私は昔から諦めがちなところがあった。
小さい頃。私はピアノを習っていた。
けれど、間違って入った部屋で聞いたあの音。見知らぬ男の人が引いていたギターがとても魅力的で。キラキラしていて、耳から離れなくって。
私は、お母さんに無理を言ってギターを始めたのだ。
初めのうちは、ただただ楽しかった。弾けなかったところが弾けるようになるのが楽しかった。あの名曲達……例えば、blackbardのようなあの名曲達の。ギターの音色に近づいてくるにつれて、どんどんギターが楽しくなった。
大切なレイヤともドキドキするような演奏もした。ちょうどベースを習っていたレイヤと音を合わせて、バンドのような事もやった。
思えば、この頃からバンドへの憧れはあったのかもしれない。
高校生になる直前から、私はSPACEでアルバイトを始めた。
きっかけはバンドへの憧れだった。沢山のバンドが、演者が集まるここであれば、一緒にバンドができるような仲間が見つかるんじゃないかと思ったんだ。
音響機器の心得があり、アルバイト自体はすんなりと受かった。けど、考えていたよりも現実は辛いものだと、私は実感してしまったのだ。
SPACEに来る人達は、みんな輝いていたからだ。
技術を磨きに磨いて、SPACEのオーディションを受けに来る人。オーディションに落ちてもライブを見に来る人。バンドのパフォーマンスを楽しみにやってくるお客さん。
みんながキラキラで、輝いている。私もいつか、このSPACEの舞台に登りたい。みんなで奏でる、音圧の向こう側へと行ってみたい。
そんな、バンドへのユメをより一層描くようになった。
……けど、それはなかなか叶わない。
元々、人と話す事が得意とはいえないこともあり、「一緒に弾いてください!」と言うことが出来なかった。
そうやって、一月、二月とバイト生活が過ぎてゆく。バンドに対して、一緒に弾くことに対しての憧れがどんどんと膨れていくにも関わらず、声は掛けられない。
変わらないな……、と思った。結局、ピアノを諦めた頃と何も変わってはいないのだ。
ギターは大好きになれたから、大丈夫かと思ったがそうでも無いらしい。根本が変わっていないのだから、結果は変わらなかった。
だから……。私はエレキの練習は諦めて、アコギを始めた。
アコギなら、1人でも問題ない。自分の思いを、意のままに歌うことに適している。
私は……、諦めてしまっていた。
そんな中4月の新学期。私は、ギターを抱えた女の子に出会った。ランダムスターという変態ギターを抱えた、猫みたいな髪型の子。香澄だった。
SPACEでのアルバイトの中、声をかけられたのがきっかけだった。ギターを持って、いつもの習慣である路上に向かおうとした時。また声をかけてくれたのだ。
これからやる事を、少しだけ話してみる。なんだか興味ありげな様子で、輝く瞳で私を見つめてくる。試しに誘ってみると、ものすごい勢いで食いついてきた。
そして向かった大塚駅前。曲目を何にしようか少しだけ悩む。ちらりと香澄の方を見ると、期待をしたような目で私を見ていた。
……うん。せっかくだし、歌い慣れたやつにしよう。となれば、
「……またあえる しんじてる ならんで空をみあげる」
これしかない。思い出の、約束の歌。私は、アコギと共に歌い上げていった。
1曲終える頃にはお客さんもチラホラと集まっていた。少し離れたところから見つめるお客さん達から、私はパチパチと拍手を送られていた。
一方、最前列で私の演奏を見ていた香澄は、ものすごい勢いで拍手送ってきてくれた。拍手が終わったと思ったら、勢いよく手を握られた。なんか、師匠になってくださいとのこと。
……私なんかでいいんだろうか。ただ、ギターを弾いているだけの私で。
けれど、香澄の捨てられた兎のような表情からは決して「いいえ」とは言えず。
私は香澄の師匠になった。
☆
ドタバタと流れるようにしてギターを香澄に教えることになった。市ヶ谷有咲という子の家にある蔵で練習をする。
その最中だった。私は、香澄に星を見た。
私が見本で見せたキラキラ星。まだコードも教えたばかりだと言うのに、私の手本の音を、すぐに自分の音にして、歌い出した。
とても、キラキラしていた。どき、どき、どきと、私の鼓動が早まった。
歌っている香澄は人形のようで、けれど可愛らしくて、輝いていた。
たかがキラキラ星ではなかった。立派な、最高のきらきら星を香澄は弾き切っていた。
香澄の演奏に対する興奮を抑えきれないまま、香澄に想いを伝えた。
香澄は、照れくさそうに笑っていた。
☆☆☆
みんなでSPACEに、グリグリのライブを見に行った時。グリグリが遅れるという情報が耳に入った。
