遠い音楽   作:冴月

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偶然と必然は表裏一体だ。
だからーーこの出会いも運命だったんだと思う。


3

   ☆

 

 香澄は少し速足で、クラス分けの掲示板を見に行った。

 ……が。掲示板の前には、既に新入生による沢山の人だかりができている。一概に身長が高いとは言えない香澄では、背伸びをしないと少々見えずらかった。

 

「戸山……戸山……」

 

 人並みをかき分け、中に入ろうとするものの押し出された。仕方なく、香澄は爪先立ちを強いられることになる。

 ぷるぷると足を振るえさせながら、何とか見える掲示板を確認する。

 

 ーー名前はまだ無い。もっと、横に貼られているのだろうか。

 爪先立ちのまま、横にジリジリと移動を開始する。

 

 ……A組1行目……まだ無い。……2行目……これも無い……。もしかしてB組かな……。あ、あった。A組だ。

 

 自らの名前を見つけた事と、脹ら脛の限界がきてしまい、足を下ろした時だった。

 

「……あっ!」

 

 ドンッと、誰かとぶつかってしまった。不注意故の香澄が起こした事故、謝ろうと直ぐに振り向こうとした。が……途端に香る、甘く優しい香り。

 それに一瞬気を取られてしまい、香澄はすぐ謝ることが出来なかった。

 

「あっ、ご、ごめんなさい!」

「ううん。私もごめんね、なかなか見えなくってさ」

 

 ふわっとしたローズブラウンの髪の毛、黄色いシュシュでそれを纏め、ポニーテールにしていた彼女。ーー山吹沙綾は、ニコリと笑みを浮かべた。

 

「……あ」

 

 また、フワッと香る。甘く、どこかでかいだことある匂い。何となく、懐かしいような感じもする芳香。

 これは……パン?

 

「いい匂い!」

「え?」

「焼き立ての、パンのにおいがした!」

「……ああ。私ん家、パン屋さんやってるんだ。お昼ご飯に持ってきてるんだよ」

「そうなんだ!」

 

 どうりでいい匂いがするはずだ。朝ご飯はしっかり食べてきたのに、香澄はちょっぴりお腹が空いたような気がした。

 

「えっと……」

「? ……ああ。私、山吹沙綾」

「私、戸山香澄! 山吹さんは何組なの?」

「A組かな。戸山さんは?」

「私もA組! 同じクラスだね!」

 

 ニコリと笑い合う。沙綾の笑顔は、とても優しげで。香澄は心地よく感じていた。

 

「戸山さんって中学で見た事ないし、外部生だよね? どうして花女に来たの?」

「妹がここの中学に通ってるんだ! それで前に学園祭で来たことあるんだけど、それが楽しそうで」

「なるほどね」

「あと、制服が可愛い!」

「あはは。確かに大事だね、そういうの」

 

 取り留めのない雑談しながら、2人で1-Aの教室に向かう。

 

「私、内部生だからさー。周りの子も半分くらい同じだし、制服も変わらないから、あんまり新鮮味がないって言うか……」

「ちょっと分かるかも。でもでも! なんか新しい何かが始まるような気がしない?」

「新しい何かって?」

「うーん……。あ、新しい友達! もう出来ちゃったし!」

「……ぷっ。あはは! 友達認定早いね」

 

 香澄の高速ゼロ距離認定に吹き出す沙綾。香澄はちょっとだけ、やり過ぎたかと不安になってしまった。

 

「……早すぎた?」

「ううん、そんなことないよ! よろしくね、戸山さん」

「香澄でいいよ! よろしくね、山吹さん!」

 

 全然気にしていないようだった。香澄は、花女で初めての友達にドキドキを感じていた。

 

 

     ☆

 

 

 担任の先生の話が続いていく。学校での諸注意や、これからの予定など、サラサラと話を進めていった。

 

「それじゃあ自己紹介に行きましょうか。自己PRを意識して話してみてください」

 

 担任の教師が列の一番最初を見つめる。五十音順に並べられた席で、一番左前の初めの生徒に目を向けた。

 が、生憎そこは空白だった。入学式当日から風邪でも引いてしまったのだろうか。新学期初日に風邪とは、なんてついていないんだろうと、香澄はまだ見ぬクラスメイトを哀れに思った。 

 

「市ヶ谷さんは休み、と……。それじゃあ、牛込さん、お願いします」

「は、はいっ!」

 

 空いている席のひとつ後ろ。黒髪で、少し気弱そうな子が起立した。

 

