泣いた。泣いて泣いて泣いて泣いて、沙綾は泣き疲れていた。
ひたすらに沙綾の背中をさすっていた香澄は、小さな嗚咽が収まるのを待った。
数分後。
泣き止んだ沙綾はティッシュでぶーん鼻をかむ。未だ鼻を啜りながら、涙を拭く沙綾は一言「……ごめん」と謝った。
「ごめんね。色々思い出しちゃって……」
えへへ、と笑顔を見せる。泣き笑いの表情を浮かべながら、沙綾は続ける。
「ナツと、マユとフミカとバンドやってた時のこと。"初めてのライブ"で、みんなに迷惑をかけちゃったこと。……バンドを辞めた時のこと」
ポツリ、ポツリと過去が漏れ出す。静かに過去を語る沙綾の表情は、寂しそうで、悲しそうで……昔に、囚われているみたいだった。
そんな沙綾を見て香澄も泣きそうになる。それでも、必死に沙綾にかける言葉を考えた。
何が正解なのか分からない。どんな言葉をかければいいのかわからない。けれど、香澄は口を開く。
「え、えっと……」
……いいのかな、素直な気持ちを伝えても。しつこくって、嫌われたりしないだろうか。ーーでも。でもでもでもでも!
"私は、さーやと一緒にドキドキしたい!"
「……さーや、私達とバンドやろう。ううん、バンドじゃなくてもいいよ。学校にきて、放課後遊んだりしよう」
香澄の言葉に顔を上げる沙綾。香澄はつづけた。
「パン屋の仕事だったら手伝うし! じゅんじゅんとさーなんの面倒も見る! なんなら、ご飯だって作るから!」
「……」
ポカンとした表情で香澄を見上げる沙綾。
泣きそうな表情で、口をムッと結んだ香澄を見て沙綾はついつい笑みを浮かべる。
「ありがと、香澄。……こんな私を誘ってくれて」
沙綾は鼻水をすすりながら言う。
「……多分ね、大丈夫なんだ。バンドとか遊びに行ったりとかしても」
「……え、じゃなんで……」
何故か諦めきったような表情で沙綾は続ける。
「うちのお父さんも、お母さんも。最近すっごい元気なんだ。家事も、パン屋も、すごく張りきってやってる」
「そうだったんだ。それじゃ……」
「でもね、香澄。真剣に考えて欲しいんだ」
「……え?」
「例えば……そう。仮に、私がポピパに入ったとして結成初ライブっていう大事な時。そこに私が行けなかったらどうする?」
「……!」
「ライブまで一緒に走ってきて。前日も泊まったりなんかして練習して当日を迎える。けど、私は来ない。……皆にだけ、負担をかけちゃうの」
「……それは」
来ないかもしれないじゃないか。
そう思ったが、香澄はちゃんと想像した。考えた。だからこそ、絶対に、来ないなんて言いきれないと思ってしまった。
「……そう。だから、私はもうバンドは出来ないの。……ごめんね」
にっこりと、笑みを浮かべる。目じりに若干の涙を残したまま浮かべるその笑顔は、間違いなく偽りのものに見えた。
「……うん、そっか。分かった。ありがとう、色々教えてくれて」
今は、言葉が出ない。けれど、これからやるべきことはわかっていた。
香澄は、再び流れかけた涙をごしごしと拭い立ち上がる。
「……それじゃあ、またね」
香澄は、沈黙が降りた空気の中沙綾の部屋から出ていった。
☆☆☆☆
静かにドアを開ける。少しだけ古びた木製のドアだったが、やけにドアノブが冷たく感じられていた。
そして、ひんやりとするドアノブに意識を向けていた為、香澄はドアの先に居た彼女達に気づかなかった。
「……え?」
ドアに張り付く様にして重なっていた、りみ、有咲、たえ。香澄の姿を見つけると、急にカチッと固まっていた。
そして、声を上げたことで部屋から沙綾も出てくる。
「……みんな?」
「う……。え、えっと。……こ、こんにちは、山吹さん」
戸惑いながらも、挨拶をする有咲。沙綾は、面々の顔を見回した後「どうしたの?」と首を傾げる。
「……香澄が1人で教室から出て行っちゃったからさ。追いかけてきたんだけど……。そうしたら、山吹さんのお父さんとお母さんが中に入れてくれたんだ」
「え……。それじゃあ、もしかして……聞こえちゃってた?」
「……うん」
一気に気まずい雰囲気に成り代わる。沙綾は目を見開くと、言葉に詰まったのを誤魔化すようにそっぽを向いていた。
「……香澄。そろそろ行くよ」
「……え?」
たえの言葉に、沙綾と香澄が声を上げる。
「まだ、言葉にならないと思うし、話せるような状態じゃないと思う。だから……」
りみがつまる。えっと……。と、言葉を考えてるのを見兼ねてか、有咲が口を開いた。
「……私は、皆で食べたあの昼ご飯。凄く楽しかったし、嬉しかった。それだけ」
目を閉じて、思い出すようにして呟く。沙綾は目を瞑り、なんだか苦しそうにしていた。
その言葉を合図に、有咲達が踵を返した。遅れた香澄も、慌ててカバンを持ち、後を追おうとする。
「……それじゃあ、また明日ね」
「……うん」
香澄と沙綾は、目を合わせないまま別れを告げた。