すぐさま飛びだしていく香澄。オーナーと話している様子を見ると、次に香澄が取る行動が簡単に想像出来た。
私はギターとキーボードをひっそりと借りてくる。香澄はその勢いのまま、ステージに向かった。
オーナーに色々と言われるも、その真っ直ぐとした心でオーナーを揺り動かした。
そして……ステージに上がり、初めてのライブをする。
べースも、ドラムもいない。未完成な歌を、今の私たちの全力で歌う。
メインを私が弾いて、香澄が歌って、有咲がそれをまとめる。
最強に、最高に、キラキラドキドキした、あの憧れた瞬間、光の欠片を感じた。
☆☆☆☆
蔵パにりみが加入した。その勢いで、香澄は商店街のライブに出ようと言い出した。
メンバーは私達4人……この4人という所に、私はふと不思議に思ってしまったのだ。
別に私は蔵パのメンバーではなく、ただ香澄のギターの師匠として蔵で練習をしているだけ。そんな中途半端な私が、栄えある初ライブに参加してもいいのだろうか。
そんな考えがグルグルと頭から離れず、私は蔵練の中でつい言ってしまった。
「私、蔵パに居ていいのかな」
「あ、香澄達が嫌いとかじゃなくて! ……その、私、一応香澄の師匠なんだよね。"メンバー"じゃなくて、"師匠"。……最近、いつも一緒に居たからちょっと勘違いしてたけど」
「だから、その。商店街ライブって、"蔵パ"の初ライブでしょ? 私、蔵パの"師匠"としてここに居るから、参加しては行けないような気がして……」
「しかも私、話すのあまり得意じゃないし、マイペースだから。香澄達に、迷惑かけちゃうかもしれない」
悩んでいたことを口に出す。師匠であることと、自分に欠点があることを吐き出す。
私の発言に空気が悪くなる。言わなきゃよかったと、ものすごく後悔した。一番、香澄の表情が暗くなった。
「SPACEのライブで思ったんだけど。香澄も、成長早くってもう十分弾けるし。……多分、枷になっちゃう私が居ても……」
言葉が止まらない。追い打ちをかけるような言葉をかけてしまう。
こんな空気で居たって、練習にならない。そう考えた私は、
「……ごめん、今日は帰るね」
そう言って、私は逃げ出した。
☆☆☆
逃げ出した後、私は1人で公園にいた。
遊んでいる子供たちを余所に、自分の発言を思い返す。
私は……。何を思ってあんなことを言ったんだろう。
あれだけみんなといる時間が楽しかったのに。あれだけみんなと演奏する時間にドキドキしたのに。
これが、このまま続けばいいなって思ったのに。
些細な発言で、至高の時間を崩壊させた私に落胆する。
香澄、私の音をすぐ自分の音にするからとか、バンドとしてりみと有咲が成長してきたからとか、そういうものじゃない。
なんというか……そう。私だけ、"師匠"だったから。頼られることが多かったから、少しだけ距離感があるような気がして。
りみが入ってきてくれたあたりから、バンドが成長していくにつれてそんなことを思うようになっていて。
この、"師匠"が終わったら。私はどうなるんだろうって思ったら、いてもいられなくなって。
私は、吐き出してしまったのだ。
……やめた。やめたやめた。考えるのが嫌になってきた。
そんなモヤモヤする霧を払うように、私はギターを取り出した。
「……またあえる。信じてる。並んで空、みあげる」
大切な人、レイとの約束の曲。きっとまた会えるから、泣かずにお別れできるように。そのときに、また歌えるようにって。また一緒に歌うって、約束した思い出。
いつしか、その曲は私にとって元気の出る魔法の言葉のようになっていた。
……そう。またいつか、レイと初めて歌った時のだった時感じたドキドキに。香澄達とステージに立った時に感じた輝きにまた会えるって、誓ってくれるようなーー。
「……おたえ!」
ギターが、コードにならない音を立てて鳴り止む。
息を切らして、少しつらそうにして。香澄が、私の前に現れた。
突然の登場に、私は香澄の名前を呼んでしまう。
「ごめん、香澄。私、もう蔵には……」
そう言いかけた時だった。私は、香澄に手を引っ張られグイグイと惹かれていく。
そこからは、あっという間だった。香澄が歌にしたように、小さな星のシールの輝きを視界の端に置きながら走る。
気がついたら、有咲の蔵に舞い戻っていた。
チクリ、私の心が痛む。さっきの発言を思い出して、心が針に刺されたようになる。
そんな私の心を知らない香澄は、先程とは一転。優しく手を引いて蔵へと降りていく。
「おたえ! はい、これ!」
何故か、アンプに繋ぐよう促された。香澄のすることだ、いまから何を行うかは想像がついた。けど、なんで今……?