「え、えっと……。う、牛込りみです。…………よろしくお願いします!」

 

 何か言うのかと思ったが、恥ずかしそうに俯いたまま席に座った。容姿の可愛らしさと、その小動物のような言動に、香澄の介護浴が少し掻き立てられたのは秘密だ。

 ……そんな欲を香澄は振り払い、自己紹介を考える事にした。あまり、気取らないような、けれども避けられないような言葉が良い。少ない時間の中で、香澄必死に言葉を選んでいた。

 態度も気をつけて。おどおどしないよう、明るく、元気に……。

 

「じゃあ、戸山さんお願いします」

「はい」

 

 ついに香澄の出番が来た。返事をして立ち上がると、クラス中の視線が一気に香澄に集まった。

 数多くの目が、香澄を見ている。その事実を再確認した瞬間に、香澄はなんでもないはずの自己紹介に少し緊張を覚えた。

 

「戸山香澄、です」

 

 緊張からか、ちょっと吃ってしまった。体も少し強ばってしまったが、香澄は、大丈夫、大丈夫と、先程のようにポジティブシンキングを発揮する。

 

「私、中学は地元の学校で。前にこの学校の学園祭に来たんですけど、それがキラキラドキドキで」

 

 段々と調子が出てきた。緊張は、口を開く度に解けてくる。あらかじめ考えていたことを話すだけと考えていると、香澄は緊張しているのが馬鹿らしく思えた。

 

「私、小さい頃、星の鼓動(ホシノコドウ)を聞いたことがあって。キラキラ、ドキドキって感じで。この学校でも、それを見つけたいです!」

「星の鼓動?」

「うん。なんか、星がキラキラ~って瞬いて」

「……ふふっ。戸山さん、面白いね」

 

 香澄のおかげで、クラスが明るく成っていった。

 

     ☆

 

「うーん……」

 

 ちょっとやり過ぎたかもしれない。香澄は少しだけ、後悔をしていた。

 先程の自己紹介の話だ。無難に、克つ面白明るくしようと努めたつもりだったが、少々勢いに乗り過ぎたかもしれない。香澄は、放課後にお喋りに来た沙綾に聞いてみた。 

 

「山吹さん! 私の自己紹介、変じゃなかった?」

「うーん……少なくとも、私は好きかな」

「本当? 良かったぁ……」

 

 安心からか、ぐでっと机に突っ伏す。沙綾含めたクラスメイトも優しそうな人達ばかりだし、これなら問題なさそうだと、香澄は感じた。

 

「ところでさ。キラキラドキドキしたいなら部活とか見て見たらいいんじゃないかな?」

 

 ……なるほど。高校でドキドキすると言えば、部活動が筆頭に来る。

 野球部! サッカー部! テニス部! 文化部でもドキドキすることが沢山ありそう!

 香澄は、様々な部活動に入っている自分を想像していた。そして、沙綾を部活動見学を一緒にどうか誘ってみた。

 

「山吹さん頭良い! ……じゃあ、明日から部活見学一緒に行ってくれる?」

 

 香澄が聞く。すると、山吹さんはバツの悪そうな顔をして、

 

「あーごめん。うちの手伝いがあるから、ちょっとね……」

「そっかぁ」

 

 ちょっとだけショックだったが、沙綾の話を聞く限り納得である。

 山吹さんが言うに、なかなかに常連客が多いパン屋さんで、昼、夕方時は特に混むのだそうだ。

 そうでなくとも、朝4時からパンの準備を始め、作るのに数時間。それは忙しくなるわけである。

 オススメはチョココロネとメロンパン。うさぎのしっぽパンなる粉砂糖をまぶしたパンもあるらしく、香澄は話を聞くにつれてどんどん空腹になっていった。

今度山吹さんのパン屋にひっそりと行こう……と心に決めた香澄であった。

 

 閑話休題。

 

 沙綾に部活動見学を断られてしまった香澄は、共に教室を出た。

 何時までやっているのか、部活の勧誘は相変わらずつづいており、ガヤガヤと騒がしい。

 色々な部活が新入生を勧誘する様子を横目にしつつ、校門へと向かう。

 

「じゃあ、私こっちだから」

 

 沙綾は校門を出ると、香澄の帰路と逆方向を向く。

 

「また明日ね、……香澄」

「うん! また明日ね……沙綾!」

 

 名前を呼んでくれた! 香澄は、高校生活初めての友達、その名前呼びにちょっとドキドキしてしまっていた。

 そんなことはいと知らず。沙綾は香澄へ手を振って歩いていった。

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