沙綾の家のご飯は、とても美味しかった。
なんというか、自分の家のご飯とはまた違った味というか。美味しい上に、また違った温かさがあるご飯だった。
沙綾の妹と弟である紗南(さーなん)と純(じゅんじゅん)とも無事打ち解けることも出来き、さーなんとは一緒にお風呂に入ることも出来た。(何故かじゅんじゅんは一緒に入ってくれなかったが)
そして、夜の八時。パン屋の朝は早いとのことで、沙綾のお母さん、さーなんとじゅんじゅんは既に寝る準備をしていた。
「はやいなー……せっかくトランプ持ってきたのに」
「朝から仕込みがあるからねー。って、ゲームしに来たんじゃないでしょー?」
「うっ、そ、そうだった……」
お姉さんぽく沙綾に窘められる。香澄は素直に沙綾の部屋に向かった。
沙綾の家へ向かう道中に買ったお菓子をもって部屋に入る。なんとも女の子らしい、沙綾らしい部屋に香澄がドキドキしていると、クレヨンで書かれた絵と額縁に入った写真が目に入ってきた。
「これ、さーなんたちの?」
「うん。前の誕生日に貰ったんだー」
「へぇ! さーなんとじゅんじゅん絵上手だね!」
香澄がそう言うと、絵を愛おしそうに見つめる沙綾。本当に、さーなんとじゅんじゅんが大切なのだと言う気持ちがヒシヒシと伝わってきた。
そんな視線の先、その隣。額縁に入った、四人の写真。沙綾と、どこかで見たことある女の子達が笑顔でピースをしている。そんな沙綾は、何か
「ねぇ、沙綾。この……」
何気なく。本当に、ただの気まぐれで、香澄は沙綾に写真のことを聞こうとした。けれど、
「さて! 集中集中! 頑張んないと、朝までになっちゃうよ!」
強引に、話を切られてしまった。そして写真を隠すようテーブルの向かい側に沙綾は座る。
なんだろう。あまり、突っ込んで欲しくない内容だったのだろうか。
……よく分からないけど、そういう事ならそっとしておこう。クッキーを1口かじり、香澄は歌詞作りに集中した。
★★★★
数十分後。カチ、コチ、カチ、コチと時計の秒針が夜の静寂の中で鳴り響く。そんな中で、香澄は完全に集中力を切らしていた。
頑張ってノートに向かうものの、いまいちしっくり来ないまま。ワードはバラバラと出てくるが、それらがカチリ組合わない。数十分程前から、状況は変わっていなかった。
カチ、コチ、カチ、コチと時計だけが鳴る。そんな静けさが、香澄にはどうしてもうるさかった。
なんか、こう。静かな空間を急に声を出して破りたくなった。
「……ダメだぁ!」
「うわぁ!?」
急に声を上げた香澄に驚く沙綾。思わず手を離し、宙を舞ったシャープペンシルがクルクルと周り、カランと音を立てて机に落ちた。
「びっくりしたー……。香澄、驚かせないでよー」
「ごめんね、沙綾。でも、歌詞思いつかなくって」
「うーん、どれどれ……」
沙綾が香澄のノートを覗き込んでくる。『なんかいい感じの歌詞!』と書かれたタイトルと、その下に並ぶ言葉の数々。沙綾はそれらを目で追って行った。
視線が下まで降りると、沙綾は目線を香澄に上げて言った。
「どんなふうに歌詞作ってるの?」
「えっとね。りみりんが作ってくれたメロディを聴きながらやってるんだ。皆のパートとほかに、ボーカルのパートがキーボードで入ってるの」
聞いてみる? と、香澄はイヤホンを差し出した。香澄愛用白いイヤホン受け取った沙綾はそれを耳に指し、音に耳を傾ける。
「……いい曲」
AメロからBメロへ。サビへと、音が流れていく。沙綾は目を瞑り、口元に笑みを浮かべていた。
……サビの途中に差し掛かった時。沙綾の指が、トントンとリズムを奏で始める。
それは、りみりんが入れてくれたドラムパートをなぞるものであり、なにか経験がなければ真似をすることなど出来るものではないものの筈だった。
だがしかし。そんな中でも沙綾は正確にリズムを奏でている。
「……(もしかして、やっぱり……)」
沙綾はドラムをやっていたのではないか。そんな考えが香澄の頭をよぎった。
先程の写真に写ったスティックと、沙綾のリズムの正確さ。沙綾がドラムをやっていたと考えるには十分だ。
そしてもし。もし、沙綾がPoppin’Partyに入ってくれるのであれば。それはとても温かくて、楽しくて。皆ともっとキラキラドキドキする毎日が続いていくに違いない!
だから、香澄は聞いてみることにした。
「沙綾、もしかしてドラムやってた?」
「っ!」
何気なく聞いたはずのその言葉。それは、リズムを取っていた指と、沙綾の表情を固くさせるのは容易だった。
目を見開いて、香澄を見つめる沙綾。次第に視線を下に落としていき、沙綾は呟く。
「……バレちゃったか」
顔を上げ、なんだか
「…………」
「…………」
なんだろう、なんでこんな見つめられているのか。流石に少し恥ずかしくなってきた。
思わず香澄が視線を逸らす。すると、沙綾はクスクスと笑いをこぼした。
「ふふっ、ごめんごめん。うん、やってたよ。ドラム」
ニコリ、笑みをこぼす。香澄の胸が、一気に高鳴り始める。
「本当!? じ、じゃあ、もし良かったらポピパに……」
「ごめん、無理なんだ」
その高鳴りは、長くなく。香澄はバッサリと、胸から下まで切られたようだった。
そんな様子の香澄を見ながら、沙綾は口を開く。
「私、ドラム辞めちゃったんだ」
哀しそうな顔をして、遠くを見つめながら。沙綾は香澄にポツポツと話し始めた。