沙綾の表情が一転して、少し暗いものへと変化した。それを隠すかのようにして、瞳を閉じて話し始める。
「前って言っても、中学校の時だけどね。4人組のバンドで、仲がいい友達と組んでたんだ」
手を後ろに置いて、顔を上に向ける。宙を見つめながら、沙綾は続けた。
「でもね、辞めちゃった。理由は詳しく話せないけど、私は、私が原因で、バンドとドラムを辞めちゃったの」
沙綾の表情は、何か諦めているように見えた。やりたくても、できない。そんな沙綾の表情を読み取っていた。
なんで? その一言を、香澄はどれだけ言いたかったことか。
でも言えなかった。沙綾の気持ちと、今ある現状を何だか打ち壊してしまうような気がしてしまって。結局の所、香澄は黙り込んだまま、沙綾の話にただただ頷いてただけだった。
「……それじゃあ、さーやはもうドラムやらないの? もし、さーやさえよかったらポピパに……」
「ごめんね、無理なんだ」
きっぱりとはっきりと。香澄野誘いは断られる。
「……さて、暗い話は終わり! ごめんね、こんな話しちゃって」
パン、と手を叩いて空気を晴らした。再び机に向かい出した沙綾は、途中になっていた宿題を再開した。
「なんでだろう、香澄って話しやすいんだよね。単純に仲良くしてくれるからだけじゃなくて、もっとちがうなにかがあるっていうか……」
ポツリ、ポツリと言葉を漏らした沙綾。……ちょっとだけ、沙綾の本心が漏れ出しているような気がした。
それを深く掘り下げることをせず、香澄は自らが書いた「星のコドウ!」という歌詞に目を向ける。
シャープペンシルをクルクル回しながら、沙綾は香澄を見つめた。一瞬の沈黙だったが、香澄達にはそれがとてつもなく長い時間のように感じられていた。
「……って、私が話戻しちゃあ駄目だね。さぁ、続きやろっか」
沙綾が再びノートに向かう。書かれている文章に目を通し、再び問題でうーんと悩み始めた。
その後の歌詞作りは、全く身に入らなかった。
☆☆☆☆
学園祭の準備が進んでゆく。
お店に使う看板や、内装に使うちょっとした小物などを、授業の代わりに設けられた時間を使って作成してゆく。
沙綾と手分けしながら、クラスメイトたちに指示を出していきながら、自身も作業を手伝う。
……そんな中において、香澄は沙綾と話す時に若干のぎこちなさを覚えていた。
沙綾がドラムを辞めてしまった理由や、そんな沙綾をバンドに誘ってみたいなどと考えてみたり。
終始、香澄は学園祭の準備に入り込めずにいた。
どうして、バンドを、ドラムを辞めてしまったのだろう。
どうして、「沙綾が、沙綾のせいで」バンドを辞めてしまったのだろう。
どうして、あんな諦めたよう表情をしていたのだろう……。
「……香澄ちゃん、大丈夫?」
と、考えすぎて、りみりんから心配されてしまう始末。傍から見ても、香澄はどこかおかしいらしかった。
「……香澄、ちょっと来い」
教室の端で、喫茶店のメニューを作っていた有咲に声をかけられる。
手を引かれて、無理やり教室の外へと連れ出された。
「香澄……お前、なんか悩んでるだろ」
有咲に図星を点かれる。香澄は、「ど、どうして?」と、逆に聞き返してしまった。
「勘。てか、明らかに笑ってないし」
……そんなに笑ってなかったのか。香澄は、自分の表情を確かめるように顔をふにふにと触った。
「あ、有咲ちゃん!」
心配してか、りみとおたえが教室から出てくる。有咲の並々ならない表情を見て、二人は香澄の様子を伺ってるようだった。
「……山吹さんの家泊まり行った辺りから、なんだか様子がおかしいから、山吹さん関係か?」
図星過ぎた。香澄は、つい「うっ……」と声を漏らしてしまう。
「実は……」
香澄は沙綾の家であったことを話した。
「ふーん、山吹さんポピパに誘ったんだ……」
有咲がジッ……と香澄を見つめる。そんな有咲の瞳を直視出来なくなり、香澄ら目を逸らした。
「……まぁ、山吹さんにも触れてほしくない事情があるんだろ。そこに顔突っ込むのは野暮なんじゃないか」
「で、でも!」
「でも?」
脳裏に沙綾の表情がチラリと映る。
「……沙綾の目、なんだか諦めてた。本当は、ドラムをやりたいんだけど、できない。そんな目をしてた」
「……」
「ちょっと聞いてみたけど、詳しく話してくれなかった。沙綾、なんだか一人で抱え込んでるように見えた」
口を開く度に、沙綾の表情がくっきりと脳裏で描写されていく。
沙綾の諦めの表情がくっきりと浮かび上がった後、有咲は香澄から目を離し、そっぽを向いた。
「その……。まだ、山吹さん諦めてないんだろ?」
そっぽを向いたまま、有咲が口を開く。
香澄が戸惑いながらも頷くと、目だけを香澄によこし言った。
「だったら、もう一度誘う事。それで、理由をちゃんと聞くこと」
それに……。と、有咲は言葉を続ける。
「山吹さんは香澄と友達なんだろ。だったら悩みの一つでも聞いたらいいんじゃないか」
そうだった。私と、山吹さんは友達なのだ。お互いの事をもっと話したり、一緒に悩んだりするような友達なのだ。
耳を僅かに紅くして、再びそっぽを向く有咲に香澄は気付かされてしまった。
「……そうだね。本当に、そうだ」
香澄は回り込み、まだそっぽを向く有咲の顔を覗き込んだ。
「ありがと、有咲。私、どうすればいいかわかった気がする!」
香澄は、できる限りの笑顔を作り、教室へとかけ戻って行った。
「……ね? 大丈夫だったでしょ?」
「……うん」
残されたおたえが、心配そうにしているりみに囁く。りみは、心配そうな表情を少しだけ和らげた。