あと二、三回この日常会が続くと思われます。
今日も今日とて、有咲の蔵でギターの練習だ。今日はたえがバイトでいない為、有咲とマンツーマンで練習なのである。
「おはよう有咲!」
挨拶と共に蔵の中に入る。有咲は既にキーボードに楽譜を広げており、鍵盤を踏んずけて遊んでいるザンジと格闘していた。
「おはよう香澄」
有咲はひょいとザンジを持ち上げる。ニャーと抗議を申し立てるザンジをソファの上に降ろすと、ひょいと有咲の膝上を駆け抜け、再びキーボードの上に鎮座した。香澄もザンジに合わせるようにソファに腰を下ろす。
程なくして、バルが鳴きながら近寄ってきた。喉元を指でかいてやると、ゴロゴロと甘えた声を鳴らし、香澄の膝の上に納まった。
「んー、やっぱり可愛いねー」
バルの頭を撫でながら言う。バルは気持ちが良くなったのか、目を閉じてそのまま眠ってしまった。
「……そういえば」
なにか思うことがあるのか、香澄を見つめてくる有咲。
いや、見ているのは私の上の方……?
視線の違和感を感じている香澄を余所に、膝で寝ているバルを見つめる。交互にバルと香澄とを見つめ、真剣な顔をして言った。
「香澄のその髪型って、猫耳なの?」
思わずずっこけそうになった。いや、ソファに座っていたから、決して転んでしまうことは無いのだが。その位、斜めからの質問だった。
「ち、違うよ! これは、星をイメージしてるの」
「ふーん、そうなのか」
またもやバルと見比べてくる。
「てっきり、猫の耳にでも似せてるのかと思った」
「ち、違うよ。確かに猫耳に見えるけど……」
「そうか、やっぱり猫じゃん。ほら、にゃーんって」
「い、言わないよ!」
これは猫耳じゃなくて星! それを伝えるのでその後10分を要してしまった。絶対有咲巫山戯てるでしょ!
「さて、巫山戯るのは大概にして」
やっぱり巫山戯てた! 有咲酷い!
「香澄、これ見てくれ」
机の上に、数枚の紙を置く。数本の線が横長に引かれていて、その上に音符が散らばっている。音楽の教科書でよく見た、所謂楽譜というものだった。
「これって……楽譜?」
「うん。スコア、とも言うんだけど」
有咲が立ち上がり、キーボードへとむかう。スコアを立てかけて、キーボードに指を踊らせた。
「~~♪ ~~♪」
左手でリズムを、右手で主旋律を奏でる。右手が畝り、左手が跳ねる。堂々とした佇まいはこの蔵の王かと錯覚する程であり、その姿は数年前にピアノを辞めたとは思えない程、見惚れてしまうものだった。
「~~~♪~♪」
何だか元気が出てくる曲調だった。不安なところは一切感じさせず、体の底から湧き出るドキドキを、そのまま曲にしたような感じだった。
有咲の演奏が終わると、香澄は無意識に拍手を送っていた。
「凄い! 凄い有咲! すっごくドキドキした!」
うきゃあ! と声を上げ、精一杯の拍手を送る。香澄は、なんだか体の温度が3度くらい上がっているような気がした。
そんな香澄の様子に、有咲は照れたように頬を紅潮させながら、
「お、おう……」
と言って、目線を逸らしてしまった。
そんな有咲に少しキュンとしながら香澄は楽譜を手に取る。四方の角が丸くなっていたり、皺が出来ていたり。使い込まれたような形跡が楽譜にはありありと残っていた。
まだほんのりと顔が赤い有咲は、香澄のギターケースを指さしながら言った。
「これ、実はランダムスターのケースにあったんだ」
「えっ?」
「香澄に渡すずっと前に、蔵の整理してたら見つけてさ。その時はなんとも思って無かったんだけど、いざバンドやるってなったら思い出して。ちょっと練習してみたんだ」
そうだったのか。香澄はてっきり、隠れて有咲が作っていたのかと思っていた。
「流石にまだ出来ないな。まだ勉強中」
「作曲初歩」と書かれた本を取り出す有咲。いくつかのページには付箋が貼ってあり、勉強していることが見て取れた。
何だか感動してしまった。思いつきで有咲を巻き込んでしまったのに、ここまで真剣に考えてくれていたなんて……。
「……この曲って、まだ途中までしかないの?」
感動は置いておいて、ちょっと気になったことを聞いてみた。
曲を聴いていて思ったのだが、終わり方が不自然な上、早すぎるような気がしたのである。
「うん。Aメロとサビっぽい所しかなくて、歌詞もない。何かの曲のアレンジかなってあると思って調べてもみたんだけど、調べた限りでは似たような曲は出てこなかった。……多分だけど、これは作りかけの曲って事だ」
うんうんと頷く。因みにタイトルもないらしい。
……作りかけの、曲か。ランダムスターの前の持ち主が作ったまま、忘れていたのだろうか。なんて勿体ない。
「ねぇ、有咲。この曲、私たちで完成させようよ!」
「……はあ?」
ポカンと、口を開けたままになる。そんな有咲に矢継ぎ早に言葉を続ける。
「こんなにいい曲なのに、忘れられるなんて勿体ないじゃん!」
「そ、そうだけど……続きは誰が作るんだ?」
「私と有咲!」
「歌詞は?」
「私が書いて、有咲が添削!」
「わ、私が添削?」
「もしかして作詞の方が良かった?」
「いやいやいや! 私に作詞なんて無理だって!」
「じゃあ私が作る!」
「えぇ……」
呆れたように、そして怠くなったかのように、姿勢が丸くなる有咲。背中が曲線になり、おばあちゃん並に円を描いていた。
「私、この曲完成させたい! 私達の最初の曲として、精一杯作って、演奏したいの!」
だからお願い! 香澄は頭を下げた。
……少しの間沈黙が続く。しばらくすると、はぁ、と。有咲のため息が聞こえた。
「し、しょうがねーな。そこまで頼まれたなら仕方ないし……」
バッと頭を上げる。目を合わせようとしない有咲が、そこにいた。
「ただし! 本当に初めてだからあんまり期待するなよ!」
ビシッと指を突きつけてくる。少し照れたように、けれどもツンツンとしながら言う有咲に私は、
「も、もちろんだよ~~っ!!」
思わず抱きついた。
「ちょま!? だ、だきつくんじゃねーーー!」
有咲の声が、質屋中に響きわたった。