戸惑いながらも、アンプにスナッパーを繋ぐ。
チラリと香澄の様子を見ると、正に今、ギターにピックを振り下ろさんとする時だった。
ビリビリと響く、ギターの音色。気がつくと、有咲とりみも楽器を手に準備を終えていた。
「……さぁ! 飛び出そう!」
香澄のその言葉により、無敵で最強の歌が飛び出してくる。
言葉一つ一つが、私の心を震わせる。ビリビリと、キラキラと、ドキドキと、電気のように。
魅力的な、歌声だった。
ずっと1人でギターを弾いて、目標の音楽に見合うような音を目指してきたけど、拙いながらもみんなの音が私の中にすんと入ってきて。今までにないほど、心地いい、初めての経験。
一人で練習していても、ふとみんなを思い出してしまう始末。
有咲の音、りみの音、香澄の音。その全てを思い出してしまい、想像の中でもキラキラしていた。
1曲弾き終えたあと、みんなでワイワイ騒いだ。
1曲終えたことを、みんなで喜びあった。
香澄の言う「キラキラドキドキ」を、私はもうしていたのだ。
憧れのあの夢を、私は叶えていたのだ。心は震えていたのだ。
香澄と出会ったあの時。もう、全てが始まっていたのだからーー!
「……ね、おたえ。ドキドキ、した?」
香澄が訊ねてくる。
あの時、突然ではあるけれど、SPACEで一緒に演奏した。その時の光景が、私の目にも焼き付いて離れていない。
星の瞬きを、全身で感じたようなドキドキが、あの時の私を支配していたのだ。
「もう、おたえは蔵パなんだよ。私達と離れられない仲間なんだよ」
香澄が言う。最高の笑顔で。
「だから、私ね。皆ともーっとキラキラドキドキするまで諦めたくないの。だからおたえ……
私達と、蔵パでいてくれますか?」
答えはもう、決まっていた。
フラフラと香澄達の方へ歩いていき、思わず抱きつく。
「ねえ。……おたえは、キラキラドキドキした?」
ーー暖かい。温かい。陽だまりのようなその笑顔に、私は包まれていく。
「……うん! うん! キラキラで、ドキドキした! 香澄と、有咲と、りみの音が心地よかった! ここしかないって思えた!」
涙が出ちゃいそうだ。けど、私は言葉を繋げる。運命のようなこの出会い、絶対に、この手を離したくないって思ったから。思えたから。
ーー香澄! 私、香澄と同じ夢を見たい!
「香澄、有咲、りみ……私を、蔵パに入れて下さい!!」
その言葉の後。感情が溢れだしてしまい、私は声をあげて泣いた。
落ちた涙に共鳴するように、香澄たちの涙腺も溢れ出す。
「おたえ!」
「おたえ!」
「おたえちゃん!」
うわわーん! と、四人は茶番のように泣き出した。
泣いて、泣いて、泣いて、泣いて。涙が枯れるまで泣きあった。
皆となら、世界のドコよりも眩しい場所へ、一緒に駆け上がれる。私は、そんな気がした。