トクン、トクン、トクンと、鼓動はまだ聞こえつづけていた。ゆっくりと新鮮な空気を胸に吸い込み、香澄は冷静になろうとする。
スーハー、スーハー……。うん、少し落ち着いた。
舞台に上がり楽器を準備する中、香澄は上から大衆を見渡した。
屋台に行き交う大勢の人達。しかし、その視線はほとんどステージへと向いていない。
広場に置かれたパイプ椅子達は空白の方がが目立っており、おばあちゃんの3人組がちょこんと座っているだけ。
楽器の準備が終わり、スタートの時間となっても殆どの人々が視線を外へと向けて歩いている。こっちを見ようともしていない。
だが……。これは、決してアウェイなんかじゃない。私達の音楽で、この大勢の人達を振り向かせればいいのだ。
それに、
そう。私には
今、正式に。Poppin’Partyの1stライブが始まるのだ。
明日のドアをノックするように。無敵で、最強の歌を解き放とう!
さぁ飛び出そう……!
たえ、りみ、有咲に目配せをする。最高の仲間達はただ、黙って頷いた。
香澄は大きく息を吸い込み、マイクに向かって叫ぶ。
「みんなー! 最高が欲しいんでしょ!!」
急な叫びに商店街がざわつく。淀んでいた空気を断ち切るように、2つのギターが迸った。
キーボードが高鳴る。ベースが低く唸る。四人が放つ最高の音色を繋げる。
「Poppin’Partyの! ハッピーパーティ始まるよー!!」
ガラガラギューン! ガラガラギューン!
香澄達は、「妖怪ファイター」のイントロを繰り返した。
今、巷で大人気の子供向けアニメである。そんな妖怪ファイターのイントロを香澄達はウケ狙いでカバーしたのだ。人気であり、特徴的なイントロは、子供達をずいぶん刺激したようで
「おい! あのお姉ちゃん妖怪ファイターの歌やってるぞ!」
「見に行こうぜ!」
「ねー、おかーさんはやくー!」
「はいはい、そんなに急がないの」
どっ、と。子供たちが集まってくる。妖怪ファイターの歌に合わせて、子供たちはワイワイと騒ぎ始める。
「いいね! 良い感じ! 次の曲は三三七拍子似合わせていくよー! みんな!
はーい! と子供たちから声が上がる。子供たちを中心に熱気がうずまき、関係無かった人達までもが巻き込まれていく!
星のコドウを傍らにおいて、私達はゴキゲンな音楽を奏続けよう!
「じゃあ行くよ! ……『夏空 SUN! SUN! SEVEN!』」
実はこの曲、直前になって歌詞が決まったのだ。最初の三三七拍子の部分が上手く決まらなかったとりみりんが言っていたのだが、「Poppin’Party」という名前が決まるとあっという間に完成、みんなが納得する歌詞に出来上がった。
たえ曰く、まるで運命のようだと。香澄自身も、運命を少しばかり感じてしまった。
軽快なリズムが放たれるギター、キーボード、ベース。その音色に、大人も子供もみんなが声を出して香澄達を見ていた。
最後のフレーズ。香澄が集まった観客をあおると、一体となって、わぁ! と声を上げてくれた。
ーー楽しい! 最高! ドキドキする!
トクン、トクン、トクンと、鼓動は鳴り止まない。
ーー大丈夫。あの夢の続き、遠い音楽はまだ聞こえ続けている。
「最後の曲! ……『Yes! BanG_Dream!』」
私達の、最後で最高の曲が始まった。
★
山吹沙綾は、パン屋の娘だ。「やまぶきベーカリー」というパン屋を、父、母が経営しており、その手伝いをしている。
やまぶきベーカリーは、商店街の一角に位置している。商店街でお祭りがあるとなると、毎年屋台を出してパンを売り出すことになっていた。
その為に、沙綾も商店街のお祭りでも自身のお店を手伝う予定だった。……が、お祭りの獅子舞役が足りないという事態が発生する。しまいには、沙綾のいるパン屋にまでその依頼が飛び込んできた。
沙綾は、自身が持つ親切心からその訳を快く受け入れた。
そして当日。沙綾はリズムに合わせて、獅子舞で体を動かしていた。
リズムに合わせて身体を動かすのが楽しい。元々ドラムをやっていたこともあって、ちんちきちんちきとリズミカルに舞うことが楽しかった。
舞って踊りながら、がぶがぶと人の頭を齧る。頭を差し出してくる人達の、頭に噛み付く。そうしているうちに、気がついたら休憩の時間となっていた。
獅子舞の装いを脱ぎ、少し休憩をとる。ふぅと一息をつくと、辺りがざわついていることに気がついた。
「……なんだろう?」
騒ぎは、空き地のステージへと向かっている。沙綾も、その騒ぎに乗って赴いてみることにした。
……ギューン! 空からギターの音が聞こえる。
沙綾は、この音で香澄達がライブをしていることに気がついた。
ーー始まってた!
沙綾は駆け出す。角を曲がり、人々の間をすり抜ける。アンプに繋がれたギターの音が、沙綾の全身へと降り注ぐ。
ステージの前へと躍り出た。舞台の上では、香澄を中心に牛込さん、花園さん、市ヶ谷 さんが演奏している。
沙綾は、演奏する四人の姿をじっと見つめる。ドラムがいないせいで、打ち込みを流していた。
ドラムがいないバンドなんてーー大抵の人は、あまり注目をしないだろう。
だが、四人は楽しそうに奏でていた。子どもも大人もみんなで盛り上がっていて、最高の空気を作り出していた。
普段、学校とは違う四人達。素敵、可愛くて、カッコイイ! 楽器を奏でる女の子は、いつだって魅力的だった。
次の曲は、三三七拍子をふんだんに取り入れた素敵な曲だった。まるで、彼女達がお祭りのような……最高!
沙綾は久しぶりに、気持ちが高ぶっていた。透き通る歌声と、激しく情熱的な歌声。その両方が香澄声には宿っている。
魅力の原石とでも言おうか。
次第に、沙綾はリズムを取り始める。トントンと足をつき、指でドラムを真似する。周りの観客も、皆頭を揺らしていた。
「最後の曲! ……『Yes! BanG_Dream!』」
彼女達曲が始まった。夢を撃ち抜く……そんなタイトルの曲に、胸がキュッと締められる。
自分はもう
ーー曲が終わる。彼女達は最後に、何かを撃ち抜くポーズで締め括った。
BANG!
沙綾は胸を、撃ち抜かれた気がした。苦しい締め付けが、先程よりもきつくなる。
もう二度と経つことの出来ないステージを。自分からは零れ落ちてしまった
そう、願った……。