遠い音楽   作:冴月

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☆☆☆

 

 

 放課後。有咲の蔵で、さっそくステージの具体的な話をすることになった。

 香澄がメンバーに説明をする。持ち時間は約20分くらいで、他のルールは特になし。とにかく盛り上げれるならばなんでもいいとのだった。

 

「まあ、やっても3、4曲ってとこか」

 

 有咲がメモを取りながら言う。これにMCを入れてやるとなれば更に時間が無い。やれるとしても、3曲が妥当だろう。

 

「衣装とか、セットリストとか考えないとね」

 

 りみが、スマホをスクロールする。香澄が画面を覗き込むと、少しパンクな衣装や、フリフリとしたアイドルみたいな衣装が下から上へと流れていった。

 

「……」

 

 そんな中、手を止めつつ黙りこくっている人が1人。

 

「……おたえ、どうかしたの?」

 

 心配になり、香澄が尋ねる。

 別にギターを弾くわけでもなく、なにか考えている様子でもない。青色のピックを手に持ったまま、なにか思いつめるような表情をたえは見せていた。

 

「……ねぇ、香澄」

 

 重い口を、たえは開く。

 

「なぁに、おたえ」

 

 香澄は、たえを見つめながら優しく言った。

 その一方で、たえの碧色の瞳が香澄の瞳を貫いた。

 

 

 

 

 

 

「私、蔵パに居ていいのかな」

 

 ……?

 意味がわからなかった。

 つい先程まで談笑していた有咲とりみも、その言葉を聞いてすぐに黙る。

 

「あ、香澄達が嫌いとかじゃなくて! ……その、私、一応香澄の師匠なんだよね。"メンバー"じゃなくて、"師匠"。……最近、いつも一緒に居たからちょっと勘違いしてたけど」

 

 身振り手振りを添えながら、たえは取り繕おうとする。

 香澄は、何も口に出せないでいた。

 

「……」

「だから、その。商店街ライブって、"蔵パ"の初ライブでしょ? 私、蔵パの"師匠"としてここに居るから、参加しては行けないような気がして……」

 

 そんな。そんなことを考えていたのか。

 たしかに、香澄とたえは師匠と弟子から関係が始まった。ランダムスターを手に入れて、ギターの練習を一人でやっていた私だったが、たえのギターに感動したからお願いしたのだ。

 時間を決めて、一緒に練習して。学校に行き、放課後蔵に集まる。いつの間にか日常になっていた。

 そんな中であった、"SPACE"での突発ライブ。絶対、最強の歌をそこで奏でた。

 ライブをする中で感じたあのドキドキ。たえ、有咲との無敵になったような感覚。あの感覚こそが、ライブの真髄なのだとさえ香澄は感じた。

 だから自然と、たえじゃないとダメだと思うようになった。たえこそが、蔵パのメンバーのようになっていった。

 

「しかも私、話すのあまり得意じゃないし、マイペースだから。香澄達に、迷惑かけちゃうかもしれない」

 

 

 最初は有咲と一緒に練習した。たえもいたけど、その時は師匠だった。

 りみが勇気をだしてくれてメンバーになった。けど、たえは師匠だった。

 

「お、おたえちゃん、あのね……えっと……」

 

 空気が悪い。りみが慌ててしまった。なにか声をかけようと奮闘するも、うまく言葉になっていない。

 有咲はただただ黙り込んでいる。こういう時、1番に声を出しそうなものだが、今はただ口をつむんでいた。

 香澄もどんな言葉をかければいいのか悩んでしまう。りみも有咲も、そして香澄も。上手く言葉を使ったフォローが出来ない。

 

「SPACEのライブで思ったんだけど。香澄も、成長早くってもう十分弾けるし。……多分、枷になっちゃう私が居ても……」

 

 ……なにか、何か声をかけなければ、このままたえはどこかに行ってしまう。

 どしと重く積もる静寂の中、香澄は考える。

 たえは、花園たえは香澄の親友だ。花園たえは、蔵パーティに居なければならない人だ。

 それは分かってる。分かってるけど、引き止める為の上手い言葉が見つからない。

 

「おたえは蔵パーティだよ。だから行かないで」

 

 そんなチープな言葉でたえは居てくれるのか?

