「
思いのまま、歌う。ステキなドキドキが、もう止まらないくなっていた。
「
"私は歌いたい!"
「
鼓動が止まらない。どき、どき、どき、と。星のコドウが香澄を抱きしめる。
子供頃の情景と、今が重なった。
夜。月明かりと、星の瞬きだけの世界。無限の景色。まるで、星の海に抱かれているような感覚。
優しい芝生の上に寝転がる。自身の呼吸までが、闇夜に溶けていくかのように星は瞬く。
妹に小言を言われながらも、大空の下で、歌った。自分の声と、星空と。鼓動が溶け合うような感覚。
両手を広げ、歌う。聞こえてくる遠い音楽を、自身の思いを乗せて。輝きとキラメキを、その手に抱きしめながら。
その時からだろうか、歌と星がたまらなく好きになったのは。
その風景を思い出しながら、香澄はCメロを引き切った。
ーー星は、いつだって頭上で瞬いている。こんなにも優しく、そして雄大にーー
……ギターの音が、響きながら消えていった。その残響を全身で浴びながら、香澄は2人を見つめる。
唖然、といった風だった。有咲とたえは、口を少し開けて香澄を見つめている。いつの間にか起きていたザンジとバルも、動きを止めて香澄を見ていた。
「え、えっと……あははー。つい歌っちゃったー……」
見つめられて、つい恥ずかしくなってしまった香澄は、照れながら頬をかいた。
たえと、有咲は、まだ呆然としている。……あんまりにも何も言わないので、香澄は口を開きかけると、
「すごい……どきどきした……!」
たえが口を開く。興奮に満ちたように、香澄の手を握ってきた。
「キラキラしてた! 輝いてた!」
「は、花園さん!?」
ブンブンと手を振る。あの路上ライブの時とは正反対だった。
「私……香澄にギター教えててよかった!」
ニコリと笑う。キラキラ輝く瞳に見つめられ、満面の笑顔に、逆にドキッとさせられた。
「よかったって、今日から教えてたんだろ……?」
冷静な、有咲のツッコミが入る。
するとたえは、ぐるりと有咲に向き直り、今度は有咲の手を握った。
「有咲はドキドキしなかった?」
「え?」
「香澄の歌。それとギター。私は、香澄がキラキラ輝いてるように見えた」
その言葉を聞くと、有咲は「あー……」と言葉を濁した。そして、なんだか、照れたように、
「その……。わ、私も! 香澄の歌、すごい良かったと、思う……」
「あ、有咲ー!」
感極まり抱き着いてしまった。瞬間、有咲顔がゆでダコのようになる。
「ちょっ、ま!? だ、抱きつくのやめろー!!」
蔵での練習は、まだまだ続く。