 グルグルグルグルと言葉が旋回していく。香澄の頭の中はもう、固くこんがらがっていた。

 何も言えない。この悪くなった空気を打ち破る言葉が見つからない。

 

「……ごめん、今日は帰るね」

 

 たえが荷物をまとめる。

 この重い空気に耐え切れなくなり、逃げるようにして蔵から出て行った。

 

 ……残された3人。りみ、有咲は静かに下を見つめる。何をしたらいいのか全く分からない様子で、ただ床を見つめている。

 そんな様子を見て、香澄は自らの手を握った。たえに何も言えなかった無力さと、すぐすぐ行動出来なかった自分が情けなく感じたのだ。

 

「……ごめん! 私、おたえ探してくる!」

 

 荷物を持たないまま蔵から飛び出る。ザンジが、なんだか寂しそうにニャーと泣いた。

 

 

 

 

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

 1人、公園に居た。

 あの、絶妙に居心地の悪くなった空間から逃げ出したたえは、遊具の階段の上で孤独に座っていた。

 大声で叫ぶ子供たちを、朱雀色の太陽が照らす。ほんのりと、涼しさが身体を包み込んでいく中、ただぼんやりと茜色の空を見上げた。

 

「……はぁ」

 

 あれだけ憧れていた筈なのに。あれだけ思い描いていた光景のはずなのに、なんであんなことを言ってしまったのだろう。

 モヤモヤするこの気分は、兎を撫でても晴れそうにない。たえは、再びため息をついた。

 

「……香澄、すぐ上手くなってくなぁ」

 

 まだまだ拙いギターだった。弾けるコードも少ないけど、教える度にスポンジのように吸収していく。

 そして次会う時には香澄の音になって、奏でられていく。それが、なんだか楽しみになっていたのだ。

 

 ……そしていつしか、迷うようになってしまった。

 どんどん上手くなっていく香澄に、私は必要なんだろうか。

 

 ーーううん、香澄だけじゃない。りみも、有咲も。皆がみんな、"蔵パ"としてどんどん上達していく。

 

 それがなんだか嬉しくて。だけどもなんだか寂しくて。たえは、自分はもうすぐお役御免なんだと、感じるようになってしまったのだ。

 だからつい言ってしまった。ポロリと口から気持ちが漏れてしまったのだ。

 

「……」

 

 ぼーっと空を見上げる。遊んでいた子供たちが、別れの挨拶を告げながら散り散りになって帰っていく。その光景が、なんだかとても羨ましかった。

 

 ーーギターでも弾こう。

 

 迷った時には、ギターを弾く。自らが奏でる音楽に見合うように、ひたすら弾き続ける。何も考えなくていいこの時間が、とても心地いい。

 

「……またあえる。信じてる。並んで空、みあげる」

 

 静かにしとしとと。歌っているときだった。

 

「……おたえ!」

 

 息を枯らしながら、肩を上下させながら、香澄が駆け寄ってきていた。手には何も持っておらず、蔵から飛び出してきたことを伺わせる。

 

「……香澄」

 

 二人は無言で見つめあった。

 

「……香澄、どうして」

「どうしてって……」

 

 上手く言葉にできない。たえを引き止めたいのは山々だが、それを口に出せない。こんがらがっていた。

 

「……ごめん、香澄。私、もう蔵には……」

 

 気まずさから、そんなことを言ったのだろう。あんな事を言ったあと、戻れるとは思っていなかったのだ。香澄は息を整えながら考えた。

 ……けど、けど。そんなことはしたくない。たえには、蔵パに戻ってきて欲しい。いつまでも私の師匠で、ギターを弾き続けて欲しい。そんなことを、香澄は思っていた。

 独りよがりかもしれない。けれど、SPACEで奏でた「Yes! BanG_Dream!」は、本物だ。たえがリードしてくれて、それを追うように香澄が奏でる。香澄の歌声が響くと、それを支えるようにたえのギターが唸る。本当に、キラキラで、ドキドキで、最高の音楽で……。

 

「……おたえっ! 行こう!」

 

 駆け寄り、たえの手を取る。ギターを肩から掛けたまま、たえは何が何だか分からない様子で香澄について行く。

 

「え、か、香澄?」

 

 稀に見る、たえの驚きの表情。香澄に行動の意図を問うものの、その気迫に押されたのか口を噤む。

 ……一方の香澄には、軽快な音楽が流れ出していた。

 それは、星を纏った、キラキラした情景。遠い音楽。まるで、無敵状態になったかのように錯覚してしまうほどだった。

 

 有咲蔵まで、一気に駆け上がる。荒くなる息を抑えることなどせずに、ひたすら手を引いてる走る。走り続ける。

 やがて、香澄は地下への扉を開けた。有咲、りみが驚きの表情でこちらを見る。

 

「……おたえ! はい、これ!」

 

 たえのギターを、アンプに繋ぐことを促す。たえが、恐る恐るスナッパーをアンプに繋げたのを見て、香澄もランダムスターを繋ぐ。

 ピックを真下に振り下ろし、ビリビリの音圧でモヤがかかった空気をかき消す。

 一瞬だけ、たえの表情を伺った。唐突のギター音に、たえは目を丸くしている。

 そんな香澄を見て、無言で有咲とりみが立ち上がった。まるで何をするかを理解しているように、それぞれの持ち場についた。

 ……各々が自分の楽器を用意し、そしてアイコンタクトを交わす。

 そしてわたしは、その一言目を口にする。

 

「……さぁ! 飛び出そう!」

 

 明日へのドアをノックするかのように。無敵で、最強の歌を、再び解き放つ。

 一間、たえのギターが遅れるも自然と追うように合流する。

 

 ーー私、おたえと一緒に音楽キズナを奏でたい。苦難があっても、地図がまだなくても。ジグザグ迷いながらでも、おたえと一緒に奏でたい。

 

 おたえ、感じたでしょ? おたえ、見たんでしょ?

 私達のドキドキを。私達の情熱を。私達の夢を。

 

 あの時、始まったことの全てをーー!

 

 

 想いが重なり、紡がれ、伝わっていく。打ち込みのドラムの締めのフレーズ、最後のシンバルが鳴るその瞬間まで、香澄達は高まり続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……歌が終わった。モヤがかかった雲間から、陽の光が差し込むような錯覚をした。

 有咲、りみの視線を感じながら、香澄はたえに問いかける。

 

「……ね、おたえ。ドキドキ、した?」

 

 あの時、突然ではあるけれど、SPACEで一緒に演奏した。その時の光景が、香澄の目には焼き付いて離れていない。

 星の瞬きを、全身で感じたようなドキドキが、あの時の私を支配していた。

 

「もう、おたえは蔵パなんだよ。私達と離れられない仲間なんだよ」

 

 こんなにもキラキラで、ドキドキを感じさせる音楽と、仲間たち。それらを繋ぐ、最高の音楽キズナ

 この3人となら、最高の夢を撃ち抜くことが出来る。いや、この3人とでしか撃ち抜けないのだ。

 そんな確信めいた感覚を、香澄は感じていた。

 

「私ね。皆ともーっとキラキラドキドキするまで、諦めたくないの。だからおたえ……

 

 

 

私達と、蔵パでいてくれますか?」

 

 頭を下げた。たえには離れて欲しくない。私と、私達と、一緒にライブをして欲しい。

 

 

 ……その言葉がトドメだったようだ。たえはゆっくり立ち上がりフラフラと香澄に近づいてくる。

 そして、無言で香澄に手を回した。ギュッと、力強く、私を抱きしめた後に、ふっと体から力が抜けた。

 香澄が慌てて彼女を支える。

 

「ねえ。……おたえは、キラキラドキドキした?」

 

 キュッと、優しく抱きしめ返した。たえは、出会った頃よりも少しばかり伸びた、香澄の髪に顔を填めたまま応える。

 

「……うん、うん! キラキラで、ドキドキした! 香澄と、有咲と、りみの音が心地よかった! ここしかないって思えた!」

 

 強く、固く。決意をしたかのように、たえは抱きしめてきた。

 

「香澄、有咲、りみ……ありがとう。私を、蔵パに入れて下さい!!」

 

 その言葉の後。うわーんと、声をあげて泣きだした。

 それに共鳴するように、香澄たちの涙腺も溢れ出す。

 

「おたえ!」

「おたえ!」

「おたえちゃん!」

 

 うわわーん! と、四人は茶番のように泣き出した。

 泣いて、泣いて、泣いて、泣いて。涙が枯れるまで香澄たちは泣きあった。

 

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